学位論文要旨



No 112093
著者(漢字) 楠井,薫
著者(英字)
著者(カナ) クスイ,カオル
標題(和) Tリンパ球表面抗原CD2を介する細胞接着機構の解析
標題(洋)
報告番号 112093
報告番号 甲12093
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第758号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高崎,誠一
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 辻,勉
内容要旨

 ヒトTリンパ球表面には、CD2と呼ばれる膜糖タンパク質が発現しており、これは古くから羊赤血球(SRBC)とのロゼット形成に関わる分子として同定された。CD2分子は、分子量50〜55kDaの糖タンパク質でヒト胸腺細胞、末梢T細胞、NK細胞などに存在する事が知られている。また、細胞接着分子の一つとして幅広い生理的機能を持ち、胸腺細胞の分化・成熟、抗原非依存的なT細胞の活性化または抗原依存的な活性化の増強、さらに、細胞障害性T細胞を介した細胞障害機構などに関わることが示されている。

 このCD2に対するリガンド分子として近年数種のタンパク質が同定されてきているが、その詳細な結合機構は十分に明らかにされていない。

 そこで、本研究では、T細胞のロゼット形成がSRBCのシアル酸を除去してマイナスのチャージをとり除くことにより増強されるという古典的な観察に注目し、CD2を介する細胞接着に糖鎖識別反応が含まれるか否かを明らかにするために、ロゼット形成の系をモデル系として以下の解析を行った。

方法と結果1.SRBC膜表面糖タンパク質の調製とそのロゼット形成への効果

 SRBCを低張破壊して調製したゴーストから、Marchesiの方法に従って界面活性剤のLIS(Lithium diiodosalicylate)による抽出、フェノール抽出を行いSRBC膜表面糖タンハク質(以下sGPと略)を調製した。

 このsGPがT細胞上のCD2との接着に関与する糖タンパク質であるかどうかを検討するために、ヒトT細胞株Molt-3を用いたロゼット形成の系をモデルとして解析を行った。その結果、sGPは、容量依存的にT細胞のロゼット形成を阻害した。また、Gal1→4結合を特異的に水解する肺炎双球菌由来の-ガラクトシダーゼでsGPを処理するとロゼット形成阻害能の低下が認められた。さらに、アスパラギン結合型糖鎖に特異性を持つN-グリカナーゼでsGPを処理しても同様にロゼット形成阻害能の低下が起こるという結果も既に得ている。これらの結果より、T細胞とSRBCのロゼット形成には、sGPのアスパラギン結合型糖鎖の末端のガラクトースが重要であるということが示唆された。

2.T細胞とsGPの結合がCD2依存性であることの証明

 モデル系として用いたロゼット形成反応は、抗CD2抗体により容量依存的に阻害されることから確かにCD2依存的な反応であることを確認した。

 次に、このCD2依存的なロゼット形成反応は、sGPがT細胞上のCD2と結合することにより阻害をうけるのかどうかを確認するために、抗CD2抗体とMolt-3の結合へのsGPの効果を検討した。

 方法としては、ビオチン化抗CD2抗体(0.1g/ml)とMolt-3の結合をアビジンパーオキシダーゼを用いたABC法で検出し、sGP添加の効果を解析した。その結果、sGPは、容量依存的にその結合を阻害した。さらに、フローサイトメトリーを用いた検出法においても、sGP添加による結合阻害が認められた。

 以上の結果から、sGPは、T細胞上のCD2と結合することによりロゼット形成反応を阻害するものと考えられた。

3.sGPのアスパラギン結合型糖鎖の構造解析

 CD2を介したロゼット形成反応において、sGPのアスパラギン結合型糖鎖の末端のガラクトースが重要であるという前述した結果より、CD2のリガンド糖鎖の同定の前段階としてsGPのアスパラギン結合型糖鎖の構造解析を行った。

 方法は,常法に従ってまずsGPからヒドラジン分解法によりアスパラギン結合型糖鎖を定量的に遊離し、N-アセチル化の後、トリチウム化ホウ素ナトリウムで還元して放射標識少糖を得た。その後、フコース特異的レクチンであるAAL-セファロースクロマトグラフィー、MonoQ陰イオン交換クロマトグラフィー、Bio-Gel P-4カラムクロマトグラフィーを順次行って分画し、さらに逐次消化、メチル化分析の結果を総合して構造の解析を行った。

 その結果、複合型4本鎖糖鎖が全体の約45%、複合型3本鎖糖鎖が約34%、複合型2本鎖糖鎖が約18%を占めることが明らかとなり、全体に多分岐でシアル酸含量の多い酸性糖鎖が主要であることが判明した。また、末端のガラクトース残基が露出した構造を持つものは、全体の約39%を占めていた。

4.SRBC由来糖ペプチドおよびその酵素処理産物のロゼット形成への効果

 次に、CD2のリガンド糖鎖を含む分子を同定するためには、分離・精製の容易な糖ペプチドをSRBCから直接遊離することが有効であると考えられた。

 そこで、SRBCをトリブシン消化後、遊離した糖ペプチドを回収し、ロゼット形成反応への効果を調べた。その結果、糖ペプチドは、sGPと同様に容量依存的にロゼット形成を阻害することが判明した。さらに、-ガラクトシダーゼ処理、または末端ガラクトースのC6位の水酸基を酸化するガラクトースオキシダーゼ処理を行った糖ペプチドのロゼット形成への効果も検討したところ、阻害の回復が認められた。

 これらの結果は、先のsGPを用いた実験結果と一貫性があり、ロゼット形成反応におけるガラクトースの重要性をさらに支持するものと考えられた。

5.SRBC由来糖ペプチドの分画および分画後の各画分の糖鎖解析

 CD2のリガンド糖鎖を同定する目的でこの糖ペプチドのSephadex G75によるゲルろ過を行った。ローリー法によるタンパク定量およびフェノール硫酸法による中性糖の定量によって検出を行い、中性糖の分画パターンに従って4つの画分に分画した。そして、各面分についてロゼット形成阻害能を検討した。その結果、最も低分子量の画分(フラクション4)にのみ阻害活性が検出された。

 分画後の各画分について糖組成分析を行ったところ、高分子量側の2つの画分は、圧倒的にムチン型糖鎖が多く、唯一阻害活性が検出されたフラクション4は最もアスパラギン結合型糖鎖の含量が高かった。

 CD2のリガンド糖鎖の同定を考えて、フラクション4の糖ペプチドについてアスパラギン結合型糖鎖の構造解析を行った。方法は、sGPと同様の方法で行った。その結果、主要成分は複合型2本鎖糖鎖で全体の73%を占め、残り22%が複合型3本鎖糖鎖、5%が複合型4本鎖糖鎖であった。末端のガラクトース残基が露出した構造は、全体の53%を占め、これらがCD2のリガンド糖鎖の候補と成りうろことが判明した。

まとめ

 1.T細胞とSRBCのロゼット形成には、SRBC膜表面糖タンパク質(sGP)のアスパラギン結合型糖鎖の末端のガラクトースが関与しており、従って、CD2がレクチン様分子である可能性が示唆された。

 2.sGPのアスハラギン結合型糖鎖の構造解析を行ったところ、多分岐でかっシアル酸含量の多い酸性糖鎖が主要成分であった。

 3.ロゼット形成阻害能をもつSRBC由来糖ペプチドのアスパラギン結合型糖鎖の構造は複合型2本鎖糖鎖が主要であり、末端のガラクトース残基が露出した構造は全体の53%を占め、これらがCD2のリガンド糖鎖となりうる事が判明した。

審査要旨

 CD2分子は、ヒト胸腺細胞、末梢T細胞、NK細胞などに存在する細胞接着分子の一つであり、羊赤血球(SRBC)とのロゼット形成に関わる分子としても知られている。その機能に関しては、胸腺細胞の分化・成熟、抗原非依存的なT細胞の活性化または抗原依存的な活性化の増強、さらに、細胞障害性T細胞を介した細胞障害機構などに関わること等が示唆されている。このCD2に対するリガンド分子として近年数種のタンパク質が同定されてきているが、その詳細な結合機構は十分に明らかにされていない。本研究は、T細胞のSRBCとのロゼット形成反応をモデル系として、CP2を介する細胞接着の機構について、糖鎖識別反応が含まれるか否かに焦点をおいて解析したものである。

 先ず、SRBCゴーストから膜糖タンパク質(sGP)を可溶化し、ヒトT細胞株Molt-3のロゼット形成への影響を解析した。その結果、sGPは容量依存的にT細胞のロゼット形成を阻害すること、sGPを1→4結合に特異的な-ガラクトシダーゼで処理するとロゼット形成阻害能が低下し、一方、シアル酸を除去すると阻害能が増強されること等を認めた。以上より、T細胞とSRBCのロゼット形成には、sGPのアスパラギン結合型糖鎖の末端のガラクトース残基が重要であることを示した。また、Molt-3への抗CD2抗体の結合に対するsGPの影響をABC法及びフローサイトメーターを用いて検討し、その阻害効果からsGPはT細胞上のCD2と結合することによりロゼット形成反応を阻害することを示唆した。

 CD2を介したロゼット形成反応において、sGPのアスパラギン結合型糖鎖の末端のガラクトースが重要であるという前述した結果を踏まえ、sGPのアスパラギン結合型糖鎖の構造を解析した。その結果、全体に多分岐でシアル酸含量の多い酸性糖鎖が主要であり、部分的に末端のガラクトース残基が露出した構造を持つものが、全体の約4割を占めることを明らかにした。

 更に、CD2のリガンドとしての糖鎖の重要性を示すため、SRBCからトリブシン消化で遊離した糖ペプチドを回収し、口ゼット形成反応への効果を調べた。その結果、糖ペプチドは、sGPと同様に容量依存的にロゼット形成を阻害すること、糖ペプチドを-ガラクトシダーゼで処理したり、末端ガラクトースのC6位の水酸基を酸化するガラクトースオキシダーゼで処理をするとロゼット形成阻害効果の低下が認められること等を認め、末端ガラクトース残基の重要性を確認した。ついで、この糖ペプチドをゲルろ過により分画し、最も低分子量の画分にのみロゼット形成阻害活性を認めた。この画分はアスパラギン結合型糖鎖に富んでおり、糖鎖の構造解析を行った結果、複合型2本鎖が主要成分で、ガラクトース残基が末端に露出した構造は全体の5割を占め、これらがCD2のリガンド糖鎖の候補と成りうることを示した。

 以上、本研究は、T細胞とSRBCのロゼット形成反応をモデル系とした解析から、CD2を介する細胞接着には、細胞表面糖タンパク質のアスパラギン結合型糖鎖のガラクトースを認識する機構が関与していることを示したものであり、糖鎖生物学、免疫学の発展に寄与する有用な知見を提供するものである。よって博士(薬学)の学位に値すると判定した。

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