学位論文要旨



No 112097
著者(漢字) 鈴木,重輝
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,シゲキ
標題(和) 抗アポリポ蛋白質A-I 自己抗体の解析
標題(洋)
報告番号 112097
報告番号 甲12097
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第762号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 新井,洋由
 東京大学 客員助教授 岩坪,威
内容要旨

 本来、生体は自己の成分に対して一定以上の反応を起こさないように免疫調節機構が巧妙に機能することにより自己、非自己を見分け異物に対する防御がとりおこなわれている。しかし、ある場合にはその調節機構に破綻を来し、自己反応性抗体の過剰な産生などにより自己免疫疾患の症状を呈することがある。また、そのような明確な症状がなくても生体内には抗DNA抗体のような自己反応性抗体が検出されることがある。これまでのところ自己の血清リポ蛋白質に対して反応性を示す自己抗体の存在についてはほとんど報告がなかった。我々は、正常マウス血清中に高密度リポ蛋白質(HDL:high density lipoprotein)の主要な構成成分であるアポリポ蛋白質A-I(apoA-I)に対する自己抗体が存在することを初めて見いだし解析を進めてきた。本研究で私は、ヒト血清中に抗apoA-I自己抗体が存在することを明かとした。また、抗apoA-I自己抗体の分子レベルでの性状解析を行うために、患者末梢血由来のヒト型の抗apoA-Iモノクローナル自己抗体産生株を樹立し、その反応性を明かとした。また、本自己抗体の産生メカニズムを解明するために、マウス抗apoA-I自己抗体可変領域の核酸塩基配列を解析した。

1)健常人及び膠原病患者血清中での抗apoA-I自己抗体の検出

 ヒト血清中に自己のapoA-I対して反応性を有する自己抗体の存在の有無を明かとするためにヒトapoA-Iに対する抗体の検出を行った。検討した健常人46例の全てにおいて抗apoA-I自己抗体が検出された。さらに、膠原病疾患患者287例について抗apoA-I自己抗体価の測定を行ったところ、慢性関節リュウマチ患者においてIgMクラスの抗apoA-I自己抗体価が高値を示す者が約20%に認められた。 また、これらの膠原病患者のうち血栓性疾患を併発している患者10例中7名においてIgGクラスの自己抗体が強く誘導されていることが明かとなった。抗apoA-I自己抗体の抗体価は、膠原病患者において広く認められる抗DNA抗体や、抗カルジオリピン抗体の出現とは相関していないことから、それらの抗体とは別の範疇のユニークな抗体群であることが考えられる。

2)患者末梢血リンパ球からの抗apoA-I自己抗体産生ハイブリドーマの樹立と反応性の解析

 ヒト抗apoA-I自己抗体の分子レベルでの解析を行うために患者由来のリンパ球よりモノクローナル抗体の作製を試みた。血栓症を併発している全身性エリテマトーデス患者末梢血からリンパ球を分離し、Epstein-Barr virusを感染させることによりB細胞を形質転換させ、抗apoA-I自己抗体産生株の分離を試みた。その結果、約200コロニー中22個(約11%)という高頻度でIgMクラスの抗apoA-I自己抗体産生コロニーが出現することが明かとなった。これらの抗体産生株をミエローマと細胞融合することにより安定な抗apoA-I自己抗体(IgM)産生ハイブリドーマを9株樹立した。そのうち、代表的な3株A10F2,C7A2,E10A9について性状解析を行った。これらの抗体は、固相上に固定化した精製ヒトapoA-Iにいずれも強く結合するが、HDL粒子中のapoA-Iに結合するか否かを、HDLとモノクローナル抗体をプレインキュベーションすることで、固相上のapoA-Iへの結合に阻害効果を示すかどうかにより検討した。その結果、クローンA10F2,C7A2はHDLに対して結合性を示すが他の一つのクローン(E10A9)はHDLには結合性を示さなかった。次にapoA-I上のどの部分に結合するのかについて、ヒトapoA-I由来のペプチドフラグメントに対する結合性を解析した。その結果、クローンA10F2,C7A2はN末側のフラグメントCF1に結合することが明かとなった。クローンE10A9は切断されたペプチドフラグメントへの結合性を有していなかった。すなわち、クローンA10F2,C7A2は精製apoA-I及びHDL上のapoA-Iへの結合性を有しており、クローンE10A9は、精製apoA-Iと結合できるが、HDL中で、あるコンフォメーションをとったapoA-Iへの結合性を示さないことが考えられた。apoA-I自己抗体価(IgM)が高値を示す患者においては、その抗体価とHDL-コレステロール量が負の相関を示す傾向があることと、以上の結果から、血中においても抗apoA-I自己抗体がHDLに結合し、その代謝に何らかの影響を及ぼす可能性も考えられた。

3)抗体遺伝子の解析

 抗apoA-I自己抗体の産生メカニズムを解析する目的で、これまでに、樹立してきたマウス抗apoA-I自己抗体遺伝子の解析を行った。マウス由来抗apoA-I自己抗体ハイブリドーマ7クローンのV領域核酸塩基配列を解析した結果、VHファミリーはVH7183(4クローン)、VLファミリーではVk8(5クローン)の使用頻度が高いことが明かとなった。さらに、体細胞突然変異の位置および、その結果から生じるアミノ酸レベルでの置換の有無(Replacement or Silent)を調べたところ、本自己抗体では体細胞突然変異は抗原との結合に直接関与する相補性決定部位(CDR)に頻度が高く、直接関与しないFR(framewark region)には低いことが明かとなった。また、特にCDRにおいて、Silentに対するReplacementの割合が大きいことが示された。これらのことは、抗apoA-I自己抗体が、B細胞の非特異的な活性化により出現したものではなく、apoA-Iか、あるいはapoA-Iと交叉性を示す『抗原による選択』を介して出現してきたことを示唆している。

まとめと考察

 本研究により、apoA-Iに対する自己抗体が膠原病患者ならびに正常ヒト血清中に存在していることを明かとした。また、apoA-I上のエピトープ及びV領域遺伝子の解析から、抗apoA-I自己抗体は、apoA-I上のCF1部分をエピトープとするものが多く、マウスでは、VHファミリーはVH7183、VLファミリーはVk8遺伝子の使用頻度が高いという特徴が明かとなり、それらの出現には抗原刺激による選択を受けている可能性が示された。しかし、これらの範疇に属さない抗体も見い出されており、ある程度の多様性も保持している。また、酸化中性脂質が抗apoA-I自己抗体のapoA-Iへの結合に影響を及ぼすことが示され、抗体によるapoA-Iを介した酸化中性脂質の血中からの除去という役割も想定することができるかもしれない。今後、ヒト抗apoA-I自己抗体を更に解析することにより、より病態と関連した抗体の特定が期待される。

審査要旨

 自己の血清リポタンパク質に対して反応性を示す自己抗体の存在はこれまでほとんど知られていなかつた。本研究はヒト血清中に抗アポAI自己抗体を発見し、その性状を解析し、本抗体産生メカニズムをヒト、マウスの系を用いて検討したものである。

1.健常ヒト、膠原病患者血清中での抗―アポAI抗体の検出:

 50例の健常ヒト血清全例で有意の抗体が検出された。慢性関節リウマチ患者血清でIgMクラスの抗体が高値を示すケースが多く、これらのうち血栓性疾患を併発している患者中では70%の高率でIgGクラスの抗体が強く誘導されていた。これらの病気の際しばしば検出される抗DNA抗体、抗カルジオリピン抗体とはその出現パターンが相関していないことより、新しいカテゴリーの自己抗体群と推定された。

2.ヒトリンパ球からの抗―アポAI抗体産生ハイブリドーマの樹立と反応性の解析:

 血清抗体価が高値を示す例の末梢血よりリンパ球を分離、Epstein-Barrウイルスを感染することによりB細胞を形質転換、抗体産生株の樹立をめざした。さらにミエローマと融合し、安定な産生ハイブリドーマ9株を樹立した。これらの抗体を用いてアポAI上のエピトープを解析した結果、大部分はN末側のCF1領域に結合することが明らかとなった。抗―アポAI、IgM価が高い群において、抗体価とHDL-コレステロール値が負の相関を示すことから本抗体がHDLの代謝に何らかの影響をおよぼしている可能性も考えられた。

3.抗体遺伝子の解析:

 マウスでもヒト同様に抗―アポAI自己抗体が検出され、そのエピトープもヒト抗体と同様であった。そこで、マウスの単クローン抗体7クローンについてV領域塩基配列の解析を行なつた。体細胞突然変異の位置をしらべたところ、抗原との結合に直接関る部位であるCDR(相補性決定部位)に頻度がきわめて高いことが判明した。このことより抗―アポAI抗体産生細胞がB細胞の非特異的活性化により出現したものではたく、アポAIそのものかアポAIと交叉性を示す"抗原"による"選択"を介して出現してきた可能性が示された。

 以上、本研究により、リポタンパク質の一成分であるアポAIに対する自己抗体がヒト、マウスにわたって広く分布し、それらが抗原刺激による選択を受けて出現している可能性が示された。これらの情報は免疫病理学、免疫生物学上寄与するところがあり、博士(薬学)に価すると判定された。

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