学位論文要旨



No 112099
著者(漢字) 永田,喜三郎
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,キサブロウ
標題(和) P-セレクチンを介した白血球の活性化
標題(洋) P-selectin mediated leukocyte activation
報告番号 112099
報告番号 甲12099
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第764号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 辻,勉
内容要旨 序論

 細胞生物の発生、分化、形態形成、恒常性の維持、病態などにおいて細胞同士の相互作用が非常に重要である。特に細胞の相互の位置が決定されたり、あるいは細胞が方向性を獲得する際には、細胞接着分子と呼ばれる分子ファミリーが関与していることが知られている。これらの接着分子の中で、細胞表面の糖鎖認識分子とそのリガンドとなる分子は、体内を回遊する細胞がホーミングなどをするために重要であると考えられている。しかし、糖鎖認識分子とそのリガンドが、細胞の分化とそれに伴う機能発現を制御するという知見はなかった。また、接着分子を介する細胞の活性化の機構がサイトカインや成長因子などの可溶性因子による細胞活性化機構とどのように異なるのか不明な点が多かった。糖鎖認識接着分子であるP-セレクチンは、血小板の顆粒や血管内皮細胞のWeibel-Palade体に局在する膜貫通蛋白質で、細胞の活性化にともなって膜表面にすみやかに移動する分子である。この分子は、その細胞外に糖認識ドメイン(CRD)をもつレクチンで、好中球および単球細胞膜表面のシアリルルイスX構造を含む糖鎖と結合することによって白血球と血小板あるいは血管内皮細胞との接着を媒介することが知られている。本研究では、このようなP-セレクチンを介した接着反応が、白血球の活性化を惹起するという現象を白血球のスーパーオキシドの産生を指標にすることにより検証し、活性化血小板との接着により誘導される白血球活性化の機序について考察した。

方法

 ヒト末梢血由来の好中球および単球は、それぞれデキストラン沈降-Ficoll/Urografin密度勾配遠心法および2段階Percoll密度勾配遠心法により単離した。またヒト末梢血血小板は、2段階遠心法により単離した。顆粒球様HL-60細胞は、HL-60細胞を1.25%DMSOにより3日間分化誘導させたものを用いた。指標として用いたスーパーオキシドの産生量はチトクロムC法により測定した。つまり、細胞をチトクロムC共存下で37度にて30〜120分間培養した上清の540、550、560nmにおける吸光度を測定し、スーパーオキシドによる還元で増大するチトムロムCの550nmにおける吸収を下式にて計算し、SOD存在下、非存在下の差をとったものをスーパーオキシド量とした。

 

 組換型P-セレクチンは、白血病細胞株HEL由来のcDNAライブラリーより取得したP-セレクチンcDNAのうち、レクチン様ドメイン、EGF様ドメイン、繰り返し補体結合ドメイン2個を含む領域をグルタチオン-S-トランスフェラーゼのcDNAに連結させ、これを大腸菌にて発現させたものを用いた。

 細胞表面上のシアリルルイスX糖鎖の分布は、細胞に抗シアリルルイスX抗体を反応させた後、FITC標識した2次抗体を結合させ、洗浄後、細胞を蛍光顕微鏡または共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。

結果および考察

 1.活性化血小板による白血球からの活性酸素の産生誘導 ヒト末梢血由来の好中球あるいは単球を非活性化血小板とともに培養し、上清中のスーパーオキシド産生量をチトクロムc法で測定したところ、白血球のスーパーオキシド産生量に顕著な変化はみられなかったが、トロンビンにより活性化された血小板とともに培養するとスーパーオキシド産生量は著しく増加した(Figure 1)。このスーパーオキシド産生量の増加は、培養時間および血小板濃度依存的であった。さらに、この白血球のスーパーオキシド産生量は、活性化血小板由来の膜画分添加によっても同程度の増加が認められたが、活性化血小板の上清を添加しても増加は認められなかった。この結果から、活性化血小板の接着反応による白血球のスーパーオキシド産生量の増加は、血小板から放出される液性因子によるものではなく、活性化血小板上の膜成分に起因することが示唆された。また、このスーパーオキシド産生量の増加は、抗P-セレクチン抗体および抗シアリルルイスX抗体により特異的に阻害された。この結果より、P-セレクチンが血小板-白血球接着反応に携わるだけでなく、シアリルルイスX糖鎖との相互作用を介して白血球の機能に影響を及ぼすことが明らかとなった(1,2)。

 2.P-セレクチンにより誘導される白血球活性化の特性 つぎに、白血球活性化に対するP-セレクチンの直接的な影響を調べるため組換え型P-セレクチンおよび精製天然型P-セレクチンの効果を検討した。Figure2に示すように組換型P-セレクチンは、可溶化状態では白血球に作用させてもスーパーオキシド産生量に変化は認められなかったのに対し、固相化状態では白血球の活性化を誘導した(2,3)。また、精製天然型P-セレクチンを用いても同様な結果が得られた(data not shown)。この結果より、P-セレクチンの存在状態により情報伝達能が異なる可能性が示された。

図表Figure 1.Effect of actlvated platelets on superoxide anion release by leukocytes / Figure 2.Effect of immobilized/soluble rP-selectin on superoxide anion production by neutrophils

 3.P-セレクチン依存的白血球活性化とリガンド糖鎖の白血球膜上での再分布 プレートに固相化した組換型P-セレクチン上で白血球を20分間培養し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて白血球膜上のシアリルルイスXエピトープの分布を観察すると、この糖鎖エピトープは固相化組換型P-セレクチンとの接着面に集合し、キャップ構造を形成していることが分かった。P-セレクチンの代わりに血清アルブミンをコートしたプレート上で白血球を培養してもシアリルルイスX糖鎖のキャップ形成は観察されず、均一に分布していた。一方、可溶化状態の組換型P-セレクチンを白血球に添加しても白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖は非処理の白血球と同様に細胞全体に一様に分布していた。この結果から、P-セレクチン依存的な白血球の活性化においてリガンド糖鎖の集合状態が重要ではないかと考えた。

 4.サイトカインによるプライミングとシアリルルイスX糖鎖のキャップ形成 インターロイキン8(IL-8)で前処理した白血球に対して組換型P-セレクチンを作用させると可溶化状態であっても固相化した場合と同様にスーパーオキシド産生を強く誘導した。G-CSFおよびGM-CSFの前処理でも同様な効果が認められたが、IL-8の効果よりも弱かった(Figure 3)。IL-8前処理によって白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖の総発現量の変化は認められなかったが、シアリルルイスX糖鎖エピトープが白血球膜の一端にキャップ構造を形成していることが認められた(Figure4)。また、幾つかのサイトカインによるキャップ形成率と可溶化状態の組換型P-セレクチンによるスーパーオキシド産生誘導能とは相関関係を示した。以上より、P-セレクチン依存的な白血球活性化においてそのカウンターリガンドであるシアリルルイスX糖鎖のキャップ形成が極めて重要であると考えられる。また、シアリルルイスX糖鎖のクラスターと可溶化P-セレクチンとの結合は、固相化したP-セレクチンとシアリルルイスX糖鎖との多価な結合に類似した状態を形成すると考えられ、この過程が白血球の活性化に重要であると推察された(3)。

図表Figure 3.Superoxide anion production by cytokine-pretreated neutrophils after Incubation with or without soluble rP-selectin / Flure 4.Distribution of slalyl Lewls X carboh ydrate chains on neutrophils

 5.白血球活性化に重要なシグナル受容体

 活性化血小板による白血球の活性化のシグナル受容において白血球膜上のどのような分子(糖鎖)が重要であるか調べるため、顆粒球様に分化させたHL-60細胞を用いて検討した。種々の糖鎖修飾を施した顆粒球様HL-60細胞を活性化血小板と共培養し、産生されるスーパーオキシドを測定したところ、デオキシマンノジリマイシンあるいはスワインソニン処理では、未処理の顆粒球様HL-60細胞と同様のスーパーオキシド産生が観察されたが、シアリダーゼあるいはベンジルGalNAc処理したものでは、スーパーオキシド産生量の著しい低下が認められた(Figure 5)。これらの結果から、P-セレクチンを介した白血球の活性化には白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖を含むO結合型糖鎖を有するムチン様の糖蛋白質が重要な働きを果たしていることが示された(4)。さらにウェスタンプロットを用いた解析によりスーパーオキシド産生能と相関して出現する分子量約120KDaおよび250KDaのバンドは、シアリダーゼあるいはベンジルGalNAc処理すると特異的に消失したことから、これらの糖蛋白質が、シグナル受容分子の有力な候補であると考えられた。

Figure 5.Effect of the modification of gHL-60 cell surface carbohydrate chains on platelet-induced superoxide anion generation
結語

 最近、様々な接着分子同士の相互作用や可溶性因子とその受容体との結合が細胞の機能を調節し得るという報告がある中で、本研究は、細胞機能が、可溶化因子と受容体との結合のように単に分子間の相互作用で調節されているだけでなく、接着分子の結合とそれに伴うリガンド分子の細胞膜上での分布の変化を含むダイナミックな過程で制御されていることを示した初めての知見である。また、レクチン-糖鎖相互作用に基づく細胞接着によって糖鎖を介して細胞の機能が調節されていることが明らかになった。さらに本研究では、同じシアリルルイスX糖鎖であってもO結合型糖鎖上のもののみが白血球の活性化に極めて重要であり、N結合型糖鎖上や糖脂質上のシアリルルイスX糖鎖は白血球の機能に影響を及ぼさないと推察された。本研究の成果は、細胞表面の糖鎖を制御することによって、細胞間相互作用が関わる様々な生理現象の解析や疾患の予防および治療に応用できると考えられる。

参考文献1)K.Nagata et al.,J.Immunol.,151,3267-3273,1993.2)T.Tsuji,K.Nagata et al.,J.Leukoc.Biol.,56,583-587,1994.3)K.Nagata et al.,in preparation.4)K.Nagata et al.,J.Biol.Chem.,269,23290-23295,1994.
審査要旨

 本論文は、白血球がその表面の糖鎖表出分子とこれに結合する糖鎖認識接着分子を介した細胞接着によって活性化し、活性酸素を産生放出することを記述したものである。以下に述べるように、糖鎖認識による細胞機能の発現メカニズムに関する、新しい概念を提出している点が重要な業績である。ここで扱われている糖鎖認識性接着分子であるP-セレクチンは、血小板や血管内皮細胞のの細胞内顆粒に局在する膜貫通蛋白質で、細胞の活性化にともなって膜表面にすみやかに移動する分子である。この分子は、その細胞外に糖認識ドメインをもつレクチンで、白血球の細胞膜表面のシアリルルイスX構造を含む糖鎖と結合することによってこの細胞と血小板あるいは血管内皮細胞との接着引き起こすことが知られていた。学位申請者は、このようなP-セレクチンを介した接着反応が、白血球の活性化を惹起するという現象を白血球の活性酸素の産生を指標にすることにより検証し、そのメカニズムについて考察した。

 第一部では活性化血小板が、糖鎖との相互作用を介して白血球の活性酸素の産生を誘導することを示している。この活性酸素産生は、抗P-セレクチン抗体および抗シアリルルイスX抗体により特異的に阻害されたので、P-セレクチンが血小板-白血球接着反応に携わるだけでなく、シアリルルイスX糖鎖との相互作用を介して白血球の機能に影響を及ぼすことが明らかとなった。

 第二部及び第三部では、白血球活性化に対するP-セレクチンの直接的な影響を調べるため組換え型P-セレクチンおよび精製天然型P-セレクチンの効果を検討した結果が示されている。可溶化状態では白血球に作用させても活性酸素産生量に変化は認められなかったのに対し、固相化状態では白血球の活性化を誘導した。固相化した組換型P-セレクチン上で白血球を培養し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて白血球膜上のシアリルルイスXエピトープの分布を観察すると、この糖鎖エピトープは固相化組換型P-セレクチンとの接着面に集合し、キャップ構造を形成していることが分かった。この結果から、P-セレクチン依存的な白血球の活性化においてリガンド糖鎖の集合状態が重要であることが示唆された。

 第四部では、インターロイキン8などのサイトカインで前処理した白血球に対して可溶性P-セレクチンを作用させると、活性酸素産生を強く誘導することを発見した経緯が述べられている。IL-8前処理によって白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖の総発現量の変化は認められなかったが、シアリルルイスX糖鎖エピトープが白血球膜の一端にキャップ構造を形成していることが認められた。また、P-セレクチンのカウンターリガンドであるシアリルルイスX糖鎖のキャップ形成が起こる条件下では、可溶化P-セレクチンの結合によって、白血球活性化が起こることが示された。

 第五部では活性化血小板による白血球の活性化のシグナル受容において白血球膜上のどのような分子が重要であるか調べるため、種々の糖鎖修飾を施した顆粒球様HL-60細胞を活性化血小板と共培養し、産生されるスーパーオキシドを測定した。P-セレクチンを介した白血球の活性化には白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖を含むO結合型糖鎖を有するムチン様の糖蛋白質が重要な働きを果たしていることが示された。

 以上のように、本研究は、白血球活性化が、可溶化因子と受容体との結合のような分子間の相互作用で調節されているだけでなく、接着分子の結合とそれに伴うリガンド分子の細胞膜上での分布の変化を含むダイナミックな過程で制御されていることを、明白に示した。

 学位申請者永田喜三郎の研究により、白血球機能が、可溶化因子と受容体との結合のように分子間の相互作用で調節されているだけでなく、糖鎖認識に基づく接着分子の結合とそれに伴うリガンド分子の細胞膜上での分布の変化を含むダイナミックな過程で制御されていることを示した。この研究成果は免疫学及び糖鎖生物学に資するところが大であり、学位申請者は博士(薬学)の学位を受けるに十分価すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク