本論文は、白血球がその表面の糖鎖表出分子とこれに結合する糖鎖認識接着分子を介した細胞接着によって活性化し、活性酸素を産生放出することを記述したものである。以下に述べるように、糖鎖認識による細胞機能の発現メカニズムに関する、新しい概念を提出している点が重要な業績である。ここで扱われている糖鎖認識性接着分子であるP-セレクチンは、血小板や血管内皮細胞のの細胞内顆粒に局在する膜貫通蛋白質で、細胞の活性化にともなって膜表面にすみやかに移動する分子である。この分子は、その細胞外に糖認識ドメインをもつレクチンで、白血球の細胞膜表面のシアリルルイスX構造を含む糖鎖と結合することによってこの細胞と血小板あるいは血管内皮細胞との接着引き起こすことが知られていた。学位申請者は、このようなP-セレクチンを介した接着反応が、白血球の活性化を惹起するという現象を白血球の活性酸素の産生を指標にすることにより検証し、そのメカニズムについて考察した。 第一部では活性化血小板が、糖鎖との相互作用を介して白血球の活性酸素の産生を誘導することを示している。この活性酸素産生は、抗P-セレクチン抗体および抗シアリルルイスX抗体により特異的に阻害されたので、P-セレクチンが血小板-白血球接着反応に携わるだけでなく、シアリルルイスX糖鎖との相互作用を介して白血球の機能に影響を及ぼすことが明らかとなった。 第二部及び第三部では、白血球活性化に対するP-セレクチンの直接的な影響を調べるため組換え型P-セレクチンおよび精製天然型P-セレクチンの効果を検討した結果が示されている。可溶化状態では白血球に作用させても活性酸素産生量に変化は認められなかったのに対し、固相化状態では白血球の活性化を誘導した。固相化した組換型P-セレクチン上で白血球を培養し、共焦点レーザー顕微鏡を用いて白血球膜上のシアリルルイスXエピトープの分布を観察すると、この糖鎖エピトープは固相化組換型P-セレクチンとの接着面に集合し、キャップ構造を形成していることが分かった。この結果から、P-セレクチン依存的な白血球の活性化においてリガンド糖鎖の集合状態が重要であることが示唆された。 第四部では、インターロイキン8などのサイトカインで前処理した白血球に対して可溶性P-セレクチンを作用させると、活性酸素産生を強く誘導することを発見した経緯が述べられている。IL-8前処理によって白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖の総発現量の変化は認められなかったが、シアリルルイスX糖鎖エピトープが白血球膜の一端にキャップ構造を形成していることが認められた。また、P-セレクチンのカウンターリガンドであるシアリルルイスX糖鎖のキャップ形成が起こる条件下では、可溶化P-セレクチンの結合によって、白血球活性化が起こることが示された。 第五部では活性化血小板による白血球の活性化のシグナル受容において白血球膜上のどのような分子が重要であるか調べるため、種々の糖鎖修飾を施した顆粒球様HL-60細胞を活性化血小板と共培養し、産生されるスーパーオキシドを測定した。P-セレクチンを介した白血球の活性化には白血球膜上のシアリルルイスX糖鎖を含むO結合型糖鎖を有するムチン様の糖蛋白質が重要な働きを果たしていることが示された。 以上のように、本研究は、白血球活性化が、可溶化因子と受容体との結合のような分子間の相互作用で調節されているだけでなく、接着分子の結合とそれに伴うリガンド分子の細胞膜上での分布の変化を含むダイナミックな過程で制御されていることを、明白に示した。 学位申請者永田喜三郎の研究により、白血球機能が、可溶化因子と受容体との結合のように分子間の相互作用で調節されているだけでなく、糖鎖認識に基づく接着分子の結合とそれに伴うリガンド分子の細胞膜上での分布の変化を含むダイナミックな過程で制御されていることを示した。この研究成果は免疫学及び糖鎖生物学に資するところが大であり、学位申請者は博士(薬学)の学位を受けるに十分価すると判断した。 |