学位論文要旨



No 112101
著者(漢字) 野口,耕司
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,コウジ
標題(和) アポトーシス抵抗性のU937変異株(UK110)の細胞遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 112101
報告番号 甲12101
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第766号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩崎,成夫
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨

 細胞が死ぬ時の形態は、ネクローシス(壊死)とアポトーシス(自発的死)に分類することができる。このアポトーシスと呼ばれる現象は、細胞自身の機能で積極的に死を誘導することであるが、個体、細胞系の発生、分化、成熟に於て重要な関わりを持ち、非常に注目されてきている研究分野である。近年、各種の抗癌剤がアポトーシスにより癌細胞を破壊することが示され、抗癌剤の新しい分子標的という点から、癌化学療法の面からも注目されている。アポトーシス誘導を癌化学療法へ応用することを考えた場合、現在の抗癌剤が効きにくい癌への適用が望まれるが、難治性の癌細胞では抗癌剤によるアポトーシスに対しても低感受性であることが多い。一方、FasやTNFは、抗癌剤に低感受性の細胞系にもアポトーシスを誘導可能な場合もあり、現在の抗癌剤に低感受性の癌にも有効な新しい抗癌剤のデザインに於て、FasやTNFのアポトーシス誘導機構解明は、有益な情報をもたらすと考えられる。

結果と考察

 ヒト単芽球性白血病癌細胞U937は各種抗癌剤、TNF-、抗Fas抗体等により容易にアポトーシスを起こすことが知られている。上記の発想に着眼点をおき、アポトーシス誘導機構解明の為、種々のアポトーシス誘導に抵抗性を示すヒト単芽球系白血病細胞U937の変異株を単離した。当研究室に於て単離されてきた種々の耐性細胞の中で、変異株UK110細胞は、抗癌剤によるアポトーシスには微弱な耐性を示すにとどまっていた。そこで、抗癌剤とは異なるアポトーシス誘導刺激としてTNF-に対する感受性を細胞生存率で比較検討したところ、このUK110は強い抵抗性を持つことが判明した。TNF-受容体には分子量約5万5千の低親和性受容体(p55TNFR)と分子量約7万5千の高親和性受容体(P75TNFR)の2種類が知られており、U937では両方発現している。アポトーシス誘導にはP55TNFRが重要であると報告されているので、agonisticな抗p55TNFR抗体によるアポトーシス誘導に対する感受性も検討し、UK110が抵抗性をもつことを確認した。P55TNFRによるアポトーシス誘導には細胞内領域でFas抗原と相同性のあるdeath domainが必要であることが知られているので、agonisticな抗Fas抗体によるアポトーシス誘導に対する感受性も検討すると、UK110は抵抗性であった。以上の結果より、変異株UK110はdeath domainを介するアポトーシス誘導に選択的に抵抗性を持つことが示された。このようなFas、TNFに耐性を獲得する原因を検討するため、U937とUK110の性質を比較してみたが、Fas抗原、TNF受容体、Bcl-2、Bax、c-Mycの発現、TNFからのシグナル経路(NF-Bの活性化、アラキンドン酸代謝の亢進、c-Junの発現誘導等)には変化が認められず、未知の部位に変異部位が存在すると思われた。また、UK110は、変異原処理して得られた細胞株であり、継代培養に選択薬剤が不要で、かつ抵抗性の形質が安定なことから、genetic mutationがあると考えられた。そこでエレクトロポレーション法でUK110/pSV2Neo(Neomycin resistant)とU937/pCEP4(Hygromycin resistant)を作成、ポリエチレングリコール法で細胞融合を行ない、融合細胞におけるアポトーシス感受性を検討した。その結果、細胞生存率、DNAfragmentation assayで融合細胞が感受性であることが認められ、UK110の耐性形質が遺伝学的に劣性変異であることが示された(Fig.1)。このアポトーシス感受性の融合細胞より、さらにTNF-,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導に耐性の亜株BR20を単離した。このBR20もFas抗原、TNF受容体、Bcl-2、c-Mycの発現等に異常は認められなかった。アポトーシス感受性の融合細胞No.5とその耐性復帰株BR20の核型をQ-bands、chromosome painting analysisで比較したところ、22番染色体数が耐性のBR20に於て減少していることを見いだした(Table.1)。以上のように変異株UK110細胞が遺伝学的に劣性形質であること、耐性復帰株BR20において、22番染色体が減少していることから、22番染色体上の遺伝子がアポトーシス誘導に関与するのではないかと考えられた。そこで、変異株UK110に於て、22番染色体上の遺伝子がアポトーシス誘導活性を相補できるのかを明らかにするため、微小核融合法を用いて、22番染色体をUK110に導入した。具体的には、ネオマイシン耐性遺伝子が組み込まれているヒト22番染色体を持つ、マウスA9(#22Neo)細胞から微小核を精製し、これをポリエチレングリコール法でUK110に融合させ、G418で22番染色体導入細胞を選択した(Fig.2)。これらの細胞におけるFasによるアポトーシス誘導に対する感受性を細胞生存率で検討すると、親株U937と同程度の感受性を示した(Fig.3)。TNFに対しても同様に感受性を与えた。このことより、導入ヒト22番染色体は、Fas、TNF抵抗性のUK110にアポトーシス感受性を与えることが明かになった。またアポトーシス誘導に関与するといわれている遺伝子群が存在する染色体、(Fas antigen/10q24、CD40L/Xq26.3-27.1、p55TNFR/12q13、NEDD2homolog/7q34-35、ICE/11q22.2-22.3、Acid SMase/11p15.1-15.4、c-MYC/8q24)を、同様にUK110に導入してもFasに対する感受性は回復しなかった。一方、22番染色体は、抗癌剤によるアポトーシスに耐性の変異株UK711に対して抗癌剤感受性を回復させなかったことより、Fas、TNFのアポトーシス誘導経路に特異性があると考えられた。次に、22番染色体をUK110に導入すると、Fasよるアポトーシス誘導が回復することが明らかになったが、システインプロテアーゼ(特にICE-like Protease)の活性化がアポトーシス誘導に非常に重要であることが示され、FasによるアポトーシスにもこのICE-like Proteaseが関与していることが報告されてきた。そこでこれらのICE-like Proteaseのなかで、CPP32/Yamaについて、親株U937、変異株UK110、22番染色体導入株で比較検討した。CPP32は不活型のproenzymeとして細胞内に存在し、各刺激においてプロセスされ活性化体のへテロダイマーになると考えられているが、各細胞に同程度にアポトーシスを誘導する抗癌剤etoposideで処理した場合、Immunoblot上、CPP32は、proenzyme型(32kDa)から活性化体(17kDa)にプロセスされた。このことより、抗癌剤処理によるCPP32の活性化機構は、U937とUK110の間で変化は認められず、正常であることが示された。一方、抗Fas抗体でアポトーシスを誘導した場合、感受性のU937では、抗癌剤処理時同様に、CPP32は、proenzyme型から活性化体にプロセスされた。しかし耐性のUK110では、このプロセシングが非常に弱くしか誘導されないことが判明した。次に、22番染色体を導入したクローンでも検討すると、U937と同様にFasによるCPP32のプロセシングが起きることが示された。またTNFの場合もFasと同様に22番染色体を導入したクローンではCPP32の活性化が誘導されていた。これらの結果から、UK110は、抗癌剤からのCPP32の活性化機構は正常であるが、Fas、TNFからの活性化シグナルに異常があるため選択的にFasとTNFに耐性形質を示すと考えられる。さらにこのUK110の異常が22番染色体の導入により回復されることから、22番染色体上には、Fas、TNFからCPP32の活性化に至るシグナル伝達機構に機能する分子の遺伝子が存在すると推測される。また上述の研究により、抗癌剤etoposideとFasでは、少なくともCPP32の上流において、異なる制御機構の存在が示唆された。そこで、抗癌剤とFasによるアポトーシス誘導機構の違いを明らかにするため、種々の阻害剤の効果を比較検討した。古典的にICE-like proteaseの阻害剤で知られるiodoacetamideは、etoposide、Fasによるアポトーシスを両方とも良く抑制した。しかし、セリンプロテアーゼ阻害剤であるTLCKはetoposideによるアポトーシスは抑制できたが、Fasによるアポトーシスは影響を受けなかった。また阻害剤によりアポトーシスが抑制された場合、CPP32のプロセシング誘導も抑制されていた。これらの結果、抗癌剤etoposideによるアポトーシス誘導で、CPP32のプロセシング誘導には、TLCK感受性の分子が機能しているが、Fasによるアポトーシス、CPP32のプロセシング誘導ではetoposideと異なり、TLCK非感受性の分子が関与していることが判明した。この結果は、アポトーシスの実行機構としてはICE-like proteaseが重要な役割を果たしているが、その制御機構は誘導刺激により異なることを示しており、多様なアポトーシス誘導メカニズムを解明するうえで重要な情報であると考えられる。

Fig.1.Sensitivity of U937XUK110 hybrid cells against Fas-Ab(150ng/ml)/CHX(1g/ml)Table 1.Q-Bands Karyotype Study Chromosome numberFig.2.Microcell-Mediated Chromosome TransferFig.3.Sensitivity of #22 transferred cells against Fas-Ab(300ng/ml)/CHX(1g/ml)
まとめ

 本研究に於て、変異株UK110が、遺伝学的に劣性形質のFaS、TNF耐性細胞であること、さらに、22番染色体上の遺伝子産物は、Fas、TNFからの特異的なCPP32の活性化経路を回復させ、UK110の変異を相補できることを明らかにした。また抗癌剤とFasでは、CPP32の活性化にそれぞれTLCK感受性、非感受性の異なる分子が機能していることを明らかにした。今後の課題は、22番染色体上のどの遺伝子が、Fas、TNFによるアポトーシス誘導に関わるかを明らかにすることである。

審査要旨

 細胞が死ぬ時の形態は、ネクローシス(壊死)とアポトーシス (自発的死)に分類することができる。このアポトーシスと呼ばれる現象は、細胞自身の機能で積極的に死を誘導することであるが、近年、各種の抗癌剤がアポトーシスにより癌細胞を破壊することが示され、抗癌剤の新しい分子標的という点から、癌化学療法の面からも注目されている。しかし、難治性の癌細胞では抗癌剤によるアポトーシスに対しても低感受性であることが多い。一方、FasやTNFは、抗癌剤に低感受性の細胞系にもアポトーシスを誘導可能な場合もあり、現在の抗癌剤に低感受性の癌にも有効な新しい抗癌剤のデザインに於て、FasやTNFのアポトーシス誘導機構解明は、有益な情報をもたらすと考えられる。

 本研究では、上記の発想に着眼点をおき、アポトーシス誘導機構解明の為、種々のアポトーシス誘導に抵抗性を示すヒト単芽球系白血病細胞U937の変異株UK110を単離、解析し、22番染色体上にTNF、Fasによるアポトーシス誘導に関わる遺伝子が存在することを明らかにしたものである。

 以下、研究結果の要旨を記す。

(1)変異株UK110の単離と解析

 変異株UK110細胞は、抗癌剤によるアポトーシスには微弱な耐性を示すにとどまっていたが、TNF、Fasによるアポトーシスには顕著な耐性を示した。また既知の生化学的変化は認められず新しい変異株であると考えられた。

(2)細胞融合相補実験と耐性復帰株の単離と解析

 変異株UK110と親株U937で細胞融合を行い、融合細胞におけるアポトーシス感受性を検討した結果、融合細胞が感受性であることが明らかになり、UK110の耐性形質が遺伝学的に劣性変異であることが示された。このアポトーシス感受性の融合細胞より、さらにTNF-,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導に耐性の亜株BR20を単離した。アポトーシス感受性の融合細胞No.5とその耐性復帰株BR20の核型を比較したところ、22番染色体数が耐性のBR20に於て減少していることを見いだした。以上のように変異株UK110が遺伝学的に劣性であること、耐性復帰株BR20で、22番染色体が減少していることが明らかになった。

(3)微小核融合法による染色体移入

 変異株UK110に於て、22番染色体上の遺伝子がアポトーシス誘導活性を相補できるのかを明らかにするため、微小核融合法を用いて、22番染色体をUK110に導入した。導入細胞におけるFas、TNFに対する感受性を検討すると、親株U937と同程度の感受性を示した。また他の染色体導入では、効果が認められなかった。以上の結果より、導入ヒト22番染色体は、Fas、TNF抵抗性のUK110にアポトーシス感受性を回復させることが明かになった。

(4)22番染色体導入効果のメカニズムの解析

 アポトーシスに関与するICE-like protease、CPP32/Yama、ICH-1Lについて、親株U937、変異株UK110、22番染色体導入株で比較検討した。抗癌剤処理によるCPP32、ICH-1Lのプロセシング誘導活性化機構は、U937とUK110の間で変化は認められなかったが、抗Fas抗体でアポトーシスを誘導した場合、耐性のUK110では、活性化に異常を持つことが判明した。次に、22番染色体を導入したクローンで検討すると、U937と同様にFasによるCPP32、ICH-1Lのプロセシングが起きることが明らかにされた。以上の結果から、UK110は、Fas、TNFからのICE-like proteaseの活性化シグナルに異常を持つが、これが22番染色体の導入により回復されることから、22番染色体上に、Fas、TNFからCPP32の活性化に至るシグナル伝達機構に機能する遺伝子の存在が明らかになった。

(5)抗癌剤etoposideとFasのCPP32活性化機構の差異。

 抗癌剤とFasによるアポトーシス誘導機構の違いを明らかにするため、種々の阻害剤の効果を比較検討した。セリンプロテアーゼ阻害剤であるTLCKはetoposideによるアポトーシスは抑制できたが、Fasによるアポトーシスは抑制されなかった。また阻害剤によりアポトーシスが抑制された場合、CPP32のプロセシング誘導も抑制されており、CPP32の活性化機構に抗癌剤とFasでは異なる分子が要求されていることが明らかになった。

 以上本研究は、独自の変異株を用いて、22番染色体上の遺伝子産物が、Fas、TNFからのICE-like proteaseの活性化経路に関与し、また抗癌剤とFasでは、CPP32の活性化に異なる分子が機能していることを明らかにし、複雑なアポトーシスの誘導機構の解明に大きく貢献しているものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。

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