細胞が死ぬ時の形態は、ネクローシス(壊死)とアポトーシス (自発的死)に分類することができる。このアポトーシスと呼ばれる現象は、細胞自身の機能で積極的に死を誘導することであるが、近年、各種の抗癌剤がアポトーシスにより癌細胞を破壊することが示され、抗癌剤の新しい分子標的という点から、癌化学療法の面からも注目されている。しかし、難治性の癌細胞では抗癌剤によるアポトーシスに対しても低感受性であることが多い。一方、FasやTNFは、抗癌剤に低感受性の細胞系にもアポトーシスを誘導可能な場合もあり、現在の抗癌剤に低感受性の癌にも有効な新しい抗癌剤のデザインに於て、FasやTNFのアポトーシス誘導機構解明は、有益な情報をもたらすと考えられる。 本研究では、上記の発想に着眼点をおき、アポトーシス誘導機構解明の為、種々のアポトーシス誘導に抵抗性を示すヒト単芽球系白血病細胞U937の変異株UK110を単離、解析し、22番染色体上にTNF、Fasによるアポトーシス誘導に関わる遺伝子が存在することを明らかにしたものである。 以下、研究結果の要旨を記す。 (1)変異株UK110の単離と解析 変異株UK110細胞は、抗癌剤によるアポトーシスには微弱な耐性を示すにとどまっていたが、TNF、Fasによるアポトーシスには顕著な耐性を示した。また既知の生化学的変化は認められず新しい変異株であると考えられた。 (2)細胞融合相補実験と耐性復帰株の単離と解析 変異株UK110と親株U937で細胞融合を行い、融合細胞におけるアポトーシス感受性を検討した結果、融合細胞が感受性であることが明らかになり、UK110の耐性形質が遺伝学的に劣性変異であることが示された。このアポトーシス感受性の融合細胞より、さらにTNF-,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導に耐性の亜株BR20を単離した。アポトーシス感受性の融合細胞No.5とその耐性復帰株BR20の核型を比較したところ、22番染色体数が耐性のBR20に於て減少していることを見いだした。以上のように変異株UK110が遺伝学的に劣性であること、耐性復帰株BR20で、22番染色体が減少していることが明らかになった。 (3)微小核融合法による染色体移入 変異株UK110に於て、22番染色体上の遺伝子がアポトーシス誘導活性を相補できるのかを明らかにするため、微小核融合法を用いて、22番染色体をUK110に導入した。導入細胞におけるFas、TNFに対する感受性を検討すると、親株U937と同程度の感受性を示した。また他の染色体導入では、効果が認められなかった。以上の結果より、導入ヒト22番染色体は、Fas、TNF抵抗性のUK110にアポトーシス感受性を回復させることが明かになった。 (4)22番染色体導入効果のメカニズムの解析 アポトーシスに関与するICE-like protease、CPP32/Yama、ICH-1Lについて、親株U937、変異株UK110、22番染色体導入株で比較検討した。抗癌剤処理によるCPP32、ICH-1Lのプロセシング誘導活性化機構は、U937とUK110の間で変化は認められなかったが、抗Fas抗体でアポトーシスを誘導した場合、耐性のUK110では、活性化に異常を持つことが判明した。次に、22番染色体を導入したクローンで検討すると、U937と同様にFasによるCPP32、ICH-1Lのプロセシングが起きることが明らかにされた。以上の結果から、UK110は、Fas、TNFからのICE-like proteaseの活性化シグナルに異常を持つが、これが22番染色体の導入により回復されることから、22番染色体上に、Fas、TNFからCPP32の活性化に至るシグナル伝達機構に機能する遺伝子の存在が明らかになった。 (5)抗癌剤etoposideとFasのCPP32活性化機構の差異。 抗癌剤とFasによるアポトーシス誘導機構の違いを明らかにするため、種々の阻害剤の効果を比較検討した。セリンプロテアーゼ阻害剤であるTLCKはetoposideによるアポトーシスは抑制できたが、Fasによるアポトーシスは抑制されなかった。また阻害剤によりアポトーシスが抑制された場合、CPP32のプロセシング誘導も抑制されており、CPP32の活性化機構に抗癌剤とFasでは異なる分子が要求されていることが明らかになった。 以上本研究は、独自の変異株を用いて、22番染色体上の遺伝子産物が、Fas、TNFからのICE-like proteaseの活性化経路に関与し、また抗癌剤とFasでは、CPP32の活性化に異なる分子が機能していることを明らかにし、複雑なアポトーシスの誘導機構の解明に大きく貢献しているものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。 |