学位論文要旨



No 112115
著者(漢字) 永井,敦
著者(英字) NAGAI,Atsushi
著者(カナ) ナガイ,アツシ
標題(和) 離散可積分系と加速法
標題(洋) Discrete Integrable Systems and Convergence Acceleration Methods
報告番号 112115
報告番号 甲12115
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第50号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 助教授 山本,昌宏
内容要旨

 最近,「数値計算の優れたアルゴリズムの背後には可積分系の構造がある」と言われている.本論文では数列の加速法とソリトン方程式との関連および可積分系の概念に基づく加速法の拡張について報告する.

1 アルゴリズムとアルゴリズム

 数列1

 1実際は,のように無限級数の形の問題が多い.

 

 のm→∞での極限Sの近似値を求める際,直接計算すると大量のデータが必要になることがある. アルゴリズムは有名な加速法の1つで次の漸化式で与えられる.

 

 

 以上の変換を施した後,を直接計算するよりもを計算するほうがより速く極限Sに収束することが知られている.

 式(3)は従属変数変換

 

 によって次の離散型KdV方程式と等価になる.

 

 このことからはHankel行列式の比で表されることがわかる.

 

 ここで,はmに関する前進差分である.

 アルゴリズムも代表的な加速法の1つであり

 

 の形に書ける.nが大きくなると,奇数項はより速くに収束し,他方偶数項は発散する.Papageorgiou,Grammaticos,及びRamaniはアルゴリズムは離散型ポテンシャルKdV方程式と見なせることを指摘した.このことから各もHankel行列式の比の形になることがわかる.

 およびアルゴリズムは離散型KdV及び離散型ポテンシャルKdV方程式に等価である.これは2つのアルゴリズムの加速法としての等価性を意味する.

 さらに無限級数に対する-アルゴリズムは,連分数によるディオファントス近似に等価であり,連分数の各係数はQD法つまり時間を離散化した戸田分子方程式で記述される.このことを用いて戸田分子方程式の解の時間発展による加速法の1つの解釈を与える.

2 アルゴリズム

 加速法の1つ,アルゴリズムは次の漸化式で与えられる.

 

 アルゴリズムはアルゴリズム(9)で右辺の1がnに変わったに過ぎない.ところがこの違いが加速法および離散型ソリトン方程式としてさまざまな興味深い違いを生ずる.

 第1に加速法としての性能の違いである.アルゴリズムは指数関数的に減衰する数列や交代級数の加速に適しているのに対しアルゴリズムは有理関数的に収束する数列の加速に適している.第2の違いはそれらを差分方程式と見たときの解の形の違いである.がHankel行列式を用いて表されたのに対し,は2重Casorati行列式を用いて表される.

 

 第3にアルゴリズムは離散型ポテンシャルKdV方程式であったが,アルゴリズムは連続極限を考えることによって,円筒型KdV方程式

 

 の1つの可積分な離散化と考えられる.

 前述の通り,アルゴリズムは2重Casorati行列式を用いて表すことができるが,この行列式は連分数による有理式補間にも現われる.この事実を用いてアルゴリズムは次の形に自然に拡張される.

 

 式(17)で与えられるアルゴリズム(Thieleのアルゴリズムと呼ぶ)は従来のアルゴリズム(11)より広いクラスの数列の収束を加速する.

3 PGRアルゴリズム

 及びアルゴリズムをさらに拡張した次のアルゴリズムを考える.

 

 Papageorgiouらは式(18)について非線形差分方程式の可積分系のチェックに用いられる特異点閉じ込め法(singularity confinement test)を適用した.その結果,

 

 を満たすとき,このテストをパスすることが示された.,及びThieleのアルゴリズムは条件(19)を満たしている.

 この"可積分な"アルゴリズム(PGRアルゴリズム)について,

 

 のとき,1変数を消去することによって,離散型パンルベ方程式のI型,

 

 が得られることがわかった.

 またPGRアルゴリズムの加速法としての性能はどうなるか?これまでに数値実験をいろいろなケースで行なってきたが,直観的にいうと加速はよくない.しかし,特殊な場合として,

 

 のとき,かなり広いクラスの数列を加速する.

4 終りに

 数列の加速法の1つであるアルゴリズムとアルゴリズムはそれぞれ離散型KdV方程式および離散型ポテンシャルKdV方程式に等価であり,アルゴリズムとしての性能は2つとも同じである.またアルゴリズムは外見上はアルゴリズムに類似しているにも関わらず,まったく異なった性能を有する.これはアルゴリズムを差分方程式と見たときの解の行列式表現の違いにも反映されている.さらにアルゴリズムにおいて行列式の要素を変形することにより,従来より広いクラスの数列を加速できる.

 では他のアルゴリズムは何らかの可積分なソリトン方程式になっているのか?他の離散型ソリトン方程式を考えたり,または行列式の構造を変形したりすることによって,新しい加速法を作れるのか? 言い替えれば数列を加速するということと離散方程式が可積分であるということはどのように関連するのか?その他にも固有値計算や線形計画問題において非線形可積分系の構造があることが報告されているが,どうして数値計算のアルゴリズムとソリトン方程式が一致するのか?この問題の解明によるソリトン理論の数理工学への応用,これを今後の課題としたい.

審査要旨

 近年,数値計算の優れたアルゴリズムの背後には可積分系の構造があることが指摘されはじめている.本論文ではアルゴリズムのうちとくに数列の加速法に着目し,それと可積分系の代表例であるソリトン方程式との関連について考察を加えている.また,その結果に基づいて新しい加速法を提案している.

 数列の加速法とは次のような方法をいう.数列,S0,S1,S2,…,Sm,…のm→∞での極限Sの近似値を求める際,直接計算すると大量のデータが必要になることがある.そこで適当な変換をほどこした数列に対して計算を行ない,より速く極限Sに収束させる.問題は変換のアルゴリズムと収束の程度である.加速法にはさまざまなものがあるが,本論文で対象としたのは,アルゴリズム,アルゴリズム,アルゴリズムおよびPGRアルゴリズムである.

 論文ではまず漸化式

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 で与えられるアルゴリズムを取り扱い,従属変数変換112115f24.gifによって離散型KdV方程式と等価になることを示している.また,その帰結としてがHankel行列式の比で表されることを明らかにし,アルゴリズムについて最近報告された結果との比較検討により,2つのアルゴリズムは加速法として等価であることを指摘している.さらに,無限級数に対するアルゴリズムは,連分数によるディオファントス近似に等価であり,連分数の各係数はQD法つまり時間を離散化した戸田分子方程式で記述されるという事実を用いて,戸田分子方程式の解の時間発展による加速法の1つの解釈を与えている.

 次に論文で取り扱ったのは漸化式

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 で与えられるアルゴリズムである.アルゴリズムやアルゴリズムが指数関数的に減衰する数列や交代級数の加速に適しているのに対し,アルゴリズムは有理関数的に収束する数列の加速に適している.論文提出者はその差の一つの理由として,アルゴリズムを差分方程式と見たときの解の形の違い,すなわちがHankel行列式を用いて表されたのに対し,は2重Casorati行列式を用いて表される点を指摘している.また,ソリトン方程式との関連については,アルゴリズムの連続極限が円筒型KdV方程式になるという新しい結果を示している.さらに,解の形の考察から,アルゴリズムは

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 の形に自然に拡張されることを示したのち,このアルゴリズムは従来のアルゴリズムより広いクラスの数列の収束を加速することを明らかにしている.

 論文では最後に及びアルゴリズムをさらに拡張した

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 を考察している.このアルゴリズムは最近Papageorgiouらが特異点閉じ込め法を利用して,

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 を満たすとき可積分となることを示したものである.論文提出者は,まずこの可積分なアルゴリズム(PGRアルゴリズム)について,

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 のとき,1変数を消去することにより,離散型パンルベ方程式のI型の特別な場合になることを見いだしている.また,112115f30.gifの場合に広いクラスの数列を加速することを数値実験により示している.

 以上,本論文ではさまざまな数列の加速法と可積分系との関連を考察し,それら両者に対して新しい知見を加えている.また,得られた結果は数理工学を含む数理科学における応用と一般化が期待されるものである.よって,論文提出者 永井 敦 は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53915