学位論文要旨



No 112117
著者(漢字) 林,正人
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,マサト
標題(和) SU(3)平坦接続のモジュライ空間とフュージョンルール
標題(洋) The Moduli Space of SU(3)-Flat Connections and the Fusion Rules
報告番号 112117
報告番号 甲12117
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第52号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 教授 落合,卓四郎
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 助教授 中島,啓
 東京大学 助教授 松尾,厚
内容要旨

 Dを向き付けられた3つ穴のあいた2次元球面とする。この論文の主たる内容は、D上のSU(3)-平坦接続のモジュライ空間の存在条件を決定し、この条件と(3;C)フュージョンルールを比較する事により、フュージョンルールに関する新しい結果を得ることである。得られた条件はフュージョン係数が消えないための必要条件であり一群の不等式を用いて記述されるが、フュージョンルールに関する条件の中でも最も簡単な記述の一つになっている。この不等式に於ける等号を一つでも満たすような最高ウェイトの重複度は1でなければならないことも示した。これはPRV-予想の量子化版と考えられるが、モジュライ空間がCP1か1点に位相同型であることから導かれる。

 G=SU(3)とする。TをGの標準的極大トーラスとして固定すると、Gの共役類の空間G/AdGはt=Lie(T)内の三角形領域と同一視される。共役類の三つ組=(,,)∈3を一つ固定し、に付随したD上のSU(3)-平坦接続のモジュライ空間を考える。このモジュライ空間の存在条件は、,,の成分を用いて次のように記述される。

 定理A(定理4.3).三つ組=(,,)に対して、=(1,2,3),=(1,2,3),=(1,2,3)と書く。このとき、モジュライ空間が空集合とならないための必要十分条件は、,,が次の18本の不等式全てを満たすことである。

 

 但し、ここに於いて∈Z/3Zは各不等式の左辺i+j+kの添え字集合{i,j,k}に対してそのサイクリックな入れ替えとして作用する。

 この条件は、を定める方程式から定義される写像:T\G/T→を調べることにより求められる。この写像は、あるモーメント写像から導かれるものと考えられ、その像は内の多角形領域となる。この領域をQ=Q(,)と書く。最も一般的な場合、Qは六角形となる。定理Aの(1.1),(1.2)で与えられた条件は*=(-3,-2,-1)がQに含まれることと同値である。また、*の逆像(*)を調べることにより、モジュライ空間の位相型を決定することが出来る。

 定理B(定理4.6).三つ組=(,,)は定理Aに於ける全ての不等式を満たしているとする。このとき、モジュライ空間はCP1または1点に同相である。より正確には、

 

 となる。

 をsl(3;C)の双対カルタン部分環とする。レベルと呼ばれる正整数Kを固定し、P+(3;K)⊂をレベルKドミナント整ウェイトの集合と考える。P+(3;K)を包絡するの三角形領域*(アルコーブと呼ばれる)はアフィンワイル群の作用に関する基本領域と考えられ、との間にのこの作用と両立する自然な同型写像f:*を構成することが出来る。この同一視の下で=f(),=f(),=f()とおくと、定理Aで与えられた条件は,,を用いて書き直すことが出来る(系5.2)。Q=Q(,)に対応する領域をQ*=Q*(,)とする。一方、[KMSW]に拠れば(3;C)フュージョンルールは、Berenstein-Zelevinsky三角形を用いることによって完全に記述されている。系5.2の結果をこれと比較すると次の定理を得る。

 定理C(定理5.4).もしがQ*=Q*(,)に含まれなければ、フュージョン係数は消える。より具体的には以下のように記述される。

 V*=V*(,)⊂*(∈W)全体からなる集合とする。ここで、WはG=SU(3)のTに関する(古典)ワイル群で、*は上で述べたの作用に関するの軌道上の*を通る唯一の点を表す。もし=[1,2]が以下の不等式

 

 を満たさなければ、=0となる。

 これはフュージョンルールに関する新しい記述法であり、今までに知られているフュージョンルールを与える条件の中でも最も簡単な記述の一つとなっている。この条件は勿論必要条件に過ぎないが、本論分に於いてもいくつかの例をあげたようにQ*=Q*(,)の頂点に位置する最高ウェイトはフュージョン代数の積の分解に必ず現れるであろうと期待される。これに関連して、次の定理を示した。

 定理D(定理5.5).Q*=Q*(,)の境界に現れるの重複度は=1である。

 この結果は、PRV-予想([PRV],[Ku])の量子化版であると考えることが出来る。これは∈Q*(,)に対応するモジュライ空間が1点になることに対して、[F],[BL],[KNR]の結果を適用することにより証明される。また、定理Cの系として、フュージョン係数が消えなければ、三つ組=(f-1(),f-1(),f-1())∈3に付随するモジュライ空間も空集合とはならないことが示される。これは[F],[BL],[KNR]の結果を部分的にではあるが、基本的な道具のみを用いてG=SU(3)の場合について追確認したことになる。

REFERENCES[BL] A.Beauville and Y.Laszlo,Conformal Blocks and Generalized Theta Function,Commun.Math.Phys.164(1994),385-419.[F] G.Faltings,A Proof for the Verlinde Formula,J.Alg.Geom.3(1994),347-374.[KMSW]A.N.Kirillov,P.Mathieu,D.Senechal and M.A.Walton,Can Fusion Coefficients Be Calculated from the Depth Rule?,Nucl.Phys.B391(1993),651-674[KNR] S.Kumar,M.S.Narasimhan and A.Ramanathan,Infinite Grassmannians and Moduli Spaces of G-bundles,Math.Ann.300(1994),41-75.[Ku] S.Kumar,Proof of the Parathasarathy-Rango Rao-Varadarajan conjecture,Invent.Math.93(1988),117-130[PRV] K.R.Parathasarathy,R.Rango Rao and V.S.Varadarajan,Representations of Complex Semisimple Lie Groups and Lie Algebras,Ann.Math.85(1967),383-429
審査要旨

 リーマン面上の共形場理論における,共形ブロック空間の次元はVer-linde公式によって与えらる.また,共形ブロックの空間は,幾何学的には,リーマン面上のG平坦接続のモジュライ空間のケーラー偏極による量子化の空間としてとらえられることが知られている.一方,平坦接続のモジュライ空間は,シンプレクティック構造をもち,G=SU(2)の場合には,共形ブロックの空間の次元は,へのトーラス作用に関するモーメント写像の像の格子点の個数によって与えられることが,Jeffery-Weitsmanによって示された.

 論文提出者 林正人は,Verlinde公式を,モジュライ空間のシンプレクティック幾何の立場からとらえることをテーマとして研究した.具体的には,G=SU(3)の場合について,リーマン面のパンツ分解にあらわれる3つ穴のあいた球面上のG平坦接続のモジュライ空間を調べ,次のような成果を得た.まず,極大トーラスTについて,モーメント写像f:G/T→Cを構成して,モジュライ空間をfの逆像としてとらえ,モジュライ空間が空でないとき,S2または一点になることを示した.また,モーメント写像の像を決定し,モジュライ空間が空でないための必要十分条件を不等式で与えた.さらに,この不等式が,Berenstein-Zelevinsky三角形の存在条件の必要条件であることを示し,Kirillovらの結果とあわせて,モジュライ空間が空ならば,共形ブロックの空間の次元が0となるという事実に関する初等的な証明を得た.さらに,モーメント写像の像の境界の格子点について,対応する共形ブロックの空間が1になることを示した.

 3つ穴のあいた球面の場合,共形ブロックの空間の次元は,fusion代数の構造定数にほかならない.林正人の結果は,SU(3)fusion代数に関して,幾何学的な観点から,新たな知見を与えるものであり,また,共形場理論をシンプレクティック幾何の立場から理解する上で重要なステップを確立するものである.よって,論文提出者 林正人 は,博士(数理科学)の学位を受けるに充分な資格があると認める.

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