学位論文要旨



No 112119
著者(漢字) 山崎,晋
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ススム
標題(和) フックス型超局所微分作用素に対するグルサ問題とその応用
標題(洋) Goursat problem for a microdifferential operator of Fuchsian type and its application
報告番号 112119
報告番号 甲12119
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第54号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,清臣
 東京大学 教授 小松,彦三郎
 東京大学 教授 金子,晃
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 助教授 堤,誉志雄
内容要旨

 整型(又は実解析的)範疇のGoursat問題には幾つかの研究が成されており,特にC.Wagschalはこの問題を積分-微分方程式系に拡張し,Cauchy-Kovalevskaja型定理(即ち一意可解性定理)を示している.併し乍ら,超局所解析に於いてはGoursat問題の研究は現在の所見当たらない様である.そこでこの論文では,多変数Fuchs型超局所微分作用素(microdifferential operator)に依る整型函数及び超局所函数(microfunction)の枠内のGoursat問題を考察する.

 (一つの変数に関する)Fuchs型の概念は先づ偏微分作用素の場合にM.S.Baouendi-C.Goulaouicに依って導入され,又Cauchy-Kovalevskaja型定理も示された.これに続いてN.S.MadiはFuchs型作用素を多変数に拡張し整型函数に於けるGoursat問題のCauchy-Kovalevshja型定理を証明した.

 一方Baouendi-Goulaouicに引き続き,多くの数学者に依りFuchs型作用素に対して初期値問題のほぼ満足すべき結果が得られている.例えば田原はVolevicの意味のFuchs系を扱い,複素領域に於いてCauchy-Kovalevskaja型定理を示した.彼はその超局所解析への応用として,"Fuchs型双曲系"の仮定下で佐藤超函数(Sato hyperfunction,以下単に超函数と呼ぶ)の枠内での初期値問題の一意可解性を示し,その応用として柏原-河合の方法の延長に依り,超局所微分作用素の"Fuchs型超局所双曲系"に対し超局所函数の枠内での斉次初期値問題の可解性定理を証明した.更に大阿久はFuchs型双曲型超局所微分作用素に対して超局所函数の枠内での非斉次初期値問題の可解性定理を証明し,又Fuchs型超局所微分作用素に対してF-mildの仮定下で一意性を示した.

 そこでこの論文では上の結果の自然な拡張として,多変数Fuchs型超局所微分作用素を定義し,超局所微分作用素の整型函数に対するBony-Schapiraの作用を用いてGoursat問題のCauchy-Kovalevskaja型定理を示す.更に応用として,作用素に対する或る種の双曲型に類似する条件の下で初期値が充分"滑らか"な場合に,超局所函数の枠内でのGoursat問題の可解性を示す.

 以下定理を精確に述べる為,記号を幾つか準備する.

 Nを正の整数全体の集合とし,N0:=N∪{0}とする.d,n∈Nに対して,=(1,…,d)∈Cd,z=(z1,…,zn)∈Cnなる座標を用いる事とする.又,一般に集合Dで定義された整型函数の全体の集合を(D)で表す.=(1,…,d)∈Rdに対して[]+:=([1]+,…,[d]+)([j]+:=max{j,0})と置く.m=(m1,…,md),を固定する.R=(R1,…,Rd)∈Rdに対してB(R):={∈Cd;|j|<Rj(1jd)}とする.V⊂Cnを原点の相対compact開近傍とし,正数h0に対してU={(z,)∈T*Cn;z∈V,1=1,|j|<h0(2jn)}と置く.

 定義.[U]×[B(R)]([ ]は閉包を表す)の近傍で定義された|m|階超局所微分作用素P(z,;,∂z)が重み(k,m)のFuchs型とは

 

 の形であって以下の条件を満たす事と定義する:

 (1)各を整型助変数に持つ;

 (2)各

 

 の形であり

 (2-1)Pmk;

 (2-2)ord(z;∂z)0;

 を満たす.但し1d:=(1,…,1)∈Ndとする.

 上の定義に於いて,Fuchs型という概念はz変数の座標変換,より一般に(z;)変数の被量子化接触変換(quantized contact transform)で不変である事に注意する.

 T=(T1,…,Td)をd個の不定元とする.Pが重み(k,m)のFuchs型の時その決定多項式(indicial polynomial)を

 

 で定義する(但しとする).

 注意.d=1ならば,上のFuchs型の定義は田原に依り導入されたFuchs型に一致し更に一般のdに対してはMadiの意味のFuchs型偏微分作用素の自然な拡張となっている.

 A(z,;∂z)を[U]×[B(R)]の近傍で定義されたを整型助変数に持つ有限階超局所微分作用素とする.或るc∈Cを取り:={z∈Cn;z1=c}とする.次に開凸集合⊂VがBony-Schapiraの意味でh0--平坦とする.即ち,Vはz∈,w∈且つh0|zj-wj||z1-w1|(j=2,…,n)ならばw∈を満たす集合とする.この時,任意の×B(R)上の整型函数f(z,)に対してBony-Schapiraの議論が適用出来て,整型助変数付きの超局所微分作用素の整型函数への作用f(z,)∈(×B(R))がwell-definedが従う.z0を固定し

 

 と置く.次の条件を考える.

 [A-1].或る定数C>0と[U]の近傍Wとが存在して任意の(z;)∈[W]及び(m-k)に対して

 

 定理.[A-1]を仮定する.この時,或る定数0>0が存在して次が成り立つ:

 0<h<h0及び0<<0を任意に選ぶ.をh--平坦なVの開凸な部分集合であってdiaを満たすとする(但しdiaは直径を表す).この時或る定数(P及びのみに依存する)が存在して次を満たす:任意の×B(R)上の整型函数f(z,),g(z,)に対してGoursat問題

 

 の整型函数解u(z,)が一意に存在して(少なくとも)

 

 で整型となる.

 注意.Pが微分作用素の時,上の定理はMadiに依って得られている.

 この定理を超局所解析に応用する.以下簡単の為d=2と仮定する.M:=Rn×R2={(x,t)}その複素化をX:=Cn×C2=Y×C2={(z,)}.とし,更にN:=Rn={x∈Rn}M∩{t=0}M,L:=X∩{Imz=0}=Rn×C2,,と夫々置く.X(resp.Y)上の超局所函数の層を通常の様に(resp.)と書き,更に上の整型助変数付き超局所函数の層をとする.なる自然写像とすると規準的に次がある;

 

 p0:=としP(x,t;∂x,∂t)を-1(p0)の近傍に於ける重み(m,k)のFuchs型超局所微分作用素とする.この時

 

 が誘導される.Pの主表象|m|(P)に対して次の条件を考える:

 [A-2].或る函数が存在し|m|(P)(z,;,)=k(z,;,)と書けは次の条件を満たす:

 或る正定数h0,Mが存在して集合

 

 上で(z,t;,)は零にならぬ.

 定理.[A-1]と[A-2]とを仮定する.この時,任意の整型助変数付き超局所函数

 

 に対してGoursat問題

 

 の超局所函数解

 

 が存在する.

 系.Pは解析的微分作用素であり[A-1]及び次を仮定する;

 或るPj(j=1,2)が存在して

 

 と書けPjは各々tj方向に双曲型である.

 この時,任意の整型助変数付き超函数

 

 に対してGoursat問題

 

 の超函数解

 

 でtを実解析的助変数に持つものが存在する.

審査要旨

 本論文提出者は多変数Fuchs型超局所微分方程式に対し、複素および実領域においてGoursat問題の可解性を研究した。偏微分方程式に対しては数理物埋からの影響で初期値問題、境界値問題及び初期値-境界値混合問題などが広く研究されている。これに対しフランスの数学者Goursatが提起した、余次元d>1の部分多様体

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 上に初期データを与えて解く問題はGoursat問題と呼ばれ、主に数学的興味から研究されてきた。実際Goursat問題の対象となる作用素はその主要部がのような独特な形をしているものに限られるため一般的な関心の対象にはならなかったともいえる。しかし上記の3問題が佐藤超関数論を含めいろいろな観点から研究し尽くされているのに対し、Goursat問題は特に超局所解析の立場からは全く研究されていなかった。他方で特性初期値または境界値問題の理論の対象として応用上も極めて重要である、Fuchs型偏微分作用素はBaouendi-Goulaouicによって導入され、複素および実領域にわたって広範に研究されてきた。佐藤超関数の分野でも田原によるFuchs双曲型方程式に対する先駆的な研究、大阿久によるFuchs型超局所微分作用素に対する一連の研究など深い結果が得られている。実は境界値問題を代数解析的にスマートに扱うには非特性の作用素の場合でも形式的に退化させ、Fuchs型作用素として扱った方が良いことも最近の研究でわかっている。ただし以上の研究は退化する場所が余次元1の超曲面の場合であり、そのような退化する面d(>1)個が横断的に一点で交わっている場合、すなわち多変数Fuchs型の場合はMadiによって初めて本格的に研究された。Madiは複素領域における多変数Fuchs型偏微分作用素に対し、対応するGoursat問題が一意可解であることを示した。

 本論文提出者はこれらの結果を踏まえ、Madi型の多変数Fuchs型作用素の超局所解析を試みた。具体的には主定理として多変数Fuchs型作用素のクラスをMadiにならって超局所微分作用素にまで広げ、正則関数解に対するGoursat問題の一意可解性を示した。ただし超局所微分作用素の正則関数に対する作用はBony-Schapiraのactionとしてよく知られた、微分と不定積分を組み合わせた無限級数として定義されるもので、積分原点に当たるものを一つ与えれば正則関数として定まり、実領域への境界値がとれる場合はマイクロ関数に対する作用と両立する。またその応用としてd=2の場合の実領域での可解性定理を得た。すなわち、Fuchs型(超局所)微分作用素の主シンボルに関する然るべき仮定(双曲型作用素の積をモデルとする条件)の下で、方程式の右辺がt1,t2に正則に依存する超関数またはマイクロ関数ならば対応する(超局所)Goursat問題は可解であることを示した。類似の結果が非特性双曲型作用素の積の場合、Cカテゴリーにおける混合問題の研究から派生した問題として長谷川-萬代による存在定理があるが、本結果はFuchs的な退化も許す、双曲型作用素の積で表せない場合も含む、或いは考えているカテゴリーが佐藤超関数と解析的特異性のカテゴリーであり、証明方法も全く異なる、など従来にない興味深い結果である。主定理の証明についてはMadiのアイデアに負うところが大きいが、超局所微分作用素に拡張したことによる複雑さを,Boutet de Monvelらのformal normの方法をうまく用いて処理し簡潔な証明を与えていることは評価できる。また実領域での可解性定理の証明ではまず右辺の定義関数をうまく選んで主定理から得られる正則解を作る。さらにその正則解を主シンボルの条件を使って実軸ぎりぎりまで解析接続する、というこの分野では常套手段となっている方法を使うがtが2変数である場合であり,Goursat問題の解である特殊性をうまく利用しないとできない。従ってこの証明自体新しく、興味深い点を多く含んでいる。これらは今後、より一般の場合を解析する際の良き手本となると思われ、高く評価できる。よって、論文提出者 山崎 晋は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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