学位論文要旨



No 112124
著者(漢字) 太田,雅人
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,マサヒト
標題(和) シュレディンガー方程式と波動方程式の連立方程式系の孤立派の安定性について
標題(洋) Stability Problem for Solitary Waves to Coupled Systems of Schrodinger and Wave Equations
報告番号 112124
報告番号 甲12124
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第59号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堤,誉志雄
 東京大学 教授 金子,晃
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 俣野,博
 早稲田大学 教授 堤,正義
内容要旨

 本論文では、数理物理に現れるシュレディンガー方程式と波動方程式の連立方程式系の孤立波解の安定性について考察する。非線形シュレディンガー方程式や非線形波動方程式など単独の非線形保存系偏微分方程式の孤立波解の安定性及び不安定性に関しては’80年代初頭より多くの研究者によって研究されてきた。特に、単独の非線形シュレディンガー方程式の孤立波解の安定性・不安定性に関する数学的研究は、主に変分法を用いてBerestycki and Cazenave(’81),Cazenave and Lions(’82),Weinstein(’83)などにより始められた。また、単独の非線形クライン・ゴルドン方程式の孤立波解の安定性・不安定性に関しては、Shatah(’83),Shatah and Strauss(’85)などにより研究された。その後、非線形シュレディンガー方程式、非線形クライン・ゴルドン方程式、一般化されたKdV方程式などの孤立波解の安定性・不安定性の問題はGrillakis,Shatah and Strauss(’87,’90)により線形化作用素のスペクトル解析を用いて抽象的な枠組にまとめられた。しかし、それらが連立した方程式系に関しては初期値問題の可解性については詳しく研究されているが、孤立波解の安定性については、これまであまり研究されていないように思われる。

 本論文では、第0章で歴史的背景などを述べた後、第1章では光ファイバー中のパルスの伝播を記述するモデルなどに現れる3次の非線形項をもつ空間1次元の非線形シュレディンガー方程式系を、第II章では湯川相互作用をもつ空間3次元のクライン・ゴルドン・シュレディンガー方程式系を、第III章ではプラズマ物理に現れるシュレディンガー方程式と波動方程式の連立した空間1次元のザハロフ方程式系を取り上げ、それらの孤立波解の安定性を示す。いずれも数理物理に現れる連立非線形偏微分方程式系であり、それらの孤立波解の安定性を調べることは数学的にも物理的にも興味深いことであるが、これまでは少なくとも数学的に厳密な結果はあまり得られていなかった。本論文では、主に単独の非線形シュレディンガー方程式の基底定常解から生成される孤立波解の安定性を示したCazenave and Lions(’82)による変分法を用いる方法を自然に拡張し、それぞれの連立方程式系の孤立波解の安定性を示す。なお、本論文で扱う連立方程式系の孤立波解は、いずれも対応する単独方程式の孤立波解から作られるが、たとえ単独方程式の解として安定であっても、連立方程式系の解構造はより複雑であるから、一般に連立方程式系の孤立波解の安定性は、対応する単独方程式の孤立波解の安定性から直ちには導かれないことに注意する。実際、単独方程式の安定孤立波解から作られる連立方程式系の孤立波解で、その安定性が不明であるような例は多く存在する。

 以下、各章における主結果を述べる。第I章では、単独の3次の非線形項をもつ空間1次元の非線形シュレディンガー方程式:

 

 の自然な拡張と考えられる次の連立系を取り上げる。ここで、a>-1は定数である。

 

 ここで、(2)はuとに関して対称だから(1)の孤立波解u(t,x)=eiwtw(x)から(2)の孤立波解(u(t),(t))=(eiwtw,eiwtw)が得られる。ここで、w>0でw

 

 の=a+1のときの解である。このとき、任意のw>0に対して(1)の孤立波解u(t)=eiwtwが安定であることはCazenave and Lions(’82)により示されている。第I章では次の結果を示す。

 定理I.a>-1とする。任意のw>0に対して(2)の孤立波解(u(t),(t))=(eiwtw,eiwtw)は安定である。

 定理Iの証明は、単独の定常問題(3)の解wから作られる(w,w)が、連立方程式系(2)に対応する定常問題の基底状態解であることを示すことによりなされる。なお、a>0のときはw=aのときの(3)の解とすると、(2)の孤立波解(u(t),(t))=(eiwtw,0)(0,eiwtw)が安定であることも同様にして示すことができる。

 第II章では湯川相互作用をもつクライン・ゴルドン・シュレディンガー方程式系:

 

 を考える。ここで、uは複素数値、は実数値関数で、mは実定数。(4)の孤立波解(u(t,x),(t,x))=(eiwtw(x),w(x))の安定性を考える。ここで、w>0で(w,w)は

 

 の基底状態解とする。ここでは簡単のためm=0の場合だけ考える。このとき、

 

 の正値球対称解である。

 定理II.m=0とする。任意のw>0に対して(4)の孤立波解(u(t),(t))=(eiwtw(x)w(x))は安定である。

 上で定義されたu(t,x)=eiwtw(x)は単独の非線形シュレディンガー方程式:

 

 の孤立波解であるが,それが安定であることは、Cazenave and Lions(’82)により示されている。一方、単独の非線形クライン・ゴルドン方程式の時間に依らない基底定常解はすべて不安定であることが、Berestycki and Cazenave(’81)とShatah(’85)によって示されている。第II章では、m>0の場合も含めて(u(t,x),(t,x))=(eiwtw(x),w(x))という形のクライン・ゴルドン方程式とシュレディンガー方程式の連立系(4)の安定な孤立波解が存在することを示す。

 第III章では、プラズマ物理に現れるシュレディンガー方程式と波動方程式の連立した空間1次元のザハロフ方程式系:

 

 を考える。ここで、uは複素数値、nとは実数値関数。(8)の孤立波解(u(t,x),n(t,x),(t,x))=(expi[(c/2)x-(c2/4)t+wt]w,c(x-ct),w,c(x-ct),cw,c(x-ct))の安定性を考える。ここで、w,c=(1-c2)-1のときの(3)の解である。

 定理III.任意のw>0,-1<c<1に対して(8)の孤立波解(u(t,x),n(t,x),(t,x))=(expi[(c/2)x-(c2/4)t+wt]w,c(x-ct),(eiwtw,c(x),w(x))は安定である。

 定理IIIの証明は、ザハロフ方程式系(8)のエネルギーと対比する単独の非線形シュレディンガー方程式:

 

 のエネルギーとの関係を導き、単独方程式(9)の孤立波解

 

 が安定であることを利用してなされる。なお、定理IIIと類似の結果がWu(’94)とLaurencot(’95)によって別の証明方法を用いて独立に発表されている。

審査要旨

 本論文では、数理物理に現れるシュレディンガー方程式と波動方程式の連立方程式系の孤立波解の安定性について考察している。非線形シュレディンガー方程式や非線形波動方程式など単独の非線形保存系偏微分方程式の孤立波解の安定性及び不安定性に関しては’80年代初頭より多くの研究者によって研究されてきた。特に、単独の非線形シュレディンガー方程式の孤立波解の安定性・不安定性に関する数学的研究は、主に変分法を用いてBerestycki and Cazenave(’81),Cazenave and Lions(’82),Weinstein(’83)などにより始められた。また、単独の非線形クライン・ゴルドン方程式の孤立波解の安定性・不安定性に関しては、Shatah(’83),Shatah and Strauss(’85)などにより研究された。その後、非線形シュレディンガー方程式、非線形クライン・ゴルドン方程式、一般化されたKdV方程式などの孤立波解の安定性・不安定性の問題はGrillakis,Shatah and Strauss(’87,’90)により線形化作用素のスペクトル解析を用いて抽象的な枠組にまとめられた。しかし、それらが連立した方程式系に関しては初期値問題の可解性については詳しく研究されているが、孤立波解の安定性については、数学的立場からの研究はあまりなかった。

 本論文では、第0章で歴史的背景などを述べた後、第I章では光ファイバー中のパルスの伝播を記述するモデルなどに現れる3次の非線形項をもつ空間1次元の次のような非線形シュレディンガー方程式系を考えている。

 112124f14.gif

 第II章では湯川相互作用をもつ空間3次元のクライン・ゴルドン・シュレディンガー方程式系

 112124f15.gif

 を、また第III章ではプラズマ物理に現れるシュレディンガー方程式と波動方程式の連立した空間1次元のザハロフ方程式系

 112124f16.gif

 を取り上げ、それぞれの孤立波解の安定性を示している。いずれも数理物理に現れる連立非線形偏微分方程式系であり、それらの孤立波解の安定性を調べることは物理的にも興味深い。この種の問題は、数学的には無限次元ハミルトン系の定常解の安定性という形に定式化され、数学的にも非常に重要な問題である。本論文では、主に単独の非線形シュレディンガー方程式の基底定常解から生成される孤立波解の安定性を示したCazenave and Lions(’82)による変分法を用いる方法を連立方程式系に対して拡張し、それぞれの連立方程式系の孤立波解の安定性を数学的に証明している。なお、本論文では、連立方程式系の孤立波解として、対応する単独方程式の孤立波解から作られる解を扱っている。しかし、たとえ単独方程式の解として安定であっても、連立方程式系の孤立波解として安定であるかどうかは、単独方程式の安定性の議論から直ちに導くことはできない。従って、単独方程式の解から作られる孤立波解であっても、その安定性を示そうとすると、システムとしての困難さがやはり生じる。論文提出者は、方程式固有の保存量を巧みに用いて、孤立波解の変分法的特徴付けを与えることにより、この困難を克服した。

 本論文における結果とその証明方法は、連立方程式系の孤立波解の安定性を数学的に厳密に考察したものとしては、先駆的なものと言って良く、今後の進展も大いに期待される。よって、論文提出者太田雅人は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

UTokyo Repositoryリンク