学位論文要旨



No 112125
著者(漢字) 小笠,英志
著者(英字)
著者(カナ) オガサ,エイジ
標題(和) 球面の中の球面同士の交叉について
標題(洋) On the intersection of spheres in a sphere
報告番号 112125
報告番号 甲12125
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第60号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 矢野,公一
 大阪市立大学 教授 河内,明夫
内容要旨

 我々は部分多様体同士の交叉について、もっと研究しなければならない。

 なぜならば、たとえば、"高次元linkのlink cobordismによる分類"という,多様体やその埋め込みを考える上で基礎的な問題が未解決である。高次元knotのcobordismによる分類はSeifert hypersurfaceのsurgeryが、うまくできるので,すでになされている。linkの場合は、linkの各成分にSeifert hypersurface(という部分多様体)を張ったとき一般にはお互いが交叉するため困難がある。(高次元knot(link)cobordismについては,本編のReferenceを参照せよ。)

 本稿では、部分多様体同士の交叉についての新理論を構築するために次の観点を提出する。『部分多様体同士の交叉は、もとのそれぞれの部分多様体の中で新たな部分多様体になっている。その埋め込みのタイプに注目する。』この観点からPart I-IVのような問題を提出して疑問に答える。これらの問題は、高次元knotの新型問題でもある。

PartI

 5次元球面S5の中で、2つの3次元球面が、それぞれ埋めこまれていてお互いにtransverseに交わっているとする。これをと書く。ここにf()∩f() in (i=1,2)という2つの1次元絡み目が得られた。またf() in S5(i=1,2)という2つの3次元結び目が得られた。ここで『2つの1次元絡み目L1,L2、と2つの3次元結び目X1,X2が与えられた時、上のようなあるfがあって上のような4組として実現されるための条件を求めよ。』という問題を考える。

 次のようにArf invariant と mod2 linking numberで特徴付けられる。

 『定理.次の(1)と(2)は同値である。

 (1)2つの1次元絡み目L1=(K11,…,K1m),L2=(K21,…,K2m),と2つの3次元結び目X1,X2が与えられた時、上のような4組として実現される。

 (2)2つの1次元絡み目L1,L2,と2つの3次元結び目X1,X2がつぎの(i)、(ii)のうちいずれかを満たす。

 (i)L1とL2がともにproper linkであって

 Arf(L1)=Arf(L2)

 (ii)L1とL2がともにnon proper linkであって

 lk(K1j,L1-K1j)≡lk(K2j,L2-K2j) mod 2 for all j』

 必要性の示し方。のSeifert surfaceをViとする。V1∩V2がK1、K2それぞれのSeifert surfaceのrel ∂なframed cobordismを与えることに注目する。Arf invariantとmod2 linking numberをを使ってよみかえて、に障害があることを示す。十分性は、後述。

 さらに次のことも調べた。self-transeverese immersion f:S3→S5でsingular point set C in S5がconnectedなものを考える。するとf-1(C)in S3は2成分1次元linkか1次元knotになる。ここで『上のf-1(C)in S3として、どのようなものが得られるか?』という問題を考える。答えは、次のようになる。

 『定理.すべての2成分1次元linkおよび1次元knotが得られる。』

 ここで次の事実が興味を魅く。最初の方の結果では、f()∩f() in f()がi=1の方は自明なknot、i=2の方はtrefoil knotということはいかなるfに対しても起こり得ない。しかし後の方の結果では、適当なfに対してf-1(C)in S3が、2成分split linkであってその成分が、一方が自明なknot、他方がtrefoil knotというものになる。

PartII

 (n+4)-次元球面Sn+4の中で、2つの(n+2)-次元球面が、それぞれ埋めこまれていてお互いにtransverseに交わっているとする。これをと書く。ここにf()∩f()in Sn+4という2つのn次元結び目が得られた。ここで『2つのn次元結び目K1,K2が与えられた時、上のようなあるfがあって上のようなpairとして実現されるための条件を求めよ。』という問題を考える。

 『定理.次の2つは同値である。

 (1)2つのn次元knot K1,K2が上のようなpairとして実現される。

 (2)2つのn次元knot K1,K2が次の条件を満たす。

 

 knot cobordism theoryやsurgery theoryに現れるものと似た、次元に関するmod4周期があることに注意されたい。

 必要性の示し方。のSeifert surfaceをViとする。V1∩V2がK1、K2それぞれのSeifert surfaceのrel ∂なframed cobordismを与えることに注目する。Novikov additivityとframed manifoldの交叉積の性質を使う。十分性は、後述。

 さらに次の結果も得た。先程のimmersion に関して、2つのn次元結び目f()∩f() in Sn+4が得られることは前に見た。このときf()in Sn+4(i=1,2)という2つの(n+2)-次元結び目も得られる。このとき次が成立する。

 『定理.nを偶数とする。任意のn次元knots K1,K2と任意の(n+2)-次元knots X1,X2からなる4組(K1,K2,X1,X2)は、上のようなあるfに対して、上のような交叉によって実現される。』

 証明法はZeemanの1-twist spun knotは自明になるという定理とKervaireの2n-knotはsliceであるという定理を使う。

PartIII

 3個の4-sphere がS6にそれぞれ埋め込まれていて,お互いに交叉しているとする。はconnectedとする。すなはちconnected oriented surfaceである。(n-次元でも同様に論じられる。)surfaceによる2-dimensional link Li=(,)が得られた。ただし(i,j,k)=(1,2,3),(2,1,3),(3,1,2)。このような(L1,L2,L3)としてどのようなものが得られるかを研究した。

 『定理.(L1,L2,L3)が上のような交叉として得られるとする。かつ、各Liはsemi-boundary linkとする。このとき(L1)+(L2)+(L3)=0。ただし(Li)はLiのSato-Levine invariantである。』

 証明法について。Sato-Levine invariantは本来4S2に値をとるがこれをに値をとると見られることを示し、に障害を見い出す。

 さらに上の定理とSato,Rubermenの結果より

 『定理.ある(L1,L2,L3)は、上のような交叉として得られない。』

 また次のことも示した。

 『定理.もし各Liがsplit linkならば(L1,L2,L3)が上のような交叉として得られる。』

 『定理.各Liがnon-semi-boundaryな、(resp.non-boundaryかつsemi-boundaryな、)ある(L1,L2,L3)が上のような交叉として得られる。』

 また次のことを指摘した。

 『各Liのcomponentがsphereとする。もしも(L1,L2,L3)で上のような交叉として得られないものがあれば次の有名な未解決問題に対する答がNoとなる。"すべての2-dimensional linkはsliceか?"』

PartIV

 PartIIの交叉が、あるn次元PL connected closed oriented manifold Mとdiffeomorphicとする。 in はn次元M-knots Kiを定義するとする。

 『定理.n=4m+3のとき。(K1,K2)が前述のような交叉として実現されるならば、(K1)=(K2)となる。』

 『定理.n=4m+1のとき。あるMに対して、かってなM-knotsのpair(K1,K2)が前述のような交叉として実現される。』

 この定理はMのinertia群が自明でないことを系として含む。この系はBrown and Steerの結果を含む。

 『定理.n=4m+1のとき。あるM1、M2に対してMi-knotsのPair(K1,K2)が前述のような交叉として実現されることは同値関係である。同値類はM1のとき2個。M2のとき3個。』

 また次も示した。

 『定理.nがevenのとき。あるMに対してM-knotsのあるpair(K1,K2)が前述のような交叉として実現されない。』(これらのK1,K2はcobordantでもない。)

 『定理.n=4m+1(resp.n=4m+3)のとき。あるMに対して次のようなM-knotsのあるpair(K1,K2)が前述のような交叉として実現されない。M-knotsには、Arfinvariant(resp.signature)が定義されてArfK1=ArfK2(resp.K1K2)。』(このような(K1,K2)にはSeifert行列がmatrix cobordantだがcobordantでないものもある。)

 一般のn次元manifoldMの埋め込みについて。MxD2への埋め込みはCappell and Shaneson等の高度な研究がある。Sn+2への埋め込みはさらに難しく、まだ研究すべきことは多い。上述のものは、ひとつのアプローチである。

共通する証明のアイデア。および今後の展望。

 例えば、PartI前半では目的の絡み目を得るために、S5の中でとを’submanifoldのsurgery’を使って下記のように変更していく。

 従来’submanifoldのsurgery’は、knot cobordism(Kervaire、Levine等)、-theory(Cappell and Shaneson等)、link cobordism(Cochran and Orr等)、splitting theorem(Cappell、Browder等)等、いずれもsubmanifoldのdiffeomorphism typeをいかに簡単にするかという視点だった。しかし本稿では、次の通り。

図表

 PartIでは。の中に上図Iの3-ballを取る。細線がとの交わり。(i≠j)に4次元2-handle h2を太線で0-surgeryが施されるように、absoluteにattachする。は再び3-sphereになる。の中で細線の部分は、での細線の部分にpass-moveを施したものになる。(上図II。)実はh2にattachするとき、h2をS5の中で{-attach part}ともとも交わらずにattachできることを示す。この操作を繰り返して目的の絡み目を得る。すなはち、本稿では交叉による絡み目をいかに複雑にしていくかという視点である。

 PartII、PartIV、では高次元pass-moveというものを新たに定義し、それといくつかの操作をsubmanifoldのsurgeryによって行い、交叉によるknotを複雑にしていく。

 本稿では、submanifoldのsurgeryの拡張として交叉のある場合を扱った。これは、例えばpseudomanifold、intersection homology(Goresky and MacPhersonやCappell and Shaneson等の研究しているもの。)等と、関連して新分野となろう。

審査要旨

 本論文において、論文提出者は高次元球面内の2個の結び目の交叉として生じる2つの結び目の実現問題について考察している。この問題は十分に一般性を持つ新しい問題であるが、"4次元球面内の2次元結び目を3次元球面で切断したときに生じる絡み目(スライス絡み目)を特徴付けよ"というR.H.Foxの有名な(しかしあまり進展していない)古い問題にも関連している。

 本論文は第I部〜第IV部で構成されている。

 第I部において、論文提出者は最も低い次元の場合の球面交叉から生じる絡み目の実現問題について完全な解答を与えた。すなわち、5次元球面内の2つの3次元球面の交叉として生じる2つの1次元絡み目についてArf不変量とmod2絡み数による必要十分条件を与えた。特に前述のFoxの問題への1つの解答も得ている。

 第II部においては、(n+4)次元球面内の2つの(n+2)次元結び目の交叉として生じる2つのn次元結び目について、Arf不変量と符号数による必要十分条件を決定した。この条件は結び目コボルディズム理論と類似した条件となっており、新しい型のコボルディズム理論を提示したとみなせる。

 第III部では、6次元球面内の3個の4次元結び目の(2個ごとのの交叉から生じる)3個の4次元球面内の曲面絡み目を考察し、それらのSato-Levine不変量について注目すべき等式が成り立つことを示した。これを使うと3個の曲面絡み目で3個の4次元結び目の交叉として生じないものが存在することがわかる。この結果は2次元絡み目のスライス問題という未解決の難問題に新しい知見を与える重要な指摘である。

 第IV部では、第II部の一般化である2つの(n+2)次元結び目の交叉がn次元連結多様体になる場合について、その実現問題を考察し、実現可能なもの、不可能なものについての結果を得ている。

 本論文では、具体的な構成が重要な役割を果たしているが、そのために1次元絡み目のパス移動操作の高次元版ともいえる独創的な手術法を開発し、その基本的性質を明らかにし、これを非常にうまく用いている。

 このように、本論文では独創的な理論が建設され、多くの結果が得られており、これは高次元結び目理論に新しい知見を与え、寄与するところ大である。よって本論文提出者小笠英志は博士(数理科学)の学位を授与されるに十分な資格があるものと認める。

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