学位論文要旨



No 112128
著者(漢字) 王,日生
著者(英字) WANG,Risheng
著者(カナ) ワン,ルシェン
標題(和) あるノルム空間中の等距離写像について
標題(洋) ISOMETRIES IN SOME NORMED SPACES
報告番号 112128
報告番号 甲12128
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第63号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 折原,明夫
 東京大学 教授 小松,彦三郎
 東京大学 教授 難波,完爾
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 助教授 河東,泰之
 学習院大学 教授 藤原,大輔
内容要旨

 一つのノルム空間E、あるいはその一部、から他のノルム空間Fへの等距離写像が必ずアフィンかどうかは古くからある重要な問題である。TがEからF上への写像である時この問題の答は肯定的である(S.MazurとS.Ulam[1])。TがEの凸体からFの凸体上への写像である時も答は肯定的である(P.Mankiewicz[2])。D.Tingley[3]は次の問題を提出した:

 Tingley問題:Tがノルム空間Eの単位球面SEからノルム空間Fの単位球面SF上への等距離写像である時、TはEへ延長されて線形またアファインな写像になるか?

 E、Fが有限次元ノルム空間の時、全射等距離写像T:SE→SFについてT(-x)=-Tx(∀x∈SE)が成り立つことはD.Tingley[3]により証明されたが、Tingley問題の完全な解決への見透しはたっていない。

 この問題は非常に難しく、二次元空間でも一般にはわからないため、具体的なノルム空間ではどんな結論になるのかを考えてみた。著者は修士論文の中で:あるC0(,E)型空間とこれら型の空間のl1-和に対してTingley問題を肯定的であることを示した。

 本論文は修士論文の継続であるが、まず第一部でC0(,E)型空間のlp-和(1<p<∞)においてTingley問題を肯定的に解決し同時にこの様な和の単位球面の等距離写像の形も具体的に見出した。そして、第二部でC0(n)(X)型(n1,X⊆R局所コンパクトかつX⊆cl(int X))のノルム空間中の単位球面の間の等距離写像を詳細に研究し、これらの単位球面の等距離写像の形を具体的に与えた。これによってTingley問題の解決と(これまで特殊な場合にのみ知られていた)等距離作用素群の決定が可能になった。最後、第三部で一般m次元空間Rm中の開集合Xに対して新しいノルム空間(実際にはバナツハ代数)C0(n)(X)を導入し、今までm=1の場合しか知られない、C0(n)(X)中の等距離作用素と等距離作用素群の表現が得られた。

 主要結果:

 第一部で、C0(,E)は局所コンパクトハウスドルフ空間上のE-値連続な、∞で0となる、関数全体にノルム‖f‖=sup{‖f()‖:}を入れたノルム空間である。Xi,Yjは局所コンパクトハウスドルフ空間、Ci,Djはノルム空間(i∈,j∈1)とし、Ei=C0(Xi,Ci),Fj=C0(Yj,Dj)のlp-和

 

 を考える、ただし1<p<∞。SEとSFはEとFの単位球面である。この時次の結論が成り立つ:

 定理1.

 (1)A⊆、A11かつ

 

 を満たし、Ei,Fjは狭義凸(i∈A,j∈A1)とする。このとき任意の全射等距離写像T:SE→SFに対してとなる実線形な等距離作用素U:E→Fが存在する。

 (2)もし#,#Xi,#Yj2かつCi,Djは狭義凸なノルム空間(i∈,j∈1)であれば、写像,{i:i∈}と{i:i∈}が存在し:

 (a):1は全単射であり,

 (b)∀i∈,i:Xiは同相写像であり,

 (c)∀i∈,i:Xi×Ciは連続、かつ i(x,・):Ciは全射実線形な等距離作用素(x∈Xiに対し)であり,

 (d)任意のf∈SEに対し

 

 が成り立つ、ただしf=(fi),Tf=(uj)とする。

 逆に、,{i:i∈},{i:i∈}が(a)〜(c)を満たせば、(d)で定義された写像TはSEからSFへの全射等距離写像である。

 このほか、Lp(,H)型空間(ここでHはHilbert空間)、抽象Lp-空間を含めて、のTingley問題も肯定的に解決された。

 第二部で、n1は整数、XはR1の局所コンパクト部分集合(X⊆cl(int X))とする。C0(n)(X)はX上でn階までの連続導関数1を持ちかつ∞で0となる、すわなち、任意の>0に対してはXの中でコンパクトである、の関数全体にノルムを入れたノルム空間である。Sn,xはC0(n)(X)の単位球面である。

 定理2.n,m1は整数X,Y⊆R1はR1の局所コンパクト部分集合(X⊆cl(int X),Y⊆cl(int Y))とする。このとき次の結論が成り立つ:

 (1)全射等距離写像T:Sn,X→Sm,Yがあればn=m;

 (2)もしT:Sn,X→Sn,Yが全射等距離写像であれば

 (h)’=0となる写像:Y→S1={∈K:||=1}が存在し;

 (i)|’(y)|≡1(∀y∈Y)かつ"=0となる同相写像:Y→Xが存在し;

 (j)A∪B=Y,A∩B=となるYの閉集合A,Bがあって;

 (k)任意のf∈Sn,Xに対し

 

 が成立する。ここでKは数係、XA,XBは定義関数である。

 逆に、もし,,AとBが(h)〜(j)を満たせば(k)で定義した写像はSn,XからSn,Y上への等距離写像である。

 1x0∈Xでfの微係数はで定義する。

 第三部で、Z+は非負整数の集合、XはRm(m1)の部分開集合とする。m,n1に対し次の記号:

 

 を採用し、C0(n)(X)はX上でf(r)∈C0(X)(r∈)を満たす関数fの全体にノルムを入れたノルム空間(実際にはバナツハ代数)とする。前と同様Sn,XはC0(n)(X)の単位球面を示す。次の定理が成り立つ:

 定理3.

 (1)m1,m2,n1,n21を整数、X⊆Rm1,Y⊆Rm2を開集合とする。この時ノルム空間C0(n1)(X)C0(n2)(Y)の必要条件はm1=m2,n1=n2である。

 (2)m,n1を整数、X,Y⊆Rmを開集合とする。この時作用素T:C0(n1)(X)→C0(n2)(Y)が全射線形等距離写像になるの必要十分条件は次のものである:

 (o)連続関数:Y→S1が存在して任意|r|1に対し(r)=0;

 (p)同相写像:Y→Xが存在してJ():Y→IOR(m)は局所定数である;

 (q)任意のf∈C0(n)(X)に対し,

 

 が成立する。ここでJ()はのJacobi行列、IOR(m)は(Rm,‖・)上の(線形)等距離作用素の集合である。

 (3)m,n1を整数、X⊆Rmを開集合とする。この時C0(n)(X)の(線形)等距離作用素群は×と同相である。ただし

 

 で、は一様位相(d(1,2)=sup{|1(x)-2(x)|:x∈X})、は離散位相である。また群演算は(1,1)o(2,2)=(1・(2o1),2o1)で定める。

参考文献[1]S.Mazur and S.Ulam Sur les transformations isometriques d’espaces vectoriels normes,C.R.Acad.Paris 194(1932),946-948.[2]P.Mankiewicz On extention of isometries in normed linear spaces,Bull.Acad.Polon,Sci.Ser.Sci.Math.Astronomy,Phys.20(1972),367-371.[3]D.Tingley Isometries of the unit sphere,Geometriae Dedicata 22(1987),371-378.
審査要旨

 等距離写像の研究はバナッハ空間論の当初からの課題であったが、その成果はあまり多くはない。基礎体が実数の場合、全空間で定義された全射等距離写像はアフィン、従って原点を固定すれば線型になること(1932)及びその拡張(凸体の場合、1972)は最も基本的な結果であるが、1987年に至りD.Tingleyは

 バナッハ空間(もしくはノルム空間)Eの単位球面SEからFの単位球面SFへの全射等距離写像は線型(あるいはアフィン)写像E→Fに拡張できるか

 という問題を提出した。

 この問題は非常にむつかしく、一般的解決のめどは全くたっていない。従って当面個々のケースにあたってみるしかないが、論文提出者王日生は特にC0(X,E)型の空間について研究を進め深い結果をえた。

 局所コンパクト・ハウスドルフ空間X上の、ノルム空間Eの値をとり、∞で0となる連続函数の全体をC0(X,E)とかくのであるが、本論文第一部では、1<P<∞とし(p=1の場合は参考論文において研究ずみ)

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 、ここでXi、Yjは局所コンパクト・ハウスドルフ空間、Ci、Djはノルム空間、としたとき仮定:

 112128f14.gif

 の下で次の結論がえられている。

 112128f15.gif

 従って、112128f16.gifはEからFへの実線型等距離写像で112128f17.gifとなり、Tingley問題はC0(X,E)のlp-和に対して肯定的に解決されたことになる。更に、参考論文中の結果を利用して、E=(112128f18.gifC0(Xi,Ei))lpの線型等距離変換群の構造を具体的に与えられている。

 第一部の後半はある種のバナッハ空間Eに対しLp(X,E)(Xは測度空間,1<p<∞,p≠2)についてTingley問題が肯定的に解けることを示したものである。

 論文第二部においては、XをRの局所コンパクト部分集合で孤立点を持たないとし、f(r)∈C0(X)(0rn)となるfの全体にノルムを

 112128f19.gif

 で与えたものをC0(n)(X)とし、これに対しTingley問題の肯定的解決及び線型等距離変換群の構造の決定を行なった(これまではn=1あるいはn1,X=[0,1]の場合にのみ(複素)線型等距離作用素の形が知られていた)。なお、あとの問題、即ち線型等距離変換群の決定に関しては、論文第三部において多次元の場合にも考察され、XがRmの開集合のとき完全な解答が与えられている。

 以上のように部分的とはいえ、重要な場合にTingley問題を(肯定的に)解決したこと、それとともに線型等距離作用素の形を具体的に与えて、興味ある例を豊富に提供したことでこの方面の理論の進展に大きく寄与した。

 よって、論文提出者王日生は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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