学位論文要旨



No 112129
著者(漢字) 韓,善愛
著者(英字)
著者(カナ) ハン,サンエ
標題(和) マウス3インテグリン遺伝子の特徴
標題(洋) CHARACTERIZATION OF THE MOUSE 3 INTEGRIN GENE
報告番号 112129
報告番号 甲12129
学位授与日 1996.04.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第770号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 辻,勉
内容要旨 はじめに

 インテグリンファミリーに属する分子群は、細胞間および細胞-細胞外マトリックス間の相互作用を調節することが知られている。31インテグリンは、フィブロネクチン、コラーゲン、ラミニン、およびエピリグリンに対する受容体として機能する接着分子である。この31インテグリンは、生体内では特定の組織にのみ限定して分布しているが、培養細胞では多くの癌細胞にその発現が認められる。また、線維芽細胞をSV40やポリオーマウイルスで形質転換すると3インテグリンのmRNA量が増加することも知られている。また近年、メラノーマやカルシノーマにおいて、3インテグリンの発現量がその浸潤能や転移能と相関することが明らかになった。そこで私は、マウス3インテグリンのゲノムDNAを分離し、その特徴を解析したので、ここに報告する。

1)3インテグリン遺伝子プロモーター領域の解析

 EMBL3で作製したマウスゲノムDNAライブラリー(1×106pfu)を、3インテグリン全長cDNAをプローブにしてスクリーニングした結果、5つの陽性クローン(1、3a、3b、5、6)を得た。制限酵素解析およびサザンブロッティング解析の結果、2つのクローン(3a、3b)が3インテグリンのN末端領域をコードしていた。pBluescriptSKプラスミドにサブクローニングして塩基配列を解析した結果、クローン3aは約4kbの5’フランキング領域と、第1エクソンと、第1イントロンの一部を含んでいた。プライマー伸長分析の結果、主たる転写開始部位は翻訳開始のATGから328bp上流に位置し、そのすぐ上流にはTATAボックス様の配列が存在した。5’フランキング領域4kbをCATリポータープラスミドpGCATに挿入しプロモーター活性を検討した結果、HT1080線維芽肉腫細胞およびMRK-nu-1乳癌細胞においてプロモーター活性が認められた。この5’上流部分をさらに断片化して、CATアッセイによりプロモーター活性を検討した結果、最下流0.5kbの断片が最も強いプロモーター活性を示した(図1)。これよりも上流部分には、負の制御因子が存在すると考えられる。この0.5kb断片の塩基配列を解析した結果、この領域にはCAATボックスやGCアイランドのみならず、GATAモチーフや癌原遺伝子Etsや、Myo-D、およびc-Mycの結合配列も存在した(図2)。4インテグリンにはTATAボックスとCAATボックスが存在するが、2、5、IIb、L、Mインテグリンにはこれらは存在しない。3インテグリン遺伝子のプロモーター領域にはTATAボックス、CAATボックス、GCボックスが存在しており、これらが有効な転写開始複合体を形成しているのであろう。GATAモチーフは血小板においてIIbインテグリン遺伝子のプロモーター活性を調節すると報告されている。また、Ets蛋白質は4インテグリンのプロモーター活性を調節すると報告されている。IIbと2ではGATAモチーフとEts結合部位が近接して存在するが、3では離れて存在した。3遺伝子の発現調節におけるGATAモチーフとEts結合部位の役割については、今後明らかにしなければならない。近年、3インテグリンが一過性に筋原線維の形成に関与すると報告された。これは、3インテグリン遺伝子上のMyoD結合部位の存在と関連あるものと推察する。

Fig.1 Deletion Analysis of the Mouse 3 Integrin PromoterFig.2 exon 1 of the mouse 3 integrin gene
2)エクソンーイントロンの構成

 制限酵素解析およびサザンブロッティング解析の結果に基づいて、5つのゲノムクローンを配置した(図3)。これらのクローンには3インテグリン全cDNAの約87%をカバーするエクソンが存在したが、cDNA518bpに相当するゲノムクローンは得られなかった。サブユニットのゲノムDNAは30kb以上の大きさからなり、20以上のエクソンで構成されていた。すべてのイントロンーエクソン結合部位は、mRNAスプライシングの規則配列を保持していた。第1エクソンには、5’非翻訳領域とシグナルペプチドと成熟ポリペプチドのN末端37アミノ酸がコードされていた。これは、4および5インテグリンと類似しているが、2インテグリンよりも大きな構造であった。3カ所存在する推定上の2価陽イオン結合ドメインは、複数のエクソンにまたがって存在していた。膜貫通ドメインも2つのエクソンにまたがって(22アミノ酸残基と4残基)存在していた。このスプライシング様式は、MおよびXインテグリンと類似していたが、Drosophila-PS2インテグリンとはまったく異なるものであった。他のインテグリン分子と比較して3インテグリン分子には、翻訳後切断部位が存在することと、いわゆるIドメインが存在しないことに特徴が見られる。これに相応して、3インテグリン遺伝子には切断部位をコードするエクソンが存在し、Iドメインのエクソンが欠如していた。3インテグリンには細胞内ドメインの異なる2つのバリアント(3A、3B)が存在し、これらはマウスにおいて臓器特異的発現が見られることが知られている。この2種の3インテグリンはmRNAスプライシングの違いで生ずるのではないかと推測されていたが、今回ゲノムDNAを解析した結果はこれを証明するものであった。

Structure of mouse 3 integrin gene

 以上、マウス3インテグリン遺伝子をクローニングして、プロモーター領域とエクソンーイントロン構造を解析した。一部分クローニング出来なかったところがあるものの、この研究は3インテグリン遺伝子の発現調節と、インテグリンファミリーに属す分子の進化を理解する上で、有意義なものと考える。

審査要旨

 本論文は、インテグリンファミリーに属する接着分子のひとつで、比較的その機能の解析が進んでいない、31インテグリン(VLA-3)の3サブユニットの、ゲノムDNAの構造とプロモーター活性を解析した結果をまとめたものである。

 第一章はこの研究の背景を述べている。まず、多細胞生物の生物学における細胞接着分子、とりわけインテグリンの重要性を手短にまとめ、なぜ3インテグリンの遺伝子構造及びプロモーターの解析が緊急の課題と考えられるかが述べられている。さらに、インテグリン全般に関してこれまでに得られている知見が簡潔にまとめられている。

 第二章では、マウス3インテグリンのプロモーターの解析結果が述べられている。マウスゲノムDNAライブラリーを、3インテグリン全長cDNAをプローブにしてスクリーニングした結果、5つの陽性クローンが得られた。制限酵素を用いた解析およびサザンブロッティング解析の結果、2つのクローンが3インテグリンのN末端領域をコードしていることが判明した。塩基配列を解析した結果そのうちのひとつのクローンは約4kbの5’上流領域と、第1エクソンと第1イントロンの一部を含んでいることが判明した。プライマー伸長分析の結果、主な転写開始部位が翻訳開始部位の328bp上流に位置し、そのすぐ上流にはTATAボックス様の配列が存在することが判明した。そこで学位申請者は3インテグリンの転写制御機構を解明するため、5’上流領域4kbをCATレポータープラスミドに挿入した発現ベクターを用いてプロモーター活性を検討した。線維芽肉腫細胞と乳癌細胞の細胞株においてプロモーター活性が認められた。この5’上流部分から一部の配列を削除して、CATアッセイによりプロモーター活性を比較検討した結果、最下流の0.5kbの断片が最も強いプロモーター活性を示すことが判明した。この部分の塩基配列を解析した結果、CAATボックスやGCアイランド、GATAモチーフ、またEts、Myo-D、c-Myc等の産物が結合しうる配列を見いだした。以上のように3インテグリンの発現制御を解明するための基盤を確立することができた。

 第三章は、5つのゲノムクローンの配列解析結果に基づいて、全配列の推定を試みた結果が述べられている。配列が決定したのは、全体の87%で、518bpに相当する部分はゲノムクローンが得られていないことが判明した。全体は、30kb以上で、20以上のエクソンから成ることが明かとなった。すべてのイントロンーエクソン結合部位は、mRNAスプライシングの規則配列を保持していた。また、第1エクソンには、5’非翻訳領域とシグナルペプチドと3インテグリンポリペプチドのN末端37アミノ酸がコードされていた。このようなアレンジは、既に知られていた4および5インテグリン遺伝子のゲノム配列と類似しているが、2インテグリンとは異なることが判明した。3カ所存在する推定上の2価陽イオン結合ドメインや膜貫通ドメインは、複数のエクソンにまたがっていることが判明した。3インテグリンには細胞内ドメインの異なる2つのバリアントが存在し、これらはマウスにおいて臓器特異的に発現することが知られていたが、今回ゲノムDNAを解析した結果この2種の3インテグリンがmRNAスプライシングの違いで生じることが証明された。これらの結果はまた、インテグリンファミリーに属する接着分子の進化を理解する上でも、欠くことのできない情報を与えたと言える。

 以上、学位申請者韓善愛は、マウス3インテグリン遺伝子をクローニングして、プロモーター領域とエクソンーイントロン構造を解析した。ゲノム遺伝子の一部分にクローニングが完成していないところがあるものの、この研究は、多細胞生物における細胞相互作用を規定している重要な接着分子である3インテグリン遺伝子の、細胞分化に伴う発現調節を理解する上で極めて有意義である。従って、これらの研究成果は細胞生物学及び腫瘍生物学に資するところが大であり、学位申請者は博士(薬学)の学位を受けるに十分であると判断した。

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