学位論文要旨



No 112130
著者(漢字) ティグレック,シャフナズ
著者(英字) Tigrek,Sahnaz
著者(カナ) ティグレック,シャフナズ
標題(和) k-モデルによる振動流乱流境界層内の流れの数値シミュレーション
標題(洋) Numerical Simulation of the Oscillatory Turbulent Boundary Layer Flow by a k- Model
報告番号 112130
報告番号 甲12130
学位授与日 1996.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3710号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 助教授 河原,能久
内容要旨

 振動流下における乱流境界層内の流れをシミュレートするための数値モデルを開発した.この数値モデルは平坦床上,砂漣上のどちらにおいても解析できる.図-1に簡単なスケッチを示す.本研究では,安定的に収束する数値モデルを求めることに重きを置いており,そのために,数値計算において用いる境界条件やアルゴリズムを詳細に検討している.数値計算における様々な問題を解くことに重きを置き,支配方程式としては,オーソドックスなものを採用した.

 本研究で用いた基礎方程式は,連続式とレイノルズ方程式である.渦動粘性係数は,乱れエネルギーと散逸の輸送方程式を解くことにより求めた.底面においては流速が存在しないことを仮定し,さらに乱流境界層の上端では,非回転の流れを仮定している.乱れエネルギーは底面ではなくなるが,散逸は乱れエネルギーの2次微分で表される一定値に近づく.

 基礎方程式は,直交座標に基づいて離散化した.離散化には,偏微分方程式を解く際によく用いられる,Patankarのコントロール・ボリューム法を用いた.砂漣上の流れのシミュレーションに関しては,解析する領域全体を覆う曲線座標と,流速の各座標系方向成分が必要となる.この曲線座標系を得るために等角写像を用いた.また,スカラー量の計算点をコントロール・ボリュームの中心に配置し,流速成分の計算点をコントロール・ボリュームの境界に配置する,スタガード・メッシュを取り入れた.流速の各座標系方向成分を得るための離散方程式は,各速度成分の微分方程式の積分ではなく,速度成分の離散化方程式を結合することによって求めている.速度と圧力を同時に取り扱うことは最初に変数を離散化する際に大きな問題となってくるものである.

 平坦床上での計算では,乱流境界層内における圧力分布は一様と仮定したので,速度と圧力を同時に扱うことは避けることができた.しかし砂漣上における計算では,速度と圧力を同時に取り扱わざるを得ず,そのために圧力のアルゴリズムを幾つか用いてみた.その結果,非定常乱流の計算にはSIMPLEアルゴリズムが有効であることが分かった.

 1次元問題ではガウス・ザイデル法が有効であることがわかった.2次元流れの解析には三重対角行列を解くアルゴリズムを用いた.計算領域は流れ方向と鉛直方向に等分に分割した.さらに底面付近で鉛直方向にさらに細かい分割を行うために,Robertのstretching transformationを用いた.計算の初期条件には,流速が最小となる位相と,非回転流を与えた.乱れ量の初期値としては微小な正の値を鉛直方向に一様に与えた.数値計算では,まず運動量方程式を解き,次にレイノルズ応力を計算し,最後にを交互に求める.流れ場の方程式と乱れの方程式を時間的に交互に解くことになる.数値計算は,解が周期的になるまで繰り返される.

 本研究の数値モデルに用いた定数はRodi(1980)によって提案されたものである.本研究では,標準的な-モデルを全く修正せずに用いた.計算を終えるための精度の良い規準や境界条件の適用範囲のような数値計算上の問題について,詳細に検討した.散逸の境界条件の適用に関しては,数値計算上の問題点は全くなかった.また本数値モデルはの任意の初期条件に対して敏感に反応している.既往の研究では大部分のケースにおいて,それらは実験データから推定されている.

 数値計算に用いたコンピュータはHP9000/730である.数値計算の結果は,既往の実験データとの比較を行っている.これによってモデルが,平坦床上の振動流下における乱流境界層内の流れの数値解析において有効であることが示された.しかし,1砂漣長として与えられた計算領域では,実際の境界条件を表し得ないことも判明した.また,本研究の数値モデルを用いることにより,乱流境界層内の流れの解析を定量的に行えるようになった.

図1:乱流境界層の概念図
審査要旨

 浅海域においては,波動運動によってしばしば底面に砂漣と呼ばれる波状底面が形成される.これにより,底面近傍の流体運動が影響され,さらにこれが砂粒子の運動に影響するために,浅海域における漂砂現象を解明するためには,平坦床上に加えてに砂漣上の流体運動を詳細に把握することが非常に重要である.本研究は,平坦床および砂漣上の振動乱流境界層内の流れを数値計算するための統一的な手法を開発したものである.

 本論文の第1章においては,研究の背景と意義について述べ,論文の構成を示している.

 第2章においては,まず振動流境界層流れの分類を行っている.平坦床上での層流に対しては,既に得られている解析解を紹介している.砂漣上に対しては,得られている解析解の前提条件を吟味し,一般的には数値計算が必要となるとした上で,数値計算に関する研究成果を紹介している.乱流境界層の場合には乱流のモデル化が必要となるが,これを0方程式モデル,1方程式モデル,2方程式モデル,レイノルズ方程式モデル,Large Eddy Simulationモデルに分類した上で,それぞれの特徴について述べ,2方程式モデルの1種であるk-モデルが最適であることを示唆している.

 第3章はまず2方程式モデルの詳細なレビューに充て,運動エネルギーおよびエネルギー逸散関数から渦動粘性係数を通じてレイノルズ応力を評価するk-モデルを詳細に紹介している.特に壁面における境界条件について論じ,既往のモデルにおける壁関数法をレビューするとともに,低レイノルズ数に対するモデルについて論じている.さらに,k-モデル以外の2方程式モデルとして,k-モデル,k-モデル,非線形k-モデル等を紹介している.その上で,本研究において最適なk-モデルとして,基礎方程式における従属変数の選択,定式化手法,乱流モデルの選択について論じた.さらに,多くのモデルを試験的に用いて計算した結果から,今後は標準的なk-モデルを用いることとし,境界付近については格子間隔を縮めることで対応することとした.また,逸散関数の境界条件を乱れ速度の微分を用いた表現式で与え,乱流エネルギーは壁面で0とした.その結果,乱流エネルギーが壁面付近において壁面からの距離の自乗に比例すること,乱流エネルギーと逸散関数の最大値が壁面付近に生じること,および乱流エネルギーと逸散関数が境界層外縁に向かって減少することの条件が満たされた.

 続いて第4章においては,支配方程式を離散化する方法について述べられ,デカルト座標系および曲線座標系における表示式を与えた上で,数値計算の手順をとりまとめている.また,砂漣に沿った曲線座標系を定義するのに必要となる変数変換式を示し,砂漣近傍で格子間隔の小さくなる曲線座標系の発生を可能とした.

 第5章は平坦床上の振動流境界層流れの計算結果を記述したものである.まず,層流に対しては,解析解との比較から,数値計算手法の妥当性を確認した.乱流に対しては,平坦床の条件から方程式を簡略化し,その数値計算手法を示した上で,滑面と粗面に対して実験結果との比較を行った.滑面に対しては,信頼性が高いと判断される実験データと,平均流速分布のみならず,乱流エネルギーについてもよい一致を示した.また,粗面に対しては,実験における測定精度の問題があり,正確な議論ができなかった.さらに,非対称振動流のもとでの計算結果と実験結果との比較も行った.そして,本研究でのモデルが平均流速および乱流エネルギーの双方をよく再現するとしている.

 第6章は砂漣上の振動流境界層流れの計算結果を記述している.まず,この計算に特有の境界条件および初期条件を説明し,計算手順を述べている.そして,計算結果を実験結果と比較したところ,砂漣上に形成される渦の再現についてはよいものの,そのスケールについてはまだ問題が残り,そこから境界条件の設定法について改めて提案を行った.

 第7章は結論であり,以上の研究成果をとりまとめている.

 以上のように,本論文は振動流境界層の流れを数値計算するための手法を開発したものであり,層流および乱流,平坦床上および砂漣上を含む一般的な条件で,統一的に適用できるモデルとなっており,この成果は貴重なものである.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク