学位論文要旨



No 112132
著者(漢字) 川勝,康弘
著者(英字)
著者(カナ) カワカツ,ヤスヒロ
標題(和) 楕円軌道上における剛体の回転運動の励起とその制御
標題(洋)
報告番号 112132
報告番号 甲12132
学位授与日 1996.04.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3712号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田辺,徹
 東京大学 教授 松尾,弘毅
 東京大学 助教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨

 本論文では楕円軌道上の剛体の姿勢運動を扱う。この運動の運動方程式には重力傾斜トルクが非線形項として含まれている。運動に影響をおよぼす非線形性の強さは、重力傾斜トルク項に含まれる2つのパラメータ、すなわち、剛体の形状(慣性モーメント比、ky)と軌道の離心率(e)に依存する。

 離心率の大きい軌道上にあっても、慣性モーメント比が0に近い形状の剛体の場合には、重力傾斜トルク項は他の項に比して微小となるので、線形方程式に対する微小擾乱として扱うことができる。この場合の運動については過去にも多くの文献で楕円軌道上のスピン衛星の姿勢運動として扱われている。一方、重力傾斜トルクの影響が大となるような、慣性モーメント比が大きい形状の剛体であっても、それが円軌道上にある場合には、第一種楕円積分の形の解があることが明らかにされている。それが楕円軌道上にある場合にも離心率がごく小さい場合には、運動方程式を離心率について展開することで近似解を求められることが知られている。

 これに対し、離心率が大きい楕円軌道上における、慣性モーメント比が大きい形状の剛体の姿勢運動は、強い非線形性を有し複雑な様相を示す。この条件下の運動を取り扱った研究の例は多くなく、このような条件下における周期性を有する解を探す試みが散見される程度である。しかし、この範疇の運動は非常に興味深く、中には回転運動が励起されるというような応用可能な運動があることがわかってきたので、本研究では、この領域の姿勢運動を取り扱った。

 従来、重力傾斜トルクの利用は姿勢安定などの安定な運動を実現する目的でのものに限定されており、重力傾斜トルクによって引き起こされる不安定な運動が積極的に利用されることはなかった。本研究では、まず楕円軌道上の剛体においては重力傾斜トルクによって姿勢回転運動の励起、加速、減速などが引き起こされること、さらに楕円軌道を複数回周回することでその効果をより大きくできることを明らかにし、この不安定な運動を利用する可能性を示している。その一方で複数周回にわたる運動が初期値に非常に敏感であることが示され、ある特定の目的をもった運動を実現するためには、制御力を加え運動を制御することが必須であることが示される。そして、その目的を達成できるような運動を計画する方法、および外乱の存在下でも計画された運動をその通り遂行する方法を示している。

 章ごとの構成を示す。

 第1章では論文の概観が示される。

 第2章では、まず、運動を支配する運動方程式が導かれる。次に、剛体一般の姿勢運動(3次元運動)と、剛体重心の軌道面内に限定された姿勢運動(2次元運動)の定性的な性質を議論する。ここでは、2次元運動の中に、この興味深い運動の主要な要素が含まれていることが述べられ、第3章以降で運動の検討を2次元運動に限定することの妥当性の根拠が示される。最後に、関連する過去の研究の流れを示し、本研究が過去に詳しく取り上げられていない領域の運動を対象としていることを述べている。

 第3章では楕円軌道上の剛体に制御力を加えない場合の運動を取り上げている。まず、楕円軌道上の剛体の姿勢運動が、広く知られている円軌道上の重力傾斜トルク下の運動とは大きく異なった不安定なものであることが示される。円軌道上の剛体に対して、重力傾斜トルクは、静止している物体を静止しているままに、秤動している物体は秤動しているままに、回転している物体はその速度で回転し続けるように、運動を安定化させる方向に作用する。これに対し楕円軌道上の剛体に対しての重力傾斜トルクは、静止・秤動状態にあるような物体を回転状態に移行させたり、回転している物体を秤動・静止状態に移行させるような不安定な運動を引き起こす。

 つづいて、この不安定な運動のうち、静止・秤動状態から回転が引き起こされるという部分に焦点をあて、検討をおこなっている。その結果、運動を規定する2つのパラメータ(e,ky)のかなり広い範囲の組み合わせについて、回転が励起されることが示される。このことから、楕円軌道上の剛体の姿勢運動では回転運動こそが通常の運動状態であることが示される。

 次に、1軌道周期の間の回転運動の強さの変化についての検討がおこなわれる。ここでは、回転の強さを示す指標として(回転強度パラメータ)を導入して、1軌道周期の間にがどのように変化するかが検討される。まず、パラメータ(e,ky)を固定した場合の初期状態量と1周後のの関係が検討される。その結果、1周後のが運動の初期状態に強く複雑に依存することが示され、この関係が楕円軌道上の剛体に関する3つの要因、すなわち

 1.楕円軌道上の位置によって重力の強さが変化すること

 2.楕円軌道上の位置によって軌道角速度が変化すること

 3.重力傾斜トルクが姿勢角の非線形関数で表現されること

 の相互作用によって生み出されるものであることが示される。つづいて、パラメータ(e,ky)と回転運動の強さの関係について検討される。パラメータに関してを規格化する指標としてsが導入され、いろいろな(e,ky)に対するの変化をsによって規格化したものを比較した結果、kyが非常に小さい場合を除けば基本的にはいろいろな(e,ky)について、起こっている現象は同様なものであることが確認された。ただし、この中でが非常に小さい場合(重力傾斜トルクの影響を受けにくい形状の剛体)と、運動状態が弱く回転が起こっていない場合(秤動状態)については、別の考え方が必要であることがわかった。

 第3章の最後に、複数軌道周期の間の回転の強さの変化について検討がなされる。初期状態と複数周回後の回転運動の強さの関係は1軌道周期ごとの非線形な関係の繰り返しによって、カオス的な様相を示し、複数周回後の運動が初期状態量に非常に敏感になることが示される。この結果、複数軌道周期にわたってある特定の目的をもった運動を実現しようとする場合には、制御力を加えない自由運動の範囲内でその運動を実現することが困難であることが示される。

 第4章では、第3章の結果をうけて、ある特定の目的をもった運動を実現するために、制御力を加えることについて検討される。制御力を加える目的は大きく分けて2つあり、その第一は、目的の運動を実現するような運動履歴を作り出すため、第二は、少々の外乱の中でも予定された運動を達成するためである。本論文では、それぞれに「プログラム」と「追従制御」という名称を用いている。

 まず、プログラムについての議論がなされる。ここでは、制御力を加えることで擬似的に運動の初期状態を変化させ、近地点付近の非線形性によって近地点通過後の運動状態を大きく変化させるという方法を用いている。制御力を加えることによる初期状態の変化を計算するにあたっては、楕円軌道上の姿勢運動も、非線形性が強い近地点付近の運動を除いては、ほぼ線形的なものととらえられることを利用している。この方法によって、ある程度の制御力が与えられれば、目的の運動を実現するような運動履歴を作り出すことが可能であることが示される。

 次に、追従制御についての議論がなされた。プログラムによって作られた計画されていた運動と、実際の運動のあいだに誤差があったり、あるいは運動に外乱が加わった場合、たとえそれが微小であっても、それが放置されると複数周回後の大きな運動の変化となって現れる。そこで、実際の運動が予定の運動から大きくずれないように制御力を加えることを考える。ここでは、運動方程式を計画された運動のまわりに展開して線形化し、線形な運動に対する制御として取り扱っている。いくつかの外乱モデル、制御力に対する制約についての制御性が検討され、ある程度の制御力が与えられた場合、レギュレータとオブザーバを組むことで、実際の運動を計画された運動に追従させることが可能であることが示される。

 本論文の第3章、第4章で検討された事柄は、楕円軌道上における剛体の回転運動の励起という現象一般について説明するものである。したがって、この部分から得られる結論は上記のような定性的なものに限定されることになる。具体的に、励起される回転運動が有意なものであるか、あるいはその制御のために必要とされる制御力がどの程度のものか、ということを検討するためには、実際にこの現象を利用する目的を規定する必要がある。

 第5章では、第3章で示された回転運動が有意なものであるか、あるいは第4章で示された制御力が具体的にはどの程度のものであるかを検討するために、一つの例として、この運動をTethered OTVを用いた軌道間輸送へ応用することについて検討している。最初にTethered OTVの概念が説明され、続いてTethered OTVの概要を従来型のOTVを用いた場合と軌道間輸送能力を比較することで示している。最後に、前章までの結果を受けて、Tethered OTVの運動の主要な部分のシミュレーションがおこなわれ、前章までに示した運動が現実的なOTVの能力の範囲内で実現可能であることが示される。

 第6章で結論をまとめ、今後の課題を示している。

 以上。

審査要旨

 修士(工学)川勝康弘提出の論文は、「楕円軌道上における剛体の回転運動の励起とその制御」と題し、6章から成っている。

 本研究では楕円軌道上の剛体の姿勢運動を扱っている。この運動の運動方程式には重力傾斜トルクが非線形項として入ってくる。運動の非線形性の強さはこの項に含まれる2つのパラメータ、剛体の形状(慣性モーメント比)と軌道の離心率に依存する。離心率、あるいは慣性モーメント比のいずれかが小さい場合の運動については過去にも多くの研究がなされている。離心率が大きい軌道上の、慣性モーメント比が大きい剛体の姿勢運動は強い非線形性を有し複雑な様相を示すが、過去にこの条件下の姿勢運動を取り扱った研究の例は少なかった。本研究ではこの領域の姿勢運動を取りあげ、その中でも回転運動を励起するような応用可能な運動に注目している。

 従来、重力傾斜トルクの利用は姿勢安定などの安定な運動を実現する目的に限定されており、重力傾斜トルクが引き起こす不安定な運動が積極的に利用されることはなかった。本研究では、まず重力傾斜トルク下の運動の性質を検討している。重力傾斜トルクによって姿勢回転運動の励起、加速、減速などが可能であること、楕円軌道を複数回周回することでその効果をより大きくできることを明らかにし、不安定な運動の利用の可能性を述べている。その一方で複数周回にわたる運動が初期値に非常に敏感であることが示され、目的の運動を実現するためには制御力を加え運動を制御することが必須であると述べている。そして、目的を実現できるような運動を計画する方法、および外乱の存在下で計画された運動を達成する方法を示している。

 第1章では本研究の概要を示しており、本研究で取り上げる運動や論文の構成について述べている。

 第2章では本研究で取り扱う運動の運動方程式を示している。続いて、姿勢運動が軌道面内に限られるような運動に焦点をあてること、およびその理由を述べている。最後に過去の関連研究を紹介し、それと対比する形で本研究の立場を述べている。

 第3章では重力傾斜トルク下の自由運動の性質が明らかにされている。まず、円軌道上の安定な運動と対比する形で不安定な楕円軌道上の運動の概観を示している。そして不安定な運動の顕著な例として、秤動状態にある剛体に回転運動が励起される運動を取り上げ、楕円軌道上では回転こそが通常の運動であることを示している。続いて、引き起こされる回転の強さに視点を移し、1軌道周期の間の回転の強さの変化が初期状態やパラメータ(軌道の離心率と慣性モーメント比)にどのように依存するかを検討している。最後に複数軌道周期にわたる運動が初期状態に非常に敏感であることを示し、自由運動の範囲内で複数軌道周期にわたる、ある特定の目的を持った運動を実現することが困難であることを述べている。

 第4章では、以上の結果をうけて、目的の運動を実現するために制御外力を加えることを検討している。まず、目的の運動を実現するような制御履歴を作り出す「プログラム」の方法が述べられ、回転を加速していく場合を例にプログラムの過程が示されている。続いて、外乱の存在下においてもプログラムによって作られた運動履歴に追従できるようにするために制御力を加える「追従制御」の方法が述べられ、与えられた制御力の範囲で追従制御が可能であることが示されている。

 第5章では、前章までで示された回転運動の強さや、そのために必要な制御力の大きさが具体的にはどの程度のものになるかを示すために、この運動をTethered OTVを用いた軌道間輸送へ応用することについて検討している。Tethered OTVの運動の主要な部分のシミュレーションの結果、前章までに示した運動が現実的なOTVの能力の範囲内で実現可能であることが示される。

 第6章は結論であり、本論文を要約している。

 以上要するに、本研究は、楕円軌道上の不安定な姿勢運動の性質を明らかにし、その運動の利用に必要な項目をあげ、その手法を示すとともに、応用例を通じてその方法の有効性を示したものであり、宇宙工学上寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54539