学位論文要旨



No 112134
著者(漢字) 中村,隆司
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,タカシ
標題(和) 11Beのクーロン励起反応
標題(洋) Coulomb Excitation of 11Be
報告番号 112134
報告番号 甲12134
学位授与日 1996.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3112号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 福田,共和
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 助教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 野村,亨
 東京大学 教授 柴田,徳思
内容要旨

 近年、高強度の重イオン加速器を利用した不安定核ビーム生成技術が発展し、広範囲の不安定核領域の研究が可能となってきた。なかでもドリップライン付近の原子核は、中性子と陽子の比が極端に異なる高アイソスピン核であること、束縛エネルギーが通常の核より極端に小さいことから、これまでの安定核付近の原子核にはみられない性質や現象を内包している可能性があり、関心を集めている。実際、最近の不安定核ビームを用いた研究によって、11Liや11Beといった軽い中性子ドリップライン付近の原子核が中性子ハローと呼ばれる特異な構造をもっていることがわかってきた。中性子ハロー構造は、通常の飽和した原子核密度をもつコア部と、中性子だけからなる希薄な外縁部、いわゆる中性子ハロー部からなる二重構造によって特徴づけられる。

 中性子ハロー構造を持つ原子核(以後中性子ハロー核と呼ぶ)の基底状態の特異性は、反応機構や励起モードの性質にも反映される可能性がある。様々な原子核応答を支配している巨大共鳴の特性のあり方は特に興味深い。通常の原子核では,電磁気的励起、あるいはスピン、アイソスピン励起に対して、構成核子がコヒーレントに運動した共鳴状態を形成することが知られている。例えば原子核のE1応答に対しては、中性子流体と陽子流体が逆位相で振動するE1巨大共鳴状態(励起エネルギー=80A-1/3)に強度が集中する。一方、中性子ハロー核の励起では、中性子ハロー部の核子はコアから空間的に分離しているためにコアの運動に追随できず、このコヒーレンス性が破られる可能性がある。実際、11Liの場合、励起エネルギー約1MeVという通常では考えられない低エネルギー非束縛領域に1W.uものE1とおぼしき強度が集中的に現れることが、クーロン分解反応実験により認められている。この現象について、以下の様に2種類の相対立するモデルが提出された。すなわち、第一のモデルによると、この現象はソフトE1共鳴状態と呼ばれる共鳴準位の励起に対応するもので、この共鳴は中性子ハロー部とコア部の間のゆるやかな振動モードであり、E1強度の一部がコヒーレンス性の破れによって低い励起エネルギーにとどまったものであると説明される。一方のモデルでは、このE1遷移は共鳴状態の形成を伴わない直接分解反応であると考えられ、低励起エネルギーE1強度の発現は基底状態のハロー部の空間的拡がりがもたらす性質であると解釈される。上記どちらの反応機構によるものか、これまでの11Liによる研究では解明できていない。この区別は、後述するように、単に反応機構そのものの性質の決定という点にとどまらず,クーロン励起や逆反応のスペクトロスコピー的側面や,また中性子ハロー核の動的性質への影響という点でも,重要な意味を持っている。

 本論文の主要目的は、11Be(72MeV/u)+Pb反応を用いたクーロン分解反応実験によって、中性子ハロー核における低励起エネルギー非束縛領域へのE1的遷移の発現機構を明らかにすることにある。そのためには構造が単純でよく理解されている原子核を利用するのが適切であるが,11Beはまさにその条件に適した稀有な中性子ハロー核である。すなわち,11Beの基底状態(=1/2+)の主要成分は、10Beコアと1個のS-波中性子(分離エネルギー504±6keV)から構成される単純な構造をもち、1個の中性子がハローを形成しており11Liで問題となる2ハロー中性子間の相関に起因する不明瞭性を含まない。本研究では、まず、放出粒子の角度分布によって、励起モードがE1であることを実験的に確認し、さらにB(E1)のエネルギースペクトルから低励起エネルギーE1遷移の発現機構を明らかにすることを目指す。また、クーロン分解で問題となるクーロン加速効果についても調べ、中性子ハロー核のクーロン励起の性質を総合的に解明することを目的としている。

 本実験で決定すべきスペクトルは、入射11Beの運動量ベクトルと共に、クーロン分解反応において放出される10Beと中性子の運動量ベクトルを同時に完全測定することにより初めて求められるものである。すなわち、放出粒子の11Be静止系での角度分布は放出粒子の運動量ベクトルを11Be静止系へのローレンツ変換することにより求められ、B(E1)励起エネルギースペクトルは放出される2粒子の運動量からその不変質量を導出することにより求められる。この不変質量法は二次ビームの強度の弱さや分解能の悪さを補う特長を持っている。実験は、理化学研究所の不安定核ビームラインRIPSにおいて生成された平均エネルギー72MeV/uの11Beビームを用いて行った。クーロン分解後放出される10Beの粒子識別及び運動量ベクトルは大立体角電磁スペクトロメータによって、また中性子の運動量ベクトルは80本のプラスチックホドスコープにより位置と飛行時間を測定することにより求めた。

 実験の結果得られた、11Be静止系における放出粒子10Beの角度分布を図1に示す。図中の曲線はE1励起に対する理論計算の結果であり良い一致を示している。この結果から、11Beのクーロン励起が確かにE1励起であることが証明された。

図1:10Be粒子の11Be静止系における放出角度分布。y-z平面が反応平面で、y軸が運動量移行の方向、は方位角である。実線はE1多重度で励起するとした一次の摂動理論に基づく理論曲線である。

 次にB(E1)励起エネルギースペクトルdB(E1)/dExの実験結果について述べる。このスペクトルはクーロン分解反応断面積のエネルギースペクトルから、仮想光子の理論を用いた解析により求められる。仮想光子理論適用の正当性については、付随的に本実験とは別に行なわれた11Beの第一励起状態(=1/2-)へのクーロン励起実験により確認されている。得られたスペクトルを図2に示す。図に見られるように、励起エネルギーEx=約800keV付近に4.0±0.9W.u.というE1としては非常に顕著なピークが現れる。このピークは11Liにみられたピークと類似しており、低励起エネルギーE1遷移が中性子ハロー核に普遍的に現れるものであることを示唆している。

 このスペクトルに対し直接分解反応モデルに基づく解析を行なった。直接分解反応では、その遷移確率は湯川型の波動関数を持つ基底状態が、E1のオペレーターを介し、10Beと中性子の相対運動量qを持つ平面波を終状態とする行列要素によって表され、次の様に簡単な形で書ける。

 

 ここで、スペクトルの形が中性子の分離エネルギーEsのみの関数であることに注目したい。全B(E1)強度はEsに反比例し、またピークが励起エネルギーEx=8/5Esの位置に現れるので、Esが小さい程低励起エネルギーにE1強度が集中することになる。Esとして11Beの中性子分離エネルギー504keVをとって、強度のみを自由パラメータとしてフィッテイングを行なったのが図2の実線であり、非常に良い一致が見られる。このことは、ハロー核に現れる低励起エネルギーE1遷移が、直接分解反応を主要な過程としていることを示している。

図2:11BeのE1強度スペクトル。約800keV付近に大きなピークが現れることがわかる。実データは直接分解反応モデル(実線)と比較され良い一致を示していることがわかる。

 この過程が直接分解反応である場合、分解は励起と同時にほぼ標的核付近で起こることになる。その時、標的核の遠距離力的クーロン力のために、結果的に、入射11Beの速度に対して10Beは加速され中性子は減速されることになる。図3は放出粒子10Beと中性子の縦方向運動量分布を11Be重心系の散乱角(衝突係数の逆数)についてプロットしたものである。実験結果は10Beと中性子それぞれに対し、直接分解反応に対する半古典的クーロン加速モデルの予想する線(図中実線)に沿っていることがわかった。従って、この結果も直接分解反応とコンシステントであると言える。

 以上ように、本実験の結果、11Beにおいても低励起エネルギーE1遷移の巨大なピークが現れ、この遷移がE1の直接分解反応であるとするモデルと完全に合致することがわかった。すなわち、中性子ハロー核のクーロン分解はE1直接分解反応が重要な役割をなしていることが証明されたと言える。実際、我々は、その後11Liのクーロン分解反応について、本論文のこの結果をふまえた解析を行い、直接分解反応で説明することに成功した。一方、我々は、この様なクーロン分解反応の機構は、逆反応である中性子捕獲反応にも適用されることを指摘した。例えば、天体核反応で重要な、12Cの1中性子捕獲反応はこの原理で反応断面積が高められることを予想した。一方、本実験の結果、この反応が核構造解析に応用できることがわかった。すなわち、直接分解反応では、B(E1)スペクトルが式1のように表せるので、その強度から、基底状態の殻模型構造がであるスペクトロスコピック因子を求めることが可能となる。実際、本実験で得られたスペクトロスコピック因子は、基底状態が球形であることを仮定すると、0.95±0.2である。この方法は将来、19Cや14Bのスペクトロスコピーに応用できるであろうと思われる。この様に、本論で試みたソフトE1励起機構の様々な解明は、中性子ハロー核の動的な性質を理解する上で重要な基盤を提示するものと考えられる。

図3:放出粒子である10Be(上図)と中性子(下図)の平均縦方向運動量の放出角度依存性。放出角度は10Beと中性子の重心系に対する量で、衝突係数bと直接結び付くものである。実線は直接分解反応の半古典的モデルに基づく理論直線である。
審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章:序、第2章:実験のデザイン、第3章:実験装置を述べたあと、第4章:実験データの解析、第5章:実験結果に関する議論が述べられている。第6章は、補足的な実験について述べられており、第7章で結論が与えられている。

 本論文は、11Be(72MeV/u)+Pb反応を用いたクーロン分解反応実験によって、中性子ハロー核における低エネルギー非束縛領域への電磁気的励起に関して研究を行ったものである。近年、不安定核ビームを用いた研究によって、11Liや11Beなどの軽い中性子ドリップライン付近の原子核が、中性子ハローとよばれる特異な構造をもっていることが明らかになってきた。これは、通常の飽和した原子核密度をもつコア部と、中性子からだけなる希薄な外縁部からなる二重構造によって特徴づけられる。中性子ハロー核の基底状態の特異性は、反応機構や励起モードの性質にも反映される可能性がある。例えば原子核のE1応答に対しては、通常のE1巨大共鳴(励起エネルギー〜80A-1/3)の他に、ハロー部の核子とコア部のゆるやかな結合に起因するいわゆるソフトE1.共鳴状態が低い励起エネルギーに現れる可能性がある。実際、11Liのクーロン分解反応で、励起エネルギー約1MeVという通常では考えられない低エネルギー非束縛領域に1Weisskopf unit(W.u.)もの強度が集中的に現われ注目をあびたが、励起機構に関して共鳴状態を経るのか直接分解反応なのかは、11Li核の2ハロー中性子間の相関に起因する不定性のため詳細な議論は困難となっている。

 本実験は、1個のハロー中性子(S波、分離エネルギー504±6KeV)からなる、構造がより単純な11Beを用いた。入射11Beの運動量ベクトルと共に、クーロン分解反応において放出される10Beと中性子の運動量ベクトルを完全測定することにより、不変質量法により励起エネルギースペクトルを求め、同時に放出粒子の11Be静止系での角度分布も求め、クーロン励起の多重極度の情報を得た。この不変質量法は、二次ビームの入射運動量のひろがりにもかかわらず良い精度で励起エネルギーを求める特徴を持っており、今回の実験では10Beと中性子の相対エネルギー1MeVの場合に200keV(r.m.s.)の分解能がえられている。実験は、理化学研究所の不安定核ビームラインRIPSにおいて生成された、平均エネルギー72Mev/uの11Beビームを用い、放出された10Beの粒子識別及び運動量ベクトルは大立体角電磁スペクトロメータによって、又、中性子の運動量ベクトルは80本のプラスチックホドスコープにより、位置と飛行時間を測定することにより求めている。

 実験の結果、1)11Be静止系における10Beの角度分布は、E1励起に対する理論計算と良い一致を示し、11Beのクーロン励起は主としてE1励起であることが証明された。2)クーロン分解反応断面積のエネルギースペクトルから、仮想光子理論を用いてB(E1)励起エネルギースペクトルdB(E1)/dExを求めた。得られたスペクトルは励起エネルギーEx=800keV付近をピークとし、4.0±0.9W.u.もの強度をもつ。このピークは11Liにみられたピークと類似しており、低励起エネルギーE1遷移が中性子ハロー核に普遍的に現れることを示唆している。

 このスペクトルに対し、直接分解反応モデルに基づく解析を行った。このモデルでは適当な仮定のもと、全B(E1)強度は中性子の分離エネルギーEsに反比例し、ピークはEx=8/5Esの位置に現れることが示される。Esとして11Beの値504keVをとり、強度を自由パラメータとすると、実験値と非常に良い一致が得られ、ハロー核に現れる低励起エネルギーE1遷移が、直接分解反応を主要な過程としていると考えられる。この結果に基づき遷移強度から、11Beの基底状態が112134f03.gifであるスペクトロスコピック因子を求ると0.95±0.2となり、他の方法で求めた値と誤差の範囲で一致する。この方法が将来、より中性子過剰の核19Cや14Bのスペクトロスコピーに応用できる可能性を示した。

 一方、この過程が直接分解反応であれば、分解は励起と同時にほぼ標的核付近でおこる。その時、標的核の遠距離的クーロン力のために、10Beは再加速され、中性子は影響をうけない。放出粒子10Beと中性子の縦方向運動量分布を11Be重心系の散乱角の函数としてみることにより、はじめてこの効果を観測した。これは将来、より詳細に研究することにより、分解過程の動的な振舞いを見れる可能性を秘めており興味深い。

 以上の様に、本論文は、11Beにおいても低励起エネルギーE1遷移の巨大なピークが現れることを示し、この遷移は、直接分解反応が主要な役割をはたしていることを明確に示した。なお、本論文は、複数の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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