特発性間質性肺炎(IIP)は原因不明の間質性肺炎で、わが国では10万人に3〜5人の発生がある。一方わが国ではIIPに合併する肺癌の発生頻度が高く、厚生省びまん性肺疾患調査研究班の全国調査ではIIP例の14.2〜27%に達しており、これは非IIP者の肺癌発生頻度に比較して著しく高いものである。 IIP慢性型(今回我々が検討したものはすべて慢性型)の特徴は下葉肺底部より進展する蜂窩肺病変であり、これは既存の肺胞構築の改変を伴いつつ、蜂窩肺を形成する嚢胞壁は細気管支ならびに気管支上皮にて被覆される。これらの上皮はいはば常に外界からの様々の物質(carcinogenを含む)に曝されている状態にある。我々はIIPにおける肺癌発生のメカニズムを解明するためにIIPにおける蜂窩肺部上皮の細胞動態を病理組織学的計測、細胞増殖マーカーやDNA ploidy解析、p53蛋白の免疫組織化学染色、パラフィン切片からmicrodissection PCR-直接塩基配列決定法によるp53の点突然変異の検索を行った。 今回の検索には日本赤十字社医療センターで病理解剖されたIIP剖検例の肺を用いた。IIPは2540例の剖検例中57例でそのうち肺癌合併例は27例(47.4%)であり、これは非IIP剖検例中の肺癌例(以下対照肺癌)7.7%に比して極めて高い頻度である。IIP合併肺癌は27例中26例が男性であり、かつ重喫煙者が多いことが注目される。肺癌の発生部位は対照肺癌では上葉に多い傾向があるのに対して、IIP合併肺癌では下葉に多い傾向があり、かつ気管支末梢より発生する傾向がある。肺癌の組織型は対照肺癌とIIP合併肺癌においては差異はないが、我々の検索したIIP合併肺癌では小細胞癌が多かった。 蜂窩肺部の上皮増殖巣としては基底細胞増殖、扁平上皮化生、異形成がある。1mm2あたりの蜂窩肺部の上皮増殖巣の長さ(m)は下葉が上葉のそれよりも有意に長いが、IIPのみの例と癌合併IIPとの間には有意差はみられなかった。また、蜂窩肺部のPCNA陽性細胞の出現頻度は48-60%で、対照肺の膠原病肺(IPCTD)の30%より有意に高いことがわかった。IIPの蜂窩肺部における上皮細胞増殖の盛んなことが示された。PCNAはとくに増殖している基底細胞や異形成において強く核に発現する。 一方、増殖細胞における核DNA量をパラフィン切片を用いてUV-顕微分光測光、Flow cytometryを増殖巣の比較的多いIIP12例(癌合併例5例、IIPのみ7例)について解析した。8例(癌合併例5例、IIPのみ3例)の上皮増殖巣はaneuploidyを示し、4例(IIPのみ)はdiploidyであった。 蜂窩肺部の増殖細胞では免疫染色によるp53蛋白の発現はIIPのみの例の34.5%、癌合併IIP例の27.2%、IPCTDの14%に認められ、三群間には有意差はない。p53はIIP例の異形成の部分で強い陽性像を示した。 また、Bc1-2は蜂窩肺部の少数の上皮細胞の胞体に陽性を認めた例が約50%であった。 p53遺伝子の点突然変異の解析は3例の上皮増殖巣および2例のIIP合併肺癌の4パラフィン切片よるmicrodissection PCR-直接塩基配列決定法を用いてp53遺伝子のexon5,7,8について検索した。3例中1例の高度異形成の上皮細胞にGからTのtransversion(codon 157にGTC to TTC,Val to Phl)が認められたが、他の2例の上皮増殖巣と肺癌にはp53遺伝子の変異はみられなかった。 GからTへのtransversionはタバコに含まれるbenzopyreneによる変異としてこれまで報告されていることや、癌合併IIP例での重喫煙者が多い事実から我々はIIP伴わない重喫煙者(平均喫煙指数1187)の肺における気管支、細気管支についても検討した。PCNA陽牲細胞は気管支、細気管支上皮の25%であり、p53陽性細胞の出現は10%の例において認められた。しかし、Bc1-2陽性細胞は重喫煙者の50%にみられIIP例との有意差はなかった。 以上の検索によって我々はIIP蜂窩肺部の上皮細胞は増殖能が亢進していること、上皮増殖巣にDNAのaneuploidyの多いこと、またp53蛋白の過剰発現があることがわかった。そして少数例であるが、p53遺伝子のG→Tへの変換が生じていることから蜂窩肺部の上皮細胞に発癌を惹き起こす遺伝子異常が生じていることを明かにした。またはIIPにおける肺癌の発生に喫煙の影響は無視できないが、IIPを惹き起こす原因が肺構築の改変に伴う再生上皮細胞の遺伝子異常を生じさせる可能性があることをこれらの結果は示唆している。 |