本論文は「レーザー分光法を用いた微量大気化学種の大気-水界面への取り込み過程に関する研究」と題し、大気化学において重要な大気-水界面物質移動過程に関して、新規な手法を案出して、基礎的な側面から速度論的解明を試みたものである。このため、レーザー分光法の有する高い空間分解能を利用して、界面近傍の活性化学種濃度分布を直接的に追跡し、その過渡的挙動の解明と併せて微量大気化学種の水への取り込み係数の決定を行った。 本論文は6章よりなる。第1章は序論であり、大気-水界面における微量化学種の取り込み過程の速度論的なモデルを示した後、取り込み係数の測定がその要諦をなすことを述べた。その上で、従来からの取り込み係数の測定法の相互比較を行い、それらの有する問題点について論じ、取り込み係数の直接測定法を案出することの重要性を示した。 第2章はレーザー分光法による界面物質移動過程研究の方法論の開発について述べている。すなわち、微量大気化学種の大気-水界面への取り込み係数の測定法として、従来の測定法では取り込み係数の決定値が、気相の流れ場の確立と解析方法の影響を受けやすいという問題点を挙げ、それを解決する方法として、界面近傍の気相濃度分布を観測することにより直接的に取り込み係数を求める測定法が成立し得ることを示した。その上で、直接測定法として、レーザー分光法を用いて定常場の濃度分布測定を行うインピンジング・フロー法を提案し開発を試みた。この直接測定法においては、10-1〜10-5の範囲の取り込み係数が測定可能であり、観測可能な取り込み現象は10ミリ秒のオーダーであることを示した。この測定法では、界面物質移動が大気中における不均一過程において律速的に作用するか否かの境界となる10-3オーダーの取り込み係数値に対し、特に感度が高いことが利点である。さらに、開発した直接測定法により、SO2を対象として種々の因子に対する依存性を検討して、開発した直接測定法の実証を行い、取り込み係数が精度よく求まることを示している。インピンジング・フロー法の開発にあわせて、非定常場において活性種を生成するパルス法についても原理的な解析を行い、基本的なモデル実験による検証を行っている。 第3〜5章では、インピンジング・フロー法を、大気化学において、その不均一反応過程の解明が重要な意味をもつ安定化学種のSO2とNO2、および極めて重要なラジカルであるOHラジカルに適用し、それらの取り込み係数の決定を行っている。 第3章ではSO2に関して行った研究の結果が述べられている。気液界面接触時間が数10〜数100ミリ秒オーダーにおいてSO2の取り込み係数を測定し、急速な酸解離平衡達成直後の極限値として、293.45K、pH13.2の条件では、0.028±0.008であると求めている。この取り込み係数は、液相における溶解したSO2の酸解離平衡と、関連するバルクにおける液相反応速度定数を用いて説明できるとしている。さらに本研究のような低濃度の系においては、表面錯体が取り込み過程へ寄与する効果はごく小さいと結論している。 第4章ではNO2に関して行った研究の結果が述べられている。気液界面接触時間が数10〜数100ミリ秒オーダーにおいてNO2の取り込み係数を測定し、代表的な条件下では、293.15Kの温度下で(5.5±2.0)×10-4と求めている。取り込み係数の濃度依存性は小さく、またpH依存性は認められていない。得られた取り込み係数の大きさおよびその時間依存性は、バルクにおける液相反応速度定数では説明できず、非常に速い表面に特有の反応が存在する可能性を指摘している。 第5章ではOHラジカルに関して行った研究の結果が述べられている。この章では、ラジカル生成法として放電流通法を用い、測定にインピンジング・フロー法を適用し、気液界面接触時間が数10〜数100ミリ秒オーダーの測定を行っている。pH5.6の条件で取り込み係数は0.004程度の値を示し、酸性およびアルカリ性の両側へ向けて増大する傾向を見いだしている。酸性側で取り込みが増大することは、大気化学においては硫酸エアロゾルがシンクとして比較的重要となる可能性を示すものであると考察している。 第6章は総括の章である。各章で得られた結論を総合して、新規に案出したレーザー分光法とインピンジング・フロー法の組み合わせによる直接的測定の利点を明らかにし、また得られた取り込み係数の持つ意味を大気化学の側面から論じている。さらに多くの化学種が本法の対象として考えられること、本法のより広い適用に関しても展望を示している。 以上要するに、本論文は大気化学において重要な気液界面物質移動過程について、レーザー分光法を濃度分布測定に用いるインピンジング・フロー法を案出して測定法として確立するとともに、いくつかの重要な微量大気化学種に適用して取り込み係数を求め、その意味を明らかにしたものであり、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |