学位論文要旨



No 112143
著者(漢字) 陳,建林
著者(英字)
著者(カナ) チン,ケンリン
標題(和) 浮遊可燃性微粒子群の燃焼特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112143
報告番号 甲12143
学位授与日 1996.05.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3717号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平野,敏右
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 河野,通方
 東京大学 助教授 鶴田,俊
 東京大学 講師 大久保,達也
内容要旨 1.まえがき

 浮遊可燃性微粒子群の燃焼は、液体燃料噴霧や微粉炭等を燃やす燃焼設備内、あるいは粉じん爆発事故時などに発生する。そのため、燃焼設備の効率向上や、粉じん爆発事故に対する適切な防御などをおこなうために、浮遊可燃性微粒子群中を伝ぱする火炎について十分に理解することが必要となる。これまで、液体微粒子群(噴霧)中の火炎伝ぱについて多くの研究がなされてきたが、固体微粒子群(粉塵雲)中の火炎伝ぱについては、系統的な研究がほとんど見あたらない。固体微粒子群中を伝ぱする火炎の構造やその伝ぱ機構について、まだよくわかっていないのが現状である。そこで、本研究では浮遊可燃性固体微粒子群中の火炎の構造と伝ぱ機構を明らかにすることを目的とし、浮遊固体微粒子中を伝ぱする火炎について詳細に観察した。観察は、火炎の直接発光、シュリーレン像及び粒子レーザ散乱光を一台のCCDビデオカメラで同時に撮影することによりおこなった。さらに、火炎中の反応位置の検出および火炎の温度分布の測定結果より、火炎の構造と伝ぱ機構を検討した。

2.実験装置及び方法

 本研究で用いた可燃性固体試料は、1-octadecanol(化学式:CH3(CH2)16CH2OH;融点:約58℃)である。試料は、凝縮相における熱分解がほとんど発生せず、火炎の加熱で蒸発し、発生した可燃性蒸気が気相で燃焼するという燃焼形態をとると考えられる。

 本研究で用いた実験装置は、粒子群の生成装置・着火装置(図1)、光学測定系(シュリーレン撮影装置など、図2)からなっている。さらに火炎中の反応位置の検出および火炎の温度分布の測定をおこなうために、静電探針と熱電対を用いた。

図1 粒子群提供装置図2 測定光学系

 試料を64℃まで加熱し液体の状態で噴出させ、空気中での冷却により浮遊固体微粒子群を得た。噴出終了と同時にダクトの中間部分を下方へ移動し、開放空間を形成し、そこで電極の放電により固体微粒子群に着火した後、火炎伝ぱの様子を観察した。観察は、火炎からの直接発光、粒子の存在を示すレーザ散乱光の像、及び温度上昇の境界を表すシュリーレンフロントをCCDビデオカメラで同時に記録することによりおこなった。

3.結果と考察3-1.火炎の光学的観察

 図3に示すのは、火炎の直接発光とレーザ散乱光を一緒に撮った画像である。この画像より、輝炎と見られる、輪郭の不規則な黄色の発光部が火炎の中心部に位置することがわかる。発光部の輪郭から周囲の粒子レーザ散乱光の像まで数mmの距離があり、この間にいくつかの孤立した円形の青い発光が観察される。青い発光の空間分布が、直径80m以上の大きな粒子の空間分布とほぼ同じであり、また青い発光の中心に粒子の存在がほとんど認められないことより、青い発光は、これらの大きな粒子が蒸発しできた蒸気の周囲に形成された拡散火炎と推定できる。火炎の直接発光、粒子のレーザ散乱光およびシュリーレン像を同時に撮影した画像を図4に示す。この画像より、中心部の黄色発光部の輪郭から5-8mm外側に、温度の急激な上昇が始まる位置を示すシュリーレンフロントが観察される。このシュリーレンフロントは、ほぼ円形でなめらかな形をしている。シュリーレンフロントの内側では、小さな粒子の散乱光がすべて見えなくなるため、シュリーレンフロントの内側では、温度上昇により小さな粒子が急速に蒸発し消失したと推定される。大きな粒子のレーザ散乱光の像は、火炎中央部を通る水平線に沿って観察するとシュリーレンフロント内側約3mmから見えなくなり、また孤立した円形の青炎は、この位置からさらに約1mm内側より観察され始めることがわかる。

図3 火炎発光、レーザ散乱光を同時に撮影した画像(シャター速度:1/1000秒)図4 火炎発光、レーザ散乱光とシュリーレン像を同時に撮影した画像(シャター速度:1/250秒)
3-2.粒径分布が火炎伝ぱ速度に及ぼす影響

 上、下、左、右の火炎の伝ぱ速度の平均値Vfを測定した結果を表1に示す。燃料圧送用の圧力P1を大きくすると、小さな粒子(粒子径<80m)の数が減少する一方、大きな粒子(粒子径>80m)の数が増加する。また、火炎伝ぱ速度は、液体の噴出圧力を大きくすると低下する。すなわち大きな粒子(粒子径>80m)の数が増加し、小さな粒子(粒子径<80m)の数の減少した時、火炎の伝ぱ速度は低下している。この結果より、大きなな粒子(粒子径>80m)の数密度は火炎伝ぱ速度にほとんど影響を与えず、一方小さな粒子(粒子径<80m)の数密度は、火炎伝ぱ速度に大きな影響を与えることがわかる。これは、火炎伝ぱが小さな粒子の燃焼により維持されていると考えることもできる。

表1 粒子群の性質と火炎伝ぱ速度との関係
3-3.火炎における燃焼反応位置の検出

 燃焼反応の位置の検出のために、測定したイオン電流の変化を図5に示す。この図を見ると、放電開始からの経過時間tが約56msの時からイオン電流は急激に上昇し始め、t=58msでピークをとりその後減少し、t=70〜80msの間に再度上昇が測定される。

 ビデオの観察結果と対比する結果、t=56msからのイオン電流の急激な上昇は、シュリーレンフロントの内側約2mmの位置に相当する。この位置に火炎の燃焼反応が起こっていることを示している。しかし、直接光の観察ではこの位置に発光は認められない。これは、発光が非常に弱くて、ビデオカメラにより検出されていないものと考えられる。シュリーレンフロントを通過した小さな粒子はすぐに蒸発し消滅することから、この火炎では、主に小さな粒子の蒸気の燃焼と推定できる。また、t=70〜80msのイオン電流の上昇は、大きな粒子の燃焼と考えられる孤立した青い火炎の存在領域に相当する。t=79ms以降では探針は輝炎の内部に入っていることになるが、この部分ではイオン電流はゼロとなり、燃焼反応が起こっていないことがわかる。

図5 イオン電流波形の例
3-4.温度分布の測定結果

 熱電対により測定した温度の変化を図6に示す。この測定は、図5の測定と同一の実験においておこなったものである。t=60msから温度が急激に上昇していることがわかる。熱電対の時定数が約8msであることを考えると、この温度の上昇速度はかなり速く、測定した温度変化は実際の温度変化より大幅に遅れると考えられる。そこで熱電対の出力を時定数で補正した(図6破線)。これより、温度はt=56ms付近で急激に上昇していることがわかる。この時刻には、シュリーレンフロントの内側約2mmの位置を計測していることに相当し、前節で述べたイオン電流が急激な上昇を示す位置と一致する。この結果は、この位置に火炎先端が存在することのもう一つの証拠である。

図6 火炎先端付近の温度変化
4.結論

 1-octadecanol単一成分からなる浮遊微粒子群中を伝ぱする火炎について、詳細な観察および計測をおこなった。

 火炎の構造に関して以下のことが明らかになった(図7参照)。一番外側に温度上昇の開始を示すシュリーレンフロントが観察され、その約4-5mm内側に孤立した直径約1mmの青い円形の火炎が複数存在し、火炎の中心部は黄色い発光部となっていることがわかった。シュリーレンフロントはなめらかな形状をしており、黄色い発光部の輪郭は不規則な形状をしている。燃料粒子のうち、小さな粒子(粒子径<80m)はシュリーレンフロントを通過するとすぐに蒸発し消滅し、大きな粒子(粒子径>80m)はシュリーレンフロントから約3mm内側で消滅する。静電探針および熱電対による計測結果よると、シュリーレンフロントの約2mm内側から燃焼反応が発生しており、この位置に火炎先端部が存在していることがわかった。

図7 火炎構造のモデル

 火炎の伝ぱ機構に関して、以下のことが明らかになった。火炎伝ぱ速度が大きな粒子(粒子径>80m)の数密度にはほとんど依存せず、小さな粒子(粒子径<80m)の数密度に強く依存することより、火炎の伝ぱは小さな粒子(粒子径<80m)の燃焼により維持されると推定できる。また、シュリーレンフロントの約2mm背後に存在する火炎は、主に小さな粒子が蒸発して発生した可燃性蒸気によって支持されると考えられる。つまり、火炎伝ぱを支配すると考えられる伝ぱ火炎の先端は、シュリーレンフロントの約2mm背後の火炎であり、この火炎は主に小さな粒子(粒子径<80m)の蒸気の燃焼と推定する。

審査要旨

 本論文は、「浮遊可燃性微粒子群の燃焼特性に関する研究」と題し、炭塵や小麦粉などの可燃性粉塵が爆発する場合、あるいは微粉炭などの可燃性微粒子を燃焼させる場合の火炎の挙動を支配する機構を明らかにするための基礎的知見を得る目的で、空気中に浮遊する1-octanolの固体微粒子群中を伝ぱする火炎について詳細に調べた結果についてまとめたもので、6章からなっている。

 第1章は、「序論」で、単一の可燃性微粒子および浮遊している可燃性微粒子群の燃焼に関するこれまでの研究成果について概観し、本研究の位置づけを行っている。

 噴霧や粉塵爆発の防止あるいは微粒化した液体燃料や固体燃料を用いる燃焼器の設計のための基礎的知見を得るために、これまでに可燃性微粒子の燃焼に関する多くの研究がなされてきた。それらの最近の成果により、液体噴霧中を伝ぱする火炎の構造や伝ぱ機構は、少しずつ明らかになってきている。しかし、可燃性微粒子が固体である場合、すなわち浮遊固体微粒子群中を伝ぱする火炎の構造や伝ぱ機構については、多くの仮説に基づくいくつかの提案はあるが、それらを裏付ける信頼できるデータはほとんどない。本研究の目的は、浮遊している固体微粒子群中を伝ぱする火炎の構造について詳細に調べ、その伝ぱ機構を解明することにある。

 第2章は、「粒子群の生成および粒子群特性の測定」で、本研究に用いた可燃性の固体微粒子群を選定した理由および生成する方法、その特性の測定に用いた方法および測定によって得られた結果について述べている。

 微粒子の素材である1-octanolは、融点が59.4℃であり、加熱することにより容易に液体となり、常温の空気中に噴霧すると球形の固体微粒子群となる。このようにして生成した固体微粒子群は、性質がよく分かった単一成分からなるので、その燃焼時の挙動が理解しやすく、基礎研究に向いている。試料を採取して顕微鏡写真に撮り粒径分布を測定し、固体微粒子群は直径20m以下の粒径のものを主体とするものであることを示している。

 第3章は、「微粒子群中を伝ぱする火炎の特性」で、浮遊している固体微粒子群中を伝ぱする火炎の挙動を調べた結果について述べている。

 種々の粒径分布の固体微粒子群中での火炎伝ぱの状況ならびに火炎伝ぱに伴う微粒子の挙動を、直接写真、シュリーレン写真、およびレーザートモグラフによって同時計測し、火炎伝ぱの速度は粒子径80m以下の比較的小さな粒子の数密度に強く依存すること、粒子径80m以上の大きな粒子はシュリーレンフロントの通過から約20ms遅れて着火し、青い円形の火炎を形成することなどを明らかにしている。

 第4章は、「反応領域の検出」で、静電探針を用いて火炎付近において燃焼反応の起こっている領域を検出した結果について述べている。

 これまで浮遊している固体微粒子群中を伝ぱする火炎における反応領域は直接写真に写った映像から推定されてきていたが、そのような推定に基づくモデルでは、3章で示しているシュリーレンフロントとして記録される温度上昇を説明することができない。静電探針は、炭素および水素を含む可燃性物質が空気などの酸素を含む酸化剤と燃焼反応したときに発生する化学イオン化反応によるイオンを検出する装置で、これにより燃焼反応が起こっている領域を検出することができる。このような特性を持つ静電探針測定により、直接写真によっては記録できない、シュリーレンフロント背後の反応領域の検出に成功している。

 第5章は、「火炎温度の測定」で、微小熱電対およびレーザー干渉計を用いて火炎付近の温度分布を測定した結果について述べている。

 これらの手法による温度測定の結果も、4章で述べた静電探針測定の結果を裏付けるのもである。

 第6章は、「火炎の構造と火炎伝ぱの機構」で、本研究で得られた結果を総括している。

 以上要するに、本研究は、浮遊している可燃性固体微粒子群中を伝ぱする火炎の構造ならびにその伝ぱ機構について、燃焼学上これまで曖昧であった部分に、信頼できる新しい知見を加え、粉塵爆発への対策や微粉炭燃焼器の性能向上のための基礎知識の蓄積に寄与したものであり、燃焼学ならびに化学システム工学に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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