学位論文要旨



No 112152
著者(漢字) 田中,茂穂
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,シゲホ
標題(和) 身体活動が体内深部脂肪の蓄積に与える影響
標題(洋)
報告番号 112152
報告番号 甲12152
学位授与日 1996.07.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第49号
研究科 教育学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 衛藤,隆
 東京大学 教授 武藤,芳照
 東京大学 教授 浦野,東洋一
 東京大学 助教授 白山,正人
 東京大学 助教授 南風原,朝和
内容要旨

 体脂肪の分布は,体脂肪の量と独立に,心疾患や糖尿病,高脂血症,高血圧といった疾病・代謝異常の危険因子であることが,ここ10年ほどの間にわかってきた。腹部型の皮下脂肪分布が先に述べた代謝異常をもたらす分布型の一つであるが,最も問題なのは,大綱,腸間膜など体内深部に沈着した内臓脂肪である。

 しかし,摂取エネルギーと消費エネルギーの差でほとんど説明できる体脂肪量と異なり,体脂肪分布に影響を与える要因については,未だほとんど見いだされていない。そこで,特に身体活動を中心に,体内深部の脂肪に影響を与える要因について検討することを本論文の目的とした。

第1章本論文の背景と目的,方法論1.代謝性疾患における体脂肪分布の役割

 体脂肪の分布パターンについては様々なとらえられ方をしてきた。しかし,多くの代謝性疾患との関連が最も強いと考えられているのは,主として内臓の周囲に脂肪が蓄積した「内臓脂肪蓄積型肥満」である。しかし今までしばしば体脂肪分布の指標として用いられてきたウエスト/ヒップ比は,内臓脂肪の蓄積を十分に反映していない。

2.体脂肪分布の要因に関する研究小史

 脂肪組織による脂肪の取り込みおよび分解に部位差があることが,体脂肪の均一でない分布をもたらしている。それに影響を与えていると考えられるホルモンは,性ステロイドや糖コルチコイドなどであるが,最も直接的で関係が明確なのがカテコラミンである。特に内臓脂肪は,カテコラミンの刺激による脂肪分解が活発であるという特徴がある。

 体脂肪分布は,体脂肪の量などと比べて,遺伝的にかなり規定されているが,環境によって変化する余地も残されているようである。現在,体脂肪の分布に影響を与えていると考えられている要因としては,食事,運動などを含めて検討されているが,喫煙を除いてこれといった変数は見いだされていない。

 以上より,体脂肪の分布に強い影響を与えていると考えられる要因については,まだ研究の余地があるようである。今後の研究では,ウエスト/ヒップ比ではなく,内臓脂肪の蓄積をより強く反映する指標を用いる必要があると考えられた。

3.本論文の目的

 身体活動が体内深部脂肪の蓄積に与える影響を検討するために,3つの研究を行った(第2章〜第4章)。第2章と第3章では身体活動の異なる典型集団の比較,第4章では有酸素運動の継続による体脂肪分布の変化を追跡するという形をとった。第5章は,それに付随すると思われる問題を扱った。

4.本論文で用いた身体組成測定の方法論

 本論文では,第3章を除いて,Hattori et al.(1991)の方法に若干修正を加えて皮下脂肪量および体内深部脂肪量を推定し,それを指標として検討を行った。すなわち,A-mode式超音波皮脂厚計による皮脂厚や体表面積などから皮下脂肪量を推定し,体内深部脂肪量は,水中体重秤量法から得た体脂肪量と皮下脂肪量の差として求めた。そして,皮下脂肪量を体脂肪量で割って算出したPFSS(%)も体脂肪分布の指標とした。なお体内深部脂肪量は内臓脂肪量に筋肉間脂肪量を加えたものであるが,内臓脂肪量を強く反映すると考えられる。

第2章運動習慣の異なるグループ間における体脂肪分布の比較

 大学のラグビー部員10名と,軽度の運動習慣を有する者14名,有さない者16名の3群について,体内深部脂肪量と皮下脂肪量の関係をみた。体内深部脂肪量は,3群間で平均値に統計的に有意(5%水準)な差がみられた。特に,大学のラグビー部に所属している者は,体内深部脂肪の絶対量が非常に少なかった。それに対して,皮下脂肪量について有意差がみられたのはラグビー部の群と運動習慣をもたない群との間のみで,平均値の差も体内深部脂肪量の差より小さかった。しかし,共分散分析の結果,体内深部脂肪量や皮下脂肪量は体脂肪量によってかなり規定されており,身体活動によって分けた群の効果は非常に小さかった。

第3章脳性麻痺者と一般健常者における腹部脂肪分布の比較

 成人男性の脳性麻痺者15名と一般健常者16名の,腹部を中心とする体脂肪分布を比較した。本研究に限り,B-mode式超音波診断装置で,内臓脂肪断面積を強く反映する腹膜前脂肪厚と,腹部皮下脂肪断面積を強く反映する,腹膜前脂肪と同じ位置での皮下脂肪厚を測定した(Suzuki et al.,1993)。また,体脂肪の測定は,ガス希釈法によった(Hattori et al.,1994)。

 脳性麻痺者は,特に下肢に運動障害を有するため,移動などにおいては上半身の筋肉に高強度の負荷がかかるが,エネルギー消費量に反映されるような身体活動の量が少ないと思われる。そうした脳性麻痺者において,一般健常者と比べて,内臓脂肪量の指標である腹膜前脂肪厚が大きい傾向がみられた。それは,体脂肪量を考慮しても同様の結果であった。脳性麻痺者にみられるような身体活動量の少ない生活様式が,内臓脂肪量を選択的に増加させるのではないかと思われた。

第4章12週間の有酸素的運動の継続による体脂肪分布の変化

 成人男女各8名を対象に,12週間にわたって行ったウォーキングと自転車こぎという有酸素的な運動による体脂肪分布の変化をみた。その結果,男女とも,皮下脂肪量・体内深部脂肪量とも減少し,特に体内深部脂肪の減少量の方が大きかった。減量前の絶対量は体内深部脂肪量の方が少なかったにも関わらず,体内深部脂肪の減少量は,男女とも皮下脂肪の減少量の2倍弱であった。この変化率の差は,これまで食事による減量で報告された値より大きかった。また,体脂肪量が大きく減少した者ほど,体内深部脂肪の減少量も大きかった。皮下脂肪の中では,体幹の脂肪量の減少が最も大きかった。以上のことから,有酸素的な運動の継続が,内臓脂肪を選択的に減少させるのではないかと考えられた。

第5章成人男性における体重にあらわれない肥満と体脂肪分布の関連

 体脂肪率が15%を越える成人男性30名について,BMIと体脂肪率との関係をみた。その結果,体脂肪率とBMIには比較的強い相関(r=0.74)があるが,個人別にみるとある程度の不一致がみられる。そこで,体脂肪率を独立変数,BMIを従属変数とした回帰分析における残差と,体脂肪分布の指標としてPFSSとの関係をみた。残差が正だと体脂肪率の割にBMIが大きいことを,負だとBMIが小さいことを表す。その結果,残差とPFSSにはr=0.54の相関がみられた。このことから,体脂肪率は大きい割にBMIが小さい者ほど,体内深部型肥満の傾向があると言える。このような結果が得られた背景として,運動不足が体脂肪量を増大させる一方で,除脂肪量は減少するため,BMIが大きくならないこと,そして運動不足が体内深部脂肪量を増加させることがあるのではないか,と考えたが,今後の検討が必要である。この結果は,BMIによる肥満判定に対しても警鐘を鳴らすものである。

第6章総括1.本研究で得られた主な結果(略)2.体脂肪分布に対する身体活動の役割

 第2〜4章は,いずれも身体活動量が多い方が,内臓脂肪の蓄積を抑制すると解釈できそうな結果であった。ただし,第2章では,体脂肪の量に規定されているだけで,身体活動が特に他の要因より内臓脂肪に対して影響を与えるとは考えにくい結果だったのに対し,第3・4章では,身体活動が内臓脂肪を選択的に減少させているのではないかという結果であった。また,3つの研究で問題としている身体活動の内容には違いがあり,例えば,運動強度が違えば内分泌系の応答にも差がみられるはずである。今後その点に関して,生理的指標を取り入れた検討が必要である。

3.体脂肪分布に影響を与える要因に関する研究の今後の方向性

 本論文で問題となった身体活動の内容(強度など)による違い,第5章の背景などについて検討が必要である。

審査要旨

 身体の脂肪の中でも種々の成人病の発生に関係する代謝異常への関与が最も強いとされるのは,体内深部の脂肪である。しかし,特に体内深部脂肪の蓄積に影響を与える要因については,従来ほとんど明らかにされていない。本論文は,体内深部脂肪の蓄積に対して,身体活動がどのような影響を与えているかという点について検討したものである。

 これまでの身体活動を含めた体脂肪分布の要因に関する研究で,体内深部脂肪型肥満の指標として用いられてきたウエスト/ヒップ比は,「上半身肥満」「体幹型肥満」「男性型肥満」などの指標であり,内臓脂肪の蓄積を十分に反映しているとは言えない。したがって,このような研究においては,ウエスト/ヒップ比ではなく,内臓脂肪の蓄積をより強く反映する指標を用いる必要がある。本論文では,水中体重秤量法から求めた体脂肪量と,超音波法で測定した皮下脂肪厚などから推定した皮下脂肪量との差から,体内深部脂肪量を評価している。

 本論文では実験研究により,ラグビーのトレーニング(第2章),脳性麻痺者の身体不活動(第3章),ウォーキングや自転車こぎの継続(第4章)といった異なる種類の身体活動を問題にしながら,身体活動が体内深部脂肪量を減少させるという点では,ほぼ同様の結果を得ている。特に第3章と第4章の結果は,身体活動が体内深部脂肪を選択的に減少させるというものであった。なお,審査の過程で対象の設定について若干の議論があったが,典型集団をとったこと,身体障害者のとらえ方について一層の配慮を行うこと等が確認され,審査委員会として了承した。

 以上の結果から,身体活動は体内深部脂肪量の多寡に影響を与えていることが示され,身体活動の教育学的意義についてもより深い示唆が得られた。同時にこのことは,成人病予防対策にも有益な情報を与えるものである。ただし第2章については,体脂肪量の影響を考慮すると体内深部脂肪蓄積に対して身体活動がそれほど影響を与えているとは言えないという結果であり,身体活動の内容の違いによって体脂肪分布に対する影響がどのように異なるのかという点についての検討が今後必要である。

 また成人男性における体重にあらわれない肥満と体脂肪分布の関連について検討した第5章では,体脂肪率が大きい割にBody Mass Index(BMI)が小さい者ほど,体内深部型肥満の傾向があるという,新知見が得られた。この理由としては身体活動の不足が体脂肪量の増加および除脂肪量の減少をもたらし,この結果体脂肪率が高値なのにBMIが大きくならないということが考えられる。現在,肥満の判定には主としてBMIが用いられているが,本論文の結果は,BMIによる肥満判定に対して問題があることを示すものであり,健康増進のための健康教育を展開する上で有益な示唆を与えている。今後は身体活動以外の要因を解明することによって、上記のメカニズムについてさらに検討する意義がある。

 本研究は共同研究として進められてきたが,本人は研究の企画,全体のまとめ,体脂肪分布パターンおよび変化の追跡を担当し,本論文は本人が主として担当した部分についてまとめられており,オリジナリティがあると評価された。

 以上の審査結果から,審査委員会は,本論文が博士(教育学)の学位を授与するに相応しいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54542