低地オランダ地方は、主として17世紀に、他のヨーロッパ諸国とは異なる独自の都市と都市型住宅をつくり出した。それ等は水際に位置し、かつ高密度に集合して建設され、都市居住のひとつの秀れた形式と見なされる。又この形式は、20世紀に入っていわゆる「インター・ナショナル・スタイル」の集合住宅の発展にも、大きな影響を与えたものである。しかしながら、これまでの建築意匠研究においては、このことが部分的に指摘されることはあっても、統合的な研究・考察の対象とされることは極めて稀であった。 本研究は、この「低地オランダにおける都市型住居」を研究の対象としてとりあげ、数年にわたってオランダに研究員として滞在して実地に資料を収集し、また検証し、その特質を明らかにしようとしたものである。 第一章において著者は、低地オランダの都市形成を、形態論的に考察する。中世においては、都市形成のほとんど見られなかったこの地域が、近世、特に17世紀に急激に都市を形成した状況を詳細に把握、分析した上で著者は、その発展形式が、初期の小規模な「片面堤防型」から、大規模な「運河型」までの5段階に分類し得ること、又それが、同一の原型の連続的な変形と見なされることを明らかにする。 第二章においては、その都市を形成する基本単位である「ザール型」の都市住居の16世紀から18世紀にかけての形成過程が、類型学的に考察される。先ず、住居の物体構成的変化は、垂直方向への展開と水平方向への展開に分類される。そして全体構成の変化が、常に平行壁面による空間構成、スクリーンによる長軸方向の空間分割、コアの分散配置といった基本的特質を保存しつつ、その規模を増大させていく、ひとつの原型の連続的発展とみなされることを明らかにする。 第三章においては、ザール型都市住居の内部空間構成が考察される。この時、17世紀における生活空間を把握する手段として著者は、当時のオランダ絵画に多数描かれた室内画を分析の対象とするという、極めてユニークで実り豊かな方法を用いている。著者はザール型のうちでも、その空間的特質が典型的に見られるHAH型住居を選び、17世紀室内絵画をそれぞれ居室類型毎に分類し直し、各室を分割するスクリーン、階段、暖炉、コアといった要素と、それに連続させる視線軸に注目して、その構成のモデルを作りあげる。そしてスクリーンに設けられた開口部、コアの分散配置、そして光を導入するための室内装置によって、基本的に閉鎖性の強い都市住居の内部に広がりと連続性の生み出される様相を明快に説明する。 第四章においては、これまでの三つの章における考察を総合して、都市とその住居単位のそれぞれの構成形式において、構造的な同一性が存在していることが指摘される。すなわち、都市の物体構成において確認された、片面堤防型集落の原型が「帯の織込み」によって発展する形態が、ザール型住居の変形発展に共通する、平行壁面による主階空間ボリュームの決定、これに直交するスクリーン要素による室分割、コア要素の分散的配置によって構成される住居形態の物的構成に一致することが確認される。また、知覚空間構成においては、都市と住居のいずれにおいてもスクリーンを為す物体構成要素配置と、これに交錯する視線軸の複合化による層状連続性が認められる。さらに、集落構成と住居構成に一致する物体/空間形態は、「継起的展開」を誘発する建築的構造を同様に潜在させていることを明らかにし、都市構成の発展と、これに連携して成長を遂げたザール型住居の形態的変形に固有の「帯状発展性」の特性に関する定義が行われる。 本研究は、低地オランダの各都市とその都市住居について、多数の図面,写真と付随する資料を集め、整理し、整然とした資料図集と分析図をつくり上げた。この資料だけ取り上げても、それが今後の研究に資するところは大きい。 又その資料的価値に加えて、その都市と住居が、実際に形成された歴史的、生活的状況を克明に把握、分析した考察は、今後の都市居住を考える際に大きな示唆を与えるものと評価できる。又、その住居単位と都市空間に共通する空間の特質を導き出したその分析方法と結論は、今後の建築形態論の研究に大きく貢献するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |