学位論文要旨



No 112156
著者(漢字) 土井,靖生
著者(英字)
著者(カナ) ドイ,ヤスオ
標題(和) 白鳥座X領域中の拡散星間ガスからの[CII]輝線輻射
標題(洋) THE [CII] 158 MICRON EMISSION FROM DIFFUSE INTERSTELLAR MEDIUM IN THE CYGNUS X REGION
報告番号 112156
報告番号 甲12156
学位授与日 1996.07.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3116号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長谷川,哲夫
 東京大学 教授 祖父江,義明
 宇宙科学研究所 教授 奥田,治之
 東京大学 助教授 田中,培生
 国立天文台 助教授 林,正彦
内容要旨

 [CII]158m輝線は、星間ガスの主要な冷却源の一つであり、従ってガスの加熱率の良い指標である。この[CII]輝線の主要な輻射源の一つとして、光解離領域中のガスが挙げられる。光解離領域とは、近傍のOB型星からの強い遠紫外線輻射(光子のエネルギーが凡そ6-13eV)に照らされた、星生成領域周囲の中性ガス領域である。従って、[CII]輝線の観測は、星生成領域中のガス加熱の様子を探るのに、有効であると言える。

 白鳥座X領域は、数十の活動的星生成領域から成る巨大なコンプレックスであり、銀河系中でも最も活動的な領域の一つである。この領域は、銀河系の腕構造の内、我々の太陽系の存在するLocal Armの接線方向に当たるとされ、領域への星間物質の集中が観測される。前述の星生成活動の要因として、この物質集中が挙げられているが、領域中の、星間物質と星生成領域との関係は、未だ明らにはなっていない。本研究は、[CII]輝線の観測によって領域中のガスの加熱過程を明らかにし、延いては領域中の星間物質と星生成領域との関係を解明することを目的とする。

 著者及びその共同研究者は、自ら開発した気球搭載望遠鏡を用いて、この領域の中心部8°×5°の領域を、15’の空間分解能で観測した。観測は1991年6月12日に、米国テキサス州に於て行われた。

 観測された輻射は、十以上の点源と、空間的に拡がった成分から成る。点源は既知のHII領域と同定される。拡散成分は観測領域全体に分布し、観測された輻射の過半を占める。

 観測領域中の[CII]輻射の空間分布は、CO(J=1→0)輝線輻射のそれとの相関が小さい。これは天空上の他の領域とは異なる特徴である。輝線強度比(I[CII]/ICO)の値は、観測領域中で平均8500であり、銀河系中の他の領域での値、例えば内域銀河面に於ける平均値1300と比較して、特異的に大きい。

 これまで、[CII]輝線の観測データは、一次元のモデルにより解釈されてきた。このモデルが想定しているのは、近傍のOB型星により照らされた、巨大分子雲の表面領域である。しかし我々の観測した大きなI[CII]/ICO強度比、即ち[CII]輝線の超過輻射は、このモデルでは説明不能である。このことは、[CII]輝線に新たな輻射源を(も)想定する必要があることを、示している。

 本研究では、[CII]輝線の超過輻射を説明するモデルとして、以下の二種を提案し、その妥当性を検証する。第一は透過光解離領域モデル、第二は、部分的、あるいは完全電離した拡散星間ガスのモデルである。

 透過光解離領域モデルは、光解離領域中のガスがfilamentary、あるいはclumpyに分布し、その結果外部からの入射紫外線が領域の内部まで浸透している状況を想定する。浸透した紫外線はガス中のCO分子を解離し、その結果領域からのCO分子輝線輻射が弱められることにより、I[CII]/ICOの大きな観測値が説明される。

 一方、拡散星間ガス中では炭素はそのほとんどがC+イオンとなっており、CO分子はほとんど存在しない。従ってこのガスは[CII]輝線は強く輻射するがCO輝線はほとんど輻射しないため、拡散星間ガスモデルはI[CII]/ICOの大きな観測値を自然に説明する。

 観測された[CII]輝線輻射の拡散成分は、熱的な電波連続波の輻射と強い空間的相関を示す。この強い相関は、電離ガスからの[CII]輝線が、観測された輻射中大きな割合を占める事を示唆する。従って、上述の新たな二種のモデル中、観測された[CII]輝線輻射を説明するモデルとしては、拡散星間ガスモデルがより尤もらしいと言える。

 これら二種のモデルは何れも、[CII]輝線を輻射するガスの数密度が102cm-3未満であることを示し、白鳥座X領域中で、これら低密度のガスが選択的に加熱されている事を示唆している。この領域は、併せて特異的に小さな赤外超過(IRE2.1)を示し、その事からも、被加熱ガスの拡散分布が示唆される。

 白鳥座X領域中には、多数のOB星集落が存在する。それらは巨大分子雲からは離れて観測されるため、低密度のガス中に存在すると考えられる。これらのOB星集落は、200個以上のOB型星を含み、それらの星々は、領域中の星間ガスの主要な加熱源である。この事から著者は、これらOB型星による星間ガスの加熱は、上述の被加熱ガスの拡散分布と無矛盾であると考える。

 観測された[CII]輝線輻射の内、どれだけの割合が、上述のモデルのそれぞれにより良く記述されるかは、未だ明らかではない。この事を明らかにするためには、上述のモデルのそれぞれにより記述される星間ガスからの[CII]輝線の輻射率を、観測により決定しなければならない。

 [NII](122,205m)輝線及び[OIII](52,88m)輝線の輝線強度比は、共に拡散電離ガスの数密度を良く反映し、そのガスからの[CII]輝線の輻射率の指標となる。従って、これらの強度比の観測は、拡散星間物質からの輝線輻射が、観測される[CII]輝線輻射中に占める割合を知るうえで、非常に重要な情報を与えると考える。

審査要旨

 本論文は、気球搭載望遠鏡を用いて、C+イオンの遠赤外スペクトル線を銀河系のなかで最も活動的な星形成領域の一つであるはくちょう座X領域について観測することにより、この領域におけるガスの加熱メカニズムおよびそれと星形成活動との関連を論じたものである。

 論文は8章と二つの補章から構成される。

 第1章には、はくちょう座X領域の概観とともに、過去の研究の到達点が手際よくまとめられている。第2章では、本論文で扱うことになる拡散星間物質(DIM)における熱化学的プロセスと諸相がレビューされる。第3章では、本論分で主要なプローブとして扱うC+イオンの波長158ミクロンの遠赤外スペクトル線について、その励起と輝線形成の素過程と、種々の天体における輝線形成の数値モデルが示される。第4章には、本研究もその一部をなす、宇宙科学研究所-アリゾナ大学共同のC+輝線探査プロジェクトについて、その装置とこれまでの観測がまとめられている。なお、このプロジェクトは世界に類を見ない極めてユニークなもので、申請者が装置製作および実際の観測に参加して取得したそのデータは大変貴重なものである。

 第5章から第7章が、本論文の中核をなす、はくちょう座X領域のC+輝線観測とその解析に充てられている。第5章では観測および生データの処理の方法が記述され、第6章にその結果が示される。輝線強度が地図の形で示された後、文献にある他波長のさまざまな観測との比較がなされ、C+輝線強度が、遠赤外連続スペクトル成分、熱的電波連続スペクトル成分と良い相関を持つこと、逆に水素原子のスペクトル線との相関は見られないこと、CO分子ミリ波輝線との相関も弱いことが示される。

 これらの結果に基づいて、第7章ではC+輝線の発生原因を検討する。まず、これまでC+輝線の起源として他の領域に適用されてきた一次元光解離領域モデルは、特にCO分子輝線強度とC+輝線強度の比が説明できず、はくちょう座X領域には適用できないことが議論される。この困難を克服するために、申請者は新たに、透過光解離領域モデルおよび拡散星間ガスモデルの二つの可能性を提案する。透過光解離領域モデルは、光解離領域のガスのフィラメント状あるいは塊状の構造に着目し、その全方向から紫外線を浴びることにより、CO分子の存在する領域を限定するというものである。拡散星間ガスモデルは、低密度のため炭素の大部分がC+になっている状況を想定して、CO輝線が弱いことを説明しようとするものである。観測される輝線強度地図の形態学的特徴は前者を支持するが、電波連続スペクトル成分とC+輝線の間の良い相関は後者を支持する。本研究の段階では、そのどちらがより現実的な描像であるかの区別はできなかった。今後この問題に決着をつけるために、C+輝線発生領域の密度をトレースするN+やO++の遠赤外スペクトル輝線の観測を行うことを提案している。

 このように本研究は、世界的にユニークで貴重なデータの的確な解析によって、星間ガスの最も重要な冷却過程であるC+輝線の放出という現象の理解をはっきり前進させることに成功している。申請者の提案する観測は、現時点で直ちに実行することはできないが、遠からず気球、飛行機、衛星等により行われることになろう。本研究は、その段階を予見しつつ、これまでのスターバースト銀河などの大規模星形成領域の理解に一定の変更を迫るものとして高い学問的価値を持っている。

 本研究は宇宙科学研究所およびアリゾナ大学の共同研究の一環として行われたものであるが、観測の準備、データの取得、処理、およびデータの解析に至るまで申請者が終始中心となって行い、まとめたもので、申請者の寄与は極めて高いと認められる。

 以上の理由により、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

UTokyo Repositoryリンク