[CII]158m輝線は、星間ガスの主要な冷却源の一つであり、従ってガスの加熱率の良い指標である。この[CII]輝線の主要な輻射源の一つとして、光解離領域中のガスが挙げられる。光解離領域とは、近傍のOB型星からの強い遠紫外線輻射(光子のエネルギーが凡そ6-13eV)に照らされた、星生成領域周囲の中性ガス領域である。従って、[CII]輝線の観測は、星生成領域中のガス加熱の様子を探るのに、有効であると言える。 白鳥座X領域は、数十の活動的星生成領域から成る巨大なコンプレックスであり、銀河系中でも最も活動的な領域の一つである。この領域は、銀河系の腕構造の内、我々の太陽系の存在するLocal Armの接線方向に当たるとされ、領域への星間物質の集中が観測される。前述の星生成活動の要因として、この物質集中が挙げられているが、領域中の、星間物質と星生成領域との関係は、未だ明らにはなっていない。本研究は、[CII]輝線の観測によって領域中のガスの加熱過程を明らかにし、延いては領域中の星間物質と星生成領域との関係を解明することを目的とする。 著者及びその共同研究者は、自ら開発した気球搭載望遠鏡を用いて、この領域の中心部8°×5°の領域を、15’の空間分解能で観測した。観測は1991年6月12日に、米国テキサス州に於て行われた。 観測された輻射は、十以上の点源と、空間的に拡がった成分から成る。点源は既知のHII領域と同定される。拡散成分は観測領域全体に分布し、観測された輻射の過半を占める。 観測領域中の[CII]輻射の空間分布は、CO(J=1→0)輝線輻射のそれとの相関が小さい。これは天空上の他の領域とは異なる特徴である。輝線強度比(I[CII]/ICO)の値は、観測領域中で平均8500であり、銀河系中の他の領域での値、例えば内域銀河面に於ける平均値1300と比較して、特異的に大きい。 これまで、[CII]輝線の観測データは、一次元のモデルにより解釈されてきた。このモデルが想定しているのは、近傍のOB型星により照らされた、巨大分子雲の表面領域である。しかし我々の観測した大きなI[CII]/ICO強度比、即ち[CII]輝線の超過輻射は、このモデルでは説明不能である。このことは、[CII]輝線に新たな輻射源を(も)想定する必要があることを、示している。 本研究では、[CII]輝線の超過輻射を説明するモデルとして、以下の二種を提案し、その妥当性を検証する。第一は透過光解離領域モデル、第二は、部分的、あるいは完全電離した拡散星間ガスのモデルである。 透過光解離領域モデルは、光解離領域中のガスがfilamentary、あるいはclumpyに分布し、その結果外部からの入射紫外線が領域の内部まで浸透している状況を想定する。浸透した紫外線はガス中のCO分子を解離し、その結果領域からのCO分子輝線輻射が弱められることにより、I[CII]/ICOの大きな観測値が説明される。 一方、拡散星間ガス中では炭素はそのほとんどがC+イオンとなっており、CO分子はほとんど存在しない。従ってこのガスは[CII]輝線は強く輻射するがCO輝線はほとんど輻射しないため、拡散星間ガスモデルはI[CII]/ICOの大きな観測値を自然に説明する。 観測された[CII]輝線輻射の拡散成分は、熱的な電波連続波の輻射と強い空間的相関を示す。この強い相関は、電離ガスからの[CII]輝線が、観測された輻射中大きな割合を占める事を示唆する。従って、上述の新たな二種のモデル中、観測された[CII]輝線輻射を説明するモデルとしては、拡散星間ガスモデルがより尤もらしいと言える。 これら二種のモデルは何れも、[CII]輝線を輻射するガスの数密度が102cm-3未満であることを示し、白鳥座X領域中で、これら低密度のガスが選択的に加熱されている事を示唆している。この領域は、併せて特異的に小さな赤外超過(IRE2.1)を示し、その事からも、被加熱ガスの拡散分布が示唆される。 白鳥座X領域中には、多数のOB星集落が存在する。それらは巨大分子雲からは離れて観測されるため、低密度のガス中に存在すると考えられる。これらのOB星集落は、200個以上のOB型星を含み、それらの星々は、領域中の星間ガスの主要な加熱源である。この事から著者は、これらOB型星による星間ガスの加熱は、上述の被加熱ガスの拡散分布と無矛盾であると考える。 観測された[CII]輝線輻射の内、どれだけの割合が、上述のモデルのそれぞれにより良く記述されるかは、未だ明らかではない。この事を明らかにするためには、上述のモデルのそれぞれにより記述される星間ガスからの[CII]輝線の輻射率を、観測により決定しなければならない。 [NII](122,205m)輝線及び[OIII](52,88m)輝線の輝線強度比は、共に拡散電離ガスの数密度を良く反映し、そのガスからの[CII]輝線の輻射率の指標となる。従って、これらの強度比の観測は、拡散星間物質からの輝線輻射が、観測される[CII]輝線輻射中に占める割合を知るうえで、非常に重要な情報を与えると考える。 |