学位論文要旨



No 112158
著者(漢字) 山片,正明
著者(英字)
著者(カナ) ヤマカタ,マサアキ
標題(和) 高圧下の結晶格子に与える静水圧性の影響
標題(洋) Effect of Hydrostaticity on the Crystal Lattice under Pressure
報告番号 112158
報告番号 甲12158
学位授与日 1996.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3117号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 八木,健彦
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 教授 大隅,一政
 高エネルギー物理学研究所 教授 下村,理
内容要旨 序論

 地球科学や、結晶科学、材料科学、物理学といった様々な興味から、高温高圧下での物質の振る舞いを明らかにするための実験がこれまで数多く行われてきた。このような実験のために、比較的容易に高い圧力を発生することができるダイヤモンドアンビルセル(DAC)がこれまでよく用いられてきた。DACでの圧力発生原理は、2個のダイヤモンドの間に試料室となる穴のあいた金属製のガスケットを挟み、ダイヤモンドを通して1軸性の荷重を試料室にかけることにある。試料室中に圧力媒体として液体を十分に満たした場合、試料には等方的な応力がはたらくが、試料室に固体試料のみを入れて加圧した場合、大きな非静水圧性が試料室に発生する。この応力場は、加圧軸方向とその垂直方向で応力が異なる1軸性応力場として近似することができる。過去の高圧実験の中には、使用した実験装置や圧媒体等の違いにより圧縮曲線が大きく異なって観測された例があり、この違いは主に非静水圧性の影響によるものと考えられている。また強い1軸性応力場の下では、結晶の選択配向が発生してX線回折線間の強度比が変化し、場合によっては回折線そのものの検出も不可能となることがあった。本研究では静水圧性が結晶格子にどの様な変化を生じさせるかを明らかにすることを目的として、様々な静水圧性の下で、SiO2の高温多形であるcristobaliteの高圧X線その場観察実験を行った。この実験結果を用いて、鉱物の相関係や圧縮率に対する静水圧性の影響を比較検討した。

実験

 高圧試料室内の静水圧性は使用した圧媒体の種類や試料との相対的な量に依存すると考えられる。そこで、準静水圧下での実験には、圧力媒体としてAr、He、H2、アルコール混合液(メタノール:エタノール=4:1vol.)を試料に対して十分な量封入した。ArやNeといった希ガスを圧媒体として試料室に充填した場合には、その固化圧よりも高い圧力下においても非常に高い静水圧性を発生できることが知られている。一方、強い1軸性応力場での実験には、試料室に固体粉末試料のみを封入した。また、これらの実験の中間的な静水圧性を発生させるために、圧媒体のArの試料に対する相対的な量を減らした実験も行った。X線回折実験は主に高エネルギー物理学研究所放射光実験施設において行った。回折線の検出には平板のイメージングプレート(IP)を用いた角度分散法により行った。実験に使用したcristobaliteは沈降製SiO2を1550℃で5時間加熱し、その後液体窒素中で急冷して合成したものを用いた。

結果と考察高圧相

 準静水圧下において試料を加圧して行くと、約18GPaでcristobaliteは他の結晶構造へと相転移した。この新しい相のX線回折線のほとんどはrutile構造で説明できた。(図1参照)この相を生成した後、徐々に試料を減圧したが、この相は常圧までそのまま存在することが観測された。また、この相が観測されているときは常に1本のrutile構造で説明できない回折線(Xピーク)が同時に観測された。様々な圧媒体を用いてこの相を生成したが、この相の生成圧力や体積はいずれの圧媒体を用いた場合でも違いは観測されなかった。(図2参照)ところが、この常温で合成した相の体積は、rutile構造のSiO2であるstishoviteと有意に違うことが観測された。以後この常温で合成された相はstishoviteと区別するためにrutile-like相と言うことにする。一般に珪酸塩の高圧相転移には活性化エネルギーのための高温が必要であり、本研究の常温で生成された相も熱力学的安定相になっていないことが予想される。そこで、高圧下でCO2レーザーを用いて約300℃まで試料を加熱した結果、Xピークだけが消え、回折線はすべてrutile構造で説明できるようになった。さらに、その体積はstishoviteのそれと同じになったことから、stishoviteの単相が合成されたと考えられる。一方、1軸性圧縮実験では、15GPaに加圧したとき、土田と八木(1990)により見出された構造未知の高圧相(XI相)が観測された。また、圧媒体のArの量を減らした実験では、約20GPaでrutile-like相とXI相の両方が観測された。

図1 準静水圧下の28GPaで生成したrutile-like相のX線プロファイル図2 rutile-like相とstishoviteの体積

 本実験で観測されたrutile-like相とXピークとの関係を明らかにするために、rutile構造の格子定数a,c及びXピークの圧力に対する変化を図3に示す。この図から、Xピークの変化率は格子定数aのそれに近いことが読みとれる。この結果はXピークがrutile相のa軸に関する超格子回折線である可能性のあることを示唆している。通常のrutile構造の格子定数aを3倍にした格子を考えたとき、このXピークに指数を付けることができた。(表1参照)他の回折線が観測されていないことや、S/N比が悪く強度比の議論ができないことから、これ以上の結晶構造に関する議論はできないが、昇温によりXピークだけが消えること、またそのとき格子定数がstishoviteと同じになることから、rutile-like相はstishoviteに極めて近い構造であると考えられる。通常stishoviteを合成するには高圧下において900℃程度の温度や、常温では約70GPaの大きな圧力が必要と考えられていたが、常温の比較的低い圧力下においてもrutile構造に極めて近い構造が生成されることや、僅か300℃程度の昇温でstishoviteが準静水圧下では合成されることがわかった。

図3 rutile-like相の格子定数a,cとXピークの圧力に対する変化表1 超格子構造で説明したrutile-like相の面間隔 (上)28GPa(下)常圧
静水圧性

 本研究では試料室に入れたルビーの蛍光線の圧力シフトを用いて試料室の圧力を決定した。このルビー蛍光線の半値幅は非静水圧性の増加に対して敏感に増加することが知られている。そこで、ルビー蛍光線の半値幅や蛍光線の圧力シフトを用いて試料室内の圧力分布を測定することにより静水圧性を見積もることができる。図4に試料室に封入した圧媒体の量ごとにルビー蛍光プロファイルを圧力の関数として示す。試料に対して十分な量の圧媒体を封入した場合(a)、加圧に伴ってわずかな半値幅の増加が認められるものの、30GPaにおいても十分に蛍光線をR1,R2の2本のピークに分離することが可能であった。また、試料室中に観測できるほどの圧力分布は存在せず、ほぼ静水圧が達成されているものと考えられる。一方、圧媒体を用いなかった場合(c)、数GPaまでの加圧で蛍光線の半値幅が急激に増加し、ピークの分離がほぼ不可能となった。このことは加圧初期に試料室内の非静水圧性が増加したことを示唆している。この実験では試料室の中心と端で10%程度の圧力差があった。また、圧媒体の量を減らした場合(b)には、十分に圧媒体を入れたときの結果に比べ圧力の増加に伴うルビー蛍光線の半値幅の増加が大きく、30GPa付近では分離が困難になった。試料室の中心と端では約2%の圧力差があった。これらの結果より、圧媒体の量の変化に伴って静水圧性が変化していることが明らかとなった。また、X線回折実験で得られた高圧相の違いは試料室内の静水圧性の違いを反映したものであると考えられ、静水圧性が鉱物の相関係に与える影響の大きいことを実験的に明らかにした。

図4 ルビー蛍光プロファイルの圧力変化 圧媒体の量(a)多い(b)少い(c)なし
静水圧性が格子歪みに与える影響

 1軸性圧縮と準静水圧圧縮で観測されたcristobaliteの体積の圧力変化を図5に示す。1軸性圧縮での体積は観測された101,111,102の回折線の面間隔の組み合わせを変えて決定したものをすべて示した。これらの体積はどの指数の回折線の組み合わせを用いたかにより、大きく異なることがわかる。これは各回折面の間隔がその指数及び主応力軸との角度に依存して変化するためである[Uchida et al.1996]。従って、1軸性応力場において格子定数を決定するためには、差応力による効果を厳密に評価しなければならないことが結論される。また、1軸性圧縮での体積は静水圧圧縮での値に比べ常に大きいことがわかる。これはDACを加圧装置として用いた場合、主応力軸とX線回折の方位の関係から、最も応力の小さい方向に対応した回折面の面間隔を測定しているためである。もし、最も応力の大きな方向に対応した回折面を観測した場合、図5中の一点鎖線で表される値が観測されることが理論的に予想され、X線回折の方位によって、大きく測定値が変化することがわかる。これらの結果から、精密な圧縮曲線を決定するためには静水圧性に注意して実験を行う必要のあることが明らかとなった。

図5 cristobaliteの圧縮曲線

 今回の実験では出発試料であるcristobaliteの圧縮率が他の鉱物に比べ比較的大きいために、1軸性応力場の影響が大きく観測され、非静水圧性が格子歪みに影響を与えるという実験的証拠を得た。しかし、この非静水圧性による影響は他の鉱物に対しても同様に存在すると考えられる。従って、DACを用いた高圧実験を行う場合には、差応力の効果を厳密に評価できない場合、Ar等の高い静水圧性を発生する圧媒体を十分な量用いた、準静水圧下における実験を行う必要があると結論される。

Tsuchida,Y.and Yagi,T.(1990)Nature,347,267-269Uchida,T.,Funamori,N.,and Yagi,T.(1996)J.Appl.Phys.,In Press
審査要旨

 超高圧実験技術の進歩にともない、実験室で発生可能な圧力領域は近年著しい拡大を遂げているが、それとともに圧力の絶対値だけでなく、その質が問題とされるようになってきた。本論文は、従来漠然と考えられていた高圧実験における静水圧性の影響を、シリカの高温多形であるクリストバライトを出発物質とした実験により詳しく調べたものである。本研究により、静水圧性が結晶格子の圧縮率や高圧相の結晶構造にきわめて大きな影響を与える場合のあることが明らかとなり、これは今後の高圧実験全般に重要な意味を持つと考えられる。

 本論文は5つの章から構成され、最初に研究の背景について述べた後、第2章では実験技術の詳細が述べられている。本研究では、ダイヤモンドアンビル型超高圧発生装置の試料室に、高い静水圧性を発生する希ガスを圧力媒体として充填し、その量を制御することにより30万気圧領域でほぼ完全な静水圧場から大きな一軸性応力場までの変化に富んだ静水圧条件を発生する技術が開発された。また熱力学的安定状態への転移を促進するために、試料をレーザーで様々な温度に加熱することも試みられた。圧縮率の測定や生成した高圧相の構造の解明は、シンクロトロン放射光をX線源として用いた精密なX線回折実験により行われ、これらの新しい高圧実験技術の蓄積により初めて本研究は可能になったといえる。第3章では実験結果が異なった静水圧条件下ごとにまとめられており、それらの結果を用いた詳細な議論が第4章でなされている。ここでは各条件下における圧縮率や生成した高圧相の違いについて、ルビー蛍光線および回折X線の半値幅から求められた静水圧性の見積もりをもとに詳しい考察がなされている。第5章は論文全体のまとめとなっている。

 クリストバライトはケイ酸塩鉱物の基本となるシリカ(SiO2)の高温多形のひとつであり、きわめて隙間の多い構造をとる。分子軌道法にもとづいた理論計算によると、この物質を圧縮した場合約16GPaで中間相に転移した後約23GPaでルチル構造のスティショバイトに相転移すると予測された。しかし従来行われた非静水圧下の実験では、これらのいずれとも異なった構造未知の相に約10GPaで転移することが明らかにされており、理論計算との不一致の原因は未解明のまま残されていた。本研究ではまず高い静水圧下で圧縮実験を行ったところ、中間相は現れなかったものの約18GPaでスティショバイトにきわめて類似した高圧相が現れ、希ガスを圧力媒体として用いると、全く異なった構造の高圧相が生成することが見いだされた。しかしその段階ではまだ、生成相の違いが非静水圧性の程度に起因するものか、または圧力媒体の他の性質が影響したものか明確ではなかった。その後さまざまな圧力媒体を用い、かつ試料と圧力媒体の量比を変化させた実験を行うことにより、生成相の違いが非静水圧性の程度に起因することが結論づけられた。また低圧相の圧縮率も実験に用いる圧力媒体により大きく異なって観測されるが、この現象も一軸応力場での結晶格子のふるまいを考察することにより説明できることが明らかになった。

 このように本論文は、超高圧実験において大きな重要性を持つ静水圧性の問題に関して新しい展開を行ったものであり、今後の超高圧研究に重要な寄与をなしている。よって申請者は博士(理学)の学位授与に相当すると認められる。

 なお本論文で取り扱われているクリストバライトの高圧実験の結果は指導教官である八木健彦氏との共著論文としてまとめられる予定となっているが、実験および解析は申請者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断される。

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