超高圧実験技術の進歩にともない、実験室で発生可能な圧力領域は近年著しい拡大を遂げているが、それとともに圧力の絶対値だけでなく、その質が問題とされるようになってきた。本論文は、従来漠然と考えられていた高圧実験における静水圧性の影響を、シリカの高温多形であるクリストバライトを出発物質とした実験により詳しく調べたものである。本研究により、静水圧性が結晶格子の圧縮率や高圧相の結晶構造にきわめて大きな影響を与える場合のあることが明らかとなり、これは今後の高圧実験全般に重要な意味を持つと考えられる。 本論文は5つの章から構成され、最初に研究の背景について述べた後、第2章では実験技術の詳細が述べられている。本研究では、ダイヤモンドアンビル型超高圧発生装置の試料室に、高い静水圧性を発生する希ガスを圧力媒体として充填し、その量を制御することにより30万気圧領域でほぼ完全な静水圧場から大きな一軸性応力場までの変化に富んだ静水圧条件を発生する技術が開発された。また熱力学的安定状態への転移を促進するために、試料をレーザーで様々な温度に加熱することも試みられた。圧縮率の測定や生成した高圧相の構造の解明は、シンクロトロン放射光をX線源として用いた精密なX線回折実験により行われ、これらの新しい高圧実験技術の蓄積により初めて本研究は可能になったといえる。第3章では実験結果が異なった静水圧条件下ごとにまとめられており、それらの結果を用いた詳細な議論が第4章でなされている。ここでは各条件下における圧縮率や生成した高圧相の違いについて、ルビー蛍光線および回折X線の半値幅から求められた静水圧性の見積もりをもとに詳しい考察がなされている。第5章は論文全体のまとめとなっている。 クリストバライトはケイ酸塩鉱物の基本となるシリカ(SiO2)の高温多形のひとつであり、きわめて隙間の多い構造をとる。分子軌道法にもとづいた理論計算によると、この物質を圧縮した場合約16GPaで中間相に転移した後約23GPaでルチル構造のスティショバイトに相転移すると予測された。しかし従来行われた非静水圧下の実験では、これらのいずれとも異なった構造未知の相に約10GPaで転移することが明らかにされており、理論計算との不一致の原因は未解明のまま残されていた。本研究ではまず高い静水圧下で圧縮実験を行ったところ、中間相は現れなかったものの約18GPaでスティショバイトにきわめて類似した高圧相が現れ、希ガスを圧力媒体として用いると、全く異なった構造の高圧相が生成することが見いだされた。しかしその段階ではまだ、生成相の違いが非静水圧性の程度に起因するものか、または圧力媒体の他の性質が影響したものか明確ではなかった。その後さまざまな圧力媒体を用い、かつ試料と圧力媒体の量比を変化させた実験を行うことにより、生成相の違いが非静水圧性の程度に起因することが結論づけられた。また低圧相の圧縮率も実験に用いる圧力媒体により大きく異なって観測されるが、この現象も一軸応力場での結晶格子のふるまいを考察することにより説明できることが明らかになった。 このように本論文は、超高圧実験において大きな重要性を持つ静水圧性の問題に関して新しい展開を行ったものであり、今後の超高圧研究に重要な寄与をなしている。よって申請者は博士(理学)の学位授与に相当すると認められる。 なお本論文で取り扱われているクリストバライトの高圧実験の結果は指導教官である八木健彦氏との共著論文としてまとめられる予定となっているが、実験および解析は申請者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断される。 |