学位論文要旨



No 112159
著者(漢字) 石田,卓
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,タク
標題(和) シグマ粒子(m=555MeV)の存在についてpp中心衝突過程の研究並びに散乱位相差の再解析
標題(洋) On Existence of (555)Particle Study in pp central collision reaction and Re-analysis of -scattering phase shift
報告番号 112159
報告番号 甲12159
学位授与日 1996.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3118号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉本,章二郎
 東京大学 教授 矢崎,紘一
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 教授 富永,健
 東京大学 教授 石原,正泰
内容要旨

 中間子分光学において最も基本的である系についてはこれまで様々な反応過程での観測がなされ、実験と理論の両面から多くの精力的な研究が行われてきた。特にそのS波状態に結合するIJPC=00++中間子についてはf0(980)をはじめとする数多くの候補が報告されている。なかでもより低い質量領域(1GeV以下)にと結合するスカラー粒子「シグマ」が存在するという主張は長年にわたって多方面からなされており、現在でも多くの議論が行われている。第1章でまづ低エネルギー系の観測・解析の現状と、シグマ粒子存在についての研究史を概観する。

 第2章で1991年に行われたGAMS NA12/2実験による450GeV pp中心衝突過程での00チャンネルのデータ解析の方法及び結果を報告する。GAMS測定器は高エネルギー線による中間子の精密観測のために設計された装置である。4事象から2つの0粒子を再構成して、モンテカルロ・シミュレーション法によって観測効率の補正を行い、図1に示すような00有効質量分布を得た。ここに見られる1GeV以下の領域の大きな事象の集中はf0(980)共鳴と干渉するS波状態であり、質量約600MeV・幅約400MeVのBreit-Wigner型共鳴"f0"によってよく再現される事が明らかとなった。

 f0が本当に系での共鳴状態であるとすると、これに対応する位相差の振る舞いが散乱でも観測されるはずである。本論文の第3章では位相差を新たに考案したAmplitude干渉法で再解析する。この方法は、複数の共鳴が存在する場合にも直接T行列を取り扱い、しかもUnitarityを満足させ得る方法である。この結果、図2に示す通り、質量553.1±3.6atMeV、幅242.5±3.4atMeVをもつ新たなスカラー中間子、"(555)"の存在が示唆された。質量・幅のおおよその一致から、この粒子は前述f0と同じものであると考えられる。この結果の導出には新たに導入された負のバックグラウンド位相が重要な役割を果たしているが、これは相互作用に未知のハードコア型の反発力が存在する事を示唆している。コア半径の最適値は0.7fmでの構造の大きさとほぼ一致している。

 第4章では以上の結果の検討を行う。第3章で得られた粒子の質量・結合定数は、1960年代に行われた核力のOBE Modelによる解析や、近年のシグマ粒子についてのLattice-QCDの結果とよく一致している。さらにこれらの数値が、自発的に破れたカイラル対称性を実現するNJL型の模型でその存在が予言されるカイラル粒子シグマの性質と無矛盾であることを示す。またI=2の系には共鳴が存在せず、ハードコア型の位相差の振る舞いが直接観測されることが期待されるが、実際実験的にも位相差がハードコア型関数で非常に良く再現されることを示す。

 最終第5章では以上の結果をまとめ、(555)粒子の存在の可能性を結論する。

図1:pp中心衝突過程に於ける00系有効質量分布。1GeV以下の領域に大きな事象の集中が見え900MeV付近に肩のような構造が現れている。これらの特徴は、f0(980)共鳴と干渉する未知のS波状態feの存在を示唆している。図2:散乱位相差のInterfering-Amplitude法によるフィット。負のバックグラウンド位相(破線)を導入すると、1GeV以下の位相差が2つのBreit-Wigner型共鳴振幅(f0(980)とに相当する)で再現される。
審査要旨

 本論文は5章からなり,第1章ではこれまでに得られている実験結果の現状と,関連する理論の歴史を概観している.第2章ではセルン研究所での実験「GAMS NA12/2実験」で得られた450GeV pp中心衝突過程における00チャンネルの実験データの解析とその物理解析が記述されている.ここで存在可能性が示唆された未知の共鳴状態について,さらに検討を進めるために位相差の再解析を行い,その検討結果を第3章に纏めている.第4章では,この解析で示唆された解析結果の物理的解釈と関連する問題点について触れている.最後の第5章では本論文のまとめと結論が記述されている.

 本論文の中心を成す450GeV pp中心衝突過程における00チャンネルの解析は,GAMS測定装置で得られた実験データを解析することによって行われた.本論文の提出者は0から崩壊する線を解析する方法と,4つの線から2つの0粒子を再構成するための方法を詳細に検討した.GAMS測定器は高エネルギー線による精密スペクトロスコピーのために特に設計された高性能実験装置であり,提出者は実験データをあらゆる角度から注意深く検査・解析し,同時に計算機によるモンテカルロ・シミュレーション法を併用して測定器とデータ解析プログラムのアクセプタンスを算出することにより,信頼性のある00有効質量分布を導出したことは高く評価される.さらに,提出者はこの質量分布が1GeV以下で事象の集中が見られることや,900MeV付近に肩のような構造が現れていることを理論的に説明するために,これまで現象論的にバックグラウンドのパラメータを増やしてデータと合わせていた解析方法の代わりに,理論的に理解できるパラメータのみの簡潔な解析を試みた.この解析を精密にかつ系統的に行なった結果,これまで一般的に行われてきた解析法では,実験で得られた質量分布をうまく説明できないが,f0(980)共鳴とこれに干渉するS波状態を考慮することにより,質量分布の実験結果を非常に良く再現することを見出した.また,このS波状態として,質量約600MeV,幅約400MeVの未知の共鳴状態,例えばシグマ粒子の存在可能性を指摘した.もし系での未知の共鳴状態が存在するとすれば,これに対応する位相差の振る舞いが散乱でも観察されるはずである.そこで本論文提出者は,位相差の再解析を行い,多方面からの検討を行なった.その結果,もし相互作用に未知のハードコア型の反発力が存在すれば,シグマ粒子のような未知の共鳴状態の存在を矛盾なく説明できることを指摘した.なおシグマ粒子の存在の確認については,今後のさらなる研究が待たれる.

 本論文提出者は,実験データの解析を詳細に行ない,信頼性の高い,高精度00有効質量分布を導出した.さらに,この質量分布を物理解析することにより,新たな共鳴状態の可能性があることを明らかにした.本委員会での審査の結果,本論文は修業年限特例での博士論文としてふさわしいものと認められるとの結論を得た.

 なお,本論文第3章および第4章は石田晋,石田宗之,高橋裕行,高松邦夫,都留常暉達との共同研究であるが,論文提出者が主体となって解析と検証を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であるものと判断する.

UTokyo Repositoryリンク