学位論文要旨



No 112167
著者(漢字) アムロ アブド エルファタ モハメッド
著者(英字)
著者(カナ) アムロ アブド エルファタ モハメッド
標題(和) イヌインターロイキン-8に関する研究 : イヌインターロイキン-8の生物学的活性、抗体の性状および定量のためのELISA法の確立
標題(洋) Studies on Canine Interleukin-8 : Its Biological Activities,Characterization of Antibodies,and an ELISA System
報告番号 112167
報告番号 甲12167
学位授与日 1996.09.09
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1720号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 見上,彪
 東京大学 教授 長谷川,篤彦
 東京大学 教授 高橋,英司
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨

 インターロイキン-8(IL-8)は、1989年、MatsushimaとOppenheimによってヒトの好中球に対する遊走活性を有するサイトカインとして見い出された。現在、ヒトのIL-8は、活性化単核球、好中球、内皮細胞、繊維芽細胞、星状細胞、網膜色素上皮細胞、肺内皮細胞、活性化Tリンパ球、好酸球、肝細胞やある種の株化腫瘍細胞のような様々な免疫細胞や非免疫細胞によって産生され、またリウマチ性関節炎、ブドウ膜炎、膵臓炎、潰瘍性大腸炎、特発性肺繊維症、回帰熱、敗血症のような種々の全身性あるいは限局性疾患の発症や病態に深く関与していることが明らかにされつつある。イヌにおいても膿皮症、リウマチ性関節炎、胃腸炎、そして肺炎などを含む多くの炎症性疾患がみられることから、イヌはヒトの炎症性疾患の動物モデルとして有用視されている。最近、イヌインターロイキン-8(cIL-8)のcDNAのクローニングや発現などに関する知見が報告されているが、その発現蛋白質の免疫学的および生物学的活性については明らかにされていないのが現状である。また、cIL-8の病変形成における役割や炎症性疾患の病態などを把握するためには、cIL-8を定量するための測定法を確立することが不可欠と思われる。

 そこで、本研究においては上記の背景を踏まえて、1)イヌの末梢血単核細胞(MNC)および多形核白血球(PMN)に対するイヌインターロイキン-8(cIL-8)の生物学的活性の解析、2)抗cIL-8抗体の作製とその免疫学的性状の解明、および3)cIL-8の濃度を定量する方法の確立を目的として以下の実験を行った。

 第1章において、まずイヌクローン化IL-8cDNA(pcIL-8SR 14)をCos7細胞にトランスフェクトして、培養上清中に発現される蛋白質の生物活性をイヌの末梢血MNCとPMNに対する細胞遊走活性の面から検索した。被検培養上清は、pcIL-8SR 14をトランスフェクトしたCos7細胞(Cos7/cIL-8)の培養66時間後に回収した。MNCやPMNに対する培養上清中の遊走活性の測定にはBoyden chamber変法を用い、ミリポア膜フィルター中を細胞が移動した距離を測定することによってその活性を評価した。得られた成績は、以下のように要約された。1)Cos7/cIL-8の培養上清中のMNCおよびPMNに対する遊走活性は、対照のCos7培養上清のそれに比して有意に高いことが判明した。2)このCos7/cIL-8の培養上清中の遊走活性は、濃度依存性を示した。3)遊走したイヌのMNCとPMNについて細胞化学的染色(ペルオキシダーゼ染色)を行い、その形態を観察したところ、MNCに対するペルオキシダーゼ染色法は、サイトスピンにより作製した塗抹標本の細胞のみならず、フィルター内を遊走するMNCに対しても有効であること、またこの染色法はリンパ球のようなペルオキシダーゼ陰性MNCと単球のようなペルオキシダーゼ陽性MNCの鑑別に有用であることが判明した。さらに、サイトスピンにより作製した塗抹標本におけるPMNの染色性は良好であったが、フィルター中を移動したPMNに対する染色性は弱かった。4)これらのCos7/cIL-8の培養上清中にはペルオキシダーゼ陰性で非付着性のMNC(主としてリンパ球)に対しては遊走活性がみられたが、ペルオキシダーゼ陽性で付着性のMNC(主として単球)に対しては遊走活性が認められなかった。以上の成績から、Cos7/cIL-8の培養上清はイヌのPMNのみならず、リンパ球に対しても遊走活性を有することが判明した。

 第2章においては、cIL-8に対するポリクローナル抗体を作製して、その免疫学的性状について検索した。抗cIL-8ポリクローナル抗体は、大腸菌で発現した融合蛋白質glutathione-S-transferase(GST)/cIL-8を家兎に免疫して作製した。ポリクローナル抗体は、アフィニティークロマトグラフィーにより精製した。本章における成績は、以下のように要約された。1)精製した抗cIL-8ポリクローナル抗体のcIL-8に対する結合活性を酵素標識抗体測定法(ELISA)によって検討したところ、本抗体はGST/cIL-8およびmaltose binding protein(MBP)/cIL-8の融合蛋白質に対して高い反応性を示した(図1)。2)抗cIL-8ポリクローナル抗体を用いてウエスターンブロット解析を行ったところ、分子量8,000のcIL-8、分子量33,000のGST/cIL-8、および分子量50,000のMBP/cIL-8に対して明瞭なバンドが認められた。3)組換えヒトインターロイキン-8(rhIL-8)に対する抗cIL-8抗体の結合活性をウエスターンイムノブロットおよびELISAによって解析した結果、抗cIL-8抗体はELISAにおいてrhIL-8に対して反応するが、ウエスターンイムノブロットにおいては反応しないことが判明した。4)rhIL-8のイヌのPMNに対する遊走活性をBoyden chamber変法を用いて調べた結果、rhIL-8(50〜800ng/ml)はイヌのPMNの遊走を誘発し、その活性は用量依存性を示した。また、イヌのPMNに対するrhIL-8の遊走活性は抗rhIL-8モノクローナル抗体、または抗rhIL-8ポリクローナル抗体の存在下で阻害されたが、抗cIL-8抗体にはイヌのPMNに対するrhIL-8の遊走活性を阻害する作用は認められなかった。5)イヌのPMNの形態変化応答に及ぼすIL-8の影響を検索した結果、80ng/mlの濃度のcIL-8、および80ng/mlの濃度のrhIL-8の存在下で5分以内にPMNの形態変化応答は誘導された。従って、GST/cIL-8とrhIL-8のいずれもイヌのPMNの形態変化を誘発させる作用を有することが判明した。さらに、抗cIL-8抗体がGST/cIL-8とrhIL-8によって誘導されるイヌのPMNの形態変化応答に及ぼす影響を検討したところ、抗cIL-8抗体はGST/cIL-8によって誘導されるPMNの形態変化応答を抑制するが、rhIL-8によって誘導されるPMNの形態変化応答を抑制しないことが明らかとなった。以上の成績から、抗cIL-8ポリクローナル抗体は、cIL-8に結合能を有し、イヌのPMNの遊走性に対しては阻害作用を示さないが、PMNの形態変化応答に対しては阻害作用を有することなど、本抗体の免疫学的性状の一端が明らかにされた。

図1 (A)ELISA法による精製抗cIL-8抗体の特異性の検討。ウエルをGST/cIL-8(50g/ml)(○)、MBP/cIL-8(50g/ml)(●)、MBP(50g/ml)(△)、および1%BSA(▲)で被覆した。(B)精製抗cIL-8ポリクローナル抗体を用いたELISA法によるGST/cIL-8の検出。ウエルを段階希釈したGST/cIL-8で被覆した後、3g/ml(○)、1.5g/ml(●)、0.5g/ml(△)の各濃度の抗cIL-8、および1%BSA(▲)を加えて反応させた。

 第3章においては、血中IL-8の濃度を測定する方法としてサンドイッチELISA法について検討し、イヌの炎症性疾病および非炎症性疾病における血中IL-8の濃度を測定した。抗cIL-8ポリクローナル抗体を精製後、ビオチン化し、ELISA法に供した。GST/cIL-8をサンドイッチELISAの抗原として用いた。サンドイッチELISAにおけるcIL-8の検出のための抗cIL-8ポリクローナル抗体(結合抗体)とビオチン化cIL-8抗体(発色用抗体)の至適濃度について検討したところ、至適反応濃度はそれぞれ4g/ml、および1g/mlであった。また、サンドイッチELISA法におけるcIL-8の濃度は、抗原に供したGST/cIL-8の用量に依存して検出された。本法によるGST/cIL-8の検出限界は、2ng/ml(cIL-8、0.4ng/mlを含む)であった。さらに、本法によって、健常犬および膀胱炎、胃癌、皮膚炎、腎不全などの症例犬の血中IL-8の濃度を測定したところ、健常犬では0.470ng/ml以下、胃癌と皮膚炎の症例犬ではそれぞれ0.750ng/ml、0.470ng/mlであったが、膀胱炎の症例犬では1.410ng/mlと高い傾向を示した。従って、サンドイッチELISA法によるcIL-8の測定は、症例犬における炎症の有無を判定する一つの指標となり得る可能性が示唆された。

 以上の成績から、cIL-8はイヌのPMNのみならずMNCに対しても遊走因子として作用すること、またそのポリクローナル抗体にはrhIL-8の遊走活性を阻害する作用はみられないが、cIL-8によるPMNの形態変化応答を抑制する活性が認められることなどcIL-8および抗cIL-8抗体の性状の一端が明らかとなった。さらに、これらの知見に加えて、本研究において開発した感度の鋭敏なサンドイッチELISA法は、今後、イヌの種々の疾患、特に炎症性疾患の病変形成におけるcIL-8役割の解明や病態の把握・解明に有用であろうと考えられた。

審査要旨

 インターロイキン-8(IL-8)は、1989年、MatsushimaとOppenheimによってヒトの好中球に対する遊走活性を有するサイトカインとして見い出された。現在、ヒトのIL-8は、活性化単核球、好中球、内皮細胞、繊維芽細胞、星状細胞、網膜色素上皮細胞、肺内皮細胞、活性化Tリンパ球、好酸球、肺細胞やある種の株化腫瘍細胞のような様々な免疫細胞や非免疫細胞によって産生され、またリウマチ性関節炎、ブドウ膜炎、膵臓炎、潰瘍性大腸炎、特発性肺繊維症、回帰熱、敗血症のような種々の全身性あるいは限局性疾患の発症や病態に深く関与していることが明らかにされつつある。イヌにおいても膿皮症、リウマチ性関節炎、胃腸炎、そして肺炎などを含む多くの炎症性疾患がみられることから、イヌはヒトの炎症性疾患の動物モデルとして有用視されている。最近、イヌインターロイキン-8(cIL-8)のcDNAのクローニングや発現などに関する知見が報告されているが、その発現蛋白質の免疫学的および生物学的活性については明らかにされていないのが現状である。また、cIL-8の病変形成における役割や炎症性疾患の病態などを把握するためには、cIL-8を定量するための測定法を確立することが不可欠と思われる。

 そこで、本研究においては上記の背景を踏まえて、1)イヌの末梢血単核細胞(MNC)および多形核白血球(PMN)に対するイヌインターロイキン-8(cIL-8)の生物学的活性の解析、2)抗cIL-8抗体の作製とその免疫学的性状の解明、および3)cIL-8の濃度を定量する方法の確立を目的として以下の実験を行った。

 第1章において、まずイヌクローン化IL-8cDNA(pcIL-8SR14)をCos7細胞にトランスフェクトして、培養上清中に発現される蛋白質の生物活性をイヌの末梢血MNCとPMNに対する細胞遊走活性の面から検索した。被検培養上清は、pcIL-8SR 14をトランスフェクトしたCos7細胞(Cos7/cIL-8)の培養66時間後に回収した。MNCやPMNに対する培養上清中の遊走活性の測定にはBoyden chamber変法を用い、ミリポア膜フィルター中を細胞が移動した距離を測定することによってその活性を評価した。

 第2章においては、cIL-8に対するポリクローナル抗体を作製して、その免疫学的性状について検索した。抗cIL-8ポリクローナル抗体は、大腸菌で発現した融合蛋白質glutathione-S-transferase(GST)/cIL-8を家兎に免疫して作製した。ポリクローナル抗体は、アフィニティークロマトグラフィーにより精製した。

 第3章においては、血中IL-8の濃度を測定する方法としてサンドイッチELISA法について検討し、イヌの炎症性疾病および非炎症性疾病における血中IL-8の濃度を測定した。抗cIL-8ポリクローナル抗体を精製後、ビオチン化し、ELISA法に供した。GST/cIL-8をサンドイッチELISAの抗原として用いた。サンドイッチELISAにおけるcIL-8の検出のための抗cIL-8ポリクローナル抗体(結合抗体)とビオチン化cIL-8抗体(発色用抗体)の至適濃度について検討したところ、至適反応濃度はそれぞれ4g/ml、および1g/mlであった。また、サンドイッチELISA法におけるcIL-8の濃度は、抗原に供したGST/cIL-8の用量に依存して検出された。本法によるGST/cIL-8の検出限界は、2ng/ml(cIL-8、0.4ng/mlを含む)であった。さらに、本法によって、健常犬および膀胱炎、胃癌、皮膚炎、腎不全などの症例犬の血中IL-8の濃度を測定したところ、健常犬では0.470ng/ml以下、胃癌と皮膚炎の症例犬ではそれぞれ0.750ng/ml、0.470ng/mlであったが、膀胱炎の症例犬では1.410ng/mlと高い傾向を示した。従って、サンドイッチELISA法によるcIL-8の測定は、症例犬における炎症の有無を判定する一つの指標となり得る可能性が示唆された。

 以上の成績から、cIL-8はイヌのPMNのみならずMNCに対しても遊走因子として作用すること、またそのポリクローナル抗体にはrhIL-8の遊走活性を阻害する作用はみられないが、cIL-8によるPMNの形態変化応答を抑制する活性が認められることなどcIL-8および抗cIL-8抗体の性状の一端が明らかとなった。さらに、これらの知見に加えて、本研究において開発した感度の鋭敏なサンドイッチELISA法は、今後、イヌの種々の疾患、特に炎症性疾患の病変形成におけるcIL-8役割の解明や病態の把握・解明に有用であろうと考えられた。

 IL-8は最近心筋の破壊時に上昇することが知られている。従って、本研究はイヌにおける心臓疾患特に最近制癌剤(アドリアマイシン)投与後に見られる心筋炎の検出に有用であると考えられる。また、血清中のIL-8の量を測定することにより、膀胱炎の診断がより早期に可能となった。これらは臨床免疫学上重要な知見を与えた。従って当人は博士(農学)の資格を充分に有すると考えられる。

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