学位論文要旨



No 112169
著者(漢字) 戈,更夫
著者(英字) Ge,geng fu
著者(カナ) グ,グンフ
標題(和) 有色家兎エンドトキシン誘発ぶどう膜炎での薬剤効果(薬効)評価モデルの作成
標題(洋)
報告番号 112169
報告番号 甲12169
学位授与日 1996.09.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1127号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,幸治
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 河辺,香月
 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 助教授 斎藤,秀昭
内容要旨 研究目的

 エンドトキシン誘発ぶどう膜炎(Endotoxin-induced uveitis:EIU)はlipopolysaccharide(LPS)の投与により惹起される前部ぶどう膜炎の動物実験モデルである。このEIUの発症機序に関して、プロスタグランディン、ロイコトリエン、トロンボキサン、血小板活性化因子、等のオータコイドや、インターロイキン1、6、8、TNF等のサイトカインの関与が示唆されている。

 EIUの程度を評価する方法として、細隙燈顕微鏡所見を程度分類する方法、採取した前房水中の蛋白濃度を測定する方法、フルオロフォトメトリーを用いる方法などがあるが、半定量的であること、侵襲的であることなどの問題がある。その点、近年開発された、レーザーフレアー・セルメーター(LFCM)は、前房内蛋白濃度を非侵襲的かつ経時的に測定する装置であり、臨床にも広く応用されている。

 本研究では、有色家兎EIUにおける前眼部炎症をLFCMで測定し、その経時的変動を調べ、動物モデルとしての妥当性を検討した。また、前房水のプロスタグランディンE2(PGE2)、ロイコトリエンB4(LTB4)、およびヒスタミンを経時的に測定し、眼内炎症の発症機序に関して検討を加えた。さらに各々の化学伝達物質の拮抗剤を用いて、それぞれの薬剤が持つ抗炎症作用に関して前房フレアー値を指標として検討した。

実験方法1.実験モデルの作成1)実験動物

 体重2.0〜2.5Kgの雄の有色家兎(ダッチラビット)を使用した。

2)EIUの惹起方法

 Salmonella typhimurium LPSを生理食塩水に溶解し家兎の耳静脈より静脈内に投与してEIUを発症させた。LPSの投与量は、0.25、0.5、2.5、5.0g/kgを用いた。

2.実験モデルの評価1)前房フレアー値の経時的変動

 LPS静注後0、1、2.5、4、6、8、10、12、16、20及び24時間の各時点において前房フレアー値をLaser flare cell meter(LFCM、FC-1000興和)を用いて測定した。

2)化学伝達物質の定量

 LPS静注後0、1、2.5、4、6、8、12及び24時間の各時点における前房水中のPGE2濃度、LTB4濃度、ヒスタミン濃度、および血液中ヒスタミン濃度をradioimmunoassayを用いて測定した。

3.各種化学伝達物質阻害剤の評価

 ステロイド剤、cyclooxygenase阻害剤、5-lipoxygenase阻害剤、LTB4受容体拮抗剤、およびヒスタミンH1受容体拮抗剤を点眼投与または全身投与し、前房フレアー値と前房水中のPGE2、LTB4濃度におよぼす効果を検討した。

結果1.前房フレアー値の経時的変化とLPSに対する用量依存性

 LPSを0.25、0.5、2.5、または5.0g/kg投与した場合の前房フレアー値は、いずれの投与量においてもLPS投与1時間後から上昇し、4時間後に最大となりその後徐々に下降した。2.5g/kg投与量のピーク時の前房フレアー値が最も高値を示し、炎症の持続時間は5.0g/kgが最も長かった。これより、以後の実験では2.5g/kgの投与量を用いた。

2.化学伝達物質の経時的変化

 1)PGE2はLPS静注前に6±0(pg/mL;mean±S.E.;n=6)であったが、LPS静注4時間後に299±37のピークに達した後減少し、24時間では6±0であった。

 2)LTB4はLPS静注前は265±14(pg/mL;mean±S.E.;n=6)であったが、LPS静注4時間後に1576±331のピークに達した後減少し、24時間では360±69であった。

 3)前房水中のヒスタミン濃度はLPS静注前に2.0±0.4(nM;mean±S.E.;n=6)であったが,LPS静注4時間後に9.0±0.4のピークに達した後減少し、24時間では2.0±1.0であった。

 4)血液中ヒスタミン濃度はLPS静注前に533±253(nM;mean±S.E.;n=3)であったが、LPS静注後4時間で4833±296のピークに達した後減少し、24時間では480±230であった。

3.各種化学伝達物質阻害剤の評価

 0.1%ベタメサゾン、0.1%ジクロフェナク(cyclooxygenase阻害剤)点眼群、およびジクロフェナク全身投与群は、対照群に比べPGE2と前房フレアー値が有意に抑制された。AA-861(5-lipoxygenase阻害剤)、ONO-4057(LTB4受容体拮抗剤)全身投与群は対照群に比べ有意差はみられなかった。ピリラミン(ヒスタミンH1受容体拮抗剤)全身投与群は対照群に比べて前房フレアー値の有意な低下がみられた。

考按

 LFCMは前房蛋白濃度を、前房内に集光したHe-Neレーザー光の散乱光から測定するが、測定値である前房フレアー値は、Lowry法およびアルブミンフルオロフォトメトリー法で測定した前房蛋白濃度と高い相関を示すことが確認されている。本研究ではLFCMを用いて有色家兎におけるEIUを評価し、ぶどう膜炎の動物実験モデルとしての有用性を検討した。

 最初にLPSの0.25、0.5、2.5、5.0g/kgの投与量で炎症の程度を比較検討した。その結果、前房フレアー値にはLPSに対する用量依存性がみられ、2.5g/kgと5.0g/kgで同程度のフレアー値が得られたが、2.5g/kgの方がフレアー値のピークが明確なため、以下の実験では2.5g/kgの投与量を用いた。

 眼組織におけるPGs合成能は、ぶどう膜、結膜、角膜、網膜などにみられ、家兎眼に、PGE1、E2、あるいはを前房内注射あるいは点眼すると、房水蛋白濃度の上昇、縮瞳および眼圧上昇が生じる。また、LTB4は前房内への白血球浸潤を引き起こし、LTC4、D4、E4は結膜微細血管の透過性を亢進させる。

 CsukasらはLPSの硝子体注射によるEIUで、前房中の炎症細胞、蛋白濃度とPGE2、LTB4との関係を調べ、多核白血球数の増加はLTB4の増加と相関していたが、蛋白濃度の上昇はPGE2の出現より先行しており相関がなかったと報告している。一方、LPSの全身投与による家兎EIUに関しては、BhattacherjeeらがShigellaエンドトキシン100mg/kgを全身投与して3時間後の前房水からプロスタグランディン様物質を検出したと報告した以外詳細な検討はなく、これらの化学伝達物質を調べた検討は今回の実験が初めてである。その結果、眼内炎症時の前房フレアー値と、前房中PGE2、LTB4、ヒスタミンおよび血漿ヒスタミンのピークは4時間で一致し、24時間後には正常値に戻った。また炎症時の前房内細胞浸潤がみられなかったことなどから、本実験モデルでは、LPSの静脈内投与によって前部ぶどう膜における血管透過性が亢進し、血漿蛋白質および化学伝達物質の漏出が前房水中に検出されたものと考えられ、LPSの硝子体注射によるEIUと発症機序が異なると考えられた。

 化学伝達物質阻害剤に対する薬効評価に関して、ステロイド剤であるベタメサゾン点眼と非ステロイド剤であるジクロフェナクの点眼および全身投与では、前房中PGE2とフレアー値の有意な抑制がみられた。また、抗ヒスタミン薬であるピリラミンの全身投与で前房フレアー値の有意な抑制がみられた。5-lipoxygenase特異的阻害剤であAA-861とLTB4受容体拮抗剤であるONO-4057ではアラキドン酸代謝産物の有意な抑制はみられなかったことから、上述したように、LPSの静脈内投与による血管透過性の亢進には、cyclooxgenaseによるアラキドン酸代謝産物であるPGE2およびヒスタミンの関与が大きく、5-lipoxygenaseによる代謝産物であるLTB4の関与は少ないと考えられた。

審査要旨

 エンドトキシン起因性ぶどう膜炎(endotoxin-induced uveitis:EIU)はグラム陰性悍菌のリポポリサッカライド(LPS)を投与することにより惹起される前部ぶどう膜炎の動物実験モデルである。本研究は、1)家兎EIUにおける前眼部炎症(前房フレアー値)を新しく開発されたLaser flare cell meter(以下LFCM)により、その経時的変動を測定し、2)前房水のプロスタグランディンE2(PGE2)、ロイコトリエンB4(LTB4)、ヒスタミンの各化学伝達物質の経時的変化を調べ、3)さらに各々の化学伝達物質阻害剤の抗炎症作用を検討することにより、EIUの発症機序におけるこれら化学伝達物質の関与ついて検討したもので、以下の結果を得ている。

 1.LPSを各0.25、0.5、2.5、および5.0g/kgの量を静脈内投与した場合の前房フレアー値をLFCMにて経時的に測定したところ、いずれの投与量においてもフレアー値はLPS投与後から上昇し、4時間後に最大値をとりその後徐々に下降した。2.5g/kg投与量のピーク時の前房フレアー値が最も高値を示し、炎症の持続時間は5.0g/kgが最も長かった(以後の実験では2.5g/kgの投与量を用いた)。

 2.化学伝達物質の経時的変化を調べた。前房水中PGE2はLPS静注4時間後に299±37pg/ml(mean±S.E.;n=6)のピークに達し、24時間で静注前値に戻った。前房水中LTB4もLPS静注4時間後に1576±331pg/ml(mean±S.E.;n=6)のピークに達し、24時間でLPS静注前値に戻った。前房水中のヒスタミン濃度も同様にLPS静注4時間後に9.0±0.4nM(mean±S.E.;n=6)のピークに達した。LPS全身投与による家兎EIUにおける化学伝達物質の測定は、Bhattacherjeeらの前房水からプロスタグランディン様物質を検出したとする報告以外に詳細な検討はなく、今回の実験が初めてである。これらの結果、すなわち、眼内炎症時の前房フレアー値と、前房中PGE2、LTB4、ヒスタミンのピークが4時間で一致し、24時間後には正常値に戻ったことから、本実験モデルでは、これら化学伝達物質のいずれかがその発症機序に関与していることが示唆された。

 3.各種化学伝達物質阻害剤の家兎EIUに対する効果を調べた。ステロイド剤である0.1%Betamethasone、Cyclooxygenese阻害剤である0.1%Diclofenac点眼群およびDilofenac全身投与群は、対照群に比べ、有意に前房フレアー値の上昇を抑制し、PGE2も有意に抑制されていた。5-Lipoxygenase特異的阻害剤であるAA-861、LTB4受容体拮抗剤ONO-4057全身投与群は対照群に比べ、前房フレアー値と前房水PGE2,LTB4に有意差はみられなかった。抗ヒスタミン薬であるPyrilamine全身投与群は対照群に比べて前房フレアー値の有意な低下がみられた。これらの結果から、本モデルではCyclooxgenaseによるアラキドン酸代謝産物であるPGE2およびヒスタミンの関与が大きく、5-Lipoxygenaseによる代謝産物であるLTB4はその関与が低いと考えられた。

 以上、本論文は有色家兎のEIUモデルにおいて、前房蛋白濃度を非侵襲的に測定できるLFCMを用いて炎症の程度を経時的に測定し、また化学伝達物質の測定、化学伝達物質阻害剤の効果を調べることにより、本モデルの発症機序を検討したもので、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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