学位論文要旨



No 112172
著者(漢字) 西浦,定継
著者(英字)
著者(カナ) ニシウラ,サダツグ
標題(和) 米国における州政府主導による成長管理政策に関する研究
標題(洋)
報告番号 112172
報告番号 甲12172
学位授与日 1996.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3722号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 助教授 大方,潤一郎
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨

 近年の都市計画の考え方の一つに、米国においてGrowth Management、日本で成長管理と称される都市政策がある。本論文では、米国における州政府主導によるState Growth Management(以下、州成長管理)を取り挙げ、1980年代後半に導入されたワシントン、バーモント、メイン、ロードアイランド、ニュージャージー、ジョージア、フロリダの事例分析を通じて、州成長管理導入の背景、体系の構造的特徴、内包する課題を明らかにし、新たな計画論としての定着を確かめることを目的とする。既存研究結果を受けて、導入の背景とその解決策としての体系の構造的特徴との関係、自治体のおこなう都市計画、土地利用規制との関係の2つの視点より考察を加える。1970年代に始まる成長管理は、急激な人口の社会増による公共サービス需要を緩和する目的で、大都市圏郊外部の自治体により開発の速度、タイプ、位置を規制する手法として始められた。州政府による成長管理とは、そのような規制手法の根拠となる自治体計画の調整を州計画をベースに効率的、総合的に公平性に基づいて構築していこうとする政策である。背景には、行政区域を越えて広がる開発を如何にして管理(manage)していくかという大都市圏郊外部の自治体が抱える課題と、開発と環境保全とのバランスという広域的な課題があると考えられる。

 成長管理政策導入までの背景をまとめると、以下の3点が挙げられる:(1)総合計画の定着に向けて、(2)環境保護・保全及び大規模開発規制に関する規制法体系の再構築に向けて、(3)公共投資叉は都市基盤整備の効率化に向けて。(1)の実施には、州政府の役割が求められ、州法に基づき州計画との調整が図られ確かなデータに基づき正当な手続きをもってゾーニング等の規制の上位にくる自治体総合計画の策定が必要である。(2)については、法運用のベースとなる計画策定の必要性がある。1980年代後半に各州で成長管理が導入された要因の一つとして、土地利用にからむ環境法体糸と総合計画、開発規制とを連携させ、それぞれの間で整合性を持たせることによる再構築がある。(3)については、財政の効率的運用を目指したものでり、土地利用計画、総合計画に沿った公共投資の効率化が求められた。

 先述した3つの背景は、以下のように反映された。(1)総合計画の定着:州政府が政策計画叉は目標を設定し、それに整合する自治体計画策定の目的で計画項目や盛り込むべき方針を含むガイドラインを定めている。州側が明確な基準やガイドラインを示し、計画の具体的内容については自治体の自主性(autonomy)に委ねている。整合性に関する最終的判断は州側の裁量(discretionary)による。参加することのベネフィット、参加しない場合の制裁措置が必要であり、短期的なベネフィットとして計画策定に関わる費用の一部負担などの財政援助や地理情報システム(GIS)に関わるデータベース、土地利用条例の模範規程の作成などがある。一方で、参加し、州の承認を得た総合計画を策定することによる長期的なベネフィットとして、計画の規制に対する根拠という側面であり訴訟に持ち込まれた場合に裁判でディフェンサブルかどうかが問われ州成長管理に参加し州の承認を得た総合計画に沿って定められた規制であれば通常の場合その正当性が認められる結果となる。(2)環境保護・保全及び大規模開発規制との関連性:成長管理体系の中に環境保護・保全及び大規模開発に関する規程、規制の組み込まれかたをみた場合、以下の2つの特徴が挙げられる。1)American Law Institute(ALI)のModel Land Development Code(MLDC)を模範として既に定められている州環境法をその一部として取り込んだかたち。2)州成長管理法導入に伴ってその中に関連する条項を取り込んだかたち。MLDCの第7条を模範として州法を策定した州では、環境保護及び現状を考慮して規制の必要な地域の指定と一自治体を越えて影響の及ぶ大規模開発の規制を挙げ州政府による規制の必要性を説いている。この最も明らかな要因は、環境保護・保全、影響緩和を目的とする大規模開発規制等と、それら実施のベースとなる計画の不備叉は整合性の欠如である。つまり、環境保護・保全、環境に対して著しく影響を及ぼす開発規制に関する州法を定めたものの、州計画体系の中での位置付けに欠けており、結果として特に基準から漏れるそれ以外の開発の影響が問題となり、州成長管理体系導入につながった。すなわち、先んじた規制を後追いするかたちで計画づくりがなされたかたちである。(3)都市基盤整備計画(Capital Improvement Plan:CIP)叉は項目(Element)の位置付け:都市基盤整備の効率化を図る手段として大きく2つのことが州成長管理体系にみてとれる。一つは、計画目標、内容の整合性を図るべく調整を通じてコンセンサス形成がなされ、州政府叉は周辺自治体の公共投資叉は都市基盤施設整備の非効率化につながる意志決定を避けることがある。これは長期間に渡る州成長管理政策の効果を期待したものであって、その実現性は非常に多くの不確実要因の影響を受けざる得ない。これに対して、もう1つの手段である都市基盤整備計画策定は、規制法の量的根拠としての役割を通じて短期的効率化を目指すものである。州成長管理体系の柱は、州、地域、自治体の総合計画の間で州計画目標を軸に整合性む図ることであり、土地利用という観点からみると、実際にこの体系が機能するのは自治体総合計画に沿って土地利用計画が策定され、さらに土地利用規制が実施される場合である。土地利用計画、延いては総合計画目標の実現において市街化、開発による悪影響を排除し、公共サービスの質の低下を防ぐ規制の盾(土地利用規制にからむ訴訟となった場合)となるのは計画である。具体的に規制の内容、例えばゾーニングの各用途と密度、開発負担金の負担の程度等を決める場合、その量的根拠としの役割を果すのが、将来の成長を支える都市基盤整備の需要を推計し、それら整備の優先順位(priority)を決め、どのような財源をもって整備していくかを総合計画、それに基づく土地利用計画に沿って策定される都市基盤整備計画である。各州の州成長管理政策体系の中でCIPが位置付けられている。CIP策定に関する基本的なブロセスは、将来需要を推計し、土地利用計画との関連から必要な公共施設/サービスのサービスレベル(Level of Service:LOS)を設定していく。各州の記述に大きな違いが見られないのは、州計画目標、自治体計画目標を受け、都市的土地利用地域を定めれば、後はサービスレベルと自治体財政とのバランスの問題になってくることがある。この場合、1)LOS基準の設定、2)公共施設の社会的位置づけとその財源、3)整備事業の優先順位、の3点で主要な意志決定がなされる。

 州成長管理の主目的は計画の定着である。各州によりその達成のしくみは様々でもめざすところは州計画を軸とした計画体系の構築である。先んじて策定された様々な計画や規制法の再統合を計画体系づくりの過程で実現していこうとする目論みと考えられる。総合計画の定着、環境保護・保全の方針、都市基盤施設整備の効率化を図る目的でのCIPの策定義務、このいずれかにおいても州政府の主導性が求められ、特に広域レベルでの合意形成が必要な環境保護・保全においては不可欠となる。行政区域を越えて発生する開発の影響によるインフラへの負荷が問題となり、行政間で調整のとれた総合計画に沿って定められた都市基盤整備計画の策定が必要である。この州政府の主導性という観点から成長管理体系の骨組みをみると、環境保護・保全の方針という点において「環境政策としての州成長管理」が、都市基盤整備計画の策定という点において[財政運営としての州成長管理」がそれぞれ特徴としてみいだせる。これが州政府主導による成長管理政策の構造的特徴と考えられる。

審査要旨

 本研究は、都市成長管理論に関する実証的研究である。成長管理の考え方は、1970年代、米国の地方自治体が急速に広がる市街化の拡大を抑制する目的で始められた都市計画の一手法である。それが、1980年代後半になり州政府が実施する政策にもその考え方が取り入れられたとされている。本研究の問題意識は、1)州成長管理と地方自治体成長管理の継続性と関連性、2)州成長管理の導入背景と政策における具体的解決策、3)都市成長管理論の計画論としての定着、の大きく3つの点である。

 本研究の論旨は以下のとおりである。州政府主導による成長管理政策とは、自治体が行う成長管理を広い意味で取り込んだ計画体系である。州政府主導による成長管理政策とは、地方自治体総合計画、地域計画、州計画又は州計画目標の間で整合性を図り州計画体系の構築をめざすしくみであり、地方自治体が実施する"開発の速度、量、タイプ、位置を規制することにより、開発、人口増加による様々なインパクトを最小限に抑えるプログラム"である成長管理は、計画体系の中の一規制手法として位置づけられる。州成長管理政策の構造的特徴として、環境政策的側面と財政運営的側面の2つを挙げた。この内、特に財政運営的側面の中の都市基盤整備計画(Capital Improvement Plan:CIP)が、地方自治体が開発の速度、量、タイプ、位置を規制することを目的とする成長管理を計画体系の中に取り込むカギとなる。

 本研究の評価される点は、米国における都市成長管理論を計画論の観点より体系的に考察したことである。1980年代後半より州成長管理政策を実施してきている全ての州を対象に、その政策の実態を詳細に解明し、地方自治体が実施する成長管理の考え方との関連性を明らかにし計画体系として考察していることである。その中で、州成長管理政策の構造的特徴として環境政策的側面と財政運営的側面を挙げ、広域レベルで合意形成が必要な環境保護・保全や交通網の発達に伴い行政区域を越えて広がる開発のインパクトの地方財政への影響緩和のためには、州政府主導で整合性のとれた計画体系を構築しその実施手段として規制手法を位置づける必要があると論じている。

 日本における成長管理研究は、大都市圏郊外部自治体が実施する住宅建設総量規制や開発負担等の条件付き開発許可制度を対象としてきた。本研究の結果は、米国の州成長管理という広域的観点から成長管理論を見直したものであり、従来までの規制手法としての考え方に対してそれらを位置づける計画体系としての考え方を提示したものであり,我が国におけるこの分野の研究の発展のみならず,都市計画制度に進展にとっても有用である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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