本論文は、無侵襲で生体内部を画像化する超音波画像装置について、対象を透過した超音波信号によるトモグラフィと、反射信号から得られた組織の境界位置の情報を組み合わせることで、従来よりも解像度の高い定量的な画像を取得するためのアルゴリズムを開発し、ファントムによる評価を行い臨床における有用性を明らかにするものである. 超音波医用画像装置は原理的に人体に対して被曝が無く、取り扱いが簡便であること等から臨床的に広く用いられているが、解像度が低いことや骨などの障害物より深部の情報が得られないといった欠点を持つ.一方、多方向からの透過線データから画像を再構成するトモグラフィ手法は、生体内部の形状に即した定量的な画像を得ることが出来る.そこで従来より超音波を用いたトモグラフィに関して研究が行われてきたが、超音波の屈折などの問題により実用化していない.本論文は、超音波透過トモグラフィの実現を目指し、反射信号による補正を用いてより高画質の画像を取得するアルゴリズムの開発を目的としている. 本論文では初めに一般的なトモグラフィ画像の再構成手法について検討している.現在までに様々な手法が用いられているが、ここでは逐次近似法を中心に述べている.本手法は初期値として与えられた画像マトリクスを実際の計測データと比較し修正を繰り返して最終的に原画像を再構成するもので、本論文の目的である超音波の反射信号による画像補正の導入に最も適していることを述べている. 次に、超音波を用いたトモグラフィ画像に関して、実用化の問題点や臨床応用について論じている.まず超音波トモグラフィでは,X線などの直線的なエネルギ源に比べて屈折や回折の影響が無視できないほど大きいことを指摘している.これを解決するための過去の樣々な研究では、いずれも処理の複雑さに比較して画質向上は僅かで実用化には至っていないことを述べている.また超音波トモグラフィの臨床応用に関しては、現在X線撮影により行われている乳癌検診に用いることで、被験者にとって被曝が無い安全な検査が実現できるとしている. 一般的なトモグラフィでは、試料周囲360度からの投影データを用いるが、超音波を利用した場合、理想的な全方向からの投影データを得ることは実際には不可能であり、従って再構成される画像も不完全なものとなる.本論文で開発した超音波トモグラフィの画像再構成アルゴリズムの特徴は、このような限られた範囲での走査から得られた不完全な画像に対して、反射信号から抽出された情報を用いて補正を行う点である.具体的には、異なる組織の境界で反射された超音波が受信されるまでの時間から、組織の境界の位置を知ることが出来るため、この情報から同一組織とみなせる部分において画像データを平滑化することで補正を行う.補正の際には、平滑化により分散を小さくするとともに、試料周囲の水など性状が既知である部分については平均値を真の値に近づけるようにデータを処理する.画像の再構成アルゴリズムとしては逐次近似法を核とし、得られた画像を反射信号を用いて補正し、さらに再構成処理を行うことを繰り返して、最終的により高画質の画像を得ている. 開発したアルゴリズムの評価として、水中に没した寒天ファントムを対象とした撮影装置を構成し、補正の強さを変えた画像を取得し画質を比較している.穴を開けた寒天ファントムによる評価では、補正が強すぎると画像全体が過度に平滑化されるためにコントラストが劣化してしまうが、適切な強さの補正を行うことにより穴の形状が明瞭に描出されることを明らかにした.更に穴開き寒天ファントム、ラット臓器及びブタ腎臓を対象として走査範囲を限定した画像取得を行い画質を比較したところ、補正なしの場合にはファントム形状の情報が失われてしまったが、補正を行った場合には実用上十分な画像情報が保たれていることを明らかにした.従って本論文で開発された超音波画像取得手法により、画像再構成に必要なデータ数が減少し、高画質の画像を従来より高速に取得できることを示した. 実験結果の考察では、画質劣化の原因として撮影装置の機械的な誤差を挙げ、より高精度の位置決め装置が必要であることを述べている.また臨床での利用に関しては骨などの障害物に隠れた部分をも画像化できることを大きな利点としている. 以上から、本論文では生体内部を無侵襲で画像化する超音波画像装置について、反射信号による透過線分割補正を用いたトモグラフィ手法が画質向上と画像取得の高速化に有効であることを明らかにした. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |