学位論文要旨



No 112173
著者(漢字) フルカワ,セルソ マサトシ
著者(英字) Furukawa Celso Massatoshi
著者(カナ) フルカワ,セルソ マサトシ
標題(和) 反射信号による透過線分割補正を用いた超音波透過トモグラフィー
標題(洋) Ultrasonic Transmission Tomography Using Ray Interval Correction Based on Echo Profiles
報告番号 112173
報告番号 甲12173
学位授与日 1996.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3723号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 松本,博志
 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 鈴木,真
内容要旨 1背景

 超音波医用画像取得装置は、他の医用画像取得法、例えばX線Computered Tomography(CT)やMagnetic Resonance Imaging(MRI)画像などに比較して、イオン化エネルギーを使用しないため安全である。また、装置も簡単で、比較的に安価である。しかし、超音波画像は解像度が低い、またその撮像原理により組織の持つ定性的な情報しか画像化できないという欠点がある。

 X線CTの場合は、定性的でなく、定量的情報を表示する。よって、超音波の利点とCTの利点をうまくあわせることができれば、解像度の高い、安全、簡単、使いやすい画像取得装置が得られる。今までに、いくつかの研究がされているが、様々な問題点があるため、まだ実用的ではない[1]。例えば、X線の場合、高エネルギー電磁波を用いているため、屈折や回折といった現象はほとんどなく、走査線は直線となる。一方超音波では走査エネルギーが生体組織に強く作用するため、屈折及び回折は無視できない。従って、超音波の走査データから画像を再構成するための簡便な理論的モデルが使用できない[2]。

 本研究では、超音波透過データのみでなく、音波の反射信号を利用し、別の定性的な情報を抽出して、その情報を再構成した画像の上で補正する。反射の定性的な情報というのは透過線上で対象の中にある組織の境界位置になる。そして、それぞれ境界位置で透過線を分け、各部分を補正する。

 さらに、装置を実用的にするには、走査データの数と範囲を少なくする必要がある。図1は超音波スキャナーの構造を示す。走査時間をできるだけ短くするため、全体の走査をしないと、limitedangleという問題が生じる。つまり、走査データは少なくなる。さらに、小さく、使いやすい装置を作るために、できるだけtransducerは対象の近くに置くことにする。それにより、一回のスキャンで全体の断面が走査できない。つまりpartial projectionという問題が生じる。よって、本研究ではそれらの問題点の解決法として、反射を利用した補正手法を考案しそれについての検討を行なった。

図1:超音波スキャナの構造。
2システム構成2.1投影データ

 図2は本研究で試作したスキャナーを示す。二つのアームがあって、一つの超音波プローブと一つのneedle hydrophoneを用いる。アームは時計のように回転し、アームの先に置いてあるstepping motorはプローブとhydrophoneを動かす。プローブは超音波を出し、反射信号も検出する。レシーバはという透過時間を計る。音波の速度をc、=1/cとすると、その透過時間は式(1)で表される(sは透過線のpathである)。

 

 この方程式はline projectionと呼ばれる。多数のprojectionを使えば、を構成できて、2次元のマップにして、対象のslice imageを作ることができる。Line projectionのデータから画像を再構成する方法はいろいろあるが、本研究ではART(Algebraic Reconstruction Techinique)という手法を用いる。それによるとはディジタル画像と考えて、あるひとつのピクセルjの値を[j]とする。投影光線iの計った透過時間は

 

 になる。a[i,j]はi線とピクセルjのintersectionの幅である。式(2)は線形方程式なので、多数のprojectionの方程式を使って、の解を求めれば、断面の画像を構成できる。普通は透過線の数が多いので、反復改良法を使用して、徐々にの解を求める必要がある[3]。

2.2反射データ図2:Schema of the experimental scanner.

 反射信号からの定性的な情報の抽出について、図3に簡単な例を示す。境界A、Bの間は一つの組織しかないので、反射信号をみると、境界A、Bで二つの強い反射信号が生じる。超音波プローブからレシーバまでの透過時間を計れば、この直線上の平均速度がわかる。それを利用して、反射信号から直線上で境界A、Bを求める。

 再構成した画像では、その投影線上においてピクセルをみれば、三つの区間があることがわかる。各区間部分のピクセルを平滑化すれば、画像の補正ができる。

 はじめに、透過線のピクセルをx=x[1],…x[nx]として、ベクトルxをp個のサブベクトルに分けて、x1,…xpというサブベクトルになる。ここで、プローブと位置Aの間、位置Bとレシーバの間には、どのような物質があるか、あらかじめ分かっているとする。本研究では対象の回りには水があることがわかっている。図4において、0は正しい値を表しており、二つの透過線区間において、平均値の補正を行なうことができる。これはmean correctionと呼ばれ、方程式は式(3)で表させる。

 

 x1は透過線の最初と最後の線区間のピクセルを表し、y1は補正されたピクセル値である。はmean correction factorといい、これを調整すれば、mean correctionの強さを変えることができる(0<<1)。

 また、AとBの間は正しいピクセル値が分からないため、平均値を変えずに、平滑化する。他のp-1サブベクトルは次の方程式で補正する。

 

 これはdeviation correctionと呼ばれる。はi番目のサブベクトルの平均値である。はdeviation correction factorといい、補正の強さを変えることができる(0<<1)。

図3:Qualitative information from ultrasonic echoes.図4:Qualitative information from ultrasonic echoes.Mean correctionとdeviation correctionはRay Interval Correctionになる。
2.3画像再構成

 図5に画像再構成方法をまとめる。まず、超音波投影データをAlgebraic Reconstruction Technique(ART)アルゴリズムで処理する。すると、一つのART画像が得らる。次に、反射データを用いて、そのART画像を補正する。補正した画像はもう一度投影データと一緒に、ARTで処理して、よい画像が出るまでこのループをくりかえす。

図5:画像再構成ループ
3実験結果

 写真8に作成した寒天ファントムを示す。中に四つの穴があり、実験のときには水を入れておく。寒天には、13%のエタノールを加えた。これは寒天の超音波速度を上げて、生物組織の速度の1540m/sと同じ程度にするためである。

 このファントムの回りで、5度ステップで360度のスキャンをして、全部で72の位置から投影データを得た。各位置では-30度から30度までスキャンした。

 データを処理し、得られた画像を写真9に示す。ここで2%の強さのmean correctionとdeviation correctionを用いた。つまり、=0.02である。再構成ループは3回くりかえして、Sun Sparc10で約1分かかった。この画像では、四つの穴がよく見える。再構成画像では、白いピクセルは低い速度で、黒いピクセルは高い速度を表す。穴の水では寒天より音波が遅いので、画像で穴は白く表示される。

 写真10は、反射信号による補正を行わずに、再構成をして得た画像である。Phantomの輪郭が表示されておらず、穴の輪郭もよく見えない。

 図6は0%(補正なし)、1%、2%、4%の補正強さを用いた再構成画像の中心水平線のピクセル値を示している。ピクセル値は/0(又は、c0/c)のように表示されている。補正を使わないと、ピクセルノイズは大きくなり、水と寒天の区別がはっきり表示されない。補正レベルをあげるほど、各透過線区間は平滑化され、再構成画像を改善できる。

 4%以上の補正を使うと、穴の境界が消えてしまう。図7は8%と16%の補正強さで再構成した画像の中心水平線ピクセル値を示し、写真11にその画像を示す。弱い補正を使うとARTの処理で改善できるが、反射情報は定性的であり、単なる境界位置のヒントであるため、補正レベルを強くすると定量的な投影データを壊してしまうことがわかる。

 次に投影データをは0から180度、各スキャン範囲を40度とした。これにより、走査データは少なくなる。得られた画像は写真12である。補正の強さは2%、アルゴリズムは3回くりかえした。比較のため、写真13に補正なしの画像を示す。

 補正をかけた画像の場合については、プローブの近くに置いてあるものはよく表示されているが、遠いところでは画像のqualityが少し落ちる。しかし、断面の一部の領域だけに興味がある場合は、limited angle partial projectionを利用して、目的の領域の画像をあまり変わらずに得られるので、速くスキャンすることができる。

図6:Line plots of pixel values along the middle horizontal line of reconstructed images using different levels of correction ().図7:Line plots of reconstructions using strong correction ().
4結論

 本研究では新しい超音波透過トモグラフィーシステムを開発した。

 超音波の理論的な問題に対して、反射信号によるRay Interval Correctionという補正手法を開発した。これにより、投影データは少なくてもよい画像を再構成できるということが分かった。

 また、ファントム実験を行い、補正の効果を示した。補正レベルが強すぎると、正しい画像が得られず、適当なレベルは2%から4%ぐらいであった。

図8:Agar phantom今後は、より小型で精度のいいスキャナを開発してin vivo実験を続ける必要がある。
[1]Hugh W.Jones.Recent activity in ultrasonic tomography.Ultrasonics,31(5):353-360,1993.[2]James F.Greenleaf.Computerized tomography with ultrasound.Proceedings of the IEEE,71(3):330-337,mar 1983.[3]Yair Censor.Finite series-expansion reconstruction methods.Proceedings of the IEEE,71(3):409-419,mar 1983.図9:Reconstructed image using 2% of ray interval correction.図10:Reconstructed image without correction.図11:Reconstructed images for 8%(left)and 16% of correction.図12:Reconstructed image from limited angle partial projections using 2% of correction.図13:Reconstructed image from limited angle partial projections without correction.
審査要旨

 本論文は、無侵襲で生体内部を画像化する超音波画像装置について、対象を透過した超音波信号によるトモグラフィと、反射信号から得られた組織の境界位置の情報を組み合わせることで、従来よりも解像度の高い定量的な画像を取得するためのアルゴリズムを開発し、ファントムによる評価を行い臨床における有用性を明らかにするものである.

 超音波医用画像装置は原理的に人体に対して被曝が無く、取り扱いが簡便であること等から臨床的に広く用いられているが、解像度が低いことや骨などの障害物より深部の情報が得られないといった欠点を持つ.一方、多方向からの透過線データから画像を再構成するトモグラフィ手法は、生体内部の形状に即した定量的な画像を得ることが出来る.そこで従来より超音波を用いたトモグラフィに関して研究が行われてきたが、超音波の屈折などの問題により実用化していない.本論文は、超音波透過トモグラフィの実現を目指し、反射信号による補正を用いてより高画質の画像を取得するアルゴリズムの開発を目的としている.

 本論文では初めに一般的なトモグラフィ画像の再構成手法について検討している.現在までに様々な手法が用いられているが、ここでは逐次近似法を中心に述べている.本手法は初期値として与えられた画像マトリクスを実際の計測データと比較し修正を繰り返して最終的に原画像を再構成するもので、本論文の目的である超音波の反射信号による画像補正の導入に最も適していることを述べている.

 次に、超音波を用いたトモグラフィ画像に関して、実用化の問題点や臨床応用について論じている.まず超音波トモグラフィでは,X線などの直線的なエネルギ源に比べて屈折や回折の影響が無視できないほど大きいことを指摘している.これを解決するための過去の樣々な研究では、いずれも処理の複雑さに比較して画質向上は僅かで実用化には至っていないことを述べている.また超音波トモグラフィの臨床応用に関しては、現在X線撮影により行われている乳癌検診に用いることで、被験者にとって被曝が無い安全な検査が実現できるとしている.

 一般的なトモグラフィでは、試料周囲360度からの投影データを用いるが、超音波を利用した場合、理想的な全方向からの投影データを得ることは実際には不可能であり、従って再構成される画像も不完全なものとなる.本論文で開発した超音波トモグラフィの画像再構成アルゴリズムの特徴は、このような限られた範囲での走査から得られた不完全な画像に対して、反射信号から抽出された情報を用いて補正を行う点である.具体的には、異なる組織の境界で反射された超音波が受信されるまでの時間から、組織の境界の位置を知ることが出来るため、この情報から同一組織とみなせる部分において画像データを平滑化することで補正を行う.補正の際には、平滑化により分散を小さくするとともに、試料周囲の水など性状が既知である部分については平均値を真の値に近づけるようにデータを処理する.画像の再構成アルゴリズムとしては逐次近似法を核とし、得られた画像を反射信号を用いて補正し、さらに再構成処理を行うことを繰り返して、最終的により高画質の画像を得ている.

 開発したアルゴリズムの評価として、水中に没した寒天ファントムを対象とした撮影装置を構成し、補正の強さを変えた画像を取得し画質を比較している.穴を開けた寒天ファントムによる評価では、補正が強すぎると画像全体が過度に平滑化されるためにコントラストが劣化してしまうが、適切な強さの補正を行うことにより穴の形状が明瞭に描出されることを明らかにした.更に穴開き寒天ファントム、ラット臓器及びブタ腎臓を対象として走査範囲を限定した画像取得を行い画質を比較したところ、補正なしの場合にはファントム形状の情報が失われてしまったが、補正を行った場合には実用上十分な画像情報が保たれていることを明らかにした.従って本論文で開発された超音波画像取得手法により、画像再構成に必要なデータ数が減少し、高画質の画像を従来より高速に取得できることを示した.

 実験結果の考察では、画質劣化の原因として撮影装置の機械的な誤差を挙げ、より高精度の位置決め装置が必要であることを述べている.また臨床での利用に関しては骨などの障害物に隠れた部分をも画像化できることを大きな利点としている.

 以上から、本論文では生体内部を無侵襲で画像化する超音波画像装置について、反射信号による透過線分割補正を用いたトモグラフィ手法が画質向上と画像取得の高速化に有効であることを明らかにした.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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