学位論文要旨



No 112175
著者(漢字) イイス,ソピアン
著者(英字) Iis Sopyan
著者(カナ) イイス,ソピアン
標題(和) 種々の高活性薄膜TiO2光触媒を用いた気相分子の分解
標題(洋) Decomposition of Gaseous Molecules using Various Efficient TiO2 Film Photocatalysts
報告番号 112175
報告番号 甲12175
学位授与日 1996.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3725号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 工藤,徹一
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 橋本,和仁
内容要旨 1.緒言

 最近、光触媒分野において、脱臭、殺菌、防汚などの環境浄化に関連した研究が注目されている。この場合、粉末触媒は利用が困難であるため、触媒の固定化技術の開発が重要な課題の一つとなっている。本研究室では、アナターゼ型及びルチル型の酸化チタン薄膜を基板上に作製する種々の方法を開発してきた。本研究においてこれら種々の酸化チタン薄膜の光触媒活性を気相のアセトアルデヒド、アンモニア、硫化水素の分解反応により調べた。その結果、これまで報告されていた固定化触媒に比べて著しく光活性の高いアナターゼ型及びルチル型の固定化酸化チタン光触媒が得られることを見い出した。さらにそれらの反応特性を比較検討することにより、反応機構の解明及び反応効率を決定する因子について考察した。

 ヒドの分解における光触媒活性

 硫酸チタニル水溶液の熱加水分解で得た含水酸化チタンを濾過洗浄し、これを硝酸にて分散してアナターゼ型のゾルを得た。このゾルをオートクレーブにて処理後、ガラス板上に塗っ450℃で30分間焼成することによりアナターゼの焼結膜を作製した。この熱担持膜の光触媒活性を市販の酸化チタン粉末の中で最も光活性の高いことが知られているP25(日本アエロジル社)の光触媒活性と比較した。

Fig.1.The plots of concentration vs.irradiation time on the photodegradation of 300 ppm acetaldehyde gas over the film and P25 powder under UV radiation of 2.1 mW cm-2 intensity.

 図1に初期にアセトアルデヒドを300ppm注入した時の濃度変化を示した。この図より熱担持膜はP25粉末より著しく活性が高いことがわかる。図2にLangmuir-Hinshelwood(L-H)速度論式によるR-1(反応速度の逆数)対Ceq-1(吸着平衡濃度の逆数)のプロットを示す。このプロットの直線性より酸化チタン/UV照射の系によるアセトアルデヒド分子の分解は吸着平衡の状態で進行していることがわかる。表1にL-H速度論式による反応速度定数と吸着定数およびLangmuir等温式の解析により得られた吸着分子の表面密度を示す。この表から反応速度定数はアナターゼ膜がP25粉末より約3倍の活性を持ち、その理由の一つとして面積当りの吸着サイトの数が膜の方が粉末より多いことが示唆される。

Fig.2.Langmuir-Hinshelwood plots of the R-1 vs.Ceq-1 over the anatase film and P-25 powder under UV illumination of 0.35 mW cm-2 intensity.

 アセトアルデヒドの光触媒酸化では、酢酸を経由し、最終的には炭酸ガスが得られる。その反応式は形式的には次の反応式で表わされる。

 

Table 1.The Apparent First-Order Degradation Rate Constant (k).the Photoadsorption Constant(K),and the Surface Density(max) of Adsorbed Acetaldehyde Gas on the Anatase Film and P-25 Powder,as Analysed by the L-H Kinetic Model.

 すなわち、酢酸までの酸化は2ホール、炭酸ガスまでの酸化は10ホールが必要となる。表2は上式で反応が進行すると仮定してアセトアルデヒドの初期濃度および光強度を変えた時の酢酸生成や炭酸ガス生成の量子効率およびその合計を示す。光強度が弱く、また初期濃度が大きくなるに従い量子効率が増大している。特に、低濃度や弱光強度の条件では、量子効率が100%を超えている。これらの結果より、アセトアルデヒドの酸化は気相中での反応においても正孔によるだけでなく、酸素による自動酸化過程が関与していることが推定される。

Table 2.Quantum Yields (QY)for Photodegradation of Gaseous Acetaldehyde with the TiO2 Film Photocatalyst
3.高活性ルチル型の酸化チタン薄膜:気相アセトアルデヒドの分解における光触媒活性

 四塩化チタンを炭酸ナトリウムでアルカリ加水分解して得た含水酸化チタンをアナターゼ膜の場合と同じようなプロセスで膜化することによりルチル型の結晶構造を持つ高い光活性の固定化酸化チタンを得ることができた。

Table 3.Quantum yields (QY) for the Photodegradation of 1000 ppm acetaldehyde gas with various TiO2 photocatalysts under UV illumination of 0.5mW cm-2 intensity

 表3に0.5mW cm-2のUV照射下でこのルチル膜による初期濃度1000ppmのアセトアルデヒドを分解したときの量子効率を示す。比較のため、上記のルチルのゾルを乾燥することにより得た粉末(ルチル粉末A)とP-25粉末(アナターゼ:ルチル80:20)とこれまで報告されているルチル型の粉末中で最も活性の高いものの一つである四塩化チタンの熱加水分解より得られた粉末(ルチル粉末B)を光触媒として用いた結果も記した。この表からわかるように、ルチル粉末A、ルチル膜、P-25粉末、ルチル粉末Bの合計量子効率はそれぞれ44.4,30.6,34.2,19.7%であり、ルチル粉末Aとルチル膜の量子効率はP-25粉末のそれとはほぼ同程度であり、ルチル型の光触媒としてはこれまでにない高い効率を持つ光触媒であることが確認された。このような高い活性を有する理由の一つとして、このルチル粉末がよく結晶化されているのにもかかわらず、大きい表面積を持っていることが考えられる。このルチル粉末のBET表面積は45m2g-1,これはP-25粉末のそれ、50m2g-1、とはほぼ同じであった。また、ルチル膜においても大きい表面積が確かめられた。

4.高活性アナターゼ及びルチル膜上へのアセトアルデヒド、硫化水素、アンモニアの気相中での吸着特性と光触媒反応

 光触媒反応機構の解明及び反応効率の決定因子を検討する目的で、上述の高い光触媒活性を持つアナターゼとルチル熱坦持膜を用いてアセトアルデヒド(中性)、硫化水素(酸性)、アンモニア(塩基性)の気相分子の吸着特性をLangmuir吸着等温式により、光触媒反応特性をL-H速度論モデルにより解析した。

 表4は最大の吸着分子数(吸着サイト、Cmax)、吸着定数(K)、吸着分子の表面密度(max)を示す。アナターゼ型とルチル型の酸化チタンいずれにおいても吸着力はアンモニア、アセトアルデヒド、硫化水素の順に弱くなることがわかる。これは、この順に電子給与性が弱くなり、酸化チタン表面の水酸基との結合力が弱くなるためと説明できる。また、アンモニアやアセトアルデヒドの場合、アナターゼへの吸着力がルチルへのそれらより大きいが、硫化水素の場合は小さい。これはルチル型に比べてアナターゼの方が表面の酸性が強いからであると考えられる。

Table 4.The Total Number of Adsorption Sites (Cmax),the Adsorption Equilibrium Constant (K),and the Surface Density (max) of Adsorbed Ammonia,Acetaldehyde,and Hydrogen Sulfide on the Anatase and the Rutile Films,as Analysed in terms of the Langmuir lsothermTable 5.lonization Potential and the Degradation Rate Constant of the Three Reactants with the Anatase and the Rutile Films.

 表5はL-H速度論によって得られたそれぞれの分解における反応速度定数と各反応物のイオン化エネルギーを示す。まず、同一の光触媒上での反応速度の反応物依存性をみると、ルチル膜での反応速度は、物質のイオン化ポテンシャルの小さな(酸化されやすい)順にほぼ一致している。アセトアルデヒドと硫化水素で、また、硫化水素とアンモニアでそれぞれイオン化ポテンシャルの差に比べて反応速度に大きな差があるのは、主としてそれらの飽和吸着量の違いから説明できる。アナターゼ膜においてもほぼ同様の傾向が見られるが、アンモニアと硫化水素の順番が逆転している点がルチル膜とは異なる。これはアナターゼ膜では硫化水素の吸着特性が著しく低いことが主たる原因と考えられる。また、アナターゼとルチルのいずれにおいてもアセトアルデヒドとアンモニアの分解速度の大きな違いは、酸化チタンの正孔の持つ強い酸化力を考慮すると、単にイオン化ポテンシャルの差からは説明できない。これは、アセトアルデヒドの分解では前述のラジカル連鎖反応が進行するのに対し、アンモニアの分解では1電子酸化中間体のNH3+がNH3に戻る逆反応過程が起こりやすいためと考えられる。

 次に、同一物質の分解速度の光触媒依存性を検討する。アンモニアとアセトアルデヒドではアナターゼ膜の方がルチル膜よりも著しく活性が高い。これは吸着特性の違いよりも、半導体内部での電荷分離効率に起因すると考えられる。特にアンモニアでその差が大きいが、これにはアンモニアのようなイオン化ポテンシャルの大きな物質では、アナターゼ型の酸化チタンの価電子帯のエネルギー位置が、ルチル型のそれよりも0.1〜0.2eV低い(酸化力が大きい)ことが関係しているかもしれない。一方、硫化水素の分解ではアナターゼ膜とルチル膜で分解速度がそれほど変わらないのは、飽和吸着量が小さいために、反応速度を支配する因子が、電荷分離効率ではなく吸着特性になっているためと考えられる。以上のように反応速度は物質の吸着特性と半導体内部の電荷分離効率でほぼ系統的に説明することが可能である。

5.酸化チタンフッ素系バインダー樹脂担持膜の光触媒特性

 高活性のアナターゼ粉末を、耐酸化分解性の高いフッ素樹脂バインダー中に分散させて基板上に担持した固定化光触媒においても高い反応活性が得られることを見い出し、さらに長期安定性に関する検討を行なった。

6.結論

 1.非常に活性の高いアナターゼ型とルチル型の固定化酸化チタン光触媒を見い出した。これらの光触媒でアセトアルデヒドの分解を詳細検討することにより、分解反応の機構を明らかにした。

 2.これらの高活性酸化チタン膜による中性、酸性、塩基性の気相分子の分解反応特性を比較検討することにより光触媒反応の効率を決定する因子を明らかにした。

審査要旨

 本論文は7章より構成されており、第1章で問題の設定と研究全体の方向づけとがなされている。それに続く5つの章では具体的な問題の解明がなされている。最終の章は全体の総括と本研究に関する将来的な展望とが述べられている。

 第1章は序論であり、研究の方向づけ以外にも半導体光触媒の基礎についての概説がなされている。今までに行われてきた研究が整理されており、固相-気相の光触媒反応、固定化酸化チタン光触媒の調製方法、光触媒反応の一般的な機構が述べられている。

 第2章は高活性のアナターゼ型熱担持酸化チタン薄膜の光触媒特性を気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。光触媒は市販の酸化チタン粉末の中で最も活性の高いものの一つと知られているDegussa P25よりも活性が高く、また、その結果、室内光に含まれるような微弱な紫外線でも十分に脱臭などの機能を出せることが発見された。Langmuir吸着等温式やLangmuir-Hinshelwood(LH)速度論の解析により,反応速度定数はアナターゼ膜がP25粉末より約3倍の活性を持つことがまとめられている。その理由の一つとして面積当りの吸着サイトの数が膜の方が粉末より多いことが明らかにされている。この膜の高い活性の原因は完全には明らかでないが、その一つの理由として膜の前駆体となる粉末はオートクレーブで高圧加熱処理をして結晶成長をある程度進めたものであることによる。すなわち、表面積を高く保った状態で結晶成長が進行し、その結果光触媒活性が高くなり、加熱して膜にしても活性を保つことができていると推定される。

 第3章では、第2章で述べられたアナターゼ型熱担持酸化チタン薄膜による気相アセトアルデヒドの分解において、その量子効率が述べられている。アセトアルデヒドの分解が正孔のみにより進行するという仮定で、量子効率を計算した結果、光強度が弱くなるに従い、または初期濃度が大きくなるに従い、量子効率が増大することがわかった。特に、アセトアルデヒドが高濃度であり、弱い光強度の条件下では、量子効率が100%を超えていた。この結果から、アセトアルデヒドの酸化は気相中での反応において正孔によるだけでなく、伝導帯電子の関与する酸素による自動酸化過程やラジカル連鎖反応が関与していることが推定される。この推定に応じて、アセトアルデヒドの分解の反応機構が提案されている。

 第4章は光触媒活性の高いルチル型熱担持酸化チタン薄膜の光触媒特性を気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。この膜はP-25粉末(主にアナターゼ)に比べても、気相アセトアルデヒドの光分解で、大体同程度の活性を示している。また、Langmuir吸着等温式やLangmuir-Hinshelwood(LH)速度論の解析により,反応速度定数としては膜の方がP25粉末に比して若干低い活性を持つことが明らかにされた。面積当りの吸着サイトの数という点では、膜がP25粉末と同程度とされている。従ってこの膜の高い活性の理由はまだ明らかでないが、このような高活性を示すルチル膜は全く初めてのもので、光触媒の活性を決める因子の研究に重要な結果であると考えられる。

 第5章は光触媒反応機構の解明及び反応効率の決定因子を検討する目的で、上述の高い光触媒活性を持つアナターゼとルチル型熱担持膜を用いてアセトアルデヒド(中性)、硫化水素(酸性)、アンモニア(塩基性)の光触媒分解がまとめられている。特にこれら気相分子の吸着特性をLangmuir吸着等温式により検討し、光触媒反応の特性をL-H速度論モデルにより解析した結果がまとめられている。アナターゼ型とルチル型の酸化チタンいずれにおいても吸着力はアンモニア、アセトアルデヒド、硫化水素の順に弱くなることがわかった。これは、この順に電子給与性が弱くなり、酸化チタン表面の水酸基との結合力が弱くなるためと説明できる。また、アンモニアやアセトアルデヒドの場合、アナターゼへの吸着力がルチルへのそれより大きいが、硫化水素の場合は小さい。これはルチル型に比べてアナターゼの方が表面の酸性が強いからであると考えられる。また、L-H速度論の解析より、アナターゼの活性はルチルに比べて、どの化合物の分解においても高いが、その差の度合は化合物により異なることも明らかにされた。アンモニアの場合は8倍、アセトアルデヒドの場合は5倍、硫化水素の場合は1.5倍である。これらの結果は膜の電荷分離効率や吸着特性及び各化合物の電気化学特性で系統的に説明されている。

 第6章は高活性のアナターゼ粉末を耐分解性の高いフッ素樹脂バインダー中に分散させ、基板上に担持した固定化光触媒の光触媒特性及び長期安定性に関して気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。酸化チタンをバインダーに担持されることにより、耐熱性の低い材料にも担持できるので光触媒が汚染された室内環境のクリーニングなどの処理にも応用できると期待される。このバインダー担持膜は第2章で述べたアナターゼ型熱担持膜に比較して同程度の活性を示している。さらに、バインダーの耐分解性を検討する目的として長期安定性のテストを行なったところ2.1mW/cm2のUV照射下で810時間にわたる連続照射に対し、活性が保つだけでなくバインダー自体も全く分解していないことがわかった。ゆえに、適当なバインダーを選択することにより、高活性で長期安定性のよいバインダー担持酸化チタン膜が調整でき、室内環境を処理するための光触媒としての応用性が高いと期待される。

 第7章は全体の総括と本研究に関する将来展望が述べられている。さらに、光触媒反応効率を決定する因子について記述されている。

 本研究は、光触媒活性の高いアナターゼ型とルチル型の酸化チタン薄膜を作ることができたこと、光触媒反応の速度論とその効率を決定する因子の解明が可能であることとしてまとめることができ、広く光触媒反応の今後の発展に寄与できるものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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