本論文は7章より構成されており、第1章で問題の設定と研究全体の方向づけとがなされている。それに続く5つの章では具体的な問題の解明がなされている。最終の章は全体の総括と本研究に関する将来的な展望とが述べられている。 第1章は序論であり、研究の方向づけ以外にも半導体光触媒の基礎についての概説がなされている。今までに行われてきた研究が整理されており、固相-気相の光触媒反応、固定化酸化チタン光触媒の調製方法、光触媒反応の一般的な機構が述べられている。 第2章は高活性のアナターゼ型熱担持酸化チタン薄膜の光触媒特性を気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。光触媒は市販の酸化チタン粉末の中で最も活性の高いものの一つと知られているDegussa P25よりも活性が高く、また、その結果、室内光に含まれるような微弱な紫外線でも十分に脱臭などの機能を出せることが発見された。Langmuir吸着等温式やLangmuir-Hinshelwood(LH)速度論の解析により,反応速度定数はアナターゼ膜がP25粉末より約3倍の活性を持つことがまとめられている。その理由の一つとして面積当りの吸着サイトの数が膜の方が粉末より多いことが明らかにされている。この膜の高い活性の原因は完全には明らかでないが、その一つの理由として膜の前駆体となる粉末はオートクレーブで高圧加熱処理をして結晶成長をある程度進めたものであることによる。すなわち、表面積を高く保った状態で結晶成長が進行し、その結果光触媒活性が高くなり、加熱して膜にしても活性を保つことができていると推定される。 第3章では、第2章で述べられたアナターゼ型熱担持酸化チタン薄膜による気相アセトアルデヒドの分解において、その量子効率が述べられている。アセトアルデヒドの分解が正孔のみにより進行するという仮定で、量子効率を計算した結果、光強度が弱くなるに従い、または初期濃度が大きくなるに従い、量子効率が増大することがわかった。特に、アセトアルデヒドが高濃度であり、弱い光強度の条件下では、量子効率が100%を超えていた。この結果から、アセトアルデヒドの酸化は気相中での反応において正孔によるだけでなく、伝導帯電子の関与する酸素による自動酸化過程やラジカル連鎖反応が関与していることが推定される。この推定に応じて、アセトアルデヒドの分解の反応機構が提案されている。 第4章は光触媒活性の高いルチル型熱担持酸化チタン薄膜の光触媒特性を気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。この膜はP-25粉末(主にアナターゼ)に比べても、気相アセトアルデヒドの光分解で、大体同程度の活性を示している。また、Langmuir吸着等温式やLangmuir-Hinshelwood(LH)速度論の解析により,反応速度定数としては膜の方がP25粉末に比して若干低い活性を持つことが明らかにされた。面積当りの吸着サイトの数という点では、膜がP25粉末と同程度とされている。従ってこの膜の高い活性の理由はまだ明らかでないが、このような高活性を示すルチル膜は全く初めてのもので、光触媒の活性を決める因子の研究に重要な結果であると考えられる。 第5章は光触媒反応機構の解明及び反応効率の決定因子を検討する目的で、上述の高い光触媒活性を持つアナターゼとルチル型熱担持膜を用いてアセトアルデヒド(中性)、硫化水素(酸性)、アンモニア(塩基性)の光触媒分解がまとめられている。特にこれら気相分子の吸着特性をLangmuir吸着等温式により検討し、光触媒反応の特性をL-H速度論モデルにより解析した結果がまとめられている。アナターゼ型とルチル型の酸化チタンいずれにおいても吸着力はアンモニア、アセトアルデヒド、硫化水素の順に弱くなることがわかった。これは、この順に電子給与性が弱くなり、酸化チタン表面の水酸基との結合力が弱くなるためと説明できる。また、アンモニアやアセトアルデヒドの場合、アナターゼへの吸着力がルチルへのそれより大きいが、硫化水素の場合は小さい。これはルチル型に比べてアナターゼの方が表面の酸性が強いからであると考えられる。また、L-H速度論の解析より、アナターゼの活性はルチルに比べて、どの化合物の分解においても高いが、その差の度合は化合物により異なることも明らかにされた。アンモニアの場合は8倍、アセトアルデヒドの場合は5倍、硫化水素の場合は1.5倍である。これらの結果は膜の電荷分離効率や吸着特性及び各化合物の電気化学特性で系統的に説明されている。 第6章は高活性のアナターゼ粉末を耐分解性の高いフッ素樹脂バインダー中に分散させ、基板上に担持した固定化光触媒の光触媒特性及び長期安定性に関して気相アセトアルデヒドの分解で検討した結果がまとめられている。酸化チタンをバインダーに担持されることにより、耐熱性の低い材料にも担持できるので光触媒が汚染された室内環境のクリーニングなどの処理にも応用できると期待される。このバインダー担持膜は第2章で述べたアナターゼ型熱担持膜に比較して同程度の活性を示している。さらに、バインダーの耐分解性を検討する目的として長期安定性のテストを行なったところ2.1mW/cm2のUV照射下で810時間にわたる連続照射に対し、活性が保つだけでなくバインダー自体も全く分解していないことがわかった。ゆえに、適当なバインダーを選択することにより、高活性で長期安定性のよいバインダー担持酸化チタン膜が調整でき、室内環境を処理するための光触媒としての応用性が高いと期待される。 第7章は全体の総括と本研究に関する将来展望が述べられている。さらに、光触媒反応効率を決定する因子について記述されている。 本研究は、光触媒活性の高いアナターゼ型とルチル型の酸化チタン薄膜を作ることができたこと、光触媒反応の速度論とその効率を決定する因子の解明が可能であることとしてまとめることができ、広く光触媒反応の今後の発展に寄与できるものと認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |