学位論文要旨



No 112177
著者(漢字) 今関,隆志
著者(英字)
著者(カナ) イマセキ,タカシ
標題(和) 二酸化炭素の排出を抑制することを目的とした、自動車の技術開発のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 112177
報告番号 甲12177
学位授与日 1996.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第3727号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 助教授 宮山,勝
 国際基督教大学 教授 村上,陽一郎
内容要旨 1.研究の目的

 自動車は現在の社会において重要な役割を担っており、今後もますます台数の増加が予想されている。これに伴い、自動車が排出する二酸化炭素の総量も年々増え続けており、地球温暖化問題への影響が懸念されている。したがって、自動車の地球温暖化問題への影響に関して、理論的な研究によって問題解決への指針を明らかにする意義は大きい。

 そこで本論文では、技術開発による問題解決の可能性を検討することを目的とし、シミュレーションによる問題の定量的な把握、技術の定量的な評価、技術開発の事例分析などの手法を横断的に結び付け、総合的な分析を行った。そしてその結果から、自動車交通部門として地球温暖化問題を解決するための今後の自動車の技術開発の進め方を明らかにした。

2.二酸化炭素の排出を抑制できる自動車技術の評価(2.1)技術導入を行わない場合の予測

 最初に、過去の自動車保有台数の統計データを用いて、わが国における将来の自動車台数と、そこから排出される二酸化炭素の総量を予測した。その結果、2025年にわが国の自動車から排出される二酸化炭素の総量は、1995年レベルのおよそ1.55倍に増加することが明らかになった(図-1参照)。

(2.2)自動車技術の評価

 次に、二酸化炭素の排出を抑制できる自動車技術について、その効果を評価した。評価の対象とした技術は、内燃機関の省エネルギー化の技術、内燃機関の代替エネルギー化の技術、内燃機関に代わる新型動力の技術である。評価の結果、リーンバーンエンジンや直噴層状給気エンジンなどの内燃機関の省エネルギー化の技術は、二酸化炭素排出量の削減効果が最大30%程度期待でき、かつ、実用化も近いため、有力な候補の一つであるとした。また、内燃機関に代わる新型動力の技術としての蓄電池搭載型の電気自動車の技術は、さらに有力な候補であるとした。その理由は、二酸化炭素の排出量の削減効果が約50%と大きく、また、ゼロ・エミッションが実現できる燃料電池搭載型の電気自動車の技術や、より多くの人に移動手段を提供できる電気自動車を使った公共交通システムなどの将来の技術への発展が考えられるからである(表-1参照)。

(2.3)技術導入による効果の予測

 そこで、上記の自動車技術を導入するシナリオを想定した場合のわが国の自動車交通部門における二酸化炭素排出量の削減効果について、シミュレーションによる分析を実施した。その結果、上記の内燃機関の省エネルギー化の技術と電気自動車の技術を同時に導入していくシナリオが実現できれば、2025年にわが国の自動車交通部門から排出される二酸化炭素総量を1995年のレベルに抑制できることが明らかになった(図-1参照)。以上のように、自動車交通部門にとっての地球温暖化問題は、自動車の技術開発によって解決できる見通しが得られた。

図-1 わが国の自動車交通部門から排出される二酸化炭素の量表-1 二酸化炭素の排出を抑制するための自動車技術の種類と特徴
(2.4)技術導入の実現性の評価

 一方、これらの自動車技術を市場に導入したときの需要者サイドの経済性に着目し、技術の普及可能性についての分析を行った。上記の自動車技術は、いずれもイニシャルコストが高く、ランニングコストが安いという性質を持つ。そのため、寿命期間におけるライフサイクルコストの計算を行うことによって、需要者サイドの経済性を分析した。特に、この内のランニングコストの主成分である自動車の燃料代(石油代、電気代)の変化については、世界市場でのエネルギー資源の長期的な需給を考慮した計算モデル(Edmonds Reilly Model)によって計算した。

 その結果、需要者サイドの経済性からみて、内燃機関の省エネルギー化の技術については、すでに普及の可能性はあると判断された。一方、電気自動車の技術については、現状のイニシャルコストを大幅に引き下げなければ普及の可能性はないと判断された(図-2参照)。したがって、自動車交通部門として地球温暖化問題を解決するためには、特に電気自動車の技術開発を強く推進し、コストなどの課題を解消して行かなければならないと結論づけた。

図-2 内燃機関の省エネルギー化の技術と電気自動車の技術に関するライフサイクルコストの計算結果
3.自動車の技術開発の事例分析

 次に、電気自動車の技術開発の進め方を考察するために、自動車の技術開発者集団と社会という枠組みを採用し(図-3参照)、過去の自動車の技術開発に関する事例を分析した。特に、社会からどのような問題提起がなされ、これに応えてこの集団がどのように技術開発を行っていたのかという点に注目して分析を行った。

図-3 自動車の技術開発者集団と社会という枠組み(3.1)1970年代の自動車の排気ガス規制

 1970年に発生した光化学スモッグに関するマスコミの取りあげ方に見られるように、この事例における社会からの問題提起は非常に大きかった。その後、世界一厳しいといわれた排気ガス規制「昭和53年規制」の実現をめぐって、環境庁、さらには、地方自治体の設立した「七大都市自動車排気ガス問題調査委員会」が自動車メーカーに強い外圧をかけた例もあった。

 一方、技術開発者集団は、1960年代後半から排気ガス問題に技術的な対応を始めていたことが、論文調査によって明らかになった。また、1960年代にわが国の自動車産業が急成長を遂げた中にあって、このときの技術開発者集団は、それまでの欧米の技術を模倣することから、オリジナルな自主技術による技術革新を目指していたという背景があったことも明らかになった。そして、技術開発者集団は、この技術革新の方向を排気ガス問題の解決に向けようとしていたのである。

 以上、1970年代の排気ガス問題を解決した排気ガス浄化システムが開発されたのは、社会からの強い外圧があったこと、一方、技術開発者集団も事前に技術開発に取り組んでいたことの両条件が揃った結果、問題解決に結び付く技術開発が強く推進されたものであると説明づけた。

(3.2)1960後半から1980中盤にかけての電気自動車の開発

 電気自動車の開発を求める社会からの強い外圧はほとんどなく、自動車による大気汚染問題の根本的な解決を求める声が投げかけられていただけであった。

 一方、自動車の技術開発者集団は、(3.1)の事例と同じく、技術革新への強い志向を背景に、1960年代後半にはすでに抜本的な大気汚染問題への対応として電気自動車の開発を始めていた。さらに分析の結果からは、技術開発の困難さに直面した技術開発者集団が、自ら企業内の開発部門の枠を越えて外部に働きかけ、新都市開発の中で新しい交通システムのプロジェクトを立ち上げ、そこで電気自動車の開発目的を自ら創造していたことも明らかになった。すなわち、この集団は何とか電気自動車の開発を進められるように積極的な工夫を行っていた。

 以上、1960後半から1980中盤にかけてなされた電気自動車の開発は、自動車の技術開発者集団が社会からの問題提起に抜本的に応えようとして、積極的に電気自動車の技術開発を進めていたものであると説明づけた。

(3.3)1980年代後半からの自動車の技術開発

 最後に、現在の自動車の技術開発の特徴について分析した。現在の地球温暖化問題に対して、自動車の技術開発を求める社会からの問題提起の声は必ずしも強くない。一方、現在の技術開発者集団における技術開発の目標は、地球環境問題への対応も含んで非常に多様化しているということが、分析の結果から明らかになった。但し、その中でも注目すべきことは、顧客の満足度の向上を目指して技術開発を行なうというこの集団の特徴があらたに明らかになったことである(図-4参照)。

 したがって本論文では、現在の自動車の技術開発者集団は顧客の満足度を向上させることのできる技術開発にもっともインセンティプを形成しやすいという仮説を立てた。そして本論文では、顧客の反応に敏感であるという現在のこの集団の特徴を踏まえ、開発段階から消費者を参加させて技術開発を進めていくことがもっとも有効な今後の電気自動車の開発方法であると結論づけた。

 そして、現在進行中の海外での事例から検証を行なった。その結果、一般消費者に実験車を貸し出し、実験に参加させたり、運転教育センターを開設し、電気自動車に関する知識の普及をはかりながら企業の技術開発を推進しているラ・ロッシェル市の電気自動車開発プロジェクトに、上記の結論の有効性を示す萌芽があることが明らかになった。

図-4 「日産技報」に発表された論文の内容の推移出所:「日報技報」1965〜1995より作成
4、むすび

 本論文では、自動車交通部門として地球温暖化問題を解決するために、二酸化炭素の排出を抑制することのできる自動車技術の評価を行った。その結果、内燃機関自動車の省エネルギー化の技術と電気自動車の技術を合わせて導入していくことで、問題は解決できると結論づけた。

 但し、電気自動車の技術は普及への課題が大きく、技術開発の進め方について詳細に検討する必要があるため、環境問題に対して行われた自動車の技術開発に関する事例分析を行った。その結果,自動車の技術開発者集団は、社会からの問題提起に積極的に応えて技術開発を行うという特徴が明らかになった。外圧の強さによって技術開発が加速するケースもあったが、外圧が弱くても積極的に技術開発を行おうとする特徴が明らかになった。

 したがって、自動車交通部門としての地球温暖化問題の解決の鍵である電気自動車の技術開発を進めるには、このような特徴を持った自動車の技術開発者集団の力を有効に利用することが必要であると結論づけた。そして、顧客の反応に敏感であるという現在の技術開発者集団の特徴を踏まえ、開発段階から消費者を参加させて技術開発を進めていくことがもっとも有効な方法であると結論づけた。

審査要旨

 本論文は、地球温暖化を防止するために重要であると考えられる自動車交通部門における対策に注目し、技術開発による問題解決の可能性と課題について分析したものである。特に、本論文は、定量的な「自動車技術の評価」に加え、複数の事例を使った「技術開発の事例分析」を実施し、問題解決の主役である技術者集団の特徴を明らかにした上で、今後の技術開発のあり方を論じている点に特徴がある。

 本論文は全5章からなり、導入部分としての第1章につづき、第2章では自動車技術の説明と、その導入による効果のシミュレーション分析、第3章では技術の普及における経済的な課題のシミュレーション分析、また第4、5章では、排気ガス浄化システムや電気自動車の開発を例とした技術開発の事例分析を実施している。そして、終章において、本論文の全体の総括と結論を述べている。

 具体的な内容は以下の通りである。

 第1章では、先行研究を引用しながら問題意識を明らかにするとともに、本論文の研究領域と構成を明確にしている。

 第2章では、地球温暖化の防止に効果のある自動車技術をしぼり込むために、C02排出量を削減できる自動車技術に関する評価を行っている。まず問題提起として、わが国の自動車交通部門における今後30年間のC02排出量をシミュレーション分析し、問題の大きさを確認している。その上で、問題解決に寄与すると考えられる自動車技術の内容を詳細に検討し、最も問題解決力のある自動車技術として、現在の内燃機関自動車における省エネルギー化の技術と、電気自動車の技術の二つに注目する理由を明らかにしている。そして、これらの技術を導入した場合のC02排出量の削減効果に関してシミュレーション分析し、これらの自動車技術が問題解決につながる有効な手段であることを証明している。

 第3章では、上記の自動車技術の普及可能性を論じるため、自動車のライフサイクルコストを計算し、現在の自動車に対する経済的なメリットの有無を定量的に評価している。特に、グローバルなエネルギーの需給バランスを考慮した自動車の燃料代の変化の影響を分析し、長期的な視野に基き議論を展開している。その結果から、上記二つの自動車技術のうち、特に電気自動車の普及をはかるためには価格を大幅に引き下げる必要があり、今後の技術開発を強く推進しなくてはならないと結論づけている。

 第4、5章では、前章の結論を受けて、過去の技術開発の事例分析を行い、今後の電気自動車の技術開発を進めていく上での知見を集めている。

 第4章では、70年代の排気ガス規制の事例において、問題を解決した排気ガス浄化システムの技術開発がどのように進められたのかについて分析している。特に、技術者集団に注目し、彼らが社会からの問題提起に応えて技術開発を行った様子を分析するための「自動車の技術者集団と社会」という分析モデルを提示し、このモデルに基づいた事例分析を行っている。その結果から、早い時期から排気ガス浄化システムの開発に着手していたこの集団が、開発を強く求める社会からの圧力を受けたことによって、非常に活発に技術開発を進めたことを明らかにしている。

 第5章では、前章と同じモデルを用いて、60年代後半からの電気自動車の開発がどのように進められたのかについて分析している。その結果から、大気汚染やエネルギー危機の問題への抜本的な解決をめざして電気自動車が開発される中で、実用化の難しさに直面した技術者集団が、企業の粋を越えて新しい開発プロジェクトを作り出すという積極的な行動をとっていたことを明らかにしている。そして、この集団の積極性によって、いくつかの困難に打ち勝ちながら電気自動車の開発が進められたことを明らかにしている。

 最後に、以上の第4、5章の事例分析をまとめて、今後の電気自動車の開発の進め方を考えるにあたっては、社会からの問題提起に応えようとする技術者集団の力に注目することが重要であると述べている。そして、現在のこの集団のおかれている背景に関する考察を加えた上で、最近の海外での例を引用し、地域主体の導入プログラムによって、積極的に電気自動車を利用する環境を作り出しつつ技術開発を進める方法の有効性を論じている。

 以上、本論文は、地球温暖化を防止するための自動車交通部門における対策として、技術開発による問題解決の方法をとりあげ、技術の評価から技術開発のあり方までを広く考察し、総合的に論じたものであり、高く評価できる。

 よって本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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