本論文は、地球温暖化を防止するために重要であると考えられる自動車交通部門における対策に注目し、技術開発による問題解決の可能性と課題について分析したものである。特に、本論文は、定量的な「自動車技術の評価」に加え、複数の事例を使った「技術開発の事例分析」を実施し、問題解決の主役である技術者集団の特徴を明らかにした上で、今後の技術開発のあり方を論じている点に特徴がある。 本論文は全5章からなり、導入部分としての第1章につづき、第2章では自動車技術の説明と、その導入による効果のシミュレーション分析、第3章では技術の普及における経済的な課題のシミュレーション分析、また第4、5章では、排気ガス浄化システムや電気自動車の開発を例とした技術開発の事例分析を実施している。そして、終章において、本論文の全体の総括と結論を述べている。 具体的な内容は以下の通りである。 第1章では、先行研究を引用しながら問題意識を明らかにするとともに、本論文の研究領域と構成を明確にしている。 第2章では、地球温暖化の防止に効果のある自動車技術をしぼり込むために、C02排出量を削減できる自動車技術に関する評価を行っている。まず問題提起として、わが国の自動車交通部門における今後30年間のC02排出量をシミュレーション分析し、問題の大きさを確認している。その上で、問題解決に寄与すると考えられる自動車技術の内容を詳細に検討し、最も問題解決力のある自動車技術として、現在の内燃機関自動車における省エネルギー化の技術と、電気自動車の技術の二つに注目する理由を明らかにしている。そして、これらの技術を導入した場合のC02排出量の削減効果に関してシミュレーション分析し、これらの自動車技術が問題解決につながる有効な手段であることを証明している。 第3章では、上記の自動車技術の普及可能性を論じるため、自動車のライフサイクルコストを計算し、現在の自動車に対する経済的なメリットの有無を定量的に評価している。特に、グローバルなエネルギーの需給バランスを考慮した自動車の燃料代の変化の影響を分析し、長期的な視野に基き議論を展開している。その結果から、上記二つの自動車技術のうち、特に電気自動車の普及をはかるためには価格を大幅に引き下げる必要があり、今後の技術開発を強く推進しなくてはならないと結論づけている。 第4、5章では、前章の結論を受けて、過去の技術開発の事例分析を行い、今後の電気自動車の技術開発を進めていく上での知見を集めている。 第4章では、70年代の排気ガス規制の事例において、問題を解決した排気ガス浄化システムの技術開発がどのように進められたのかについて分析している。特に、技術者集団に注目し、彼らが社会からの問題提起に応えて技術開発を行った様子を分析するための「自動車の技術者集団と社会」という分析モデルを提示し、このモデルに基づいた事例分析を行っている。その結果から、早い時期から排気ガス浄化システムの開発に着手していたこの集団が、開発を強く求める社会からの圧力を受けたことによって、非常に活発に技術開発を進めたことを明らかにしている。 第5章では、前章と同じモデルを用いて、60年代後半からの電気自動車の開発がどのように進められたのかについて分析している。その結果から、大気汚染やエネルギー危機の問題への抜本的な解決をめざして電気自動車が開発される中で、実用化の難しさに直面した技術者集団が、企業の粋を越えて新しい開発プロジェクトを作り出すという積極的な行動をとっていたことを明らかにしている。そして、この集団の積極性によって、いくつかの困難に打ち勝ちながら電気自動車の開発が進められたことを明らかにしている。 最後に、以上の第4、5章の事例分析をまとめて、今後の電気自動車の開発の進め方を考えるにあたっては、社会からの問題提起に応えようとする技術者集団の力に注目することが重要であると述べている。そして、現在のこの集団のおかれている背景に関する考察を加えた上で、最近の海外での例を引用し、地域主体の導入プログラムによって、積極的に電気自動車を利用する環境を作り出しつつ技術開発を進める方法の有効性を論じている。 以上、本論文は、地球温暖化を防止するための自動車交通部門における対策として、技術開発による問題解決の方法をとりあげ、技術の評価から技術開発のあり方までを広く考察し、総合的に論じたものであり、高く評価できる。 よって本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |