学位論文要旨



No 112183
著者(漢字) 松村,清之
著者(英字)
著者(カナ) マツムラ,キヨユキ
標題(和) 翻訳終結因子RF3の機能構造領域の解析
標題(洋) Functional domain analysis of translation termination factor,RF3.
報告番号 112183
報告番号 甲12183
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3122号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中村,義一
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 講師 飯野,雄一
内容要旨

 翻訳終結過程はmRNAから蛋白質への一連の翻訳過程の中で最も未解明な分野である。その要因として、関与する因子の解析の困難さや伸長反応の延長として誤解されてきたことが挙げられる。しかし、近年、特定の終止コドンUGAのセレノシステインへの翻訳やRF2遺伝子の自己発現制御がコドンのフレームシフトを利用し翻訳終結過程で行なわれることなど、翻訳終結は遺伝子発現制御にも独自の機構をもって関与することが分かってきた。また、コドン認識をtRNAで行う伸長反応に対して、タンパク質性の因子が終止コドンを認識する終結反応は、タンパク質によるRNA認識という新たな問題を提起すると共に単なる伸長反応の延長ではなく、独自の機構を持つことを想定させる。したがって、翻訳終結機構の解明は翻訳過程の統一的な理解のために必須な課題である。

 一般に翻訳終結は、蛋白質性の因子として、直接終止コドンを認識しペプチド鎖のリボソームからの解離反応を触媒する因子とその因子の活性を促進させる因子の2種類の因子が関与し、これらの因子が生物種に関わらず保存されていることが明らかになってきた。このため、翻訳終結は生物界全体で共通の機構を持つと考えられる。我々は解析の容易な形として大腸菌に注目した。

 大腸菌の翻訳終結反応には、直接にペプチド鎖解離反応を触媒しこドン特異性を持った二つの因子RF1,RF2と、コドン非特異的でRF1,RF2の活性を促進させる因子RF3が関与している。このうち、RF3はGTP結合活性を持ち翻訳終結過程の重要なスイッチ分子であると考えられるので、その機能の解析は翻訳終結機構の解明のために不可欠である。このRF3因子について、RF1,RF2との相互作用の有無の検証、及び機能ドメインの解析を目的として以下の研究を行った。

 (1)RF3が大腸菌の成長に必須な因子であるかいなかを検証するため、RF3のORF内部の約400bpの塩基配列をカナマイシン耐性遺伝子と入れ換えてRF3完全破壊変異を作製した。RF3欠損変異は全ての終止コドンの誤読を誘発するが、大腸菌の成長を必ずしも阻害しなかった。ただし、特定の遺伝的背景及び環境要因下(具体的にはMC4100またはDEVシリーズの背景で、低塩濃度の場合)では、高温致死性を誘因することが分かった。

 (2)RF2の高温致死変異を自発的に抑圧する大腸菌株を分離しその変異部位を解析したところ、RF3の存在する99minの位置に変異部位が存在することが分かった。このため、この変異大腸菌株からRF3遺伝子をクローニングし塩基配列を決定したところ、RF3のプロモーター領域と思われる部分にCの1塩基挿入変異が存在していた。そこで、この変異によってRF3の発現量に変化を生じRF2変異が抑圧されていると予想し、northem blot hybridizationでRF3の転写量を測定したところ、確かに変異大腸菌ではRF3の転写量が数倍に増大していた。さらに、RF3-LacZ融合遺伝子を作製し-ガラクトシダーゼの活性を指標にRF3の発現量を測定したところ、5倍に増大していることが分かった。このことからRF3の発現量の増大でRF2の高温致死変異が抑圧されると推定した。

 (3)RF3とRF1,RF2の相互作用の有無を検証するため、プラスミドを用いて多コピーのRF3遺伝子をRF1,RF2の変異を持つ大腸菌に形質導入した。その結果、多コピーのRF3は全ての終止コドンのアミノ酸への誤読(readthrough)を抑制した。また大量のRF3の存在がRF2の高温致死変異を抑圧することも明らかにした。RF1の高温致死変異についても弱くはあったが抑圧することができた。このことはRF3がRF1,RF2と機能的に相互作用することを示している。さらに、RF3遺伝子をlac promoterの下流につないでIPTG濃度に応じてRF3の発現量を制御することが可能なプラスミドを作製し、RF1,RF2の高温致死変異の抑圧に必要なRF3量を測定した(図1)。この結果、RF2の変異を抑圧するには通常の約3倍のRF3の発現量を必要とし、RF1の変異を抑圧するには15倍の発現量でも変異抑圧は不可能であることが分かっな。このことはRF3がRF1よりもRF2に対して高い親和性を持つことを示唆しているが、RF1,RF2の変異の強度の問題もあり確定的ではない。

図1.RF3の発現量とRFの高温致死変異抑制(a)はRF1の、(b)はRF2の高温致死変異の抑圧性を示す。(c)の縦軸は野生型RF3の発現量を1としたときの発現量を示し、横軸は加えたIPTG濃度を示す。

 (4)RF1の高温致死変異を抑圧するためには、RF2の変異を抑圧するよりはるかに高コピー数のRF3が必要であった。そこで低コピー数でも変異抑圧を達成することのできるRF3側の変異(Suppressor of prfAl-sra変異)を分離し、RF1,RF2の翻訳終結活性に影響を与えるRF3の機能部位を同定しようと試みた。複数の変異RF3を分離しその変異部位を解析したところ、その変異部位はN末端側の2箇所(sra1,sra2)、C末端側の2箇所(sra3,sra4)に局在することが分かった。これらの変異RF3の翻訳終結促進活性を検証するために変異RF3を持つプラスミド存在下でORF内に終止コドンを持つlacZ遺伝子の発現量を比較した(図2)。その結果、変異RF3は、RF1の関与するUAG,UAAのみならず、RF2の関与するUGAに対する翻訳終結促進活性も強化されていた("SuperRF3")。また、N末端とC末端の変異を組み合わせて二重の変異体を作製したところ、翻訳終結促進活性はさらに強化された。このことからN末端領域の変異とC末端領域の変異は互いに独立した経路でRF3の活性に影響を与えていることが明らかになった。さらに、sra変異部位のRF3の活性に対する影響を確認するために、sra変異部位に別のアミノ酸を導入し、その変異RF3の活性を解析した。この解析から、sra2,sra4の変異部位に特定のアミノ酸変異を導入することで、RF3の機能が低下することが示された。このことから、これらの変異部位のアミノ酸は、RF3がその生理活性を発現していくうえで重要な役割を担っていると考えられる。

図2.変異RF3の翻訳終結促進活性(a)はRF3破壊株での、(b)はRF1高温致死変異かつRF3破壊株での、(c)はRF2高温致死変異かつRF3破壊株でのreadthroughを示す。図の縦軸は終止コドンで止まらずにそのまま翻訳が続行される割合(readthrough)を示す。図の縦軸はplasmidで、1.は野生型の2.はsral変異の、3.はsra2変異の、4.はsra3変異の、5.はsra4変異のRF3がのっているplasmidを使用したことを示す。

 これまで遅々として研究が進まなかったは翻訳の終結過程であるが、近年、多くの生物種で翻訳終結に関わる因子のクローニングが行なわれ、一連の因子がホモログとしてまとめられてきた。さらに翻訳終結に直接関わるRF1の立体構造予測から、その三次元的構造がtRNAと類似していること、真核生物のeRF-3がEF-1と相同性を持つことが明らかになり、タンパク質性の因子が関与する翻訳終結反応も、翻訳伸長反応と似た機構を持つことが予想されるようになってきた。大腸菌のRF3はEF-Gと相同性を持ち、真核生物のものとは異なった機構をもって翻訳終結反応を促進していると考えられるが、翻訳伸長過程との類似性と行った観点で見るとその機能解析は真核生物のeRF-3と同様に重要であろう。上記の研究の結果、解離因子間の機能的な相互作用が確認され、RF3が翻訳終結反応の一過程に関与することが確認された。また、新たに分離されたRF3の機能強化変異の解析を進めることで、RF3の機能構造の解明に重要な知見を加えることができた。これらの変異のさらなる解析により、より詳細なRF3の機能解析が可能になり、翻訳終結の分子機構が明らかになるものと考える。

審査要旨

 本論文は、翻訳終結反応において、ペプチド鎖解離促進活性を持つGTP結合性の因子RF3の機能構造の解析を行ったものである。解析手段としては大腸菌の系を使って遺伝学的手法を用い、主にRF3と直接の翻訳終結反応を触媒する因子RF1,2との解析を行った。本論文の実験および解析結果は2部に分けられる。以下にそれぞれの要約を示す。

第一部RF3とRF1,2の機能的相互作用1)RF2高温致死変異の自発的抑圧変異(srb変異)の解析

 RF2の高温致死変異株から自発的に生じる遺伝子外抑圧変異(Suppressor of prfB286-srb)を分離した。このうち、染色体上99minの位置にマップされた変異(srb1)は、その染色体上の位置からRF3そのものの変異であるか、ごく近傍の変異であることが予想された。そこで、srb1変異株からRF3遺伝子を分離し、塩基配列の解析を行ったところRF3のプロモーター配列で-35領域と-10領域の間と思われる部分のCの1塩基挿入変異が認められた。このため、この変異によって生じるRF3の発現量の変化がRF2高温致死変異の抑圧を達成していると予想し、ノーザンハイブリダイゼーションで転写量を測定したところ、確かに変異大腸菌ではRF3の転写量が数倍に増大していた。したがって、srb1変異はRF3のプロモーター変異であり、RF3の発現量の増大でRF2の高温致死変異が抑圧されると推定した。

2)プラスミドによるRF3大量発現によるRF1,2高温致死変異の抑圧

 srb1変異の解析から、RF3の発現量の上昇でRF2の高温致死性を抑圧できることが推定された。この推定を検証するため、プラスミドを用いて多コピーのRF3遺伝子をRF1,RF2の変異を持つ大腸菌に形質導入した。その結果、RF3はRF2の高温致死変異を抑圧することを明らかになった。RF1の高温致死性変異についても弱くはあったが抑圧することができた。このことはRF3がRF1,RF2と機能的に相互作用することを示している。また、多コピーのRF3はすべての終止コドンでの翻訳続行(readthrough)を抑制した。これはRF3がコドン特異性を持たないことに対応している。

3)RF3発現誘導プラスミドによるRF2高温致死変異の抑制に必要なRF3量の測定

 RF3遺伝子をlacプロモーターの下流につないでIPTG濃度に応じてRF3の発現量を制御することが可能なプラスミドを作製し、RF1,RF2の高温致死変異の抑圧に必要なRF3量を測定した。この結果、RF2の変異を抑圧するには通常の約3倍のRF3の発現量を必要とし、RF1の変異の抑圧には15倍の発現量がでも不十分である必ことが分かった。このことは、RF3がRF1に対してよりRF2に親和性が強いことを示唆しているが、RF1,2の変異の強度も異なっているので一概にはそうとは言いきれない。

第二部RF3の機能構造の解析1)RF1高温致死変異を抑圧するRF3変異(sra変異)の分離

 RF1の高温致死変異を抑圧するためには、RF2の変異を抑圧するより高コピー数のRF3が必要であった。そこで、RF1,RF2の翻訳終結活性に影響を与えるRF3の機能部位の同定を目的として、低コピー数でも変異抑圧を達成するRF3側の変異(Suppressor of prfA1-sra変異)を分離した。複数の変異RF3を分離しその変異部位を解析したところ、その変異部位はN末端側に2箇所(sra1,sra2)、C末端側に2箇所(sra3,sra4)に局在することがわかった。

2)sra変異RF3の翻訳終結促進活性

 RF3プラスミド存在下でORF内に終止コドンを持つlacZ遺伝子の発現量を指標に、sra変異RF3の翻訳終結促進活性を測定した。その結果、これらの変異RF3は、RF1の関与するUAG、UAAのみならず、RF2の関与するUGAに対する翻訳終結促進活性も強化されていた。したがって、sra変異は一般的な機能強化変異であることが分かった。このように、RF1変異に対する抑圧変異として分離されたすべてのsra変異が、RF2の介在するUGAにおける翻訳終結に影響を与えることは、RF1とRF2に対するRF3の作用機序が極めて類似したものであることを予想させる。また、N末端とC末端の変異を組み合わせて二重の変異体を作製したところ、翻訳終結促進活性はさらに強化された。このことからN末領域の変異とC末領域の変異は互いに独立した経路で活性に影響を与えていることが明らかになった。

3)sna変異部位への別のアミノ酸導入とそれによる翻訳終結促進活性への影響

 sra変異部位のRF3の活性に対する影響を確認するため、sra変異部位に別のアミノ酸を導入しその変異RF3の活性を解析した。この解析から、sra2,sra4の変異部位に特定のアミノ酸変異を導入することで、RF3の機能が喪失もしくは減少することが示された。このことから、これらの変異部位のアミノ酸は、RF3がその生理活性を発現していくうえで重要な役割を担っていると考えられる。

4)PCR変異導入法による新たなsra変異の分離

 最初のsra変異の分離には変異誘発剤としてヒドロキシルアミンを使用したが、これでは、G→A,C→Tの変異しか導入できない。そこで、より一般的な変異導入法であるPCR変異導入法を用いて更なるsra変異を分離した。その結果、C末端の領域に数多くの変異が分離された。したがってC末端の変異はある程度の広がりをもって存在していると結論した。

考察および本論文の意義

 RF3は1969年に、in vitroにおいて翻訳終結を促進させる活性を持つタンパク質として精製された。さらに、その後の生化学的解析から、GTP結合活性をもつこと、コドン特異性を持たずにRF1,PF2の翻訳終結活性を促進することなどが明らかになった。しかし、その後、RF3タンパク質の不安定さなどの理由により解析は停止していた。1994年、RF3遺伝子のクローニングと塩基配列解析が行なわれ、これまで生化学的解析がら示されてきた様々のRF3の性質が確認されるとともに、RF3が翻訳伸長因子EF-Gと相同性を持つことなどRF3に関する新たな知見が明らかになってきた。現在、主に遺伝学的手法を用いて解析が進められている。

 本論文において、RF3の発現量の上昇により、RF2の、そして弱いながらもRF1の高温致死変異を抑圧することが示された。このことはRF3がRF1,RF2と機能的相互作用を行っていることを意味し、また、RF3がin vivoで翻訳終結反応に関っていることを示している。RF3を大量に発現させることで生じる翻訳終結効率の上昇もこれらのことの示している。また、RF1の高温致死変異を低コピー数で抑圧できるRF3の変異を分離し、これらsra変異の変異部位がN末端とC末端の二つの領域に局在することが明らかになった。これらsra変異RF3は、RF1の介在するUAG,UAAばかりではなく、RF2の介在するUGAでの翻訳終結効率も上昇させることが分かり、sra変異はRF1特異的ではなく一般的な機能強化変異であることが分かった。このようにRF1の変異に対する抑圧変異を分離したにもかかわらず一般的な機能強化変異しか分離されなかったことは、RF3とRF1,2との相互作用がほとんど同じ機構によっていることを示唆している。

 最近になって、EF-Tu,アミノアシルtRNA,GTP複合体とEF-Gとの立体構造の類似性からタンパク質がRNA構造を模倣するRNA擬態構造仮説が提唱された。この仮説をあてはめるとRF1,RF2はtRNA様構造をとり、RF3はEF-GからtRNA擬態構造領域を除いた構造を取ることが予想される。このようなRF3の構造モデルにsra変異部位を当てはめると、変異部位はRF3とRF1,RF2の結合部分に位置していることが分かる。このことからsra変異はRF3とRF1,2との結合を強化しているのではないかと予想される。

 GTP結合性を持ち翻訳終結反応を促進させるRF3因子は翻訳終結過程の一素過程に重要なスイッチ分子として機能していると予想される。しかし、この因子の解析は20年にわたって中断しており、最近になって遺伝子のクローニングを機に研究が再開された所である。本論文でRF3はRF1,RF2と機能的に相互作用することが示され、RF3の機能を強化する変異を分離することができた。これらの成果は、RF3の機能構造の研究のみならず、タンパク質合成の終結機構の解明に重要な学術的な貢献をするものと認められる。このため、松村清之は博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格があるものと判断された。

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