内容要旨 | | 1.はじめに 琉球島弧には,琉球海溝・琉球弧・沖縄トラフという海溝-島弧-背弧海盆系がよく発達している.琉球島弧の地形は,トカラ海峡と慶良間海裂を境界とする3つの島弧,すなわち北部琉球島弧,中部琉球島弧,南部琉球島弧に区分される. 琉球島弧の地殻構造に関する研究は1960年代に始まった.村内ほか(1968)は屈折波を用いた2船法探査によって比較的浅部(〜6km)の構造を求めた.Lee et al.(1980)では,屈折法地震探査で沖縄トラフの構造解析を行い,トラフの中央部付近の背弧海盆の拡大による,海洋地殻の形成を示唆した.Sibuet et al.(1987)は沖縄トラフ各地で反射法地震探査を行い,トラフ中央部の貫入岩体を発見し,トラフ中軸部での海洋底拡大を推定した.しかし,1988年のDELP沖縄トラフ海域研究航海での海底地震計を用いた屈折法地震探査ではトラフ中央部における海洋性地殻の存在を示すデータは得られず,現在の南部沖縄トラフは,大陸地殻の伸長を伴う初期リフティング期にあり,まだ海底拡大を始めていないとする解釈がなされている(平田ほか,1991). 琉球島弧での最近までの地学的な研究は,背弧海盆である沖縄トラフのリフティングに集中されてきた.リフティングの様式は,まだ解明されていない状況であり,背弧海盆での地学現象は,島弧全体の構造発達の観点から議論する必要がある.しかし,琉球島弧の全体的な構造発達に関する研究は少ない.発表者は,大陸性リフティングが最も進行していると考えられている南部琉球島弧において以下のような目的で研究を行った: (1)人工地震波探査データに基づく音響層序の確立, (2)地殻構造発達史の究明, (3)沖縄トラフのリフティング様式の解明. 2.研究方法 南部琉球島弧において2種類の人工地震波探査『マルチチャンネル反射法地震探査』と『海底地震計を用いた屈折法地震探査』を行った.図1には南部琉球島弧の海底地形図と人工地震波探査測線が示してある. 東京大学海洋研究所の淡青丸研究航海(1993年6月,KT93-8)で,9リッターのエアガンを音源としたマルチチャンネル(6チャンネル)反射法地震探査を行った.本探査は,フィリピン海から琉球海溝・慶良間海裂・沖縄トラフを経由して,東シナ海に至る全長400kmの測線上(TRANSECT-2)で行われた.また,翌年の同淡青丸研究航海(1994年6月,KT94-9)では,フィリピン海から石垣島沖にかけての測線(LINE-1)とフィリピン海から宮古島沖を経由して沖縄トラフを通過する測線上(TRANSECT-1)で同マルチチャンネル(6チャンネル)反射法地震探査を行った.反射波データの解析には海洋研究所のPhoenix Vector 2-D Seismic Data Processing Systemを使用し,データ処理を行った後,音響層序学に基づき解釈を行った.また,工業技術院地質調査所から宮古島付近の48チャンネルの反射法地震探査データを提供していただき,同様のデータ処理・解釈を行った.更に,日本海洋データセンターから12チャンネルの反射法地震探査断面図(OWM3)を提供していただき,解釈を行った.音響層序学的な解釈の際には,石油開発用坑井データ『OK-1(相場ほか,1979)』と『MK(円谷ほか,1985)』を参考にして,地層の地質学的な年代を推定した. 宮古島沖の前弧海域では海底地震計3台(#1,#2,#3)を用いて同エアガンを音源とした屈折法地震探査を行い地殻構造を求めた.地殻のP波速度構造は,Tau-sum Inversion Methodと2次元波線追跡法によって求めた.南部琉球島弧の前弧域での海底地震計を用いた地殻のP波速度構造研究を行ったのは,本研究が初めてである. 3.研究結果と考察 (1)琉球島弧南部において海溝-島弧-背弧海盆を横切る2つのトランセクト反射波断面図の解釈を行い,南部琉球島弧をトランセクトした音響層序を初めて確立した.音響層序学的に7つの地層が認められた(表1). 図表 (2)反射波断面図,前弧域でのP波速度構造,坑井データ(OK-1,MK),陸上地質等を用い,新第三紀以降の南部琉球島弧の構造発達史を復元した:[1]中新世中期から鮮新世にかけて,現在の背弧域から前弧域まで陸化-削剥-沈降が起った.[2]これとほぼ同時期(主に,鮮新世)に,島尻層群およびその相当層が海進に伴って東シナ海大陸棚海域から前弧海域まで堆積.[3]更新世前期から,背弧域でのリフティングが開始し,背弧域の隆起-削剥-伸長-陥没によって沖縄トラフの形成が始まった.[4]更新世後期から,琉球層群(島弧海域)や現世堆積物(背弧・前弧海域)の堆積.[5]リフティングは現在も進行している. (3)沖縄トラフ内には,島弧側からの巨大な正断層に対して,大陸棚側からトラフの中央地溝に向かって『ブロック回転』を伴う多数の音響基盤の正断層による傾動運動が認められる(図2).この運動は沖縄トラフのリフティングが,Simple Shearによる非対称的リフティング様式であるという可能性を示唆するものである. 図1.南部琉球島弧の海底地形図(等深線の単位:km)と人工地震波探査測線図2.測線TRANSECT-1の沖縄トラフ付近のマルチチャンネル反射波断面解釈図 |
審査要旨 | | 本論文は人工地震波探査を用いて南部琉球島弧の形成史について研究したものである. 本論文は全5章からなる.第1章は,問題の設定と現在までの研究のレビューがなされている.ここでは,沖縄トラフが現在,大陸地殻の背弧海盆リフティングが起きている世界でも唯一の場所であることが説明されるとともに,そのなかでもとくに南部琉球島弧において,もっともリフティングが顕著であることが示されている.したがった,島弧-海溝-背弧海盆系の形成の研究にとってきわめて重要なフィールドであることが述べられている. 第2章では,海底地震計を用いた屈折波探査によるP波速度構造の研究が論述されている.その結果,前弧域において,地殻の厚さは18km程度であり,沖縄トラフとほぼ同じであることが示された.これから南部では島弧-背弧海盆全域にわたって地殻の薄化が起こっているわかった.手法は一般的なものであるが,データ解析や解釈は妥当であり,また結果も新しい知見を加えたものである. 第3章は本研究の主体をなす反射法による音響層序研究が述べられている.本研究では南部琉球島弧を横切る2つの測線についてデータ解析と解釈を行っている.その結果,沖縄トラフ内に島尻層群相当層が存在していないことが示された.この解釈は妥当なものと判断できる. 第4章では,形成史の考察を行っている.まず沖縄トラフに島尻層群相当層が存在しないことより,沖縄トラフリフティング開始以前にドーミングによる隆起削剥が起こったことがプロポーズされている.このことは背弧海盆形成過程においてアセノスフェアの上昇が起こったことを意味しており大変重要な結果といえる.また,初期のリフティング様式としてはシンプルシエアーによる非対称リフティングが卓越していることが示された.これもリフト形成の本質にせまる大きな成果である.さらにリフティングの速度が1〜2cm/年であることが変形の様式から示された.以上の考察と議論は重要な内容を含んでおり,また議論の立て方も適切である.第5章では,結果の要約が述べてある. 全体として,本論文は背弧海盆の形成プロセスに重要な貢献となる内容を含んでおり,また議論の立て方,考察もすぐれており,博士論文に値する価値があると判断される. |