学位論文要旨



No 112185
著者(漢字) 陳,鶴
著者(英字)
著者(カナ) チン,カク
標題(和) 交通調査のためのビデオ画面上の車両走行軌跡のトラッキング手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 112185
報告番号 甲12185
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3728号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨 1.はじめに

 本研究は、ビデオ画面上の走行車両の軌跡を自動的に計測するシステムの開発を行ったものである。本研究で扱うビデオ画面は、(1)移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面、(2)固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面、の2種類である。また、本研究で開発するシステムの特徴として、(a)交通調査で用いられる一般のビデオカメラで撮影した画像から軌跡を自動計測すること、(b)計測はオフラインであるので、計算機の処理時間はある程度長くても良く、むしろ原画像データをなるべく有効に使い、計測精度の向上を目指すという点があげられる。

 交通工学の分野では、ボトルネック区間の交通容量解析、あるいは事故頻発区間などの車両挙動の解析などのために、交通量や密度などの巨視的な集計量だけでなく、個々車両の微視的な挙動の把握が必要となってきている。数百メートルの長さを持つこれらの道路区間において、各車両の2次元的な運動軌跡をトラッキングする場合には、これまではビデオで道路区間を撮影しそこから走行軌跡を手作業で計測することが行われてきた。ビデオカメラを道路近傍の建物の屋上や気球に設置して、交通流を連続撮影し、画像から車両の軌跡を0.5ないし1.0程度の画面間隔で読み取るわけであるが、極めて多くの時間と労力を要している。また、読みとりにかなりの個人差が生じ、計測したデータの後処理にも多くの時間が必要であった。

 画像処理手法を用いた交通流計測の研究は、1970年代からヨーロッパ、アメリカ、日本で始められる。これらシステムを撮影方式、処理方式、画面特性などで分類すれば図1のようになるが、本研究で扱う対象については、これまで研究があまり見られないのが現状である。

図1 画像処理システムの分類
2.移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面上の車両走行軌跡の自動計測

 山本らは、カメラが固定されている場合の重なりなしの車両処理について、原画像と背景画像との差分(空間変化)を用いて、2次元的な車両走行軌跡の自動計測方法を提案している。本研究では、この2次元的な車両認識アプローチの基本部分を生かし、カメラが移動する場合にシステムを発展させる。

2-1自動画像処理プロセス

 本研究では、図2示すような自動画像処理プロセスを提案した。はじめに、操作者が処理の基準となるモデル画面を1つ設定し、その画面上に基準点を複数指定する。システムは各データ画面を読み込み、指定した基準点に対応する点を見つけ、データ画面をモデル画面の座標系に射影変換する。変換された画像はモデル画面と同じ部分で同じ角度から撮影した画面となっており、以後の車両認識過程が可能となる。以下この処理プロセスの幾つ重要な部分を紹介する。

図2 システムによる自動画像処理のプロセス(1)基準点の認識とモデル画面への変換

 基準点は、なるべく道路上あるいは道路面と等高度の位置にあること、形状が単純で特徴があること、という要求から、本研究ではレーンマークを基準点として選定した。基準点の認識のためには、次の3種類の情報を用いている:(1)基準点付近の輝度パターン(レーンマークの長さ、幅、方向)、(2)前後画面上の基準点の移動の特徴(移動速度・方向)、(3)隣り合う基準点間の相対的な位置関係。ここは局所的基準点の認識という。まず、操作者が基準点を定義したときに、(1)の基準点付近の輝度情報を保存しておく。新しい画面における基準点の認識に当たっては、まず(2)の基準点の移動情報から基準点のおおよその位置を推定する。そして、(1)の輝度情報から基準点の認識を行う。さらに、基準点が認識できなかった場合には、他の認識が出来た基準点からの相対的位置関係を利用して再度認識を試みるという再帰型の方法をとった。

 以上のような基準点の認識が修了した後は、読み込み画面の各画素をモデル画面座標系に変換し、画素の輝度情報を変換座標に埋め込む。その際、変換座標は整数値をとらないので、平滑か処理を行い、斑のないモデル座標系の画面を作成した。

(2)背景画像の作成と更新

 初期の背景画像として、数十枚の画面の画像について上記のようにモデル座標系への変換を行った後、各画素毎に輝度の頻度分布を調べ、その最頻値を背景の輝度とし、それらを集めて背景画像としている。

 時間の経過とともに、おもに天候の変化などから、背景の輝度は時々刻々と変化する。従って、各画面ごとに車両と認識された領域以外の領域に限り、背景画像の更新を行った。

(3)車両の認識とトラッキング

 変換画像と背景画像との輝度の差を示す差画像上では、背景部分はなくなり、車両とノイズが残っている。この差画像に、閾値Tをあたえることにより二値化を行い、二値化差画像を作成し、この二値化差画像を用いて車両の存在領域を抽出する。さらに、一度認識された車両については、次の画面上で前画面における位置の近くで、過去の走行履歴(位置,速度,加速度)を利用しながら、その車両の位置を探索し、マッチング及びトラッキングを行う。

(4)カルマンスムージング処理

 以上のプロセスにより計測された各画免状の車両位置は、後処理として車両位置、速度、加速度を相互に関連づけながらカルマンスムージングを行い、平滑かおよび補完をする。

2-2システムの検証

 検証には、1991年7月28日、東名46.64キロポスト地点において、気球に積載したカメラで撮影した500秒間の連続画像を用いた(図3参照)。四車線の道路上に、26個の基準点を設定して標定し、10フレーム/秒の間隔で5000フレームを処理した。その結果、車両が認識できたのは100%の555台、また対象区間全域に渡ってトラッキングできた台数は97%の538台であった。さらに、マニュワル計測との相対的な誤差は、平均1.97[pixel](=0.47m)であった。

図3 東名46.64キロポスト地点の検証用画面
3.固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面上の車両走行軌跡の計測

 本研究で対象とするのは、図4のように車両の流れ方向が画面の奥から手前へ、あるいはその逆の方向に撮影される場合で、手前の車両が後ろの車両を部分、あるいは完全的に隠す可能性のある画面である。3次元的に車両を認識するためには画像理解が必要となるが、本研究では、(1)トップダウン解析を用い、画面上の道路の範囲を限定し、画面と地図の対応関係を構築し、車両のモデルを作る、また(2)ボトムアップ解析を参考にし、動画像部分のエッジより画像を分割する。車両の剛体運動を仮定して、複数の画像から車両の運動情報をとり、撮影に関する幾何学の関係を利用して、車両のモデルと照合しなから、三次元的に車両の形状と運動を判断する。

図4 対象とする車両の重なりのある画面3-1提案する画像処理の概容

 カメラの近くの各車両については重なりが発生しない画面があるものとする。画像認識の基本的流れは、まずカメラの近くにある重なりのない車両の3次元寸法、位置などを認識させ、その後認識した寸法などを利用し、その車両に対して車両の重なりの状況を含め、画面の奥に向かってトラッキングするというものである。

(1)情景理解モデルの生成

 トップダウンの発想から、まず既知である道路線形、車両の形状の情報を整理する。具体的には、画面道路上の基準点と地図上の対応基準点を選び、その点の高さ値Zをつけ、2.5次元道路モデルを作る。また、現存する車両の幅、高さ、長さの関係を整理した車両モデルを作成しておく。

(2)前処理

 第2節と同様に差画像を用い、差画像の輝度を"3値"化し、一定のルールで差画像を分割し、各部分の特徴を抽出する。

(3)流入車両の認識

 始めて画面に流入した車両を認識する操作である。局部処理としては、前処理で分割された各差画像部分の幾何関係から統合すべきものは統合する。複数の連続画像上に対応点を見つけ、車両の運動方向を推定する。次に、地図と画像の三次元の投影関係を求めておき、差画像上の車両の重心位置を地図上に投影し、地図上で車両の寸法や方向などを調節し、再び画面へ投影し、差画と照合しながら、車両モデルを参考に車両の幅、高さ、長さを認識する。

(4)車両のトラッキング

 地図上で車両の位置を予測し、認識された車両の寸法を利用して画面へ三次元的に投影し、車両画像とマッチングし、車両の運動をトラッキングする。

3-2システムの検証

 検証には、1991年10月18日首都高速道路の箱崎地点(花王ビル屋上)に固定カメラで撮影した連続画像を用いて(図4参照)、数十台の車両について、車両を三次元的な車両認識と、約60mの区間におけるトラッキングを行い、本アルゴリズムの実用性を確認した。

4.まとめ

 本研究は、ビデオ画面上の走行車両の軌跡を自動的に計測するシステムの開発を行ったものである。対象としたビデオ画面は、(1)移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面、(2)固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面、の2種類である。本システムの特徴は、(a)交通調査で用いられる一般のビデオカメラで撮影した画像から軌跡を自動計測すること、(b)計測はオフラインであるので、計算機の処理時間はある程度長くても良く、むしろ原画像データをなるべく有効に使い、計測精度の向上を目指すという点である。

 (1)の移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面における自動計測システムでは、気球に積載したカメラで撮影した500秒間の連続画像で検証したところ、車両の認識率100%、約150mの通路区間全域に渡るトラッキング成功率97%を達成した。また、マニュアル計測との相対的な誤差は、平均1.97[pixel](=0.47m)であった。

 (2)の固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面における自動計測システムでは、連続撮影した画像を用いて、三次元的な車両の認識と首都高速近傍のビルからトラッキングの検証を行った。

 今後の課題としては、より多種の撮影画面においてシステムを検証すること、また各種の閾値の設定方法について分析を進めることがあげられる。

審査要旨

 交通工学の分野では、ボトルネック区間の交通容量解析、あるいは事故頻発区間などの車両挙動の解析などのために、交通量や密度といった巨視的な集計量だけでなく、個々の車両の微視的な挙動の把握が必要となってきている。本研究はこのような目的のために、ビデオ画面上の走行車両の軌跡を、100から200mの長さの区間において自動的に計測するシステムの開発を行ったもので、対象とするビデオ画面は、(1)移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面、(2)固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面、の2種類である。画像処理手法を用いた車両挙動計測の研究は、1970年代からヨーロッパ、アメリカ、日本で始められているが、本研究で対象としている撮影方式、処理方式、画面特性については、これまで研究が見られず、新規性のある研究と認められる。

 これまでは、ある程度の長さを持つ道路区間において、車両の2次元的な走行軌跡をトラッキングする場合には、ビデオで道路区間を撮影しそこから走行軌跡を手作業で計測することが行われてきた。ビデオカメラを道路近傍の建物の屋上や気球に設置して、交通流を連続撮影し、画像から車両の軌跡を0.5ないし1.0秒程度の間隔で読み取るわけであるが、極めて多くの時間と労力を要し、また読みとりにかなりの個人差が生じ、計測したデータの後処理にも多くの時間が必要であった。従って、車両挙動の自動計測への足がかりとなる本研究は、交通調査の面で有用な研究であると評価される。

 (1)の移動するカメラで撮影した車両の重なりのないビデオ画面上の車両走行軌跡の自動計測については、原画像と背景画像との差分(空間変化)を用いて、2次元的な車両走行軌跡の自動計測方法を提案している。提案方法の検証として、気球に積載したカメラで撮影した500秒間の連続画像を用い、車両の認識率は100%、また対象区間全域に渡るトラッキング成功率は97%という成果を得ている。さらに、マニュアル計測との相対的な誤差分析についても言及している。

 (2)の固定カメラで撮影した車両の重なりの有るビデオ画面上の車両走行軌跡の計測については、対象とするのは、車両の流れ方向が画面の奥から手前へ、あるいはその逆の方向に撮影される場合で、手前の車両が後ろの車両を部分的、あるいは完全に隠す可能性のある画面である。3次元的に車両を認識するためには画像理解が必要となるが、提案方法は、各車種の典型的な寸法から数種類の車両モデルを作っておき、動画像部分のエッジ情報、複数の画像から得られる車両の運動情報に基づいて、車両モデルと照合しなから、3次元的に車両の形状と運動を判断する方法である。検証としては、道路脇のビル屋上に設置した固定カメラで撮影した連続画像を用いて3次元的な車両認識と、約60mの区間におけるトラッキングを行い、アルゴリズムの実用性と問題点を整理している。

 以上のように本研究は、ビデオ画面上の走行車両の軌跡を自動的に計測するシステムの開発を行ったものであり、これまでは対象とされてこなかった画像の処理に新規性のある手法の提案が行われている。また、開発システムの特徴として、交通調査で用いられる一般のビデオカメラで撮影した画像から軌跡を自動計測できることがあげられ、研究の有用性も認められる。また、手法の検証も限られたケースではあるが、道路・車両の輝度と認識・トラッキング精度との関係を分析しており、今後の研究に有用な知見を与えていると思われる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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