学位論文要旨



No 112187
著者(漢字) 若原,敏裕
著者(英字)
著者(カナ) ワカハラ,トシヒロ
標題(和) 同調液体ダンパーを用いた構造物の風応答制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 112187
報告番号 甲12187
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3730号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 片山,恒雄
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 神田,順
 東京大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨

 本研究は、風揺れに対する居住性や使用性の改善を目的に、円筒形の同調液体ダンパー(Tuned Liquid Damper:以下、TLD)を用いた構造物の振動制御を行う場合の制振効果の評価手法に関する総合的な検討を行うものである。

 TLDは容器内の液体のスロッシング現象を利用した制振装置であり、その特性は、容器内に生じる波の非線形性の影響を強く受ける。そのため、まず、振動実験によりTLDの非線形特性に関する検討を行い、その応答特性について明らかにした。

 また、TLDの設計において不可欠とされるダイナミックダンパーの性能指標である同調パラメータとTLDの設計パラメータの関係を把握する目的から、振動実験より得られる円筒形TLDの流体反力について、TMDアナロジーに基づく検討を行い、円筒形TLDを等価なTMDに置換する場合のパラメータについて検討した。さらに、その結果に基づき、風揺れに対する円筒形TLDの制振効果の簡易評価法についての検討を行っている。

 最後に、設計において、TLDの制振効果を最終的に予測し、その効果を確認する目的から、Boussinesq方程式を用いたTLD内の非線形スロッシング現象に対する数値解析モデルについての検討を行い、構造物との連成応答を求めるTLD-構造系の非線形相互作用モデルによる時系列風応答解析法を提案している。

 本論文は全6章より構成されている。各章の概要は以下に示すものである。

 第1章は序論である。本研究の背景と動機を述べ、既往の研究成果を整理し、本研究の目的と位置づけを示した。

 第2章では、TMDアナロジーを利用しTLDの振動特性の把握とそのモデル化を行う。まず、円筒形TLDに対して振動実験を行い、TLDの流体反力の実験結果と線形スロッシングの定常応答解とを比較し、波の非線形性の影響によって生じる流体反力の非線形特性について考察する。また、円筒形TLDをTMDに置換した場合の等価TMDパラメータ(ここでは、等価有効質量と等価減衰定数)を加振振幅レベル毎に推定し、円筒形TLDの設計パラメータ(容器半径Rと液体の深さhなど)とTMDの最適同調パラメータとの関係を把握するため、加振振幅レベル毎に求められた等価TMDパラメータを無次元化された加振振幅の関数としてモデル化する。さらに、円筒形TLDの設計において、最適な減衰定数を得るための減衰コントロール法について検討し、同じく、その場合の等価TMDパラメータのモデル化も行うことにする。

 第3章では、第2章で示した円筒形TLDを対象とし、その設計パラメータを決定する場合に、外力を求めるための風洞実験、あるいは、応答を予測するための時系列応答解析や周波数応答解析などを行わずに、設計の指標となる制振効果を簡単に予測できるような簡易評価法について検討する。まず、高層建物をモデル化した矩形角柱に対する風洞実験を行い、変動揚力の特性を把握した上で、変動揚力の無次元化されたパワースペクトルの簡単なモデル化を行う。また、第2章で求めた円筒形TLDの等価TMDパラメータに基づき、TLD-構造系の周波数応答の理論解を誘導し、対象とする応答の本質を失わない程度に簡略化されたTLD-構造系の加速度応答の標準偏差と最大値を与える予測式を導くとともに、加速度応答に対する最適同調パラメータの解析式を導くことにする。さらに、TLD-構造系の加速度応答の予測式に基づき、円筒形TLD制振効果の簡易予測法について述べ、風応答観測に基づく制振効果との比較を行い、簡易予測法の妥当性の検証を行う。

 第4章では、円筒形TLDの非線形解析モデルに関する検討を行うことにする。任意な平面形状を有する容器内のスロッシング現象に対する解析理論を説明し、有限要素法による空間方向の離散化と応答の数値積分法に関する説明を行う。次に、第2章で示した浅水領域の円筒形TLDに対する振動実験結果を対象に、実験結果と数値解析結果の比較を行い本解析モデルの妥当性を示す。また、自由表面に対する有限要素の分割数が解析結果に与える影響についての検討も加える。さらに、数値解析によって得られたTLD流体反力の応答と位相特性から、波の非線形性が円筒形TLDの流体反力にどのような影響を及ぼすかについて考察する。最後に、共振時の1周期分の空間的な水面形状を追跡し、円筒形TLD内の非線形波動の特徴について論じる。

 第5章では、円筒形TLDと構造物の連成応答を求めるための非線形相互作用モデルについて検討し、その数値シミュレーション結果に基づき、円筒形TLDの制振効果の評価を解析的に行うことにする。まず、第3章で述べたBoussinesq方程式による円筒形TLDの非線形解析モデルを用い、多方向ランダム入力可能な構造系との連成応答を求める相互作用系の定式化を行う。次に、定式化されたTLD-構造系の非線形相互作用モデルに対し、その時系列応答を求めるための応答の数値積分法について説明する。数値解析例として、まず、1方向正弦波入力条件での応答曲線を求め、円筒形TLDの非線形性が構造物の応答に及ぼす影響についての考察を行う。また、2方向入力条件での定常調和応答を求め、1方向入力の場合の解析結果との比較を行い、2方向同時入力条件下での液面波動の特徴を考察する。さらに、典型的な高層建物を模擬した形状比B:D:H=1:1:5の正方形角柱に対する風圧実験結果より風向方向と風向直角方向の時系列風外力を作成し、多方向ランダム入力条件下での円筒形TLD-構造系に対する数値シミュレーションを行うことにする。また、数値シミュレーション結果より求められる円筒形TLD-構造系の非線形応答特性について考察し、風外力に対する円筒形TLDの制振効果について論ずることにする。

 第6章は結論である。各章で得られた主要な研究成果を要約し、本論文の総括、結論とするとともに、今後の研究の展望と課題について述べる。

審査要旨

 主として風揺れに対する居住性や使用性の改善に対して,同調液体ダンパー(Tuned Liquid Damper:以下、TLD)を用いた建設系構造物の振動制御が注目を集め,実用化されつつある.これまでに矩形容器を対象とした研究はかなり行われきたが,円筒形容器を対象とした研究は少なく,その設計法も確立していないのが現状である.本研究は,これに鑑み,円筒形TLDを対象に,その制振設計に関連して,制振効果の評価手法を,実験・理論的側面から総合的に検討したものである.

 研究内容は,一連の振動実験結果をベースにした,TMD(同調質量ダンパー)アナロジーによるTLD動的非線形流体力の簡易表現,非線形有限要素法による液体動揺シミュレーションの直接解法のの二つに分けられる.

 本論文は全6章より構成されている.

 第1章は序論であり,既往の研究成果を整理するとともに,研究の背景と動機を述べ,研究の目的と位置づけを示している.すなわち,円筒形TLDの工学的設計法の確立のためには,他のダンパーと同じように簡便な設計法を整えることと,流体の動揺の非線形性を厳密に扱う数値解析法の双方が必要であることを指摘している.

 第2章では、TMDアナロジーを利用し,TLDの振動特性の把握とそのモデル化を扱っている.まず,円筒形TLDのサイズ・水深を変えた一連の強制正弦波加振実験を行い,流体反力の非線形特性を明らかにしている。つぎに,TMDに置換した場合の等価TMDパラメータ,すなわち等価有効質量と等価減衰定数を実験結果から求め,それらが無次元化された加振振幅バラメーターを使っておのおの一つの曲線で表せることを示している.

 第3章では,風によるビルディングの風向直角方向振動の制振効果を扱っている.既往の風洞実験結果から,風外力のスペクトル勾配が対象領域で周波数の-3乗で近似できることを示し,それ用いて円筒形TLD-構造系における制振効果の簡易評価式を摂動法により導いている.さらに,円筒形TLDを設置した横浜マリンタワーでの風応答観測を報告し,実構造物における制振効果と簡易評価式との比較を行い、簡易予測法の妥当性を明らかにしている.

 第4章では,Boussinesq方程式を用いた非線形スロッシングの非線形有限要素法の定式化を行い,空間方向の離散化と応答の数値積分法に関して考察を加えている.そして,第2章で示した浅水領域の円筒形TLDに対する振動実験結果を対象に、実験結果と数値解析結果の比較を行い,本有限要素モデルが細かい要素を用いると,高調波まで十分再現でき,その精度が高いことを示している.

 第5章では、4章での成果をふまえ,円筒形TLDと構造物の連成応答を求めるための非線形相互作用モデルについて検討している.具体的には,まず、第4章で述べたBoussinesq方程式による円筒形TLDの非線形解析モデルを用い、多方向ランダム入力可能な構造系との連成応答を求める相互作用系の定式化を行っている.次に、定式化されたTLD-構造系の非線形相互作用モデルに対し、その時系列応答を求めるための応答の数値積分法について考察している.相互作用モデルを用いてTLD-構造物の数値シミュレーションを行い,その結果に基づき、円筒形TLDの制振効果の評価を解析的に行っている。数値解析例として、1方向正弦波入力条件での応答曲線から、円筒形TLDの非線形性が構造物の応答に及ぼす影響について調べ,また、2方向入力条件での定常調和応答につても,1方向入力の場合の解析結果との比較を行い、2方向同時入力条件下での液面波動の特徴を論じている.さらに、典型的な高層建物を模擬した形状比B:D:H=1:1:5の正方形角柱に対する風圧実験結果より風向方向と風向直角方向の時系列風外力を作成し、多方向ランダム入力条件下での円筒形TLD-構造系に対する数値シミュレーションを行っている。また、数値シミュレーション結果より求められる円筒形TLD-構造系の非線形応答特性について考察し,風外力に対する円筒形TLDの制振効果について論じ,非線形性の影響は小さく,工学的には一般に問題とはならないことを明らかにした.

 第6章では,各章で得られた主要な知見・成果を要約し,本論文の総括,結論とともに,今後の研究の展望と課題について述べている.

 以上,本論文は円筒形TLDを対象に,その設計法の確立において重要な簡便設計法と流体理論をベースにした数値解析法を扱い,いずれにおいても有用な成果が得られている.これらの成果はTLDの今後の学術的発展に大きく貢献するものと判断され,工学的な意義には顕著なものがある.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク