学位論文要旨



No 112188
著者(漢字) 王,林
著者(英字) Wang,Lin
著者(カナ) ワン,リン
標題(和) 三軸試験による堆積軟岩の原位置変形特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112188
報告番号 甲12188
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3731号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨

 日本には、軟岩が広く分布している。東北地方の堆積軟岩、西南日本の風化軟岩、そして、日本列島を縦断する火山軟岩が代表的である。また、平野部の大都市の大深度下においても、堆積軟岩が多く存在している。堆積軟岩を対象とした建設工事も増加の一途で、土木構造物の種類も多岐にわたっている。従って、現在の建設技術には、堆積軟岩に関する課題が急速に増えている。ダムや長大橋梁基礎の長期変形、原子力発電所基礎の耐震性、都市域では高層ビルの基礎に関する地盤の支持力問題も同様である。

 堆積軟岩を対象した建設工事の記録によれば、地盤内に生じるひずみは0.2%程度であるという報告が多い。著者が本研究にあたり、直接もしくは間接的に関係した堆積軟岩上に建設された明石海峡大橋のピア基礎や東京レインボーブリッジのアンカレッジ4A或いは相模原市においての大規模実験掘削工事等においても、実際に生じた建設時の変形は、十分小さいことが確認された。これらの現象を考えると、実際の軟岩地盤は、大規模な施工においてさえ破壊から非常に遠い状態にあり、特に小ひずみレベルでの堆積軟岩の力学特性の研究に力を入れる必要がある。室内三軸試験でこの要請に応えるには、微小ひずみレベル10-6〜10-2の節囲における正確な堆積軟岩の変形・強度特性を精密に測定することが重要になる。しかし、このような広ひずみ範囲における一貫した変形係数の研究はまだ不十分である。

 大規模重要構造物を設計、施工することを念頭におき、軟岩地盤の変形特性を正確に推定するためには、著者を考える限り、次のような原位置試験と室内試験に関わるいくつかの技術課題がある。

 (1)コア試料が乱されると、室内試験により原位置の変形・強度特性が正確に推定できない。その場合、室内試験の意義が低くなる。サンプリングによる乱れはあらかじめ正確に評価しておかねばならない。

 (2)初期異方性が大きくなると、堆積軟岩の変形強度特性の設計値の設定は非常に複雑になる。一見、一様な堆積軟岩地盤でも、地殻運動・過圧密に起因する初期異方性があり得るし、堆積軟岩応力状態誘導異方性もあり得る。地盤の変形挙動の予測には、これらの力学性質はどのように取り扱うのが良いのか。

 (3)従来、軟岩の変形係数を得るために、原位置でのせん断波速度測定、孔内水平載荷試験、平板載荷試験、室内での超音波速度測定、一軸試験、三軸圧縮試験等、さまざまな調査方法が用いられてきた。しかし、これらの方法で得られた変形係数は相互に著しく異なる上に、これらの値と建設に伴う地盤変形から逆算した変形係数の間で一致しない場合が多い。従来、原地盤の不連続性のためにこのような不一致は当然であると見られ、それ以上深く議論されることはなかった。しかし、変形係数のひずみレベル依存性、応力レベル依存性、サンプリングによる試料の乱れ等を考慮すれば、これらの結果に関連がつくはずであると著者は考える。

 (4)堆積軟岩地盤内の掘削工事などにより、軟岩地盤が各種のせん断履歴を受ける。このことより、セメンテーションが損傷する可能性がある。これらの実際工事における大きな繰返し載荷履歴の影響を考慮しなければ、正確な軟岩地盤の挙動の予測は望めない。

 (5)大型構造物の建設によって軟岩地盤内に生じる応力は、地表付近における低拘束圧の状態から大型構造物基礎周辺における高拘束圧の状態まで広い範囲にある。これらの巨大構造物基礎の変位量や安定性などを正確に評価するためには、室内要素試験での変形・強度特性に対する影響を正確に評価することが必要条件の一つとなる。

 以上の背景のもとで、本研究では相模原の第3紀末期上総層群の堆積軟岩、名古屋知多常滑層シルト軟岩、東京湾口橋3P浦賀海上の上総層群細粒質砂岩と東京湾横断道路浮島セメント改良土を用いて三軸試験を系統的に行い、LDT(Local Deformation Transducer局所変形測定装置)で微小ひずみレベル10-6%以下から破壊後までの変形特性を正確かつ精密に調べた。さらに、種々の室内三軸圧縮試験結果と原位置試験の結果を比較した。以下に具体的検討事項及びそれに関する結論を述べる。

 1)同一箇所・同一深度でロータリコアチューブサンプリングで採取した試料(RC試料)と、地盤掘削中のブロックサンプリングにより得た乱れの非常に少ない試料(BS試料)を用いた三軸試験を行い、その結果を直接比較した。さらに、三軸試験で得られた微小ひずみレベルでの弾性変形係数を原位置弾性波探査により得られた値と比較した。

 結果として、RC試料は、応力〜ひずみ関係、変形係数〜せん断応力レベル関係、初期弾性係数等のどの試験結果をとっても、BS試料の結果と大きく異なり、サンプリングによる乱れは不可避であると判断できる。特に、試料の乱れは載荷直後の接線変形係数に及ぼす影響が大きい。一方、ブロックサンプリング方法を用いれば、高質な不攪乱試料の採取ができることが分かった。

 2)三軸試験において、微小ひずみレベル(0.001%以下)から破壊残留状態までの変形特性をLDTを用いて正確に測定することによって、変形特性のひずみレベル依存性(せん断応力レベル依存性)と載荷速度の影響を調べた。

 その結果は、0.001%ひずみレベルでのヤング率E0は、原位置せん断波速度から得られるヤング率Efともほぼ一致する。従って、従来の「静弾性係数」と「動弾性係数」という区別は妥当ではないことを証明できた。原位置の各種現場試験から得られる変形係数・弾性係数と室内三軸試験での変形係数測定結果の違いは、測定ひずみレベルの違いによるものであると結論ができる。

 載荷速度の影響については、ひずみ速度は0.001%/min.以下でない限り、堆積軟岩の初期弾性係数に及ぼす影響はほとんどない。しかし、軸差応力の増加に伴い、ひずみ速度の影響が大きくなり、ひずみ速度が小さくなるにつれ、圧縮強度と接線ヤング率は低下する。

 3)相模原実験空洞内において、多くの方向でダイレクトコアリングされた堆積軟岩試料を用いて、軟岩試料の固有異方性を調べた。更に、東京湾口橋3P浦賀水道上総層群細粒質砂岩を用いて、拘束圧力20kgf/cm2の範囲での様々な圧密載荷経路を通じて、軟岩試料の応力状態誘導異方性を調べた。

 その結果として、相模原堆積軟岩と名古屋知多常滑層固結シルト軟岩に関して、微小ひずみの弾性係数、ピーク強度以前の変形係数と応力レベルの関係、圧縮強度などに強い初期異方性は認められなかった。相模原堆積軟岩の場合では、圧縮試験でのlの方向が原位置での水平面内で南北方向と南西/北東の間にある供試体の強度・剛性がやや大きい傾向にあった。

 堆積軟岩の応力状態誘導異方性は、東京湾口橋3P細粒砂質軟岩において、非排水状態の鉛直方向の弾性ヤング率Evは水平応力hよりも鉛直応力vに強く支配される。排水状態の実験でも同じ結果であった。すなわち、異方応力状態での鉛直方向の弾性ヤング率は、基本的には軸応力vだけの関数であり、側応力hの影響はほとんど受けない。したがって、異方応力状態での弾性変形特性は異方性を示す。異方応力状態になると、過剰間隙水圧の発生の仕方が異方的変形特性の影響を受けるので、「非排水状態での見かけの弾性ヤング率Ev・u=dv/dvはこの影響を受ける。

 4)相模原堆積軟岩の三軸圧縮試験において、ピーク強度付近までの大きな繰返し載荷を行い、大きな繰返し載荷履歴によるセメンテーションの損傷を調べた。また、同一試料の過圧密(200kgf/cm2)前・後の三軸せん断試験の結果と同一箇所から採取された過圧密履歴を与えていない試料の三軸せん断試験の結果を比べることにより、過圧密による相模原堆積軟岩のセメンテーションの損傷を調べた。最後に、過圧密試料を用いて、ピークまで繰返しせん断載荷試験を行って、大きな繰返しせん断と過圧密による相模原堆積軟岩のセメンテーションの損傷の相違点を調べた。

 この結果として、繰返し三輪試験の載荷中において,過去に受けた偏差応力qの最大値が増加するにつれて,接線ヤング率Etanは徐々に減少した。これは,せん断変形によるセメンテーションの損傷によるものである。堆積軟岩の力学特性は低拘束圧下ではセメンテーションの性質に強く依存するが、拘束圧の増大とともにセメンテーションが破壊されて、非粘着粒状体依存型の力学特性へと順次移行する。堆積軟岩は、超圧密粘土と見なすのは正しくなく、何らかの続成作用により、強いセメンテーションを持つようになったと見るべきであることが分かった。

 5)これらの要素試験の結果に基づいて、サンプリングによる試料の乱れ、せん断応力レベル依存性(ひずみ依存性)、堆積軟岩の異方的性質と圧力依存性等を考慮した上で、堆積軟岩の変形特性における損傷関数と塑性化関数を導入し、弾性変形特性を基礎とした堆積軟岩の変形特性のモデル化を提案した。

審査要旨

 新第三紀・第四紀初頭に堆積した土が続成作用によるセメンテーションにより軟岩化したいわゆる堆積軟岩は、日本各地をはじめ世界各国に存在している。比較的小型で軽量な構造物の建設や小規模な地盤掘削においては、通常堆積軟岩地は十分安定で硬質であるとみなせる。また、このような場合は構造物の変位と地盤の変形の検討を厳しく行わない傾向にある。したがって、この場合は通常堆積軟岩の変形・強度特性を詳細に調査しない。これに対して、近年明石海峡大橋等の巨大吊り橋の基礎や高層ビルが堆積軟岩地盤上に建設される例や、大深度・大規模な立坑やトンネルの掘削が堆積軟岩地盤で行われた例や、また計画されている例が増えてきた。この場合、建設中・建設後の構造物の変位と地盤の変位を正確に予測し、許容値以下の変位・変形が生じることを確認することが必要になる。また、即時変位・変形は現場で信頼をもって測定できるほとんど唯一のデータであり、長期変位・変形と破壊に対する安全率の非常に良い指標になる。したがって、これを力学的に説明できるようになることが必要になる。

 一方、硬岩岩盤は断層・節理・亀裂等の不連続性が卓越している場合が多いので、不連続面を含まないコア試料の室内せん断試験から得られる強度と剛性は、岩盤の平均的値よりもかなり大きい例が多い。したがって、コア試料を用いる室内試験は重視されず、原位置載荷試験が重用されてきた。堆積軟岩に対しても、上記硬岩岩盤に対する方法論が適用されてきた例が多い。しかし、我が国の堆積軟岩では不連続性の影響は比較的少ないことが次第に判明してきて、室内せん断試験の価値も次第に再評価されてきた。

 本研究は、このような背景の下で行われたものであり、まず室内試験により原位置での堆積軟岩の変形特性を正確に推定するために必要な条件を明らかにしている。さらに、異なる地質年代と異なる元々の土質を持つ代表的な各種の軟岩地盤から採取した良質な不攪乱試料を用いて、試験試料の応力・荷重と変形を正確に測定して三軸試験を周到な計画の下で行い、ピーク強度発揮以前の変形特性を調べている。特に、原位置地盤での変形・強度特性の異方性、0.001%以下のひずみレベルで現れる弾性的変形特性の応力状態に対する依存性、およびそれに起因する応力状態誘導異方性、変形特性のひずみレベル(あるいはせん断レベル)と圧力レベルに対する非線形性、これらの特性に影響を及ぼす元々の土質の影響等を系統的に調べている。最後に、これらの実験結果に基づいて、堆積軟岩地盤の変形の詳細な数値解析に必要となるピーク強度発揮前の変形特性のモデル化を行っている。

 本論文は、以下の構成からなっている。

 第一章は序論であり、研究の背景・目的、既往の研究、本研究の構成が示されている。

 第二章では、三軸試験に用いた四種類の軟岩試料を説明しており、採取した地盤の場所・地質条件、試料採取方法等を示している。

 第三章は、本研究に用いた三軸試験システムと試験方法の説明である。特に、本研究のために新たに開発した、自動化した中圧三軸試験装置と、試験試料に加わる軸荷重を三軸セルの内部で正確に測定する方法、試料側面で試料の軸ひずみを0.0001%から数%まで正確に測定する方法を説明している。

 第四章では、原位置からのコア試料の採取方法の評価を、精密な三軸試験によって行っている。すなわち、現在の標準的試料採取方法であるロータリーコアチューブサンプリング法は、試料を大きく乱す可能性が高く、改良の必要があることを示している。また、丁寧に行ったブロックサンプリングでは乱れの少ない良質の不攪乱試料が採取できることを実証している。

 第五章では、相模原市で上総層群の泥岩層内部に掘削された地下50mのトンネル内で、鉛直面と水平面のそれぞれで180度の間の異なる方向から試料を採取して系統的に三軸圧縮試験を行うことにより、堆積軟岩の原位置での異方性は小さいことを示すデータを示している。

 第六章では、三軸試験で得られたピーク強度発揮以前の変形特性と、原位置載荷試験および原位置堆積軟岩地盤の挙動から逆算された変形特性を比較している。その結果に基づいて、主としてひずみレベルと圧力レベルの影響を、二次的に排水条件・ひずみ速度・応力履歴等の影響を考慮すれば、室内試験・原位置試験・原位置挙動は相互に整合することを示し、室内試験は堆積軟岩の原位置での変形特性を推定する基本的で重要な方法であることを示している。

 第七章では、堆積軟岩のピーク強度発揮前の小ひずみレベルでの変形特性に及ぼす排水条件、ひずみ速度、圧力レベル等の影響を調べた結果を示している。特に、弾性変形特性に対するヤング率の圧力レベル依存性は、元々の土質の粒径が大きいほど大きくなり、セメンテーションの無い砂礫と同等の依存性を示すようになることを示している。

 第八章では、弾性変形特性に対するヤング率の応力状態に対する依存性を系統的に調べた結果を説明している。すなわち、降伏圧力を越えるまで等方圧縮するとセメンテーションが損傷すること、塑性せん断変形に伴っても同様な損傷が生じ、弾性ヤング率が低下することを示している。また、軸方向の圧縮ひずみに対する弾性ヤング率は、基本的に有効軸応力だけに関数であることも示している。このことは、変形特性の圧力レベル依存性の高い堆積軟岩は異方応力状態では必然的に異方体になることを示唆している。

 第九章では、これまで示した実験結果に基づいて堆積軟岩のピーク強度以前の変形特性のモデル化を行っている。堆積軟岩のピーク強度発揮以前においては、一般に全ひずみ成分における弾性ひずみ成分が占める割合が高いことと、弾性変形特性は原位置で弾性波速度を測定することにより比較的容易に信頼できる値が測定できることを考慮して、弾性変形特性の圧力レベル依存性とせん断による損傷のモデル化をまず行い、次に塑性ひずみ増分と弾性ひずみ増分の比をせん断応力レベルの関数で表している。

 第十章は、結論と今後の展望を述べている。

 以上要するに、本研究は工学的に必要とされているがデータが決定的に不足していた各種の堆積軟岩のピーク強度発揮前の変形特性を、周到な実験計画の下に三軸試験を行うことにより研究し、いくつかの新しい知見を得るとともに、その結果をモデル化したものであり、地盤工学に貢献するところが大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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