日本には、軟岩が広く分布している。東北地方の堆積軟岩、西南日本の風化軟岩、そして、日本列島を縦断する火山軟岩が代表的である。また、平野部の大都市の大深度下においても、堆積軟岩が多く存在している。堆積軟岩を対象とした建設工事も増加の一途で、土木構造物の種類も多岐にわたっている。従って、現在の建設技術には、堆積軟岩に関する課題が急速に増えている。ダムや長大橋梁基礎の長期変形、原子力発電所基礎の耐震性、都市域では高層ビルの基礎に関する地盤の支持力問題も同様である。 堆積軟岩を対象した建設工事の記録によれば、地盤内に生じるひずみは0.2%程度であるという報告が多い。著者が本研究にあたり、直接もしくは間接的に関係した堆積軟岩上に建設された明石海峡大橋のピア基礎や東京レインボーブリッジのアンカレッジ4A或いは相模原市においての大規模実験掘削工事等においても、実際に生じた建設時の変形は、十分小さいことが確認された。これらの現象を考えると、実際の軟岩地盤は、大規模な施工においてさえ破壊から非常に遠い状態にあり、特に小ひずみレベルでの堆積軟岩の力学特性の研究に力を入れる必要がある。室内三軸試験でこの要請に応えるには、微小ひずみレベル10-6〜10-2の節囲における正確な堆積軟岩の変形・強度特性を精密に測定することが重要になる。しかし、このような広ひずみ範囲における一貫した変形係数の研究はまだ不十分である。 大規模重要構造物を設計、施工することを念頭におき、軟岩地盤の変形特性を正確に推定するためには、著者を考える限り、次のような原位置試験と室内試験に関わるいくつかの技術課題がある。 (1)コア試料が乱されると、室内試験により原位置の変形・強度特性が正確に推定できない。その場合、室内試験の意義が低くなる。サンプリングによる乱れはあらかじめ正確に評価しておかねばならない。 (2)初期異方性が大きくなると、堆積軟岩の変形強度特性の設計値の設定は非常に複雑になる。一見、一様な堆積軟岩地盤でも、地殻運動・過圧密に起因する初期異方性があり得るし、堆積軟岩応力状態誘導異方性もあり得る。地盤の変形挙動の予測には、これらの力学性質はどのように取り扱うのが良いのか。 (3)従来、軟岩の変形係数を得るために、原位置でのせん断波速度測定、孔内水平載荷試験、平板載荷試験、室内での超音波速度測定、一軸試験、三軸圧縮試験等、さまざまな調査方法が用いられてきた。しかし、これらの方法で得られた変形係数は相互に著しく異なる上に、これらの値と建設に伴う地盤変形から逆算した変形係数の間で一致しない場合が多い。従来、原地盤の不連続性のためにこのような不一致は当然であると見られ、それ以上深く議論されることはなかった。しかし、変形係数のひずみレベル依存性、応力レベル依存性、サンプリングによる試料の乱れ等を考慮すれば、これらの結果に関連がつくはずであると著者は考える。 (4)堆積軟岩地盤内の掘削工事などにより、軟岩地盤が各種のせん断履歴を受ける。このことより、セメンテーションが損傷する可能性がある。これらの実際工事における大きな繰返し載荷履歴の影響を考慮しなければ、正確な軟岩地盤の挙動の予測は望めない。 (5)大型構造物の建設によって軟岩地盤内に生じる応力は、地表付近における低拘束圧の状態から大型構造物基礎周辺における高拘束圧の状態まで広い範囲にある。これらの巨大構造物基礎の変位量や安定性などを正確に評価するためには、室内要素試験での変形・強度特性に対する影響を正確に評価することが必要条件の一つとなる。 以上の背景のもとで、本研究では相模原の第3紀末期上総層群の堆積軟岩、名古屋知多常滑層シルト軟岩、東京湾口橋3P浦賀海上の上総層群細粒質砂岩と東京湾横断道路浮島セメント改良土を用いて三軸試験を系統的に行い、LDT(Local Deformation Transducer局所変形測定装置)で微小ひずみレベル10-6%以下から破壊後までの変形特性を正確かつ精密に調べた。さらに、種々の室内三軸圧縮試験結果と原位置試験の結果を比較した。以下に具体的検討事項及びそれに関する結論を述べる。 1)同一箇所・同一深度でロータリコアチューブサンプリングで採取した試料(RC試料)と、地盤掘削中のブロックサンプリングにより得た乱れの非常に少ない試料(BS試料)を用いた三軸試験を行い、その結果を直接比較した。さらに、三軸試験で得られた微小ひずみレベルでの弾性変形係数を原位置弾性波探査により得られた値と比較した。 結果として、RC試料は、応力〜ひずみ関係、変形係数〜せん断応力レベル関係、初期弾性係数等のどの試験結果をとっても、BS試料の結果と大きく異なり、サンプリングによる乱れは不可避であると判断できる。特に、試料の乱れは載荷直後の接線変形係数に及ぼす影響が大きい。一方、ブロックサンプリング方法を用いれば、高質な不攪乱試料の採取ができることが分かった。 2)三軸試験において、微小ひずみレベル(0.001%以下)から破壊残留状態までの変形特性をLDTを用いて正確に測定することによって、変形特性のひずみレベル依存性(せん断応力レベル依存性)と載荷速度の影響を調べた。 その結果は、0.001%ひずみレベルでのヤング率E0は、原位置せん断波速度から得られるヤング率Efともほぼ一致する。従って、従来の「静弾性係数」と「動弾性係数」という区別は妥当ではないことを証明できた。原位置の各種現場試験から得られる変形係数・弾性係数と室内三軸試験での変形係数測定結果の違いは、測定ひずみレベルの違いによるものであると結論ができる。 載荷速度の影響については、ひずみ速度は0.001%/min.以下でない限り、堆積軟岩の初期弾性係数に及ぼす影響はほとんどない。しかし、軸差応力の増加に伴い、ひずみ速度の影響が大きくなり、ひずみ速度が小さくなるにつれ、圧縮強度と接線ヤング率は低下する。 3)相模原実験空洞内において、多くの方向でダイレクトコアリングされた堆積軟岩試料を用いて、軟岩試料の固有異方性を調べた。更に、東京湾口橋3P浦賀水道上総層群細粒質砂岩を用いて、拘束圧力20kgf/cm2の範囲での様々な圧密載荷経路を通じて、軟岩試料の応力状態誘導異方性を調べた。 その結果として、相模原堆積軟岩と名古屋知多常滑層固結シルト軟岩に関して、微小ひずみの弾性係数、ピーク強度以前の変形係数と応力レベルの関係、圧縮強度などに強い初期異方性は認められなかった。相模原堆積軟岩の場合では、圧縮試験でのlの方向が原位置での水平面内で南北方向と南西/北東の間にある供試体の強度・剛性がやや大きい傾向にあった。 堆積軟岩の応力状態誘導異方性は、東京湾口橋3P細粒砂質軟岩において、非排水状態の鉛直方向の弾性ヤング率Evは水平応力’hよりも鉛直応力’vに強く支配される。排水状態の実験でも同じ結果であった。すなわち、異方応力状態での鉛直方向の弾性ヤング率は、基本的には軸応力’vだけの関数であり、側応力’hの影響はほとんど受けない。したがって、異方応力状態での弾性変形特性は異方性を示す。異方応力状態になると、過剰間隙水圧の発生の仕方が異方的変形特性の影響を受けるので、「非排水状態での見かけの弾性ヤング率Ev・u=dv/dvはこの影響を受ける。 4)相模原堆積軟岩の三軸圧縮試験において、ピーク強度付近までの大きな繰返し載荷を行い、大きな繰返し載荷履歴によるセメンテーションの損傷を調べた。また、同一試料の過圧密(200kgf/cm2)前・後の三軸せん断試験の結果と同一箇所から採取された過圧密履歴を与えていない試料の三軸せん断試験の結果を比べることにより、過圧密による相模原堆積軟岩のセメンテーションの損傷を調べた。最後に、過圧密試料を用いて、ピークまで繰返しせん断載荷試験を行って、大きな繰返しせん断と過圧密による相模原堆積軟岩のセメンテーションの損傷の相違点を調べた。 この結果として、繰返し三輪試験の載荷中において,過去に受けた偏差応力qの最大値が増加するにつれて,接線ヤング率Etanは徐々に減少した。これは,せん断変形によるセメンテーションの損傷によるものである。堆積軟岩の力学特性は低拘束圧下ではセメンテーションの性質に強く依存するが、拘束圧の増大とともにセメンテーションが破壊されて、非粘着粒状体依存型の力学特性へと順次移行する。堆積軟岩は、超圧密粘土と見なすのは正しくなく、何らかの続成作用により、強いセメンテーションを持つようになったと見るべきであることが分かった。 5)これらの要素試験の結果に基づいて、サンプリングによる試料の乱れ、せん断応力レベル依存性(ひずみ依存性)、堆積軟岩の異方的性質と圧力依存性等を考慮した上で、堆積軟岩の変形特性における損傷関数と塑性化関数を導入し、弾性変形特性を基礎とした堆積軟岩の変形特性のモデル化を提案した。 |