学位論文要旨



No 112190
著者(漢字) 河,東鎬
著者(英字)
著者(カナ) ハ,ドンホ
標題(和) 地下構造の精密探査に対する調和震源の適用
標題(洋) APPLICATION OF HARMONIC SEISMIC SOURCES TO PRECISION INVESTIGATION OF UNDERGROUND GEOLOGICAL STRUCTURE
報告番号 112190
報告番号 甲12190
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3733号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 南,忠夫
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 堀,宗朗
内容要旨

 本論文では等方で一様な半無限弾性体の表面に置かれた点震源から発生する水平調和振動に対する応答解析を行い、弾性体の表面及び任意の深さにおける応答を与える新しい厳密な計算式を導いた。従来の計算式では地表面の応答しか求めることが出来なかったが、高精度な数値積分行うことで振幅と位相を含む複素応答を計算することが出来た。これによって、近年開発されている人工震源波発生装置の性能を評価する理論的な基礎を確立することができた。この人工震源は地下構造の精密検査に必要不可欠なものである。

 この震源が地表面にある場合、表面波という形で大きな応答が励起されるが、これは地下構造を探査する場合、有害なエネルギー損失となる。このようなエネルギー損失は無限弾性体中の水平振動震源では生じることがなく、半無限弾性体でも捻れ振動震源の場合には存在しない。しかし、この人工震源による実体波の放射には顕著な指向性があり、震源の鉛直下方にある円錐形の領域の内部で振動を強く励起できることが分かった。この指向性によって、地表面で大きなエネルギーの損失があっても、応答の大きさは十分深い場所においては無限弾性体のそれにほぼ等しくなる。一方、地表面に捻れ震源を設置した場合の応答の大きい領域は斜め下方向に傾き、震源直下の応答は弱くなる。捻れ震源による応答の減衰はzの2乗とrに逆比例する。水平振動震源に対する応答は振動の外力の振幅のみに影響を受けるのに対し、遠方における捻れ震源に対する応答は振動の外力の振幅だけでなく震源の振動数にも比例する。

 非常に小さな応答を特定するために時間領域でスタッキングを行なう。スタッキングに於いては時刻の誤差が非常に重要である。そこで時計の誤差を効果的に制御できるスタッキングのアルゴリズムを開発した。スタッキングを部分スタッキングと全スタッキングの2段階に分別し、個々の部分スタッキングを関数発生装置の信号を用いて同期させた。すなわち時計の誤差は部分スタッキング間の時間間隔によって制御される。スタッキングされたデータの誤差は関数発生装置の信号を用いることで容易に確認することが出来る。無限長時間のスタッキングもこの方法によって誤差の累積なしに実行できる。そして地震のような異常なデータの取り扱いも非常に容易である。

 野外に於いて小さな調和捻れ振動震源を用いて応用実験を実行した。このために精密な調和捻れ振動震源を開発した。新しく効率的なプログラムがスタッキングに用いられ、表面での応答を検出することが出来た。応答の同定のためにはフィルターと高速フーリエ変換を用いた。非常に小さな[(信号/誤差)比=1/200]表面での応答をスタッキングによって同定でき、本方法の効率性と正確さが確かめられた。

審査要旨

 現在我国では,新しい方式の地下探査技法の開発が進められている。この方法は,人工衛星から発せられる高精度時刻信号を基礎に,コヒーレントな震動を放射するアクティブ探査方式で,在来の方法にはない高い検出能力が期待されているものである。本論文の著者はこの共同研究に参加し,以下のような重要な部分の開発を行なっており,本論文はそれの理論的な部分をまとめたものとなっている:

 1)調和震源そのものやそれのアレイを設計するためには,この人工震源が地下に励起する波動を正確に見積もる必要がある。この目的のために,励起される波動の数学公式を誘導・計算し,結果の分析を行なった。

 2)大きなノイズの中から意味のある信号を抽出する原理は,非常に長時間のスタッキング(重ねあわせによるノイズの消去)であるが,それを実行可能にするためには,時刻を高い精度で管理する必要がある。そこでそのための手法を開発した。

 3)自作した小型ねじりモード震源を用いて検証試験を行ない,本方式が所期の能力を有することを実証した。

 本論文では,まず調和震源の波動励起能力を評価するために,等方で一様な半無限弾性体の表面に置かれた水平モード点震源から発生する調和波動に対する応答解析を行い,弾性体の表面及び地下における応答を与える厳密な計算式を導いている。従来の計算式では地表面における応答しか求めることができなかったが,この新しい公式を高精度で数値積分することにより,地下の任意の点での振幅と位相を含む複素応答を計算することを可能にし,これによって人工震源の波動励起性能を評価する理論的な基礎を確立している。これはアクティブ手法を活用するきめてとなる多数震源のフェイズドアレイ運用の性能評価になくてはならないものであり,高い意義を有していると認められる。

 この波動公式の計算の結果,いくつかの興味深い事実が判明している。震源が地表面にある場合,表面波が励起されるが,これは地下構造を探査する目的からすれば有害なエネルギー損失となる。このようなエネルギー損失は,全無限弾性体中の震源では生じることがない。また半無限弾性体であってもねじりモード震源の場合には存在しないものであり,これまで水平モード震源の重大な欠点と考えられていた。しかし波動公式の計算の結果,水平モード震源による波動の放射には顕著な指向性があり,震源の鉛直下方にある円錐形の領域の内部では振動を強く励起できることを見出している。すなわちこの指向性のお蔭で,地表面で大きなエネルギーの損失があっても,十分深い場所においては,無限弾性体の場合の応答にほぼ等しくなることを明らかにしている。

 一方,地表面にねじりモード震源を設置した場合,応答の大きい領域は斜め下方向に傾き,震源直下の応答は弱くなる。また応答の減衰は深さの2乗と水平距離にそれぞれ逆比例すること,水平モード震源に対する応答は振源の振幅のみに影響を受けるのに対し,遠方におけるねじりモード震源に対する応答は,振動の外力の振幅だけでなく震源の振動数にも比例すること,などの重要な事実を明らかにしている。

 次に,非常に小さな応答信号を検出するために時間領域でスタッキングを行なっているが,スタッキングにおいては時刻の誤差が非常に重要である。そこで時刻の誤差を効果的に制御できるスタッキングのアルゴリズムを開発している。すなわち,スタッキングの過程を部分スタッキングと全スタッキングの2段階に分別し,個々の部分スタッキングを関数発生装置の信号を用いて同期させている。その結果,時刻の誤差は部分スタッキング間の時間間隔によって制御されることになり,また,スタッキングされたデータの誤差は関数発生装置の信号を用いることで容易にモニターすることが出来る。この方法によれば,大域的な時刻管理が容易になり,無限長時間のスタッキングも誤差の累積なしに実行できる。また地震のような非定常的なイベントの取り扱いも非常に容易であると認められる。

 最後に野外で実証試験を実行している。すなわち,これらの手法の能力を検証するために小型の精密なねじりモード震源を製作し,上記の理論に基づいて効率的なプログラムを作成し,記録のスタッキングを行なうことで,理論計算どおりに表面での応答を検出することに成功している。ここでは応答信号の同定のために独自に設計したフィルターと高速フーリエ変換を用いている。この結果,信号対誤差の比が僅か1/100というきわめて雑音の優勢な環境にあっても,応答信号をスタッキングによって検出でき、しかもこの結果から算定される対象地盤の横波速度は,別の物性試験データから得られるものとよく一致している。これによって本方法の効率性と信頼性が検証されたものと認められる。

 以上のように、本研究は、コヒーレントな震動を用いる新方式のアクティブ探査方式について,震源やアレイを設計するために必要な,震源が励起する波動の計算公式を誘導して分析を行なうとともに,大きなノイズの中から信号を抽出することを非常に長時間のスタッキングによって実行可能にするために,時刻を高い精度で管理する手法を開発し,最後に,自作した小型ねじりモード震源を用いて検証試験を行ない,本方式が所期の能力を有することを実証したものであり,高性能の地下構造探査システムの開発に大きく貢献するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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