内容要旨 | | ノースリッジ地震や阪神大震災の後,断層に関する関心が高まっている.地盤を堅い基盤と柔らかい表層部に区分すると,地表地震断層は表層部を走る断層であり,地震によって基盤の断層がずれる際,表層部の底部から引き起こされ,内部を通って表面に達して形成される(図1参照).活断層の付近で潜在的に直下地震の可能性が高い地点に土木構造物を建設する際,地表地震断層のもたらす脅威を評価することが望まれる.脅威評価には,地表地震断層の発生・伝播過程の本質を理解し,起こりうる強震動や地表変形を予測する解析方法を構築することが課題となる.本研究の最終目標はこの解析手法の開発にある.目標達成に向けて,地表地震断層の発生過程のメカニズムを明らかにし,そして伝播過程を再現しうる解析手法を開発する,という2つの研究を行った.得られた知見を以下に整理する. 地表地震断層の概念図 第1の目的は,地表地震断層の発生過程メカニズムの解明である.地殻内の断層に沿う地震断層が地表面に達することが予想されるが,実際は概ね規則正しく配置した断層が適当な傾きと間隔をもって地表に到達する.したがって,この周期的な断層の発生過程を明らかにすることがターゲットである.同様な周期クラックの形成は,地盤材料や脆性材料に比較的高い拘束を与えながらせん断力をかける場合に観察される.形成されるクラックのサイズは,地震断層の100mのオーダーから,粘土のリーデル線の1mmのオーダーまで広い範囲にある.しかし,クラックの向きや大きさに対する相対的な間隔はほぼ同じである.したがって,周期クラックの発生には共通のメカニズムがあることが予想され,本研究では,クラックの発生時の分岐がそのメカニズムであることを仮定した. 仮定されたメカニズムを検証するため,2次元周期構造を用いたモデルを作り,周期クラックの発生の解析を行った.クラックのサイズ,方向,間隔は任意であり,遠方でせん断応力と拘束圧を受ける境界条件を設定した.発生時の分岐を調べるため,トータルポテンシャルエネルギーを拡張し,周期構造の変位とクラックの形状に関するエネルギー汎関数を定義した.この汎関数のオイラー式は,与えられたクラック形状に対して変位の満たす境界値問題と,クラック発生に一定の表面エネルギーが消費されるという破壊基準の2つである.等価介在物法を用いて変位場の半解析的な近似解を計算し,破壊条件を満たすさまざまなクラックの形状に関してエネルギー汎関数の値を求めたところ(図2参照),エネルギー汎関数を最小値とする適当なクラック形状があることが示された.このクラック形状は,周期構造のひずみエネルギーを最小化するため,クラックが発生する場合にはもっとも起こりやすい形状である.実際,サイズ,方向,間隔といった形状は,観察される地震断層やリーデル線の形状と一致している. 破壊基準を満たすクラック形状でのエネルギー汎関数 エネルギー汎関数を最小化させるクラック形状の特徴を明らかにするため,定義されたエネルギー汎関数の数学的構造を詳細に調べた.この結果,方向や間隔というクラックの形は物性に強く依存しないが,サイズは表面エネルギーに依存して変化することが示された.前述のように,周期クラックの形成はさまざまな材料に共通する現象であり,サイズを別とすれば現れるクラックの形がほぼ同一である.エネルギー汎関数を最小化させるクラック形状が物性に強く依存しないという結果は,観察事実と整合しており,クラック形成の際の分岐が共通のメカニズムである,という仮定の妥当性を支持するものと考えられる. 形成過程のメカニズムが解明されたため,周期的な地表地震断層が表層部を伝播する過程を再現するための,合理的な解析手法の構築を研究の第2の目標とした.地表地震断層が表層部を伝播する際,底部等で断層が分岐を起こすことが知られている.現在までにさまざまな解析手法を用いた数値シミュレーションの手法が提案されているが,この伝播過程に関して統一的な見解を得るには至っていない.これは,分岐を起こす断層伝播の数値シミュレーションが難しいためである.第1の研究で得られた知見を基に,本研究の目標とする数値解析手法は,地表地震断層をクラックとしてモデル化し,伝播過程をシミュレートするものとした. 変位の不連続面である断層をクラックとしてモデル化する場合,破壊力学に基づいたクラック伸展の解析が必要である.解析のターゲットは,地表地震断層の伝播経路を推定することであり,基盤のずれの微小な増分に対する断層経路の微小な増分を求めらることになる.通常,応力拡大係数のような破壊力学のパラメータはクラックの微小な伸展経路に関して陽な形で求めることができないため,試行錯誤によって適当な伸展経路を見つけざるをえない.すなわち,さまざまな伸展経路について,変位場の境界値問題を解き,破壊パラメータを計算し,破壊基準を判定して,想定された経路の妥当性を調べることになる.地震断層の伝播過程は分岐が伴うため,試行錯誤の解析方法では計算量が膨大なものとなる.これを回避するため,本研究では微小な伝播経路を見いだす新しい解析手法を提案した.この方法の最大の特徴は,クラックの伸展に伴う変位の変化を変位レイト場として定義し,変位レイト場が満たす境界値問題を設定したことである.境界値問題には伸展経路の曲率の影響が自然な形で取り込まれており,この解から直ちにクラック伸展の滑らかなカーブを得ることができる.提案された解析手法は一般性が高く,他のクラック伸展問題に汎用的に適用することも期待できる.なお,解析手法の妥当性の検証のため,解析解を持つ例題について,境界値問題から得られる変位レイト場が解析的に計算される変位レイト場と一致することを確認した.さらに,地表地震断層の伝播シミュレーションに際しても,境界値問題の数値解となる変位レイト場が,断層伝播前後の変位場の差分から計算される変位レイト場と十分良く一致することも検証している. 変位レイト場を用いた解析手法を用いて,地表地震断層の形成過程のシミュレーションを行った(図3参照).この結果,本研究で開発した解析手法が,伝播過程の主要な特徴を再現することが示された.例えば,基盤の断層が60度の傾斜角を持つ場合,傾斜角が地表付近で増加する傾向にあることが示され,地震断層が地表に達することに必要な基盤のずれの値は既存の実験結果と一致した.また,弾塑性解析を用いた既存の解析手法と遜色のないことも示された.以上の結果を基に,地表地震断層が地表面に達する前後での,地表の変形の様子をシミュレートした.断層先端が表面に達する直前から,地表変形が急激に増大することが示された.したがって,地表変形の大きさは,断層が表面に達するか否かが鍵を握ると考えられ,これに支配的な影響を与える地表部の強度(破壊靭性)について検討した.提案された方法は地震断層の分岐解析にも有効であり,より実際的な設定で地震断層の発生・伝播シミュレーションを行うことを将来の課題と考えている. 地表地震断層の伝播シミュレーションの例 |
審査要旨 | | 本論文は,地表地震断層の発生・伝播の過程をシミュレートする解析手法の構築を目指したものである.論文の骨子は,地盤を硬い基盤と柔らかい表層部に分けた場合,基盤の中を走る地震断層から発生し,表層部を抜けて地表に達する地表地震断層をせん断亀裂としてモデル化し,「どのような形状の亀裂が最も発生しやすいか」という問題と,「どのような形状で亀裂が伸展するか」という問題の2つを設定し,一般的な解析理論とそれに基づく解析手法を提案し,数値計算の結果を実測値や実験データとの比較から,その妥当性を検討する,というものである. 本論文に関する審査会の評価は,論文の質に関しては特に問題となることがない,という意見が主であった.地表地震断層の発生・伝播というテーマが,阪神大震災以来,さらなる発展が強く望まれている地震学・地球物理学と応用力学・応用数学の境界領域を目指す意図であることや,数値計算を念頭においた数理モデルや解析理論の構築と,それに基づく解析手法の開発という趣旨は,十分理解できるものであることは強調された.なお,審議は,次の具体的な3項目に関して,集中して行われた. 第1の点は,計測データや実験結果との整合性である.亀裂の発生を分岐問題として定式化できるよう,亀裂形状と変位場に関する新しい汎関数を定義した点や,亀裂の伸展に伴う変位や応力の変化を境界値問題の解として求めようとする点等,本論文の解析理論や解析手法は応用力学・応用数学の色彩が濃い.したがって,解析理論や解析手法の妥当性を裏付ける計測データや実験結果に関して十分な比較がなされているか否か,また,比較の結果が良好なものか,が具体的な審議の中心となった.比較に関しては,ねじりせん断試験という新しい試験方法に基づく実験観察との整合性,解析的に計算できる理論解との比較,そして,利用できる他の研究者達の計測・実験結果の比較がなされていることが強調され,比較の結果も満足に足るものであることが示された.特に、本論文の中で示されたリーデル線ねじりせん断試験での観察結果の重要性が確認された.なお,リーデル線実験は,地表地震断層のモデル実験であり,通常,矩形のサンプルを横滑りさせることでせん断亀裂を発生させるが,この際,境界の乱れを除くことが容易ではなく,不安定な分岐現象であるせん断亀裂の発生に何らかの影響があることが懸念される.ねじりせん断試験では円盤状サンプルをねじることで境界の影響を完全に除去し,また,コントロールも容易であるため,リーデル線発生実験の新機軸となりうるものである. 第2の点は,解析手法の発展の方向である.本論文では,発生する亀裂形状の決定と亀裂形状の変化に伴う場の変化がターゲットであったため,2次元状態,線形弾性体,準静的過程の3つを仮定して地表地震断層を亀裂としてモデル化し,最も簡単な問題設定を行っている.構築された解析理論がこのような仮定を外しても正しく成立するのか,また,解析手法も3次元状態,弾塑性体,動的過程にも対応できるかが議論された.この点に関して,モデル化の際には相当の単純化・理想化がなされているが,解析理論自体は極めて一般性の強いものとなるように構築されていることが示された.また,この結果,解析手法の拡張も容易であることも説明された.なお,圧縮応力下でのせん断亀裂の伸展は,必ずしも,容易に再現できる現象ではなく,また,引張応力下での亀裂の伸展と異なりメカニズム自体も明確にされていないことが指摘された.本論文では,せん断亀裂の伸展のメカニズムを解明することが直接の目的ではなく,せん断亀裂が伸びるとすればどのように伸びるかを決める手法であることが説明されたものの,今後,地震断層や地震の解析をする上で,圧縮応力下での亀裂の伸展が大きな課題となることに関しては了解された. 第3の点は,本論文の実用性である.日本国内で,直下地震は比較的数十年の単位で起こるとしても,各地点毎では数百年〜数千年のオーダーでしか発生しない.このため,実際の土木構造物を計画設計する際,地表断層の発生や伝播に伴う強震動や大規模な地表変形の影響をどのように考慮するかは,必ずしも明確ではない.この点について,非常に高い安全性を要求される原発や,超長期の供用が予想される高レベル核廃棄物処理施設の建設・計画が対象となっていることが説明された.しかし,地震断層や活断層の動きに関しては,地震学内でも統一した見解が得られていないという指摘もあり,地震断層問題をどのように工学的に扱うべきかに関しては,現状では,結論が出しづらいことは事実である.しかしながら,地震断層の発生や伝播に対する数値シミュレーションを開発し,被害の想定や評価を評価することは,合理的な方法の一つであることは確かであり,この意味で有効性に関しても期待がもてることが示された. 以上の点に関しても,本論文では,現時点での十分な検討がなされていることや,また,将来の課題として明確に問題点を示していることが審査会で示された. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. |