軟弱地盤の地震応答の大小は被害に直結する重要な因子であり、これを予測する地震応答解析の精度を高めるため、過去に多くの努力が払われてきた。応答解析においては、計算理論の重要性もさることながら、地盤をどのようにモデル化するか、そして土の動的変形特性をどのように計算に取り込むか、が無視できないポイントである。従来は、地盤を要素に分割してその内部では土の性質が均質である、と考え、土の変形特性のデータには現場や実験室での測定値を使用してきた。しかし解析結果は満足できないものであることがしばしばあり、特に軟弱地盤では問題点の多いことが従来から指摘されてきた。 本研究は、地盤の性質は空間的に連続変化するものではないか、そして、振動している土の変形特性は振動している中で測るべきではないか、との視点に立っている。大型のせん断土槽を新たに製作し、その中に水平地盤の模型を設置し、振動台の上で加振した。振動している土の変形特性を測定するために、模型地盤中で記録した加速度記録を変換して、応力とひずみの時刻歴を導いた。測定データを考察した結果、変形特性と載荷周波数および地震慣性力との関係、土の性質の深さ方向変化について、重要な成果を得ることができた。 第一章では現状の問題点や研究の背景を説明した。そしてそれに基づき本研究の目的を、土の動的変形特性を実際に振動する状態で計測することに定めた。 第二章は既往の研究の整理分類である。まず土の動的変形特性に関して既往の実験および調査方法を振り返り、そこから得られた成果を列挙した。土の動的変形特性を調べる方法には、実験室の要素試験に頼る手法と原位置の波動伝播速度を測る方法とがある。要素試験には繰り返しせん断試験で応力ひずみループを記録する種類と、共振法試験のように高周波数で実施されるものとがある。これらはいずれも大きな成果を挙げてきた。しかし本研究の視点からすれば、土試料に大きな加速度が生ずる、ということがない。これは土粒子に作用する慣性力がごく小さい、ということであり、たとえば交番する慣性力によって土粒子のかみ合わせ構造が撹乱されない。周波数についても、繰り返しせん断試験はゆっくりと準静的に行われ、共振法試験は高周波で実施される。その間を埋める手法が存在しないとともに、共振法試験には発生できるひずみレベルに上限がある。原位置の波動伝播計測も、周波数は高いながら、ひずみレベルや加速度(慣性力)は微小であることが指摘された。 第三章は、研究に使用した装置および土試料について説明している。本研究では模型地盤を格納するために新たにせん断土糟を製作した。これは11層に積み重ねられた鋼性のわくからできており、層と層との間には精密なベアリングをはめ込んで、層同士がなめらかに滑ることを可能にしている。また、わくの両端の壁は回転でき、内部の土が現実の地盤に近いかたちでせん断変形できるようにした。これにより振動実験時に模型地盤がロッキング振動することを防止している。実験に使った土は、豊浦砂の他に砂礫がある。 当初の計画では、せん断土糟の外側でわくの変位を計測し、変位の高さ方向の差から土のひずみを推定することになっていた。この方法はわくと土とが同じ変位をすることを前提にしているが、検証の結果、これは正しくないことがわかった。そこで地盤内部で振動加速度(水平方向)を計測し、これを時間について二度積分して変位を得た。さらに、地盤内のいくつかの深さで測った加速度を線形補間して加速度分布を決め、地表から加速度を深さ方向へ積分することによって(正確には積分値に土の密度をかけることによって)、せん断応力の値を決定した。この方法は時々刻々の応力とひずみを推定することができ、応力ひずみループを描くことも可能である。 第四章以降は実験結果の報告およびその考察である。第四章では、模型地盤の下端を横向きに打撃してS波を発生させ、これが上へ伝わる様子を加速度計で順次観測した。S波の走時からS波速度Vsとせん断定数Gを決定する方法であり、原地盤の調査でよく用いられているのと同じ原理である。発生するひずみはごく小さい。計測した加速度時刻歴の相互相関関数を計算し、二カ所の深さで得られた記録の間で相関が最大になる時刻差を、S波の伝播時間とした。また、打撃に続く自由減衰振動から、地盤全体の平均的な減衰比を推定した。有効応力の微小な地表付近でも、Vsはなお40m毎秒程度はあること、せん断ひずみが0.01%のオーダーでなら減衰比は10%前後であることが、報告された。 第五章では地盤を一定加速度と周波数で加振し、応力ひずみループを描いた。ループの形から、ひずみ振幅、せん断定数、減衰比が決定できる。この作業の途上で手法の限界も認識された。すなわち伝播するS波の波長が加速度計の間隔の6倍より短くなると、測定された応力ひずみが真のものからかけ離れてしまうのである。以後のデータ解析では、この点に特に注意を払った。測定結果から、せん断定数や減衰比がひずみ振幅に依存して変化すること、せん断定数は有効応力に影響されやすいこと、これら物性は深さとともに連続して変化することが、示された。測定されたせん断定数の特徴は、同様の低拘束圧の下で従来の要素試験が報告したせん断定数より、大幅に小さいことである。また測定値を詳しく整理してみたところ、中ひずみ域では周波数とともにせん断定数が増える傾向があること、しかし慣性力の大きい時(加振加速度の大きいとき)にはひずみも大きく、かつ周波数依存性が無くなること、がわかった。これらをまとめ、せん断定数には周波数とともに増える性質(粘性のような性質)と慣性力の撹乱によって小さくなる性質の両方がある、と結論した。また減衰比の測定値も従来の要素試験結果よりかなり大きいが、これには周波数依存性(粘性)と慣性力の撹乱の両方の影響が重複している、と推定した。 第六章では、水で飽和した砂地盤の動的変形特性を議論している。地盤は液状化するので応力ひずみ曲線の形は時間とともに変化し、有効応力がごく小さくなったときにはS波波長も短くなり、測定結果は信頼できなくなる。信頼できる範囲のデータによれば、液状化に近づいたときの砂では、ダイレイタンシーによって有効応力が一サイクル中でも激しく変動し、それとともにせん断剛性にも変化が激しく、応力ひずみループは反り返ったような特徴ある形を示した。 第七章では原地盤に設置された地震計の鉛直アレー記録を利用して、第六章と同様の研究を行なった。それによると、過去の地震で液状化して大変形した地点では、反り返ったような応力ひずみ曲線が再現された。1995年の兵庫県南部地震のときの記録では、ひずみ振幅がこれより小さく、応力ひずみループの反り返りははっきりしていない。しかし、震動初期に比べて液状化した後期で土が軟弱化していることは、明らかに観察された。 第八章では地盤の地震応答を計算する手法を提案した。この方法はまだ原理的なものを示すに過ぎず、実用の段階には達していない。第五章で示されたように、土の動的性質は深さ(有効応力及び地質的年齢)とともに連続して変化する、と見るべきである。そこでこの手法では、せん断定数と減衰比が深さ方向に連続して変化する、と考えて波動伝播方程式を作った。従来の解析は、連続変化を充分意識しておらず、実務では往々にして、有限要素の境界で物性が急変する地盤モデルの例もあった。物性の急変はS波の反射を起こし、本来地表まで達すべき震動エネルギーを途中で地下へ戻してしまう。その結果、地震応答の計算値が過小になる結果を招いていた。今回の計算ではこの点が是正され、応答の計算値が従来より大きくなった。減衰比=0のときには振動の厳密解がある。今回開発した手法の精度を確認するため、厳密解と今回の計算値を比較したところ、両者は完全に一致した。 第九章は全体の結論を整理し、また今後の研究課題を要約している。 以上を要するに本研究は、精密なせん断土糟を製作することによって、土の動的性質を振動している状態で測定したもので、過去の実験研究に例を見ないものである。その結果として、せん断定数や減衰比に対する周波数や慣性力の影響について、知見が得られた。また液状化地盤の挙動についても詳細な情報が報告された。そして実験結果を利用して地盤の地震応答解析法のあるべき姿を提示することにも成功している。これらは地盤の地震工学に貢献するところが大きく、よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |