学位論文要旨



No 112193
著者(漢字) ウィンクラー,ティボール
著者(英字) Winkler Tibor
著者(カナ) ウィンクラー,ティボール
標題(和) 個別要素法を用いた剛体ブロックの加振時の転倒挙動に関する研究
標題(洋) Overturning of Rigid Blocks Due to Dynamic Excitation Based on the Distinct Element Method
報告番号 112193
報告番号 甲12193
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3736号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 片山,恒雄
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨

 地震は構造物に作用する荷重を支えるフレーム構造などの1次システムに損傷を与えるだけでなく,構造体の内部に設置された様々な設備や家具などの2次システムにも被害をもたらす.耐震技術が未熟であった時代は,前者の被害が重要であった.しかし最近は,耐震設計並びに施工技術の進歩によって,構造物そのものの被害が減少してきていること,高価な設備や家具が用いられていること,また地震時のそれらの転倒や移動などの挙動が屋内での人的被害の主因となってきていることなどを理由に,相対的に後者の地震時の安全性が問題となり,結果として,設備や家具の地震時の挙動が注目を集めている.設備や家具の地震被害の危険性を評価するためには,当然のことながら屋内設備や家具が地震時どのように挙動するかを正確に理解することが不可欠である.しかしこれらの挙動は,非線型性が高く非常に複雑であるために,理論的な手法による解析は現実的には不可能である.そこで本博士論文では,単体の剛体ブロックやそれらを組み合わせたものが動的応答の結果として転倒する危険性を個別要素法(DEM)を用いて正確に把握する手法を探る.DEMは複雑な境界条件や複雑に組み合わせたブロックの挙動を扱える手法であり,多数の複雑な前提条件の下で初めて解析が可能となる従来の手法に比べて,実際の現象を物理的にごく基礎的な仮定のみから解析できる手法である.

 本論文ではまず最初に,剛体の床の上に置いた剛体ブロックの動的挙動へのDEMの適用性について調査した.すなわち,振動台を使った実験と理論解に基づく2つの手法,さらにDEMを使った数値シミュレーションの3つの方法を用いて,剛体ブロックがロッキングを開始する基準と転倒する基準を求め,これらの結果を比較することによって,DEMが剛体ブロックの動的挙動解析に高い適用性を持つことを確認した.なお,ここで用いた理論的な2つの手法とは,1つは古典的なロッキング挙動の理論解であり,もう1つは複数の応答モードを考慮した理論解である.また,ブロックに作用させる振動外力としては正弦波振動を用いた.

 何種類かの単体ブロックを用いた上記の3つの手法を用いた解析結果の比較から,ロッキング挙動の始まる基準はどれもが良く一致した.結果に見られた僅かな差は,実験と理論解におけるブロックと床との間に生じる様々な条件の違いによるものと考えられる.すなわち,試験体である木製ブロックの角の変形やブロックの挙動によって生じるコントロール不可能な振動台の上下動の影響などである.なお,幾つかのブロックに関しては,実験によって転倒の基準を得ることができなかったが,これは用いた振動台の性能の限界によるものである.しかし,これらについても,複数モードの組合わせを行う理論的手法の1つとDEM解析を用いた結果によれば,加速度振幅には大きな差があるが,定性的にはよい一致を示している.転倒挙動に関して,古典的な理論解を用いた解析結果が実際と矛盾するのは,この手法ではブロックと床面との滑りや離れなどの非線型挙動を許容しないためと考えられる.一方DEMを用いたシミュレーション結果と実験結果は,数ヶ所の例外を除いて全体的には良い一致を見ている.これらの結果から,材料定数や時間増分について十分な配慮をすれば,DEMは単体の剛体ブロックやそれらを組み合わせたものの動的挙動解析に適用できることが確かめられた.転倒挙動に関する従来の研究は,主に決定論的な手法を用いて行われてきた.単純なロッキングモデルに関して,統計的な手法を用いて行われた研究が例外的にあるにすぎない.これまでも,転倒挙動に関する問題が決定論的に扱えないことが証明され,解析において前提とする仮定はなるべく単純なものとすべきであることが指摘されている.本論文では2番目にこの点に関する研究を行った.すなわち2次元問題として,四角形の単体剛体ブロックの地震時の転倒挙動をDEMを用いて統計的に解析している.この研究の斬新な点は,転倒挙動の基準を,信頼性の高い応答解析に基づいて,定量的な確率の問題として取り扱っている点である.本研究の主たる目的は,単体ブロックの転倒の危険性を評価するために,簡単な手法を用いて定量的に正確な基準を求めることである.さらに,より複雑なケース,例えば,剛体の壁とブロックとの相互作用を考えた場合の基準,外力として上下の振動を考慮した場合や建物の振動特性を考慮した上での基準などについても同様に求めることである.

 次に実際の地震動を受けるブロックの挙動を把握するために,10地震で得られた60組の地震加速度記録を用意し,これを用いてブロックの挙動解析を行った.異なる特性の地震動に関する応答を知るために,ここで選んだ地震記録は,強さと周波数成分が異なる記録である.危険度を評価する目的から,地震記録は最大加速度(PGA)と最大速度(PGV)を用いてその特性を評価する.ブロックの回転角の変化に見られる傾向を調べることによって,入力地震動のPGAとPGVの差によるブロックの動的挙動特性の変化を調査した.転倒の起こる確率を,まずPGAとPGVのそれぞれ1方を用いて算出し,次にPGAとPGVの両者をパラメータとした場合について検討した.そしてそれらの結果に基づいて,各々のケースにおける転倒被害の危険性を評価した.PGAをパラメータとした場合,転倒確率はPGAが大きくなると共に高まるが,その増加率は転倒確率が高くなるに従って低下する.同様のことがPGVをパラメータとした場合にも見られる.PGAとPGVの両者をパラメータとした場合には,次のようなことがわかった.ブロックを転倒させるためには,PGAとPGVの両者がある範囲以内になくてはならないこと,転倒確率はPGVの増加にともなって劇的に高まるが,PGAに関してはそのような傾向は見られないことである.これらの結果から,ブロックの転倒挙動を予測するには,PGAとPGVの両方の指標を用いる必要性があることが判明した.しかし,PGAとPGVの両方の指標を用いて転倒確率を評価するグラフの作成は多少複雑であるため,より簡便な手法で転倒確率を検討するには,例えば1つの指標のみを用いて転倒確率を検討するような場合には,PGVを用いるべきである.同様な手法を用いて,より複雑な境界条件を持つブロックの転倒確率曲線が求めることができ,これまで用いられてきた手法よりも高い信頼性で地震危険度の評価を行うことができる.

 3番目として本研究では,実際の地震時の屋内収容物の転倒挙動を把握するために、剛体の転倒挙動と地震による建物の応答解析を組み合わせたシステムを構築した.すなわち,自由地盤の地表で記録された地震記録から建物の各階の床の応答を求め,その床応答を対応する階に設置された家具への振動外力として作用させて,地震時の家具の挙動をシミュレーションする解析システムである.このシステムを用いることで地震時の挙動を考慮した安全な家具の位置や配置の仕方が適切に決められる.

 以上のように本研究で目的とした3つの課題は十分に達成された.ここで得られた研究成果を,家具を代表とする屋内収容物や設備の地震時の転倒危険度の評価と対策に適用することによって,移動や転倒など,家具や設備の地震時の挙動を原因として生じていた屋内での人的被害や物的被害が大いに軽減されるものと思われる.

審査要旨

 地震よる室内機器や家具などの転倒は,経済的な損失ばかりでなく,人的被害の原因ともなりうるので,その動的挙動を正確に把握することは重要な課題である.しかし,このような剛体ブロックの動的挙動は非線形性の強い問題であり,その解法は古くより幾つか提案されているが,複雑な条件を扱えるものはほとんどない.また実用的な転倒予測式も,限られたものしかないのが現状である.このような背景より,本論文では,剛体ブロックの地震時の転倒に至る挙動について,個別要素法(DEM)と呼ばれる数値解析手法を主体として,総合的な検討を行った.

 論文は全6章から構成されており,まず第1章では,研究目的を述べて,研究の位置づけを明確にするとともに,論文の全体構成を概述している.

 第2章では,剛体な床上に置いた剛体ブロックの動的挙動のシミュレーションにおけるDEMの適用性について検討した.木製ブロックを用いた振動台実験,理論解に基づく2つの手法(古典的理論解および複数の応答モードを考慮した理論解),さらにDEMを使った数値シミュレーションの計4つの方法を用いて,正弦波入力下でのブロックのロッキング開始および転倒に至る入力動振輻を求めた.何種類かの単体ブロックを用いた実験結果と数値解析結果は,ロッキング開始の振幅および転倒する振幅について,いづれも良く一致した.結果に見られた僅かな差は,実験と解析における様々な条件の違いによるものと考えられる.

 複数の木製ブロックを重ね合わせたり,ブロック背面に壁があるような条件下では,理論解は適用できないため,このような条件下での実験結果と,DEMによるシミュレーションの比較も行った.その結果,DEMは,転倒に至るまでの挙動を非常に良く再現していることが示された.これらの結果より,DEMが単体および複数の剛体ブロックの動的挙動予測において,高い適用性を持つことが確認された.

 第3章では,立方体ブロックの水平1方向加振に対する,実用的な転倒予測式の開発を行った.転倒挙動に関する従来の研究は,主に決定論的な手法を用いて行われ,確率統計的な手法を用いて行われた研究は少ない.しかし転倒挙動は,極めて偶然性に支配される問題で,入力地震動の最大加速度や最大速度などの指標から,明確な転倒および非転倒の境界を引くのは極めて困難である.また,実際の屋内収用物の状況を考えた場合,入力となるのは,それの設置された床面の地震応答時刻歴波形である.この章では,構造物の影響が小さい場合を想定して,自由地盤で得られた地震加速度波形を60個準備し,これらを振幅を調整してさまざまな単体ブロックに入力し,統計的に転倒基準を構築することを考えた.これらの波形は,主として最近の10地震で得られた加速度記録であり,地震動のスペクトル特性や継続時間などになるべく幅をもたせるように選定した.転倒予測式は,これまでも最大加速度または最大速度がよく用いられており,本研究でもこれらを単独にまたは両方組み合わせて用いた.

 単体のある大きさのブロックの転倒率は,最大速度または最大加速度を単独のパラメータとして,また,両者をパラメータとして表現することができた.しかしこの関数は,ブロックの幅(B)と高さ(H)の比(B/H)および大きさ(たとえばH)に依存する.しかし,正弦半波でブロックが丁度転倒する速度振幅または加速度振幅で,最大速度および最大加速度を除して規準化すれば,B/Hや大きさに依存しない関数で,転倒規準を一元的に表現することができた.この提案式は,ブロックの寸法と最大速度および最大加速度を与えれば,転倒する確率が得られるもので,地震時の屋内収用物の安全性を評価する上で,極めて実用的かつ信頼性の高いものである.

 第4章では,第3章で得られた結果をさらに一般的にするために,建物の異なる階にブロックが設置されている場合および,上下動を水平動に加えて考慮した場合について,同様の単体ブロックの転倒シミュレーションを行った.建物の例として1次固有周期が約1秒の10階建て建物を用い,その1階(地盤上),5階,および10階にブロックが設置されているとし,それぞれの階での床応答時刻歴を計算して,最大床応答速度および最大床応答加速度を用いて第3章と同様の整理を行った.その結果,最大床応答加速度と転倒率の関係は,ブロックへの入力動のスペクトル特性が階により異なるために,階により多少差がでてきた.しかし,第3章で提案した規準化加速度を用いれば,この差はほとんど見られなくなる,また,最大速度については,床応答で整理すれば,階による転倒率の違いはほとんど見られなかった.

 また,上下動と水平動を同時に入力した結果は,多少のばらつきはあるものの,規準化最大速度および規準化最大加速度の関数とすると,水平動のみを入力した場合とほとんど転倒率に変化がないことが分かった.以上より,建物の各階の床応答を求めておけば,また上下動を考慮した場合でも,第3章の転倒提案式はそのまま使えることが確認できた.

 第5章では,詳細な転倒予測シミュレーションの実例として,建物応答解析により床応答時刻歴を求め,これを入力として屋内収用物のDEM解析を行うシムテムを実際に構築し,例題を示した.転倒に関する詳細な評価や,転倒防止器具の効果などを検証するには,このような手法は有効と思われる.

 第6章では,結論として本論文で得られた知見をまとめている.

 以上述べたように,本論文は,剛体ブロックのロッキングから転倒に至る挙動を,任意の2次元状態下でシミュレーションする手法を提案しその精度を検証するとともに,この方法を用いて実用的かつ精度の高い転倒予測式を構築している.これらの研究成果は,地震工学の発展に貢献するとともに,都市住空間の安全性の向上に寄与するところが大と判断される.

 よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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