構造物・基礎・周辺地盤の地震時の相互作用は、地震工学の大きな問題のひとつであり、これまでにも多くの解析的・数値的な研究がなされている。しかし、原子力発電所や吊橋・斜張橋などの建設が続いているわが国にあっては、この問題が大規模な基礎の耐震設計における重要な問題であることはまだ変わらない。これまでの経験から、地震荷重のように高いレベルの荷重を受けるときには、地盤-構造物系が大きな非線形性を示すことが知られており、通常の古典的な設計手法ではこのような変化は考慮できない。また、相互作用現象のいくつかは構造的に有利な影響を及ぼすこともあり、それらを適切に考慮することによって経済的でしかもエレガントな構造物の設計と建設が可能になる。 この研究が従来の地震時相互作用の研究ともっとも異なるのは、あくまでも実用を指向しているところである。今までにも、相互作用効果を高い精度で説明することができる洗練された解析的・数値的な手法はあった。しかし、実際の耐震設計への応用という観点に立つと、手法が厳密であるだけでは不十分である。現実に即して問題を解決するためには、いろいろな相互作用現象の影響を「工学的に適切な範囲」で考慮することが大切であるし、入力パラメータについても工学的に有用な結果が得られる精度で与える必要がある。 このような実用に耐える手法を開発するためには、実際の構造物に近い大規模な地盤・構造物系の応答を実測と解析によって理解する必要があり、実験的・実測的な研究とケース・スタディーの積み重ねが重要である。しかし、現在のところ、フリー・フィールドの地震記録や土圧を含む実構造物の応答に関して、きちんとした解析に耐えるレベルのデータは多いとは言えず、それらのうちでも公開されているものはほんの少ししかない。 この論文は、性質の異なる地盤に埋め込まれた基礎を持つ3つの大規模構造物の動的応答のケース・スタディーを示している。すなわち、東京大学生産技術研究所の千葉実験所に建設された鉄筋コンクリートのモデルタワー、花蓮(Hualien、台湾)の原子力発電所の建屋モデル、東神戸斜張橋である。とくに最後のものについては、1995年1月の兵庫県南部地震のときに得られた記録を解析の対象としている。 鉄筋コンクリートのモデルタワーは、地上12.5m、地下2.5m、平面形状は8角形で、8角形の対辺間の長さは5.3mのほぼ剛体とみなせる構造物である。このモデルタワーは、地盤-構造物の相互作用効果を確認するため、東京大学生産技術研究所の千葉実験所に建設されたものであり、基礎は柔らかい地盤に埋め込まれている。多数の実地震記録が得られており、とくに1987年の千葉県東方沖地震のときには、地表で約300ガル、タワーの頂部では700ガルを超える最大加速度が記録された。これを含む8つの地震記録と常時微動観測結果を用いて相互作用の影響が検討されている。 花蓮の原子力発電所の建屋モデルは、地盤と構造物の動的相互作用を研究する国際的プロジェクトのためにつくられたものである。モデルは円筒形で、地上11.6m、地下5.0m、直径約10mで、固い地盤上に建設され、その周辺は粒度分布のよい砂利で埋めもどされている。このモデルに関して、強制振動実験、常時微動計測、および実地震に対する応答解析が行われている。 これら2つのケーススタディーの結果から、適切な地盤パラメータさえ求められれば、相互作用の影響は、スウェイ-ロッキングモデルによって良好にシミュレートできることを示している。すなわち、千葉のタワーの場合は、地盤の非線形性と基礎壁面の地盤からの剥離の影響を考慮した地盤パラメータを用いることが大切であり、花蓮の建屋モデルの地盤のパラメータは、地盤を連続体として扱う手法、または「Flexible Volume Substructuring Approach」を用いた有限要素法によって地盤パラメータを求めるのが適当としている。 また、これらの2つのケースについては、地震動の最大速度と地盤定数の経験的な関係を求めている。本論文で示されているような解析が行えるレベルのデータセットが増えてくれば、構造物系の簡単なモデル化と組み合わせて使うべき地盤パラメータを経験的に予測できることになり、相互作用の解析が耐震設計の一部として確実に定着して行くことになろう。 これら2つの解析から得られた知識を、さらに実際的な複雑な問題に応用することが試みられている。すなわち、1995年1月兵庫県南部地震の際の東神戸斜張橋の挙動の評価である。この橋は、橋長885m、高さ146.5mのH型のタワーを持っている。主橋脚は、特性の異なるいくつかの土層に深く埋め込まれた35mx32m、深さ26.5mのケーソン基礎で支持されており、それがさらにくい基礎で支えられている。タワーに3台、タワーから50m離れた地下1.5mと34mに合計5台の地震計が設置されており、兵庫県南部地震のときに地下34mで443ガル、タワー頂部で1000ガル以上(振り切れている)の最大加速度が記録された。この場合についても、有限要素法で地盤パラメータを決定し、地震応答をシミュレートしている。このケーススタディーでは、地盤が明らかに液状化しているなど、前の2つの例に比べて非常に難しい条件が多かったにもかかわらず、伝達関数から求めた固有周期などの計算値は実測記録に基づく推定値と良い一致を示している。現時点では、簡単な相互作用モデルで表わしきれない部分もまだ残されているが、大筋としては、この論文で提案されている手法の将来的な可能性を否定するものではない。 以上に述べたように、本論文は、条件の異なる地盤に埋設された3つの構造物の地震時の動的相互作用現象を詳細に比較し、それらを統一的に解析できる工学的な手法を提案したものである。相互作用の実用的な解析という、地震工学の分野においてきわめて重要な課題に対して、設計実務の担当者にとっても有用な新しい知見を与えたものといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |