学位論文要旨



No 112195
著者(漢字) ジラヴァシャラデット,モンコル
著者(英字) Jiravacharadet Mongkol
著者(カナ) ジラヴァシャラデット,モンコル
標題(和) 建設系構造物への線形-飽和アクティブ制御の適用
標題(洋) DEVELOPMENT OF LINEAR-SATURATION CONTROL FOR CIVIL ENGINEERING STRUCTURES
報告番号 112195
報告番号 甲12195
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3738号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨

 建設系構造物の振動制御に対する需要が高まり,この分野の発展はめざましいものがある.パッシブ制御のみならず,アクティブ制御も実用化の段階に入り,すでに架設中の橋梁主塔,高層ビルへの適用例はおのおのについて10を越えており,わが国はこの分野で世界をリードする立場にある.

 アクティブ制御としては,塔頂,建屋上に置いた付加質量を移動することによる慣性力を制御力として振動制御に用いる方式が一般的であるが,その制御則は線形則を適用することが多い.動的外乱に対してゲインを決定する際,微小振動に対して決めれば大きな応答に対してはアクチュエータの性能を越えてしまうことになり,逆に大きな外力に対してゲインを決定すれば微小振動に対して性能を余すことになる.現実には中レベルの外乱に対してゲインを決めることが通例であるが,そのためにそれ以上の外乱に対しては制振器を止めることになる.広いレンジの外乱に対して有効かつ効率の高い制御則が必要なゆえんである.

 本論文はアクチュエータの性能限界を考慮した制御則の開発を企図し,線形-飽和制御を提案するとともに,その有効性を数値シュミレーション,模型実験から示したものである.

 論文は7章から構成されている.

 第1章では構造物の振動制御の発展,研究の動向をとりまとめ,本研究で扱うアクチュエータの性能限界を考慮した制御則開発の必要性を述べている.

 第2章では,1自由度構造系を対象に線形-飽和制御の概念を示している.すなわち大きな応答に対しては飽和制御(bang-bang control)を適用し,アクチュエータの能力をフルに活用する一方で,あるレベル以下の応答では従来から広く使われているLQ線形制御を用いることによりチャタリングを防ぐ線形-飽和制御を提案している.ATMD+1自由度構造系に対し,飽和制御を用いる際の切換え面を状態変数を使って近似ではあるが陽な形で求めている.

 第3章では線形-飽和の多自由度系構造物への適用を論じている.多自由度系では飽和制御の切換え面は多変数曲面形になるので求めることが実用的不可能に近くなる.そこで,モード分解法を用いた実用的な方法で展開している.個々のモードのエネルギー,制御力の方向(±)を勘案して,アクチュエータの制御力を決定する方法を提案し,数値シュミレーションによりその有効性を示している.この方法によれば個々のモード応答が低減され,全体としても線形制御に比べ,制御に必要なエネルギーは増えるものの,応答てい減が大きいことが明らかにされた.

 第4章では高層ビルを対象により具体的な応用を検討している.アクチュエータの性能限界としては制御力のほかにストロークも問題となることに鑑み,ファジー論を使ってストロークが大きくならないような制御則を導き,その有効性を数値シュミレーションにより明らかにした.

 第5章,第6章では線形-飽和制御の有効性を実験的な立場から明らかにしようとしている.第5章では2自由度模型,制御器,DSP,振動台などの実験装置の説明を行っている.第6章では模型の動的パラメータの同定に続き,線形-飽和制御とLQ線形制御の性能評価を実験模型を用いて試みている.地震波としてはエルセントロ(1940),神戸海洋気象台(1995)をスケールして用いた.

 地震波の特性により,線形-飽和制御のLQ制御に対する優位性は変わるが,全般的に制御効率がよく,またより大きい外乱に対しても制御可能であることが実験的に示された.制御性能は予測値と定量的には一致しないところもあるが,定性的には整合性であることも示された.測定される変位値からの速度のオンライン計算手法などに改良すべき点が残されていることを指摘している.

 第7章では本論文のまとめとこの分野の研究課題を述べている.

審査要旨

 建設系構造物の振動制御に対する需要が材料の高強度化,大規模化,高性能化とともに高まり,この分野の発展は近年めざましいものがある.TMDに代表されるパッシブ制御のみならず,アクチュエータとセンサーを用いるアクティブ制御も実用化の段階に入り,すでに架設中の橋梁主塔,高層ビルへの適用例はおのおのについて10を越えており,わが国はこの分野で世界をリードする立場にある.

 アクティブ制御としては,塔頂,建屋上に置いた付加質量を移動することによる慣性力を制御力として振動制御に用いる方式が一般的であるが,その制御則はこれまで線形則を適用することが多かった.しかし,動的外乱に対してゲインを決定する際,微小振動に対してゲインを決めれば,構造物の大きな応答に対してはアクチュエータの性能を越えてしまうことになり,逆に大きな応答に対してゲインを決定すれば微小振動に対してアクチュエータの性能をもて余すことになる.現実には中レベルの外乱に対してゲインを決めることが通例であるが,そのためにそれ以上の外乱に対しては制御系を停止させなければならないことになる.広いレンジの動的外乱に対して有効かつ効率の高い制御則が必要なゆえんである.

 本論文はアクチュエータの性能限界を考慮した制御則の開発を企図し,線形-飽和制御を提案するとともに,その有効性を数値シュミレーション,模型実験から示したものである.

 論文は7章から構成されている.

 第1章では構造物の振動制御の発展,研究の動向をとりまとめ,本研究で扱うアクチュエータの性能限界を考慮した制御則開発の必要性を述べている.

 第2章では,1自由度構造系を対象に線形-飽和制御の概念を示している.すなわち大きな応答に対しては飽和制御(bang-bang control)を適用し,アクチュエータの能力をフルに活用する一方で,あるレベル以下の応答では従来から広く使われているLQ線形制御を用いることによりチャタリングを防ぐ線形-飽和制御(以下,LS制御と呼ぶ)を提案している.具体的には,飽和制御の最適制御を理論的に導き,AMD+1自由度構造系に対し,飽和制御を用いる際の切換え面を状態変数を使って近似ではあるが陽な形で求めている.また,飽和制御からLQ線形制御への切り替えについては,運動エネルギーにもとづく制御ルールを提案している.最後に,従来のLQ線形制御に対するLS制御の有効性を地震応答を例にとり,数値計算の上から示している.

 第3章では線形-飽和の多自由度系構造物への適用を論じている.多自由度系では飽和制御の切換え面は多変数曲面形になるので求めることが,数値計算上,非常に難しくなる.近くなる,そこで,モード分解法を用いた実用的な方法で展開している.個々のモードのエネルギー,制御力の方向(±)を勘案して,アクチュエータの制御力を決定する方法を提案し,数値シュミレーションによりその有効性を示している.この方法によれば個々のモード応答が低減され,全体としても線形制御に比べ,制御に必要なエネルギーは増えるものの,応答てい減が大きいことが明らかにされた.

 第4章では,高層ビルを対象により具体的な応用を検討している.アクチュエータの性能限界としては制御力のほかに,ストロークも問題となることに鑑み,ファジー論を使ってストロークが大きくならないような制御則を導き,その有効性を数値シュミレーションにより明らかにした.

 第5章,第6章では線形-飽和制御の有効性を実験的な立場から明らかにしようとしている.

 第5章では2自由度構造模型,制御器,DSP,振動台,計測装置などの実験装置の説明を行っている.

 第6章では模型の動的パラメータの同定に続き,線形-飽和制御とLQ線形制御の性能評価を実験模型を用いて試みている.地震波としてはエルセントロ(1940),神戸海洋気象台(1995)をスケールして用いた.地震波の特性により,線形-飽和制御のLQ制御に対する優位性は変わるが,全般的に制御効率がよく,またより大きい外乱に対しても制御可能であることが実験的に示された.制御性能は予測値と定量的には一致しないところもあるが,定性的には解析による予測値と整合性であることも示された.測定される変位値からの速度のオンライン計算手法などに改良すべき点が残されていることを指摘している.

 第7章では本論文のまとめ・成果とこの分野の今後の研究課題を述べている.

 以上にように,制御装置の制約を考慮し,広いレンジに対して有効な制御測であるLS制御を提案し,その理論的ベースを確立させ,さらに工学的に重要である,多自由度系への拡張を試みている.また,実験により,提案する制御法の有効性を明きらかにしようとしている.行われた実験については,必ずしも予測値とは一致せず,改良の余地があり,また実際の構造物へのLS制御の提要に際しては,アクチュエータの問題などを解決する必要があるが,本論文はその理論的基盤の構築に大きく貢献しており,その工学的意義は高いと判断される.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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