学位論文要旨



No 112196
著者(漢字) チョーベ ラジェシュ プラカシュ
著者(英字) Chaube Rajesh Prakash
著者(カナ) チョーベ ラジェシュ プラカシュ
標題(和) セメント硬化体中における水分移動・水和反応及び細孔構造形成の連成に関する数量的アプローチ
標題(洋) Simulation of Moisture Transport,Hydration and Microstructure Formation in Cementitious Materials
報告番号 112196
報告番号 甲12196
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3739号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岡村,甫
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 友澤,史紀
 東京大学 教授 虫明,功臣
内容要旨

 セメント系材料の強度発現と細孔組織構造の形成は,硬化成長するコンクリート構造物の保有性能を代表し,コンクリートの耐久性を支配する幾つかの劣化機構に大きく影響を与えるものである。コンクリートの劣化を引き起こす個別の現象については広範囲にわたって研究が行われているものの,コンクリートの耐久性能を決定付ける要因の定量的な予測へ向けた総括的なアプローチは,試みられていないのが現状である。例えば,コンクリート構造物の耐久性評価においては,コンクリートの硬化過程において温度上昇によるひび割れの発生確率が高まるのと同様に,乾燥収縮ひずみに起因するひび割れ発生の危険度を評価することも必要である。ここで,コンクリート中のセメントの水和発熱とコンクリートの乾燥収縮問題は完全に独立ではなく,硬化過程における細孔組織形成を介して両現象は密接な関係にあるのである。したがって,コンクリートの耐久性能に関する諸現象を支配する各要因の相互依存を考慮しながら,コンクリート構造物の耐久性は統括的に捉えるアプローチが不可欠である。コンクリートの耐久性を評価する上で,コンクリート中の物質移動過程,特に水分の移動について詳細に追跡する技術の開発が求められる。これは,コンクリートの硬化過程においては,コンクリート中の細孔構造を移動経路とした外部からの物質の侵入が,劣化現象を支配するためである。耐久性の観点からは,コンクリートにとっては養生を長く続けた方が有利であることは疑う余地が無い。しかし一方で,プロジェクトの経費削減の面からも可能な限りコンクリートの養生期間を短くすることが求められる。そこで,任意の環境条件及び材料・配合条件に対してコンクリート構造物の保有耐久性能を定量的に評価する必要があるのである。

 しばしばコンクリート構造物では,耐久性能の低下や劣化によって全供用予定期間にわたって機能を発揮できないことがある。これは,構造物が主として構造安全性に主眼がおかれた設計が行われているためであり,耐久性においては同様の性能照査型の設計が存在していない。長期にわたるコンクリート構造物の健全性を確保するためには,総括的なアプローチに基づく耐久照査システムの確立が不可欠なのである。本研究の目的は,コンクリート構造物の耐久性評価のための総括的かつ合理的な数値解析の枠組みの構築を行うことである。すなわち,細孔組織形成と強度発現に関して,コンクリートの初期段階から始まるコンクリートの硬化成長過程を的確に追跡しなければならない。このために本研究では,セメントの水和,細孔組織形成及び水分移動を動的に連成させた数値解析を行う。

 細孔組織形成のモデル化では,単一サイズの水和生成物の空間での分散析出を仮定し,水和の進行に応じた粒子の成長モデルを用いている。そして,粒子表面に形成される外部生成層内では水和物の生成存在確率の線形分布を仮定しており,細孔組織構造を表現する重要な指標である細孔の表面積や細孔分布などが,時間に対して計算される。全細孔組織は,粒子の体積-表面積比やセメントゲルの単位表面積などの幾つかのミクロレベルの特性に基づいて計算される。細孔組織の形成は,主としてセメント鉱物の水和度として計算される水和生成組織の成熟程度によって表現され,セメント粒子の成長として捉えている。

 水分移動モデルでは,コンクリート中の細孔構造を幾つかの細孔範囲に区分された要素の複合構造として取り扱い,任意の乾湿履歴に対応することが可能である。そして,コンクリートの性質に関係する水分移動は,マトリックス部の細孔組織構造から直接評価される。コンクリートの長期耐久性能は,物質移動特性によって支配的に影響されるので,細孔構造と移動特性との関係に対して特に注意を払う必要があるが,コンクリートを複合材料として捉えることにより,合理的に表現することに成功している。

 水和モデルは,ポルトランドセメントを4つの構成鉱物に区分し,石膏を含めた5つの反応について記述している。また,セメントとポゾラン系の混和材を区分して全体を複合要素として取り扱い,修正されたアーレニウス則に基づいて各要素の発熱速度を算出する。そして,コンクリート中において反応を起こす構成要素間の相互作用と細孔構造中に残存する自由水量に対する反応の依存性も定量的に定式化されている。

 上記の3つの数値モデルを連成させて同時に解くことにより,任意の温度,含水率履歴に対する水和率の増加に応じた細孔構造の形成を追跡することが可能である。そして,細孔組織形成,水分移動,水和の連成数値解析モデルは,有限要素解析プログラムとして統合化されている。解析プログラムは,コンクリートが打設された段階から始まり,温度と空隙中の水分含有量の履歴に応じて,強度,空隙率,細孔形成などの各特性の発現を計算する。本数値解析モデルにおいては,水和,細孔組織形成,水分移動機構間の相互依存性は合理的に再現されている。すなわち,細孔組織の形成は,水和した硬化体の成熟度に依存し,これは水和モデルによりセメント鉱物の水和度として算出される。硬化コンクリートの水分移動などの保有特性は,層間空隙,ゲル空隙,毛細管間隙の3者に区分して記述された細孔組織構造の形成と直接関係付けられ,解析的に算出される。また,水和発熱モデルでは,コンクリート中の熱力学環境を表わす自由水と環境温度を変数として各鉱物の水和発熱速度が定式化されており,水和の進行と構造内の水分移動によって変化する自由水量に依存しているのである。

 提案した数値解析システムは,コンクリートの乾燥による重量変化や強度発現などの多角的な実験結果を用いて検証された。例えば,異なる配合や養生条件における供試体の強度発現,水分損失,細孔組織形成に対する養生効果などを,定量的に追跡することが可能である。同様に,任意の乾湿繰り返し状況下での含水量の変化が予測できることも検証されている。将来的には,本研究において開発した物資移動,水和,細孔形成の連成解析を鉄筋コンクリート構造の非線形構造解析プログラムと連成させることにより,鉄筋コンクリート構造物の誕生から死までの全性能を時間軸に沿って定量評価することが可能となる。

審査要旨

 セメント系材料の細孔組織構造の形成は,硬化成長するコンクリートの力学性能を代表するのみならず,コンクリートの劣化機構にも大きな影響を与える。劣化現象に関する広範囲な事例研究は過去に多く報告されているが,相互の連関を考慮した総括的なアプローチは,漸く緒についた段階といえよう。

 長期耐久性能を論ずる上で,硬化過程の温度ひび割れと乾燥過程での収縮ひび割れに起因する初期欠陥の評価が必須となる。初期欠陥の定量評価には,コンクリート中のセメントの水和発熱反応と細孔中の水分移動を同時に考慮することが肝要である。両者は硬化過程における細孔組織形成を介して密接な関係にあるからである。したがって,耐久性能に関する諸現象を支配する各要因の相互依存を考慮しながら,コンクリート構造物の耐久性を統括的に捉える方法論を開発することが,今後の耐久設計の上から不可欠である。

 一方,任意環境下におけるコンクリート構造の初期欠陥を論ずる上で,セメント硬化体中の物質移動過程,特に水分の移動について詳細な予測技術の開発も同時に求められる。細孔構造を移動経路とした外部からの物質の侵入,並びに水和反応に必要な液状自由水の移動が,細孔組織の形成と劣化を同時に支配するためである。本研究は,細孔組織構造と水和度の関係,水和度を任意温度および自由水分環境下で予測する手法,並びに任意の幾何形状を有する細孔組織構造中の水分移動の予測法のそれぞれを開発し,さらにこれらを有機的に結合させて,任意環境下にあるコンクリート構造の初期欠陥と品質を定量化するシステムを構築することに成功したものである。

 1章は序論であり,セメント硬化体中の物質移動,細孔構造の形成の過程,並びにセメントの水和反応に関する既往の研究についてまとめたものである。

 2章では,コンクリート構造の耐久設計の現状と将来の方向について論じ,本研究が耐久性能評価型設計において果たす役割を明示している。

 3章では,細孔組織形成のモデル化を提案している。水和生成物の分散析出過程を仮定し,水和の進行に応じた粒子成長モデルを提示した。そして,粒子表面に形成される外部生成層内では水和物の生成確率に線形分布を採用し,細孔組織構造を表現する指標である,細孔比表面積と細孔分布を算定する方法を論じている。細孔組織の形成をセメント鉱物の水和度と連関させて表現することにより,セメント粒子の成長を定量化している。

 4章は硬化途上のセメント硬化体中の水分移動について論じたものである。全細孔構造を複数の細孔範囲に区分された要素の複合体として取り扱い,任意の乾湿履歴に対応する熱力学モデルを提示し,それを実験によって検証している。コンクリートの長期耐久性能は,物質移動特性によって支配される。したがって,細孔構造と移動特性との関係には高い精度が要求されるが,コンクリートを微小空隙を有する複合材料として捉える論法により,合理的にこれを表現することに成功している。

 5章では,本研究で採用した,ポルトランドセメントの水和発熱モデルを概括している。セメントとポゾラン系の混和材を区分して,全体を複数の反応要素群として取り扱い,修正アーレニウス則に基づいて各構成鉱物の発熱速度が算出されるものである。

 6章は本論文の独創性を担うものである。上記の3モデルの連成を考慮した上で,これらを同時に解くことにより,任意の温度,含水率履歴に対する水和の増進と細孔構造の形成を追跡することを可能にしたのである。細孔組織形成,水分移動,水和の連成数値解析モデルは,有限要素解析プログラムとして統合化され,温度と空隙中の水分含有量の履歴に応じて,強度,空隙率,細孔形成などの各特性の発現が計算される。さらに,硬化コンクリート中の水分の熱力学的な形態が,層間空隙,ゲル空隙,毛細管間隙の3者に区分されて記述され,解析的に算出される。任意の時間と空間位置においてセメントコンクリートの品質が予測され,初期欠陥が定量的に評価される。これらは初期に乾燥を受けるコンクリートの強度の増進や水分逸散,種々の配合と養生条件が異なる供試体の細孔組織形成等によって検証されている。

 7章は結論であって,本論文を総括するとともに,将来の発展の方向について言及している。

 本研究において開発された物資移動,水和反応,細孔形成の連成解析は,将来的に鉄筋コンクリート構造の非線形構造応答解析プログラムと連成させることが可能である。これにより,コンクリート構造物の誕生から死までの全性能を,時間軸に沿って定量評価する道がつけられたことは,大きな貢献である。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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