地震時に構造物とこれを支える地盤の間に生じる動的相互作用効果を的確に把握することは、構造物の耐震性を検討する上で重要である。地盤は粒状体の骨格と、この空隙を満たす水、空気が主たる構成要素であり、このためこれら固体相、液体相、気体相間の相互作用によって、地盤は通常の単相の固体とは異なった動的挙動を示す。本論文は水で飽和した地盤中の固相・液相間の相互作用の効果を詳細に検討するとともに、地盤を単相の弾性体と仮定して構築されてきたこれまでの耐震性の評価手法にその効果をどのように取り込んでいくのか、簡便で実用的な方法論を提示することを目途したものである。本論文は7章よりなる。以下に各章ごとに重要な論点を整理する。 第1章は相互作用に関する既往の研究を概観し、研究の背景を記述するとともに、本研究の目的を示している。 第2章は相互作用を評価する上で従来用いられてきた方法論の中で最も簡便なものの一つであるWinkler型の地盤モデルを取り上げて、議論の出発点としている。埋設基礎と地盤の相互作用の評価を行う上で地盤を互いに独立した薄層に分割して考えるWinkler型のモデルは、比較的しなやかな埋設基礎や地盤の深さ方向への物性の変化が急激でない場合には実用的に精度のよい解を与えることを述べている。また本来周波数の関数である地盤の複素剛性(相互作用ばね)が周波数非依存のばね、ダッシュポットなどの要素を複合させることで表現できるとした小長井、野上らの研究に触れ、ここに固体相、液体相の相互作用がどのような形で反映されるのか明らかにすることに研究の焦点を絞り込んでいる。 第3章では、第2章で展開した簡便な相互作用ばねモデルに関する議論の妥当性を検証するため、杭基礎模型から地盤模型に逸散する波動の可視化実験結果および電力地中線立坑の地震応答を、簡便化モデルによる数値解析結果と比較している。ここで対象とする地盤モデルおよび実地盤は飽和している上に透水係数が極めて小さいので、簡便解析ではこれらは非圧縮性の単相固体として扱われている。このモデルの地表面近くの地盤薄層では、応力開放の影響を取り込んでそのパラメーターを変化させる必要があることが示された。そして可視化された波動の空間分布と数値解を一致させるようなパラメーター値を逆解析によって求めると、結果的にこれらが平面応力状態の薄層のそれとほぼ一致することを示している。 第4章では、多孔質地盤の剛性をBiotの二相系モデルに基づいて、周波数領域で厳密に誘導している。ここで液相は、気泡を含むことを想定し圧縮性のあるものとして取り扱われている。まず、粒子骨格である固体相、間隙水である液体相各々の運動方程式とその特徴を記述し、これらの連成している方程式を解く上で試みた手法について述べている。その上で、まず三次元の半無限多孔質地盤表面でのGreen関数を求め、さらにWinkler型の地盤薄層内の円盤の鉛直、水平、回転の各運動モードに対するインピーダンスを誘導している。 第5章では、第4章で得られたインピーダンス解を、2章で提示された地盤の相互作用ばねの簡便モデルで表現することを試みている。相互作用ばねを構成する周波数非依存の要素の物性値はPoisson比によって変化するが、このPoisson比を、透水係数、飽和度、間隙比の関数とすることで極めて良好な近似解を得ることが示されている。この等価Poisson比の導入は、従来手法に複雑な間隙水と多孔質地盤の相互作用の影響を容易に取り込むことを可能ならしめている。さらにこの等価Poisson比は地盤調査から求められるPoisson比と食い違う可能性があることも指摘されている。例えば地下水面下の沖積地盤では水の縦波速度にほぼ等しい1500m/sの弾性波が観測されるので、地盤を単層の弾性体とみなしたときのPoisson比はほぼ0.5とみなされるが、砂の透水係数が大きい場合には、固体相、液体相の相互作用が無視できなくなり、等価なPoisson比は大きく低減し得る。これらは応答解析のための地盤の相互作用ばねの物性を定める上で留意すべき指摘である。 ここに示された地盤の相互作用ばねモデルは先にも述べたように時間領域での解析を容易にする。本章の後半部では、この地盤の相互作用ばねで埋設基礎(Timoshenko梁)を支え、伝達マトリックス法による簡単な時刻暦の解析アルゴリズムを提案している。 第6章では実構造物のサイズで固体相、液体相の相互作用が現れる可能性を検討するため、透水性の高い扇状地形の例を神戸にとり、埋設円筒基礎に支持された一自由度系の構造の地震応答解析を行っている。地表部分は砂地盤とし、この部分のみの透水性を現実的に考えられる範囲で変化させ、その影響を検討している。固体相、液体相の相互作用が上部構造物の応答に与える影響は、基礎構造物の代表寸法が波長に比べて大きくなるほど顕著になる。また透水性の高い地盤の等価Poisson比はPS検層法で得られた数値よりかなり小さくなり得ることも示された。 第7章は結論として、各章で得られた結果や知見を整理し、今後の課題と展望について述べている。 以上本論文は実用的な従来手法の一つに、本来複雑な解析を必要とする多孔質固体相と間隙水の相互作用の影響を、簡便かつ精度良く反映させる方法論を展開したもので、多相体である地盤の複雑な挙動が地盤上の構造の動的挙動に与える影響を工学的に評価するうえで重要な知見と手法を提示している。その工学的意義は大きく、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |