学位論文要旨



No 112198
著者(漢字) 羅,休
著者(英字)
著者(カナ) ラ,キュウ
標題(和) 多孔質地盤と構造物の相互作用の時間領域における簡便表現とその適用に関する研究
標題(洋) SIMPLE TIME-DOMAIN EXPRESSION FOR POROUS SOIL-STRUCTURE INTERACTION AND ITS APPLICATION
報告番号 112198
報告番号 甲12198
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3741号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 山崎,文雄
内容要旨

 構造物と地盤の動的相互作用の研究の歴史は長いが、その成果が耐震設計において取り入れられているケースは著しく限定されている。これは相互作用が周波数や地盤のプロファイル、構造の形態に応じて多様に変化し、これを適確に表現することが著しく困難であることによる。このため、動的相互作用の効果をより簡単な形で表現し、通常規模の構造物の耐震設計にもこれを容易に反映させるようにすることの意義は大きい。本研究では、地盤の間隙水が地盤と構造物の動的な相互作用に与える影響を、周波数非依存のパラメーターから成る簡単なモデルで表現する手法を提案し、さらにモデルの適用性を様々な数値解析例を通して検証している。

 本論文は7章よりなるが、以下に論文内容の要旨を各章ごとに記載する。

 第1章では、相互作用に関する既往の研究の流れを概観し、研究の背景を記述するとともに、本研究の目的を述べている。

 第2章では、小長井、野上らが提案した埋設基礎の側方地盤の剛性を周波数非依存の要素を結合させることで表現する手法について記述し、このモデルを拡張し、時間領域の応答解析に用いうる多孔質地盤の相互作用ばねを表現するための具体的な方法について述べている。さらに、小長井らによって最近提案された振動台とアナログ電子回路による地盤と構造物の相互作用の新シミュレーション手法にも、この相互作用ばねを用い得ることを示している。

 第3章では、第2章で示した簡便な力学モデルの妥当性を検証するための可視化モデル実験と地中線立坑の時刻歴の地震応答解析について述べている。野上、小長井らは構造から逸散する波頭が簡単な幾何学形状を示す場合には地盤の剛性を当該節点のみの応答で評価でき、その応答が周波数に依存しないばね、ダッシュポットと附加質量からなるWinkler Soil Modelの応答で、精度良く近似できることを示している。この手法では地盤が水平振動を受ける時、上下動は水平動と比べ小さいものとして無視しているため、分割された地盤の水平層は平面ひずみ状態と仮定されている。しかし実際には、地表面近くでは応力開放の影響が大きく、全ての位置で平面ひずみ状態を仮定することは適切ではないと考えられる。この応力解放の影響を検証し、簡便化モデルにそれをどのように反映させるか検討するため、杭から地盤に逸散する波動の空間的分布を可視化実験によって観察した。そしてこの波動の空間分布から提案するモデルの応答が実験結果と符合するようなパラメーターを求め、これらが平面応力状態のパラメーター値ときわめて近いことを示した。またこの成果を電力地中線立坑の地震応答解析に適用し、実地震応答を検討した。

 第4章では、多孔質地盤の相互作用ばねの簡便化モデルを構築するために、地盤を二相系材料と仮定し、周波数領域で厳密に剛性を評価する方法について述べている。初めに、地盤を多孔質弾性体とし、その空隙が気泡を含む水、すなわち圧縮性のある液体で満たされていると仮定するBiotの二相系モデルに基づいて粒子骨格である固体相、間隙水である液体相おのおのの運動方程式とその特徴を記述し、これらの連成化されている方程式を解く上で試みた手法について述べている。非連成化された運動方程式をHankel積分変換で三次元の半無限の広がりを持つ多孔質地盤の表面に鉛直方向加振に対するGreen関数を周波数領域で誘導した。そして、三次元の半無限の多孔質地盤表面の剛体円盤および無限な広がりを有する多孔質平面内の円盤の鉛直、水平、回転の各運動モードに対するインピーダンスを誘導している。

 第5章では、第2章で触れた一様弾性体地盤の相互作用ばねのモデルを多孔質地盤に適用し、多孔質地盤と構造物との動的相互作用の時間領域における解析手法を提示している。また、地下水以下の地盤が非排水状態で圧縮性に乏しい弾性体とみなされる状態と、排水状態という両極端なケースについて、第4章で示された多孔質地盤上の剛体円盤のインピーダンスと地盤を一様弾性体とみなした従来の解を比較し、その差異を論じている。この中で、例えば、地下水面下で1500m/s程度の縦波速度が観測される地盤のポアソン比は、地盤を一様弾性体とみなした時はほぼ0.5となるものの、透水性の大小でその等価なポアソン比は著しく変化することが示された。このようなケーススタディーを重ね、周波数非依存のパラメーターを地盤の透水係数、飽和度と間隙比を反映した等価なポアソン比の関数とすることによって、きわめて良好な近似解を得ることを示し、多孔質地盤と構造物の相互作用解析のための新しいモデルを提案している。さらに、基礎構造物を提案する地盤モデルに支えられたTimoshenko梁と仮定し、伝達マトリックス法を用いた極めて簡便な解析アルゴリズムを確立している。

 第6章では、本手法を用いた相互作用の解析例を示している。解析の対象はケーソンに支持された高架橋で、扇状地地形扇端部の典型的な例を神戸芦屋川近傍から得て、これを地盤のプロファイルとして用いている。地表部には深さ8mの埋め立て層を仮定してその透水性を大きく変化させている。透水性が上部構造の応答に与える影響は構物の代表的な径と波長との比が大きいほと大きくなる。透水性が高い地盤の等価なポアソン比はPS検層法で得られた数値よりはるかに小さいことも示された。地盤プロファイルを得た芦屋川近傍のマンホール被害調査資料から、1995年の兵庫県南部地震時には、地震時は著しい非線形性を示したことが認められた。このため、本モデルを非線形解析に適用する可能性とそのために解決すべき課題について検討した。

 第7章は結論として、各章で得られた結果や知見を総括し、今後の課題と展望について述べている。

審査要旨

 地震時に構造物とこれを支える地盤の間に生じる動的相互作用効果を的確に把握することは、構造物の耐震性を検討する上で重要である。地盤は粒状体の骨格と、この空隙を満たす水、空気が主たる構成要素であり、このためこれら固体相、液体相、気体相間の相互作用によって、地盤は通常の単相の固体とは異なった動的挙動を示す。本論文は水で飽和した地盤中の固相・液相間の相互作用の効果を詳細に検討するとともに、地盤を単相の弾性体と仮定して構築されてきたこれまでの耐震性の評価手法にその効果をどのように取り込んでいくのか、簡便で実用的な方法論を提示することを目途したものである。本論文は7章よりなる。以下に各章ごとに重要な論点を整理する。

 第1章は相互作用に関する既往の研究を概観し、研究の背景を記述するとともに、本研究の目的を示している。

 第2章は相互作用を評価する上で従来用いられてきた方法論の中で最も簡便なものの一つであるWinkler型の地盤モデルを取り上げて、議論の出発点としている。埋設基礎と地盤の相互作用の評価を行う上で地盤を互いに独立した薄層に分割して考えるWinkler型のモデルは、比較的しなやかな埋設基礎や地盤の深さ方向への物性の変化が急激でない場合には実用的に精度のよい解を与えることを述べている。また本来周波数の関数である地盤の複素剛性(相互作用ばね)が周波数非依存のばね、ダッシュポットなどの要素を複合させることで表現できるとした小長井、野上らの研究に触れ、ここに固体相、液体相の相互作用がどのような形で反映されるのか明らかにすることに研究の焦点を絞り込んでいる。

 第3章では、第2章で展開した簡便な相互作用ばねモデルに関する議論の妥当性を検証するため、杭基礎模型から地盤模型に逸散する波動の可視化実験結果および電力地中線立坑の地震応答を、簡便化モデルによる数値解析結果と比較している。ここで対象とする地盤モデルおよび実地盤は飽和している上に透水係数が極めて小さいので、簡便解析ではこれらは非圧縮性の単相固体として扱われている。このモデルの地表面近くの地盤薄層では、応力開放の影響を取り込んでそのパラメーターを変化させる必要があることが示された。そして可視化された波動の空間分布と数値解を一致させるようなパラメーター値を逆解析によって求めると、結果的にこれらが平面応力状態の薄層のそれとほぼ一致することを示している。

 第4章では、多孔質地盤の剛性をBiotの二相系モデルに基づいて、周波数領域で厳密に誘導している。ここで液相は、気泡を含むことを想定し圧縮性のあるものとして取り扱われている。まず、粒子骨格である固体相、間隙水である液体相各々の運動方程式とその特徴を記述し、これらの連成している方程式を解く上で試みた手法について述べている。その上で、まず三次元の半無限多孔質地盤表面でのGreen関数を求め、さらにWinkler型の地盤薄層内の円盤の鉛直、水平、回転の各運動モードに対するインピーダンスを誘導している。

 第5章では、第4章で得られたインピーダンス解を、2章で提示された地盤の相互作用ばねの簡便モデルで表現することを試みている。相互作用ばねを構成する周波数非依存の要素の物性値はPoisson比によって変化するが、このPoisson比を、透水係数、飽和度、間隙比の関数とすることで極めて良好な近似解を得ることが示されている。この等価Poisson比の導入は、従来手法に複雑な間隙水と多孔質地盤の相互作用の影響を容易に取り込むことを可能ならしめている。さらにこの等価Poisson比は地盤調査から求められるPoisson比と食い違う可能性があることも指摘されている。例えば地下水面下の沖積地盤では水の縦波速度にほぼ等しい1500m/sの弾性波が観測されるので、地盤を単層の弾性体とみなしたときのPoisson比はほぼ0.5とみなされるが、砂の透水係数が大きい場合には、固体相、液体相の相互作用が無視できなくなり、等価なPoisson比は大きく低減し得る。これらは応答解析のための地盤の相互作用ばねの物性を定める上で留意すべき指摘である。

 ここに示された地盤の相互作用ばねモデルは先にも述べたように時間領域での解析を容易にする。本章の後半部では、この地盤の相互作用ばねで埋設基礎(Timoshenko梁)を支え、伝達マトリックス法による簡単な時刻暦の解析アルゴリズムを提案している。

 第6章では実構造物のサイズで固体相、液体相の相互作用が現れる可能性を検討するため、透水性の高い扇状地形の例を神戸にとり、埋設円筒基礎に支持された一自由度系の構造の地震応答解析を行っている。地表部分は砂地盤とし、この部分のみの透水性を現実的に考えられる範囲で変化させ、その影響を検討している。固体相、液体相の相互作用が上部構造物の応答に与える影響は、基礎構造物の代表寸法が波長に比べて大きくなるほど顕著になる。また透水性の高い地盤の等価Poisson比はPS検層法で得られた数値よりかなり小さくなり得ることも示された。

 第7章は結論として、各章で得られた結果や知見を整理し、今後の課題と展望について述べている。

 以上本論文は実用的な従来手法の一つに、本来複雑な解析を必要とする多孔質固体相と間隙水の相互作用の影響を、簡便かつ精度良く反映させる方法論を展開したもので、多相体である地盤の複雑な挙動が地盤上の構造の動的挙動に与える影響を工学的に評価するうえで重要な知見と手法を提示している。その工学的意義は大きく、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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