学位論文要旨



No 112200
著者(漢字) 堀口,良太
著者(英字)
著者(カナ) ホリグチ,リョウタ
標題(和) 交通運用策評価のための街路網交通シミュレーションモデルの開発
標題(洋) A Network Simulation Model for Evaluation of Traffic Management
報告番号 112200
報告番号 甲12200
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3743号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 助教授 原田,昇
 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨 1.はじめに●研究の背景

 都市部における交通状況が悪化するにつれ,交差点改良や信号制御方式の改善,あるいは案内誘導や情報提供など,さまざまな対策を施す必要が生じてきた.従来では,このような交通運用策の事前評価を,飽和度や混雑度といった指標をもちいて個別の交差点やリンクごとにおこなってきた.しかしこのような静的な評価手法では,信号制御や路上駐車,右折車両,歩行者といった様々な要因が相互に干渉しながら,時事刻々と変化する都市の交通状況を全体的に評価することは困難である.

 このような背景から,交通状況を動的に再現するシミュレーションによる評価が注目を集めている.とりわけ上述のような交通施策の評価やイベント・地域開発といった都市活動にたいする交通アセスメント,さらには近年脚光を浴びているITS(Intelligent Transport Systems)の導入効果の予測などが可能な,詳細かつ汎用的なモデルをもつシステムが望まれている.

 道路ネットワークを対象とした交通シミュレーションモデルの研究は1970年代の終わり頃より行われている.著名なものを列挙すると,英国Leeds大で開発されたSATURNやTRRLのCONTRAM,米国FHWAで開発されたTRAF-NETSIM,国内では飯田らによるBOXモデル,上田らのブロック密度法による手法,などがある.近年ではさらに盛んになり,吉井らによるSOUNDモデル,久保田らによるTSS-win,日産自動車による交通シミュレータの研究,など数多くの研究開発がなされている.

 しかし,各種の交通運用策のインパクト評価を行う汎用的なシステムとして上述のモデルを考えると,いずれも幾つかの問題点が挙げられる.詳しくは本論文に譲るが,たとえば,道路ネットワークや信号の表現が簡略化されすぎているとか,経路選択行動が組み込まれていない,渋滞流の再現性に問題がある,などである.また幾つかのモデルは統合されたプログラムになっていないため操作に習熟を要したり,入力の手段としてテキストファイルしか用意されていないためデータ作成に大きな労力を必要とするなど,システムとしての完成度が低いという実用上の問題も挙げられる.

●都市街路網の交通シミュレーションモデルに求められる機能

 都市街路網を対象とした交通流シミュレーションでは,次のような機能が求められる.

 1)過飽和交通流を再現できること…一般に都市部の交通は過飽和状態であり,渋滞の延伸・解消を適切に再現できる交通流のモデル化が必要である.

 2)ドライバーの経路選択行動を考慮していること…ネットワークでは1つのODペアに対して複数経路が存在し,ドライバーは交通状況に応じてそのうちの1つを選択する.シミュレーションにおいても,交通運用策の事前事後では選択する経路が異なると考えられるため,この経路選択行動を内生化することが不可欠である.

 3)ネットワークを詳細にモデル化できること…リンクやノードだけでなく,レーンや信号といった詳細なものまで表現する必要がある.

 4)個々の車両挙動の影響を表現できること…交差点での右折待ちやレーン変更,あるいは路上駐車のような個別車両の交通への影響が考慮される必要がある.

 5)各種の交通規制を組み込めること…右折禁止,バス専用レーンなど,町中で見られるさまざまな交通規制を実現することが求められる.

●本研究のアプローチ

 本研究では上記の要求仕様を満たすため,次に挙げる特徴を持つシミュレーションシステムAVENUE(an Advanced & Visual Evaluator for road Networks in Urban arEas)を開発した.

 1)時間変動するOD交通量を入力するものとする.ただしこれらは外生的に与えられる.

 2)ネットワークの規模は100個程度の交差点からなる範囲を想定しており,この範囲を詳細にモデル化できるものとする.

 3)交通流モデルとしてハイブリッドブロック密度法を提唱し,過飽和流の再現に対応する.

 4)交通状況に応じたドライバーの経路選択モデルを組み込む.また複数の利用者層別に経路選択挙動を設定することも考慮する.

 5)オブジェクト指向プログラミング環境でシステム開発をおこなう.これにより,シミュレーションに対するさまざまな要望を柔軟に取り込むことが可能である.

 6)グラフィックユーザインターフェースで操作性を向上させる.また専門家以外の人へのプレゼンテーションを考え,アニメーション機能を持つ(図1).

 以下において,AVENUEで採用する交通モデルの概念,および仮想ネットワークを用いた理論的検証,実ネットワークを用いた実証的検証について,その概要を述べる.

図1:AVENUEの画面イメージ
2.AVENUEの交通モデル●ハイブリッドブロック密度法

 交通流のモデル化は,流体近似したフローを扱うマクロモデルと,個別車両を追従走行させるミクロモデルに大別される.マクロモデルは一般に計算量が小さく,また観測される道路容量に基づいたフローを再現することが容易だが,車種や目的地といった,経路選択や交通規制の表現などには必要不可欠な個々の車両の属性を管理することが困難である.一方,ミクロモデルでは車両属性を管理することは容易だが,1台ごとに移動量を求めるため,計算量が大きくなる.さらに追従走行や合流挙動などのモデル記述に含まれるパラメータが多く,また容易に観測できないものもあるため,大規模なネットワークに適用するには実用上の問題がある.

 本研究ではミクロモデルとマクロモデルの双方の利点をもつハイブリッドブロック密度法を提案する.これはリンクをブロックという区間に分割し,ブロック内の車両密度とブロック間の流量を,設定された交通量-密度関数(図2)を用いて計算するマクロモデル的側面と,計算された流量に相当する台数の離散車両を同時に移動させるミクロモデル的側面を持つものである.

図2:設定される交通量-密度関数

 ブロックにはリンク下流より番号がつけられ,i番目のブロックにはスキャン間隔dtiが与えられる.ブロックの長さdLiはdtiの間にリンクの自由走行速度で進む距離に設定される.車両密度の改訂は以下の式(1〜4)によって表現される.

 

 ここで,iはブロックの添字を表し,Aouti(t)とAini(t)はそれぞれ時刻tにおける流出可能量と流入可能量,KciとKjiは臨界密度とジャム密度,Ki(t)は時刻tにおける車両密度,Qi+1,i(t)は時刻tにおけるi+1からiへの流量を表す(図3).ここでは流量は連続値として求められるが,同時に移動させる離散的な車両の台数と整合性を保つために,アルゴリズムを拡張している.

図3:ブロックの密度と流量

 このような交通流モデルにより,過飽和状態を含む交通流が再現できるだけでなく,ブロックに交通規制情報を持たせ,離散車両を移動させる際にその属性を参照してブロックに進入できるかどうかを判断する仕組みを実現できる.

●複数の利用者層を考慮した経路選択モデル

 AVENUEではODペアごとに複数のネットワーク利用者層を想定した経路選択モデルを組み込んでいる.利用者層は,車種,移動目的,車載機の有無,経路選択基準などで区別される.とくに経路選択行動には,1)あらかじめ定められた経路を通るものと,2)交通状況に応じて確率的に経路を選択するものが用意されている.後者の経路選択確率を決定する際は,次式で示されるロジットモデルを仮定する.

 

 ここで,rとsはそれぞれ起点と終点を表す添字で,Pnijはグループjの経路iの選択確率,cnijはグループjに対する経路iのコスト,jはグループjのロジットパラメータである.

 各ODペアに対し,対象とする経路はシミュレーション開始時に外生的に与えられる.これにはプログラムによる自動経路生成と,ユーザによる任意の経路の追加・削除の機能が用意されている.各経路のコストは,現時点での旅行時間,距離,右左折回数などの関数としてあらわされ,一定時間ごとに更新される.各車両はネットワーク流入時に式(5)にしたがって,経路を選択する.すなわち,このモデルは利用者均衡状態を厳密に再現するのではなく,リアクティブ均衡配分に近い方法で近似的に均衡状態を再現する.

3.理論的検証

 AVENUEで用いられている交通モデルの基本的な性能を検証するために,簡単なネットワークを用いた理論的検証をおこなった.検証実験の内容は次の通りである.

 1)ブロック間のショックウェーブの伝播速度を,交通量-密度曲線から理論的に求められる伝播速度と比較する.

 2)ボトルネックから上流リンクへの渋滞の延伸状況を,ショックウェーブ理論を用いたphysical queueモデルと比較する.

 3)非飽和信号交差点での平均遅れ時間をWebsterの式と比較する.

 4)対向直進による右折容量の低下をギャップアクセプタンスモデルと比較する.

 5)経路選択モデルの挙動を確認し,利用者均衡状態と比較する.

 いずれの実験についてもシミュレーション結果は意図した挙動を示すことを確認している.

4.実証的検証

 本モデルの実用性を検証するために,実際の道路ネットワークで観測されたデータを適用し,交通状況の再現を試みた.はじめに錦糸町の国道14号線および金沢市駅前道路の,経路選択の余地のない簡単なネットワークで交通流モデルの検証をおこない,次に豊田市における経路選択の余地のあるネットワークで全体の検証をおこなった.ここでは金沢市駅前道路と豊田市ネットワークのケースについて述べる.

●金沢駅前道路の現況再現

 図4に金沢駅前道路のシミュレーション対象区間を示す.ネットワークは約500mの区間をカバーしており,二つのバス停および駅前広場に付随するタクシープールとバスターミナルが含まれる.8:00〜9:00の朝ピーク時には前面道路の交通量が増加するのに加え,1時間当たり150台もの路線バスが発着するので交差点A-F間の双方向に渋滞が発生している.またバス停に許容台数以上のバスが到着するため,本線上に停車し交通の障害となっている.さらに交差点Cではターミナルから出発するバスが多く,図下方向から右折する交通が阻害され渋滞が発生する.

図4:対象ネットワーク

 バスは図4に示されるように複雑なレーン選択をおこなって走行しており,この地域のシミュレーションには,一般の通過車両だけではなくバスの挙動を細かく再現することが求められる.

 AVENUEでもバス専用レーンの機能を追加してこのケースに対応した.

 シミュレーション結果を検証するために,渋滞長の分布とA-Fの区間の両方向の旅行時間を観測値と比較した.旅行時間の比較では,シミュレーション値は観測値の平均値の近くに分布しており,また渋滞長の比較についても前面道路が混雑していることが再現されており,比較的良好な結果を得たといえる(図5).

図5:渋滞長の比較
●金沢駅前再開発に伴うインパクト評価

 上述の地域において,駅前広場の改修に伴い歩行者へのサービスレベルを改善するために,バスターミナルの出口を交差点Dに移動させ,歩行者動線を連続して確保する計画のインパクト評価を行った.Dでのバス出口の青時間を確保する必要が生じるため,現状と比較して前面道路の交通に悪影響がでるものと予測される.シミュレーションでは現状の交通量のまま,駅前広場の形状を変更した場合,その影響を信号制御などでどの程度まで押さえることができるかを予測し,さらにバスの運用を変更して現状よりも悪化しない方策を検討評価している.

●豊田市ネットワークを用いた検証

 豊田市における約3km×3kmの範囲の,ノード数84,リンク数193のネットワークに本モデルを適用した.地域内には大規模な駐車場を伴う工場が点在し,朝ピーク時には流入交通の約半数が通勤者で占められ,渋滞が発生する.シミュレーションは午前6時30分〜9時30分の3時間を対象とした.

 入力として必要な時間帯別OD交通量は,平成5年におこなわれた主要交差点での方向別交通量調査をもとに,桑原らのエントロピー最大化による手法で推定した.各リンクの交通量-密度関数や経路選択行動のパラメータは観測値がないため,それぞれ道路幾何構造から妥当と思われるものや,他地域での経路選択行動の分析より得られた値を仮定し,シミュレーションを繰り返して微調整をおこなった.

 図6は渋滞が顕著な8時における,観測渋滞長とシミュレーション結果の渋滞長の比較である.渋滞長のの分析より得られた値を仮定し,シミュレーションを繰り返して微調整をおこなった.

図6:渋滞長の比較

 図6は渋滞が顕著な8時における,観測渋滞長とシミュレーション結果の渋滞長の比較である.渋滞長の定義が観測では曖昧であるため,定量的な比較は難しいが,実際にボトルネックとなる交差点を先頭に渋滞が伸びている様子がシミュレーションでも確認できる.また図7に示される経路について,旅行時間の比較をおこなっている.観測値が各経路につき2回の走行により得られたものでしかない,観測日が交通量データを作成した調査の日より2年も後である,など信頼性に問題があるものの,ボトルネック交差点を通過するまでに大きな遅れがでる傾向が両者に認められる.

図7:旅行時間比較の対象となる経路
5.まとめ

 本研究では街路網における交通運用策を評価するための汎用的な交通シミュレーションモデルを開発し,理論的検証および実証的検証をとおしてその有用性を示すことができた.またこの研究を通して,シミュレーションの実用に際してはモデルの信頼性や完成度を高めるだけではなく,調査段階からシミュレーションによる評価を想定してデータ収集をおこなう必要があること,多数あるパラメータを効率よく調整する必要があること,経路選択行動などのドライバーの挙動を詳しく分析する必要があること,など今後の課題を明らかにした.

審査要旨

 本論文の題目は、"交通運用策評価のための街路網交通シミュレーションモデルの開発(A Network Simulation Model for Evaluation of Traffic Management)"であり、バイパス建設、信号制御、交通規制(一方通行、右左折規制など)の施設整備、交通運用政策がネットワーク上に広がった交通流にどの様な影響を及ぼすのかを事前に評価するためのモデルの開発と検証を行ったものである。車両が時間とともに滞留する現象である交通渋滞を考える場合には、交通流を動的に解析することが要求されるが、そのための有力なツールとして注目されている交通シミュレーションモデルの提案という時宜を得た研究テーマである。

 本モデルの主な特徴は、(1)過飽和交通流(渋滞流)の延伸・解消が適切に再現できること、(2)ドライバーの経路選択行動をドライバー属性と関連づけて内生化していること、(3)各種交通規制が表現できるように信号機、車線構成、車両感知器などが表現できること、があげられる。

 一般に、交通シミュレーションモデルは交通流を流体近似して扱う方法と、個々の車両を離散的に扱う方法があり、それぞれ車両挙動の表現や計算負荷などの面で一長一短がある。本研究では、流体近似して交通流を移動させると同時に、離散的な車両のイメージをも合わせ持つというハイブリッド型モデルを提案している。その結果、モデルアウトプットに要求される詳細度にあわせて計算負荷を調整できること、個々のドライバー・車両の属性(目的地、ナビ搭載の有無など)の管理も可能であるという、流体・離散モデルそれぞれの長所を生かした新規性のあるモデリングを提案していると思われる。

 また、本シミュレーションモデルでは、G2というオペレーティングシステム上において、オプジェクト・オリエンティッドなプログラミングを行い、モデルの利用者にとって操作性が高く、かつプログラムの修正・改良が行いやすいように工夫されている。

 提案しているモデルの検証としては、第1に基本機能の確認として、渋滞流の延伸に関わる伝搬速度が正しく表現できているか、信号交差点からの発進の飽和交通流率が設定通り確保されているか、信号による遅れ時間と飽和度の関係は適切か、ドライバーの経路選択行動は設定通りに行われているか、といった基本的な点について、簡単なネットワークにおけるシミュレーション値と理論的に導かれる値とを比較し、問題がないことを確認している。

 第2の検証として、錦糸町地区と金沢駅前地区の2地区の経路選択の余地のないネットワークにおいて、実際の交通現象の再現性を検証している。さらに、交差点数が数十の豊田市中心部の経路選択の可能なネットワークに適用し、渋滞長・主要区間の旅行時間の変化が概ね再現できていることを確認している。これらの実証的な検証のためには、OD交通量データ、信号制御パラメータ、ネットワークデータなどの入力データおよび、旅行時間、渋滞長などの検証用データ収集・整理に相当の作業量が必要であり、これらの実証的な検証の成果は、今後の動的交通流解析に有用な知見を与えるものと思われる。

 以上のように、本研究は交通流を動的に解析して、政策を評価する交通シミュレーションモデルの提案という時宜を得た研究であり、モデル構築における新規性・独創性が認められるとともに、豊富なモデル検証によって論文としての完成度も高いと思われる。なお、本研究テーマに関する成果は、審査付き論文1編、国際会議発表論文3編(うち1編投稿中)、国内会議発表論文・他4編にまとめられており、内外で高い評価を受け、実際の交運用策評価にも適用されつつある。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54544