交通投資プロジェクトをはじめ交通計画・政策の評価にあたって、最も重要な評価項目のひとつが交通時間にかかわる効果である。その推定にあたって鍵となるパラメータが時間価値であり、これまで多くの理論的、実証的研究が行われてきたが、分析目的に応じた適切な時間価値の推定に関しては多くの課題が残されている。本論文は、交通行動における時間と費用とのトレードオフ関係から推定される「行動価値」に基づく時間価値が、分析対象により大きく変動することに着目して、時間価値の変動を推定するための理論的枠組みと方法を提案し、実証的データに適用して、その有効性を明らかにしようとするものである。具体的な研究目的は、次の3点の分析手法、モデル開発である。(1)時間価値の変動を分析するための理論的・実証的手法の開発 (2)時間価値の個人間変動と個人内変動を区別して分析する手法の開発 (3)交通所要時間の信頼性と合わせた時間価値の推定。 論文は、既存研究のレビューの後、上記3つの研究目的に沿って、大きく3つの内容から構成されている。時間価値の変動を分析する理論的枠組みに関しては、集計レベルの分析として、従来の交通モデルとその理論を検討した上で、ミクロ経済学の消費者行動理論に基づく効用最大化の交通行動モデルで通常使われている一般化費用に時間価値の変動を、正規分布と仮定して組み入れた理論モデルを提案し、1990年の道路交通センサスデータおよび1990年の物流センサスのデータに適用して実証的検討を行った。 この正規分布の仮定は、モデルの操作性の向上に有用であると共に、従来の一般化費用を用いた犠牲量モデルで散見される負の時間価値を分析に取り入れる着想である。実証分析の結果は、誤差項がないと仮定した単純化モデルでも、従来のモデルよりも大幅に適合性が改善されたこと、推定された時間価値は、他の推定値と整合的であること、から提案した方法の妥当性と有効性を示している。さらに、集計レベルで個人間変動を考慮する方法として、従来使われている何らかの外的基準による市場セグメンテーション法に対して、潜在的分類を試みるマスポイント法の適用を提案し、その有効性を実証的に示している。 以上の集計レベルの分析では、集計選択モデルの誤差項と時間価値とは独立であると仮定したが、個人レベルの分析では、一般化費用モデルでは他の変数が取り入れられていないこと等から独立の仮定は不適切である。このため、非集計モデルの分析として時間価値の個人内変動の影響を区別して分析する理論モデルとその推定方法を提案し、首都高速道路における経路選択データに適用してその有効性を確かめている。 最後に、時間と費用に加えて、所要時間の信頼性が交通選択に重要であることに着目して、信頼性を組み入れた非集計モデルを開発し、時間価値推定値との関係を分析している。実証分析は、バングラデシュの魚類荷主に対して独自に行った意向調査によるSPデータについて行っている。信頼性変数設定について、主観的な3段階評価と時間変動とを数量的に関連づけた指標を提案し、プロビット型非集計モデルを適用して、時間価値および時間信頼性の具体的評価値を推定してその有効性を示している。 以上のように、本論文は時間価値の推定に関して、その変動を分析する理論的枠組みを提示し、それに基づく理論モデルを集計レベルおよび非集計レベルのそれぞれについて提案し、具体的な交通データに適用して、モデルの妥当性と有効性について実証的に明らかにしており、交通政策・計画の評価方法の改善に有用な知見を提供するものといえる。 よって、本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |