ITS(インテリジェント・トランスポーテーション・システム)の開発に伴い、動的な交通情報の提供が可能になったことから、その効果を分析する手法の開発がもとめられている。従来の分析では、所要時間など提供される交通情報が正確であり、かつ運転者はその情報に従って行動するという完全情報に基づく合理的行動という強い前提に基づいており、運転者の現実の行動を必ずしも適切に反映していない。本論文は、運転者の知覚プロセスを通して、交通行動が行われるものとして、提供された交通情報に対する知覚値の特性を分析し、それを取り入れた経路選択モデルを開発し、動的交通情報提供による行動変化とその効果を分析しようとするものである。具体的な研究目的は、次の3点である。 1.交通情報に対する運転者の知覚プロセスの分析 2.運転者の知覚値を取り入れた経路選択モデルの開発 3.交通情報の提供による運転者の便益の計測方法の提案 研究は、首都高速道路の利用者に対して独自に行った2つの意識調査(郵送方式とパソコン応答方式)により、所要時間情報の与え方と、運転者の知覚および高速道路と一般道路の経路選択意向にみる交通行動上の反応についてデータを収集して、分析を行っている。 第1の目的である、運転者の知覚プロセスに関しては、提供された所要時間情報に対して、知覚値が広く分散すること、知覚値には5分毎の丸め回答がみられること、知覚はリスク回避ないしリスク中立の傾向が強いこと、交通情報の精度が高くなると知覚の幅および偏りが小さくなる傾向があること、を明らかにしている。 第2の目的である、知覚値を取り入れた経路選択モデルについては、運転者の知覚交通時間、知覚交通時間の偏り、知覚交通時間の幅、を変数とする3種の非集計ロジットモデルを適用して、統計的に有意なモデルを推定し、提供された交通時間を直接組み入れた従来のモデルと比較して、一般に説明力が高いことを明らかにした。また、代替の一般道路の利用経験のある高速道路運転者とその経験がない運転者では、経路選択行動に差があり、前者が知覚(平均)時間とその偏りに基づいて行動するのに対して、後者は知覚(平均)時間のみによって行動するという興味深い結果を明らかにしている。 第3の目的である運転者便益の計測については、経路選択モデルから得られる効用関数に基づいて、効用の増分を推定する方法を提案し、交通情報の提供により、たとえ経路選択行動の変化が小さくても、到着時間への不安などの軽減に伴う効用増がみられることなどをシナリオ分析により示している。 以上、本論文は、技術革新により、現実になりつつある動的な交通情報提供に伴う交通行動の変化に関して、情報の知覚プロセスの重要性を指摘し知覚値の特性を明らかにすると共に、知覚値を明示的に取り入れた説明力が高い経路選択モデルを開発し、それを基に運転者便益の計測方法を提案しており、交通政策分析に有用な知見を提供するものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |