学位論文要旨



No 112205
著者(漢字) ラタナタムサクン,チャワリット
著者(英字) Ratanatamskul Chavalit
著者(カナ) ラタナタムサクン,チャワリット
標題(和) 超低圧運転ナノろ過法の水処理への適用と陰イオン汚染物質の輸送現象
標題(洋) Transport phenomena of anionic pollutants through nanofiltration membranes and their application to water treatment especially in very low pressure range of operation
報告番号 112205
報告番号 甲12205
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3748号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨

 ナノろ過プロセスは、逆浸透法に比べ低圧力での溶質分離が可能となることから、水処理において注目を集めている。本研究は、最小0.03MPa(約0.3気圧に相当)という超低圧領域でのナノろ過法の水処理への適用が可能であることを実証し、各種陰イオンの輸送現象を明らかにするものである。

 本研究で用いたナノろ過膜は、日東電工製NTR-7410,NTR-7250,NTR-7197,NTR-729HF,NTR-759HR,ES-10である。これらの膜によるアニオンの分離が、どのようなメカニズムで行われているかを特定するため、水和半径のことなるイオンの透過性を調べる方法を提案した。その結果、今回用いた膜のうちいくつかの膜については、イオンの水和半径が明らかに膜による分離に影響していたので、輸送現象を、水和現象に起因する部分と荷電現象に起因する部分とにわけて考える必要があった。その他の膜については、ナノろ過膜を単なる荷電膜と考えてよいと考えられた。

 次に、ナノろ過の基本的物性値を得る目的で、輸送方程式として、Extended Nernst-Planck式を用いることにより、膜の有効荷電密度と膜の開孔比を膜厚で割った値(Ak/△x)とを求めた。Ak/△xは、膜が同じであれば一定値を得た。中性の溶質を用いた透過実験を行い、各膜の細孔径を細孔モデルから計算した。今回用いた膜の細孔径は、0.5nm〜2nmの範囲であった。中性溶質の透過実験から求めたAk/△xとExtended Nernst-Planck式から求めたAk/△xは、概ねよく一致していた。膜の有効荷電密度は、低濃度領域では、溶液濃度と線形の関係にあることがわかった。

 リン酸イオンの輸送現象についてpHによるリン酸イオンの平衡状態の変化を加味したモデルを提案し、いくつかの膜で検証した。

 次に各種の陰イオンが混合した系でのナノろ過プロセスの低圧運転(0.03MPa〜0.49MPa)時の設計パラメーターを得ることを目標として、混合系でナノろ過実験を行った。図-1に示すように、ES-10膜を用いた場合、0.2MPaの低圧の操作条件でも3x10-6m/sの比較的高いフラックスが得られ、全ての陰イオンについて90%以上の阻止率が得られた。陰イオンの阻止率は、すべての負荷電膜で、硝酸イオン<塩素イオン<リン酸イオン,硫酸イオンの順であったが、陽荷電膜では陰イオンの阻止率はほぼ同一であった。

図-1 ES-10膜での阻止率の操作圧力依存性

 Extended Nernst-Planck式による各種陰イオンの阻止率の予測では、塩素イオンと硫酸イオンとの関係に代表される1価-2価のイオンの選択性を説明することはできたが、硝酸イオンと塩素イオンに代表される1価-1価のイオンの選択性を説明することはできなかった。この説明のため、膜界面での自由エネルギー変化が存在するとして、膜界面での自由エネルギー変化を加味したドナン平衡式を用いて、膜の内部の濃度を決定し、Extended Nernst-Planck式を用いるモデルを新たに提案した。数値計算によって、本研究で用いた膜での硝酸イオンの塩素イオンに対する分離係数を計算した。

 操作条件の膜分離性能への影響を調べたところ、温度変化による阻止率の変化は、拡散係数、粘性係数の変化だけからは説明できず、膜の何らかの構造変化が認められること、クロスフロー流速の阻止率への影響はほとんどないことを明らかにした。また、pHを7以下にすると陰イオンの阻止率は低下した。

 硝酸の阻止率が他の有機物あるいは無機物の共存からどのような影響を受けるかを解析した。多価の陰イオンの共存が最も阻止率に影響が大きく、大きく硝酸の阻止率が低下した。しかし、膜にフミン質やリグニンは、あまり吸着しなかったため、フミン質やリグニンの共存は大きな影響を与えなかった。このことから、地下水の処理にナノろ過膜を適用する場合に、フミン質やリグニンなどの共存は問題とはならないことがわかった。

審査要旨

 都市の水循環を構築する上で、河川水以外の新たな水資源開発の必要性が高まってきている。特に地下水の涵養と適正な利用や下水処理水の再利用の促進は、今後の新規水資源としての鍵を握るものである。地下水の利用に当たっては、硝酸性窒素等による地下水汚染の防止はもとより、地下水の簡易な浄化技術の開発が必要である。その中で、溶解性物質の除去技術として有望視されているものナノ濾過法がある。しかし、従来のナノ濾過プロセスの運転圧力では、海水淡水化における逆浸透法に比せば低圧であり省エネルギーといえるが、簡易な地下水浄化技術としてはエネルギー消費が大きく、まだ広く適用されるに至っていない。さらなる低圧運転化すなわち省エネルギー運転法の確立が望まれる。低圧領域でのナノ濾過の挙動は未解明な部分が多く、輸送現象の解明を通じて、実用技術として展開していく必要がある。

 本論文は、"Transport phenomena of anionic pollutants through nanofiltration membranes and their application to water treatment especially in very low pressure range of operation"と題し、最小0.03MPa(約0.3気圧に相当)という超低圧領域でのナノろ過法の水処理への適用が可能であることを実証し、各種陰イオンの輸送現象を明らかにするものである。本論文は、9章よりなっている。

 第1章では、研究の背景と目的、及び本論文の構成を述べている。第2章は、既往の研究をまとめたものである。

 第3章は「理論的検討」である。既往の理論をさらに発展させ、リン酸イオンの輸送現象についてpHによるリン酸イオンの平衡状態の変化を加味したモデルの提案を行っている。また、従来より荷電膜の輸送理論に用いられているExtended Nernst-Planck式だけでは、混合イオン系における1価-1価のイオンの選択性を説明することはできないため、膜界面での自由エネルギー変化が存在するとして、膜界面での自由エネルギー変化を加味したドナン平衡式を用いて、膜の内部の濃度を決定し、Extended Nernst-Planck式を用いるモデルを新たに提案した。

 第4章は、実験方法の記述である。

 第5章は「単一の陰イオン種を用いたナノろ過膜の特性の把握」で、輸送方程式として、Extended Nernst-Planck式を用いることにより、膜の有効荷電密度と膜の開孔比を膜厚で割った値(Ak/△x)とを求めた。Ak/△xは、膜が同じであれば一定値を得た。中性の溶質を用いた透過実験を行い、各膜の細孔径を細孔モデルから計算した。今回用いた膜の細孔径は、0.5nm〜2nmの範囲であった。中性溶質の透過実験から求めたAk/△xとExtended Nernst-Planck式から求めたAk/△xは、概ねよく一致していた。また、膜の有効荷電密度は、低濃度領域では、溶液濃度と線形の関係にあることがわかった。リン酸イオンの輸送現象についても、第3章にて提示したモデルの検証を行った。今回用いた膜のうちいくつかの膜については、イオンの水和半径が明らかに膜による分離に影響していたので、輸送現象を、水和現象に起因する部分と荷電現象に起因する部分とにわけて考える必要があった。その他の膜については、ナノろ過膜を単なる荷電膜と考えてよいと考えられた。

 第6章は「低圧領域における混合イオン系のナノ濾過」で、各種の陰イオンが混合した系でのナノろ過プロセスの低圧運転(0.03MPa〜0.49MPa)時の設計パラメーターを得ることを目標としてものである。例えばES-10膜を用いた場合、0.2MPaの低圧の操作条件でも3x10-6m/sの比較的高いフラックスが得られ、全ての陰イオンについて90%以上の阻止率が得られた。陰イオンの阻止率は、すべての負荷電膜で、硝酸イオン<塩素イオン<リン酸イオン,硫酸イオンの順であったが、陽荷電膜では陰イオンの阻止率はほぼ同一であった。Extended Nernst-Planck式による各種陰イオンの阻止率の予測では、塩素イオンと硫酸イオンとの関係に代表される1価-2価のイオンの選択性を説明できた。さらに硝酸イオンと塩素イオンに代表される1価-1価のイオンの選択性を説明するため、第3章で提案したモデルを用い数値計算を行い、本研究で用いた膜での硝酸イオンの塩素イオンに対する分離係数を求めた。

 第7章では、操作条件の膜分離性能への影響を調べた結果をまとめている。温度変化による阻止率の変化は、拡散係数、粘性係数の変化だけからは説明できず、膜の何らかの構造変化が認められること、クロスフロー流速の阻止率への影響はほとんどないことを明らかにした。また、pHを7以下にすると陰イオンの阻止率は低下した。さらに、硝酸の阻止率が他の有機物あるいは無機物の共存からどのような影響を受けるかを解析した。多価の陰イオンの共存が最も阻止率に影響が大きく、大きく硝酸の阻止率が低下した。しかし、膜にフミン質やリグニンは、あまり吸着しなかったため、フミン質やリグニンの共存は大きな影響を与えなかった。

 第8章は「結論」、第9章は「今後の課題」である。

 以上要するに、本論文は従来にない低圧運転条件下でのナノ濾過による陰イオン除去の基本的性能を解明しものであり、貴重なデータと解析手法を提供しているものである。このことによりナノ濾過の地下水浄化技術としての適用が飛躍的に進展することが期待でき、都市環境工学の分野の発展に貢献する成果である。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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