学位論文要旨



No 112206
著者(漢字) 申,興泰
著者(英字)
著者(カナ) シン,フンテ
標題(和) 振動制御型熱輸送デバイスの総合特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 112206
報告番号 甲12206
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3749号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨

 本論文は,「振動制御型熱輸送デバイスの総合特性に関する研究」と題し,6章からなっている.

 第1章では,熱輸送管の必要性,往復振動流の乱流遷移条件および振動制御型熱輸送管に関する従来の研究について記述した.一般に,熱輸送管は,廃熱などのエネルギーを有効に利用すること,または電子,電気機器などからの発熱を輸送することを目的とするデバイスである.既に実用化されている熱輸送管としては,サーモサイフォンやヒートパイプがある.特に,ヒートパイプは,実用化から数十年が経過し,様々な製品が開発されている.しかし,サーモサイフォンでは重力場を利用するため上方に冷却部,下方に加熱部がある必要があり,姿勢に拘束条件がある.ヒートパイプでは,作動温度範囲に限定があること,複雑なウィック構造が必要となること,不凝縮ガスの混入・発生を避ける必要があることなどの問題があり,また熱輸送量に限界があることなど克服すべき多くの問題がある.したがって,このような問題を有しない熱輸送管を開発する必要がある.

 こうした状況で,1984年にKurzweg-Zhaoにより,振動制御型熱輸送管(通称"ドリームパイプ")と呼ばれる新しい熱輸送管が考案された.この熱輸送管は,両端を閉じた管に流体を封入し,両端に温度差を設け,液体に管軸方向の振動を加えることによって,高温端から低温端に向かう管軸方向の熱輸送を促進する熱輸送デバイスである.この液柱の振動により,銅の熱伝導率を遥かに上回る実効熱伝導率が実現でき,また振動条件によってはヒートパイプと同等もしくはそれ以上の熱輸送能力を有すると期待されている.

 振動制御型熱輸送管では,ヒートパイプと比べ,動作温度が広く取れること,管材料と液体との組み合わせによる拘束が弱いこと,構造が簡単であること,振幅あるいは周波数の制御により熱輸送能力の制御が容易にできることなどの長所もあるが,加振エネルギーを要すること,高い実効熱拡散係数を実現するには大きな振幅を必要とし,また管両端に大きな変動吸収体積を必要とすることなどの短所もある.

 そこで,1994年に西尾らは,振動制御型熱輸送管の特徴を最大に引き出すための研究から,本熱輸送現象に関する支配物理量,最適作動液体,最適振動条件あるいは熱輸送効率などについて検討を行うとともに,隣接液柱間の熱交換をも利用することにより高い熱輸送効率の実現を図る逆位相振動制御型熱輸送管を提案した.

 一方,本熱輸送管は,一般的に熱の流れから考えると,管長方向中央部の発達液柱部に加えて加熱・冷却部および未発達液柱部とにより構成される.ここで,(1)「加熱・冷却部」は熱が管外表面から出入りする領域,(2)「未発達液柱部」は加熱・冷却部の近傍で液体の速度・温度の分布や変動が軸方向に相似でない領域,(3)「発達液柱部」は速度・温度の分布や変動が軸方向に相似となる領域を意味する.しかし,本熱輸送管に関するこれまでの報告の検討対象は,本熱輸送管の心臓部である発達液柱部に限られている.したがって,実際に本熱輸送管を熱輸送デバイスとして設計するためには,発達液柱部のみでなく,加熱部から冷却部までの総括熱抵抗を把握しなければならないが,これらに関する理解が欠如している.

 以上の背景から,本研究では,振動制御型熱輸送デバイスを設計することを念頭に,一般的に加熱・冷却部,未発達液柱部および発達液柱部との三つの領域により構成される本熱輸送管に対して,加熱・冷却部における管内熱伝達率を検討し,これを基に本熱輸送管の総括熱抵抗を評価する簡易モデルを提案した.また,振動制御型熱輸送管の特徴を表すために,従来の熱輸送方式との熱輸送性能を比較した.さらに,本熱輸送管の熱輸送限界に関して検討した.

 第2章では,上述した振動制御型熱輸送管に対して熱輸送に関する数値シミュレーションを行い,加熱・冷却部における管内熱伝達率を検討した.その結果,次のことがわかった.

 等温壁系,極限系および現実系を対象とした往復振動流における管内熱伝達率は一方向層流流れにおけるHausenの式と類似した型の整理式で表される.最適振動条件下で振幅が小さい場合の加熱・冷却部における管内熱伝達率は,発達した一方向層流におけるそれに近い.加熱・冷却部における管外面熱伝達率が高いほど極限系の管内熱伝達率は等温壁系のそれに近づく.軸方向に左右対称条件の加熱部より非対称条件の冷却部における管内熱伝達率が大きい.管材料が熱伝導率の高い銅の場合がSUSの場合より,加熱・冷却部における熱伝達率は小さい.

 第3章では,第2章と同様な数値シミュレーションにより,本熱輸送管における総括熱抵抗を検討した.その結果,次のことがわかった.

 現実系の振動制御型熱輸送管は,温度分布や変動が管軸方向に相似でない加熱・冷却部と未発達液柱部,およびこれらが相似となる発達液柱部により構成される.未発達液柱部は,管内表面における時間平均熱流束が0でない領域が加熱・冷却部近傍に存在することと,時間平均軸方向温度勾配の符号が変化する(加熱部あるいは冷却部)領域を液体要素が通過することにより生じる.以上を基に,振動制御型熱輸送管における総括熱抵抗および熱輸送量を評価するために提案した簡易モデルにより,振動制御型熱輸送管における熱輸送量がかなりの精度で計算できる.少なくとも,最適振動条件においても,発達液柱部における熱抵抗が総括熱抵抗の大半を占める振動制御型熱輸送管により,銅の10倍程度の実効熱伝導率が実現できる.熱輸送量は,周波数および加熱・冷却部長さの増大とともに増大する.

 第4章では,本熱輸送管と銅棒および従来の循環式との熱輸送性能を数値シミュレーションにより比較した.その結果,以下のことがわかった.

 振動制御型熱輸送管は,同一管径の銅棒に比べて遥かに上回る熱輸送性能を有する.流動駆動仕事を同じとして管一本当たりを比較対象とすると,原型熱輸送管は循環式と比べて特徴を引き出しにくいが,逆位相熱輸送管では循環式に比べて熱輸送量が大きくなる条件が存在する.循環式に対して環流流路を含めた管断面基準で比較すると,原型熱輸送管でも循環式に比べて熱輸送量が大きくなる条件が存在する.

 第5章では,振動制御型熱輸送管における拡散促進効果は,往復流動により形成される速度分布に密接な関係があることから,往復振動流が乱流へ遷移することによる本熱輸送管の熱輸送限界の可能性を実験的に検討した.その前に,管内往復振動流の可視化実験から乱流遷移条件を調べた.その結果,以下のことがわかった.

 本実験から求めた乱流遷移条件はKurzwegらの実験結果とよく一致することがわかった.層流振動流条件および乱流遷移条件近傍での発達液柱部における実効熱伝導率はKavianyの解析解などとよく一致する.乱流遷移条件より遠く離れていない往復振動流領域の場合,管内往復振動流が層流から乱流に遷移することによって振動制御型熱輸送管の熱輸送性能は増大する.これは,乱れによる管半径方向の熱拡散係数が増加することに起因すると考えられる.以上より,本熱輸送管においては少なくとも乱流遷移条件が熱輸送限界を引き起こすことはない.

 第6章は,本論文の結論である.

審査要旨

 本論文は、「振動制御型熱輸送デバイスの総合特性に関する研究」と題し、振動励起熱輸送現象において現出する効果の一つである「拡散促進効果」を利用した熱輸送管を対象としたものである.こうした管内の液体往復振動流による拡散促進効果を利用した本熱輸送管については、その心臓部である発達液柱部に関する研究により、高い熱輸送能力と制御性を有することが知られている.しかし、発明以来日が浅いことから、管に熱が供給される加熱部から熱が放出される冷却部までの熱輸送管全体の総括熱抵抗や、層流往復振動流の遷移による熱輸送量限界の可能性などが全く把握されておらず、ヒートパイプや流体循環方式などの在来の熱輸送方式との対比における熱輸送デバイスとしての位置づけが明確でなかった.そこで、本論文では数値シミュレーションや実験によりこれらの点を明確にすることを目的としている.

 論文は6章より構成されており、第1章「序論」では、従来の研究および研究目的をまとめている.

 第2章「往復振動流における熱伝達率」では、本熱輸送管における熱の出入口である加熱・冷却部における熱伝達率を数値計算により検討している.往復振動流における熱伝達現象の特徴は、加熱部を例とすると、通常の管内一方向流における熱伝達では流体自体がヒートシンクとなるが、時間平均速度が0である振動流では系内にヒートシンクを人工的に配置しなければヒートバランスがとれないことである.こうした往復振動流について、まず加熱・冷却部管壁を等温壁とした系について数値計算を行い、局所熱伝達率の変動などに関する考察を基に、等温管内一方向層流熱伝達率の無次元整理式であるHausenの式を振動流の特性値を用いて修正することにより時空間平均熱伝達率を整理する一般式を提案している.さらに、管外から有限の熱伝達率で加熱・冷却される現実の系について検討を行い、管内熱伝達率は管材料の物性値などの影響を受けるものの、上述の等温管内往復振動流における一般整理式の値に近いことを示した.

 第3章「振動制御型熱輸送管における総括熱抵抗モデル」では、第2章の加熱・冷却部における熱伝達率の検討結果に基づき、本熱輸送管の総括熱抵抗に関するモデルを構築している.まず、加熱部において管外より熱が供給され、熱輸送管を通って冷却部において管外へ熱が放出されるまでの系について数値計算を行い、本熱輸送管内の往復振動流の状態は、加熱・冷却部と時間平均温度分布が管軸方向に相似となる発達液柱部との間に、時間平均温度分布が相似とならない未発達液柱部が存在し、この部分の管軸方向熱抵抗は発達液柱部より小さいことを見いだしている.また、本熱輸送管と同じ外径を有する銅円柱の1/10の熱抵抗を有する作動条件においても、発達液柱部の熱抵抗が総括熱抵抗の主要部分を占めることを示している.これらのことに基づき、加熱・冷却部における熱伝達率を(管材料に依存しない)等温壁系における整理式で見積もり、未発達液柱部における管軸方向熱抵抗を発達液柱部におけるそれと同一に見積もるなど総括熱抵抗を簡素化したモデルを提案し、このモデルにより本熱輸送管の総括熱抵抗が十分表現できることを示している.

 第4章「振動制御型熱輸送管の特徴」では、本熱輸送管における熱輸送量を従来の循環流方式におけるそれと駆動動力一定条件で比較している.その結果、循環方式は熱輸送流路の他に環流流路を要するが、本熱輸送管の逆位相型については熱輸送流路断面積のみに基づいて比較しても循環方式より熱輸送量が優る作動条件が存在すること、熱輸送流路と環流流路との合計断面積に基づいて比較すると同位相型についても本熱輸送管の熱輸送量が優る作動条件が存在することを明らかにしている.

 第5章「振動制御型熱輸送管における熱輸送限界」では、往復振動流の層流からの逸脱が熱輸送限界を引き起こす可能性があるとの判断から、これについて実験的に検討している.まず、トレーサを用いた可視化により層流の崩壊条件を調べ、この条件が振動流レイノルズ数とウォマスリ数で示されることを確認している.この結果に基づき、層流状態から非層流状態にわたる往復振動流について発達液柱部における実効熱伝導率の測定実験を行い、非層流条件では層流条件における予測値より実効熱伝導率がさらに向上することを示すとともに、簡単なモデル解析により管半径方向の熱輸送が渦拡散により増大することがこの主因である可能性を示している.

 第6章「結論」では、以上の結果をまとめている.

 以上要するに、本論文は、これまで層流条件における発達液柱部に研究が集中していた振動制御型熱輸送管の性能に関し、総括熱抵抗の把握、在来の循環方式との熱輸送量の比較、層流条件の崩壊に伴う熱輸送限界の可能性など総合特性に対して検討を加えたものであり、機械工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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