本研究では、近年の海洋構造物の大型柔軟化、大水深化の背景を受け、海洋開発に用いられる機器や構造物の建設作業の自動化を目指し、海中で柔軟構造物や機器を自航させ、自動組立、設置する手法を開発するための検討を行っている。このため、 (1)中性浮力化された柔軟な海中構造物について、弾性応答と姿勢、軌道を同時に制御しながら、海中に設定された固定目標に、指定された精度内でドッキングするアクティブ制御システムの開発 (2)2基の柔軟な海中構造物について、弾性応答と姿勢、軌道を制御しながら、それぞれがドッキングして一体になった後、さらに海中に設定された固定目標に指定された精度内でドッキングするシステムの開発 を目的として制御システムを構築し、理論及び模型実験により検討を加えた。 海中で柔軟構造物が運動する場合の制御問題では、軌道、姿勢運動と弾性運動が連成したものになり、これらの制御を独立に考えるのではなく全体のバランスを考えて制御系を設計しなければならないという点で宇宙構造物に、一方、制御対象に加わる外乱が大きく本質的に非線形であり、また、事前に時刻歴がわからない不確定性が強いという点、宇宙構造物などに比較して圧倒的に大きな質量を持つ点で土木、建築構造物に共通した性格を持っている。さらに海中構造物に特有の性格としては、複雑な流体力の効果、浮力の効果に加えて、位置計測センサーとしては超音波計測が主たる手段であるため、他の分野の制御問題に比べて複雑な側面を有している点がある。 このような海中構造物の特徴は、制御対象のダイナミクスのモデリングを困難にしており、アクチュエータの動特性にも不確実な点があるため、海中構造物の制御問題においてはロバスト性が重要な問題となると考えられる。そこで、軌道と弾性応答の連成制御系の設計をH∞制御手法を用いて設計する。モード空間に於ける制御モードについて目標値追従を良好にするためのフィードフォワードと、最適レギュレータによるフィードバックを構成してノミナルモデルの過渡特性と速応性を改善した閉ループ系を構成する。この閉ループ系に対し、剰余モードの影響を加法的モデル誤差として、混合感度問題を解いてループ整形を行いロバスト性の向上を図った。モード空間の制御モードについて状態方程式に基づいて時間領域で最適レギュレータを構成することで、制御モードに関する制御性能を向上させ、出力フィードバックによるH∞のみでは保守的になる可能性を除くようにしている。また、制御モードに関する制御性能が直感的に理解しやすいというメリットもある。制御モードの抽出にはモーダルフィルターを用いた。次に、ドッキングや一定高度の軌道を保つ場合には、ステップ入力に対し、定常偏差なく追従させる必要があるため、1型のロバストサーボ系を構成する必要があるが、混合感度問題の定式化において感度関数の重みに積分要素をいれて制御器に積分要素を持たせるようにした。 制御対象が剛体とみなせる場合には、H∞制御手法ではモデル誤差の性質によっては、保守的なコントローラになり効率的でない可能性があるため、適応モデル追従制御系を新たに設計した。本研究で設計した適応モデル追従制御系は、求める規範モデルと実システムとの出力誤差が許容範囲以上であれば、リアプノフの方法に基づいてゲインが適応的に更新されモデル追従系を実現するというものである。規範モデルは、モデリングによって得られたノミナルモデルに対し、フィードフォワード制御力及び目標値との誤差を状態変数とする最適制御によるフィードバック制御力を入力し、このとき得られる誤差システムとする。 ゲインを適応的に更新するため、モデルマッチング条件を用いてゲイン固定のモデル追従制御系を構成する場合に比べて、不必要に過大なゲインとならないようになっており、効率的な制御が期待できる。また、実際の構造物への実装においては、サンプリング間隔によっては、連続系で定式化したモデル追従系ではサンプリング間隔内で入力が一定であることを考慮していないため、離散化誤差によりチャタリングが起きる可能性も無視できないため、適応ディジタルモデル追従制御系も設計した。 更に、海中で柔軟構造物の設置、組立を行う場合には、構造と制御を含めたシステムについて、構造強度、設置組立における作業時間、制御に用いるアクチュエータ数といった観点からシステム全体の最適化を行う必要があると考えられるので、この点についても簡単な検討を加えてある。 海中の柔軟構造物の自動設置、組立に関する検討を行うため、大型の柔軟海中構造物を想定した制御対象モデルを決定しなければならないが、そのような構造物は現存するものはないので、現存する構造物をもとに、面的な広がりを持つ構造物を想定し、面内の剛性に比べ面外の剛性が低いモデルを制御対象として設計した。本研究における制御対象モデルは、1/100スケールのモデルを想定しており、一辺が11cm、空中重量1.5kgの剛体モジュールを1m四方にわたって非常に細長な梁で複数結合したものになっている。 ドッキングに際しては、外乱やモデル誤差の影響により軌道追従が完全でなく、ドッキングターゲットに衝突したり、ドッキングターゲットからずれた位置に構造物が移動したりすることを避ける必要がある。このため緩衝地点として、ドッキングターゲットの近傍にホバリングポイントを設け、スタート地点からホバリングポイントまでを軌道追従させ、ホバリングポイントで最終的な位置調整を行った後、ドッキングターゲットを目標に構造物を軌道追従させる様にした。ホバリングポイントからドッキングポイントまでの間に軌道を外れて許容範囲内から逸脱した場合には、ホバリングポイントに構造物の目標値が戻され再度位置調整を行ってドッキングを再開する様にしている。 本研究では、位置センサーとしては、LBL方式による超音波位置計測システムを新たに開発し、アクチュエータとして新たにスラスターを設計した。位置計測はLBL方式により行うが、制御システム全体を統括する計算機のコントローラから計測の部分を独立させるため、新たに超音波位置計測装置のコントローラを設計、制作した。これは、計測にかかる計算機の負担を軽減し、限られたサンプリング時間を有効に利用するためである。LBLに用いる超音波受信子は、広範囲にわたって構造物が移動するため、受信子の指向性の範囲から送信子の位置が外れて、計測データの信頼性が低くなることを避けるため、合計6個の受信子を配置し、6個の中から信頼性の高い3個の組合せを選択して利用できるよう計測アルゴリズムを工夫した。 実験は、次の各場合について行う。 (1)総空中重量約13.5kg、1m四方の柔軟構造物を全体剛性を2種類変化させたそれぞれの場合について、精度5mm及び3mmで水中の固定目標に、軌道、姿勢、弾性応答を制御しつつドッキングさせる (2)総空中重量約7.5kg、最長1mの柔軟構造物2基を精度5mmで浮遊状態で水中でドッキングさせた後、一体となった構造物を水中の固定目標にドッキングさせる 以上のそれぞれの場合について、弾性応答制御については先に述べたようなH∞制御手法を用い、剛体とみなせる平面内の運動についてはH∞制御、及び連続、離散2種類の適応モデル追従制御を用いてそれぞれについて実験を行う。そして、実験(1)では、海中で柔軟な構造物をアクティブ制御手法により運搬し、自動設置及び組立が可能であるかどうかについて、(2)では、さらに2機の柔軟構造物が自律分散的なコントローラによりドッキング可能であるかどうかについて検証する。 本研究における実験の様子をFig.1、Fig.2に、結果の一部をFig.3、Fig.4に示す。 実験におけるドッキングの精度である3mmは、ワイヤー等を用いて現行で行われている許容範囲より厳しい精度となっている。実験においては、超音波送信子12機、受信子6機、スラスター最大10機を用いるため模型には非常に多数のケーブルが繋がっているが、これらの作用を制御対象に加わる未知外乱として、未知外乱に対する制御系のロバスト性の検証を行う。 本研究の結果、実機換算にして約15000t、100m四方の柔軟海中構造物をアクティブ制御手法により0.3m以内の精度で水中の固定目標にドッキングすることが可能である、また、2基の柔軟構造物が浮遊状態でドッキングし、さらに固定目標にドッキングさせることが可能であるという知見を得た。この場合には、H∞制御、適応モデル追従制御の手法により、ドッキング前のそれぞれの構造物の制御系のロバスト性を用いてお互いの運動の相互干渉を吸収し、自律分散的に制御を行うことで、一体となった柔軟構造物の制御を行うことも可能であるという知見を得た。 この技術が可能になれば、構造物をドックで進水させ、静穏な海中を運航させることにより波浪による運搬バージの変形による荷重や、海中に投入する際の荷重を考慮する負担が低減され、強度部材を減らせる可能性がある。また、正確な位置決めや海底にソフトランディングする必要がある場合など、従来のクレーンで吊り下げる方式に比べて、クレーンの波浪による動揺の影響を受けずにすむため安全性が高まる、海象の影響に左右されないなど作業効率の著しい向上が期待できる。 更に、海洋に特有の作用である浮力を利用し、構造の重量分布と浮力分布を一致させることにより、静止状態においては基本的に殆ど内力を生じないようにすることが可能となるので、この技術が可能になれば構造剛性を従来に比べて極端に小さくできる可能性があり、海中に特有の全く新しい構造形態を生み出すことも期待できる。 Fig.1 Schematic Sketch of Experimental SetupFig.2 General View of the Docking of Two Structures and Docked Structure AfterwardFig.3 Mission-1 Center Body Trajectory in Y-directionFig.4 Mission-1 Experimental Result of Tracking in Z-direction |