学位論文要旨



No 112210
著者(漢字) 渡辺,啓介
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ケイスケ
標題(和) 柔軟な海中構造物の自動設置・組立に関する研究
標題(洋)
報告番号 112210
報告番号 甲12210
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3753号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 前田,久明
 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 助教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 鈴木,英之
内容要旨

 本研究では、近年の海洋構造物の大型柔軟化、大水深化の背景を受け、海洋開発に用いられる機器や構造物の建設作業の自動化を目指し、海中で柔軟構造物や機器を自航させ、自動組立、設置する手法を開発するための検討を行っている。このため、

 (1)中性浮力化された柔軟な海中構造物について、弾性応答と姿勢、軌道を同時に制御しながら、海中に設定された固定目標に、指定された精度内でドッキングするアクティブ制御システムの開発

 (2)2基の柔軟な海中構造物について、弾性応答と姿勢、軌道を制御しながら、それぞれがドッキングして一体になった後、さらに海中に設定された固定目標に指定された精度内でドッキングするシステムの開発

 を目的として制御システムを構築し、理論及び模型実験により検討を加えた。

 海中で柔軟構造物が運動する場合の制御問題では、軌道、姿勢運動と弾性運動が連成したものになり、これらの制御を独立に考えるのではなく全体のバランスを考えて制御系を設計しなければならないという点で宇宙構造物に、一方、制御対象に加わる外乱が大きく本質的に非線形であり、また、事前に時刻歴がわからない不確定性が強いという点、宇宙構造物などに比較して圧倒的に大きな質量を持つ点で土木、建築構造物に共通した性格を持っている。さらに海中構造物に特有の性格としては、複雑な流体力の効果、浮力の効果に加えて、位置計測センサーとしては超音波計測が主たる手段であるため、他の分野の制御問題に比べて複雑な側面を有している点がある。

 このような海中構造物の特徴は、制御対象のダイナミクスのモデリングを困難にしており、アクチュエータの動特性にも不確実な点があるため、海中構造物の制御問題においてはロバスト性が重要な問題となると考えられる。そこで、軌道と弾性応答の連成制御系の設計をH∞制御手法を用いて設計する。モード空間に於ける制御モードについて目標値追従を良好にするためのフィードフォワードと、最適レギュレータによるフィードバックを構成してノミナルモデルの過渡特性と速応性を改善した閉ループ系を構成する。この閉ループ系に対し、剰余モードの影響を加法的モデル誤差として、混合感度問題を解いてループ整形を行いロバスト性の向上を図った。モード空間の制御モードについて状態方程式に基づいて時間領域で最適レギュレータを構成することで、制御モードに関する制御性能を向上させ、出力フィードバックによるH∞のみでは保守的になる可能性を除くようにしている。また、制御モードに関する制御性能が直感的に理解しやすいというメリットもある。制御モードの抽出にはモーダルフィルターを用いた。次に、ドッキングや一定高度の軌道を保つ場合には、ステップ入力に対し、定常偏差なく追従させる必要があるため、1型のロバストサーボ系を構成する必要があるが、混合感度問題の定式化において感度関数の重みに積分要素をいれて制御器に積分要素を持たせるようにした。

 制御対象が剛体とみなせる場合には、H∞制御手法ではモデル誤差の性質によっては、保守的なコントローラになり効率的でない可能性があるため、適応モデル追従制御系を新たに設計した。本研究で設計した適応モデル追従制御系は、求める規範モデルと実システムとの出力誤差が許容範囲以上であれば、リアプノフの方法に基づいてゲインが適応的に更新されモデル追従系を実現するというものである。規範モデルは、モデリングによって得られたノミナルモデルに対し、フィードフォワード制御力及び目標値との誤差を状態変数とする最適制御によるフィードバック制御力を入力し、このとき得られる誤差システムとする。

 ゲインを適応的に更新するため、モデルマッチング条件を用いてゲイン固定のモデル追従制御系を構成する場合に比べて、不必要に過大なゲインとならないようになっており、効率的な制御が期待できる。また、実際の構造物への実装においては、サンプリング間隔によっては、連続系で定式化したモデル追従系ではサンプリング間隔内で入力が一定であることを考慮していないため、離散化誤差によりチャタリングが起きる可能性も無視できないため、適応ディジタルモデル追従制御系も設計した。

 更に、海中で柔軟構造物の設置、組立を行う場合には、構造と制御を含めたシステムについて、構造強度、設置組立における作業時間、制御に用いるアクチュエータ数といった観点からシステム全体の最適化を行う必要があると考えられるので、この点についても簡単な検討を加えてある。

 海中の柔軟構造物の自動設置、組立に関する検討を行うため、大型の柔軟海中構造物を想定した制御対象モデルを決定しなければならないが、そのような構造物は現存するものはないので、現存する構造物をもとに、面的な広がりを持つ構造物を想定し、面内の剛性に比べ面外の剛性が低いモデルを制御対象として設計した。本研究における制御対象モデルは、1/100スケールのモデルを想定しており、一辺が11cm、空中重量1.5kgの剛体モジュールを1m四方にわたって非常に細長な梁で複数結合したものになっている。

 ドッキングに際しては、外乱やモデル誤差の影響により軌道追従が完全でなく、ドッキングターゲットに衝突したり、ドッキングターゲットからずれた位置に構造物が移動したりすることを避ける必要がある。このため緩衝地点として、ドッキングターゲットの近傍にホバリングポイントを設け、スタート地点からホバリングポイントまでを軌道追従させ、ホバリングポイントで最終的な位置調整を行った後、ドッキングターゲットを目標に構造物を軌道追従させる様にした。ホバリングポイントからドッキングポイントまでの間に軌道を外れて許容範囲内から逸脱した場合には、ホバリングポイントに構造物の目標値が戻され再度位置調整を行ってドッキングを再開する様にしている。

 本研究では、位置センサーとしては、LBL方式による超音波位置計測システムを新たに開発し、アクチュエータとして新たにスラスターを設計した。位置計測はLBL方式により行うが、制御システム全体を統括する計算機のコントローラから計測の部分を独立させるため、新たに超音波位置計測装置のコントローラを設計、制作した。これは、計測にかかる計算機の負担を軽減し、限られたサンプリング時間を有効に利用するためである。LBLに用いる超音波受信子は、広範囲にわたって構造物が移動するため、受信子の指向性の範囲から送信子の位置が外れて、計測データの信頼性が低くなることを避けるため、合計6個の受信子を配置し、6個の中から信頼性の高い3個の組合せを選択して利用できるよう計測アルゴリズムを工夫した。

 実験は、次の各場合について行う。

 (1)総空中重量約13.5kg、1m四方の柔軟構造物を全体剛性を2種類変化させたそれぞれの場合について、精度5mm及び3mmで水中の固定目標に、軌道、姿勢、弾性応答を制御しつつドッキングさせる

 (2)総空中重量約7.5kg、最長1mの柔軟構造物2基を精度5mmで浮遊状態で水中でドッキングさせた後、一体となった構造物を水中の固定目標にドッキングさせる

 以上のそれぞれの場合について、弾性応答制御については先に述べたようなH∞制御手法を用い、剛体とみなせる平面内の運動についてはH∞制御、及び連続、離散2種類の適応モデル追従制御を用いてそれぞれについて実験を行う。そして、実験(1)では、海中で柔軟な構造物をアクティブ制御手法により運搬し、自動設置及び組立が可能であるかどうかについて、(2)では、さらに2機の柔軟構造物が自律分散的なコントローラによりドッキング可能であるかどうかについて検証する。

 本研究における実験の様子をFig.1、Fig.2に、結果の一部をFig.3、Fig.4に示す。

 実験におけるドッキングの精度である3mmは、ワイヤー等を用いて現行で行われている許容範囲より厳しい精度となっている。実験においては、超音波送信子12機、受信子6機、スラスター最大10機を用いるため模型には非常に多数のケーブルが繋がっているが、これらの作用を制御対象に加わる未知外乱として、未知外乱に対する制御系のロバスト性の検証を行う。

 本研究の結果、実機換算にして約15000t、100m四方の柔軟海中構造物をアクティブ制御手法により0.3m以内の精度で水中の固定目標にドッキングすることが可能である、また、2基の柔軟構造物が浮遊状態でドッキングし、さらに固定目標にドッキングさせることが可能であるという知見を得た。この場合には、H∞制御、適応モデル追従制御の手法により、ドッキング前のそれぞれの構造物の制御系のロバスト性を用いてお互いの運動の相互干渉を吸収し、自律分散的に制御を行うことで、一体となった柔軟構造物の制御を行うことも可能であるという知見を得た。

 この技術が可能になれば、構造物をドックで進水させ、静穏な海中を運航させることにより波浪による運搬バージの変形による荷重や、海中に投入する際の荷重を考慮する負担が低減され、強度部材を減らせる可能性がある。また、正確な位置決めや海底にソフトランディングする必要がある場合など、従来のクレーンで吊り下げる方式に比べて、クレーンの波浪による動揺の影響を受けずにすむため安全性が高まる、海象の影響に左右されないなど作業効率の著しい向上が期待できる。

 更に、海洋に特有の作用である浮力を利用し、構造の重量分布と浮力分布を一致させることにより、静止状態においては基本的に殆ど内力を生じないようにすることが可能となるので、この技術が可能になれば構造剛性を従来に比べて極端に小さくできる可能性があり、海中に特有の全く新しい構造形態を生み出すことも期待できる。

Fig.1 Schematic Sketch of Experimental SetupFig.2 General View of the Docking of Two Structures and Docked Structure AfterwardFig.3 Mission-1 Center Body Trajectory in Y-directionFig.4 Mission-1 Experimental Result of Tracking in Z-direction
審査要旨

 海洋において機器や構造物を設置したり組み立てる作業には様々なニーズがある。従来これらの作業は主に海面のクレーン船などから構造物を吊り下げ、位置決めを行うことで行われてきた。しかしながら、海面から構造物を吊り下げる場合クレーン船の動揺が位置決め精度に大きく影響する。さらに動揺が増すと、設置は不可能となる。このため作業は静穏な海象を選んで実施されることとなり効率的でない。最近の動向としては石油生産の水深が1000mを超え、目標は2000mに向かいつつある。試掘については水深3000mの可能性も指摘される状況にある。このような水深では水面からの位置決め精度はかなり低下するため、機器や構造物の設置・組み立てではスラスターを用いた遠隔操作による設置手法に移行せざるを得ない。

 一方、設置対象となる構造物を見ると、固定式海洋構造物の場合水深が大きくなるに従ってコストは指数関数的に増加する。これは構造物の応答を抑えて機能上必要な剛性を維持するために膨大な材料が必要になることを意味しており、開発を経済的に成り立たせることを脅かしている。このため、材料の使用量を抑え水深に伴うコストの増加を最小にしたコンプライアント構造物など軽量化した構造形式に移行している。このように長大で軽量な構造物の設置では、弾性変形を管理する必要が生じてくる。

 これらの動向を総括すると、近い将来大水深で求められる技術は機器や構造物の弾性応答を制御しつつ目標位置に設置・組み立てる技術であると予測される。さらに、大型構造物は設置・組み立て作業のために、余剰な強度を有することがしばしばあるので、設置・組み立て作業の際に構造物に加わる外力や変形を小さく抑えることができれば、完成時に必要な強度以外の余剰な強度を取り去った、合理化が一層進んだ構造物が可能になると考えられる。

 本論文は、柔軟な構造物の設置を想定して、構造応答を能動的に制御しつつ、あらかじめ決められた軌道に沿って運動させ、高い精度でドッキングを行うことで、構造物を破壊しないように自動的に設置・組み立てを行う手法の開発を行った。まず、現在実用化されている海洋構造物の建設・組み立てについて特徴、作業内容の分析を行い、ついで制御手法の開発を行い、最後に実際に実験システムを構築してこのような手法の有効性を実験により実証した。

 手法面では、水中で柔軟構造物を軌道に沿って運動させる場合、姿勢と弾性運動が連成した系となり、数学的には無限自由度の系、工学的には多自由度系としての取扱いとなる。限られた数のアクチュエータでいかに安定で応答特性のよい、全体的にバランスの取れた制御系を設計するかが重要となる。一方で、構造物に加わる流体力学的外乱は絶対値が相対的に大きく本質的に非線形であるなど、制御対象のダイナミクスのモデリング上難しい問題と提起する。制御系設計上はロバスト性の確保が重要な問題となる。そこで、本論文では剛体運動と弾性応答の連成する公称系について軌道追従を良好にするためのフィードフォワードと、最適レギュレータによるフィードバック、さらに、柔軟構造物の制御で行われるDVFBを併用して過渡特性と速応性を改善した上で、剰余モードの影響を加法的モデル誤差として、混合感度問題を解いてループ整形を行うH∞制御手法によりロバスト性の向上を図っており、既存の手法を効果的に組み合わせることにより特性が良好な制御系を効率的に組み立てる手法を提案している。また、制御対象が剛体とみなせる場合については、不必要に過大なゲインとならないモデル追従型適応制御系を新たに定式化し、有効性を確認している。また、このような能動制御と構造物の融合したシステムについて、システムの合理化の観点から、構造剛性、作業時間、アクチュエータ数など関連するパラメータを取上げ、システム全体の最適化について検討を加えている。

 実験では、現在設置の対象となっている構造物あるいは部分構造の大きさが100mオーダーであることから、実機の1/100スケールに相当する実験模型を制作した。この実験模型は、一辺が11cm、空中重量1.5kgの立方体剛体モジュールを1m四方にわたって非常に細長な梁で複数結合したもので、面的な広がりを持ち、面内の剛性に比べ面外の剛性が低い実験模型である。実機に相似な模型に比べより柔軟で制御の難しいこの実験模型について、以下の実験を行い成功させた。

 (1)代表寸法1mの柔軟な実験模型について、弾性応答と姿勢を同時に制御しながら、軌道を追従させ水中に設定された固定目標に、3mmの精度内でドッキングさせる。

 (2)2基の柔軟な実験模型について、それぞれの弾性応答と姿勢を制御しつつ、軌道を追従させてドッキングし、一体になった後さらに水中に設定された固定目標に5mmの精度内でドッキングさせる。

 ドッキングの精度3mmは、構造物を海面からワイヤーで吊り下げ設置を行う現行の設置精度より高い精度である。すなわち、実機換算にして約15000t、100m四方の柔軟海中構造物を能動制御の手法により0.3m以内の精度で水中の固定目標にドッキングさせることに相当している。2基の柔軟構造物を浮遊状態でドッキングし、さらに固定目標にドッキングさせる場合については、H∞制御あるいはモデル追従型適応制御により実現されたロバスト性により、結合後の運動の相互干渉を吸収しつつ、各実験模型を自律分散的に制御することで、一体となった柔軟構造物の制御を行うことが可能であることを示した。

 また、本研究では実験用の位置センサーとして、LBL方式による超音波位置計測システムを新たに開発し、アクチュエータについても小型のスラスターの開発を行い実験に用いている。このため、最大で12機の超音波位置センサー、10機のスラスターを実験模型に取り付けており、多数のケーブルが実験模型につながっているが、これらの影響にもかかわらずロバスト性向上の効果により高い精度でドッキングさせることが可能であった。また、計測データの信頼性が低下することを避けるため、合計6個の受信子を配置し、6個の中から信頼性の高い3個の組合せを選択して計測に用いるよう計測アルゴリズムの開発を行った。

 本論文は、制御手法の開発、センサー、アクチュエータなど実験システムの開発など、多数の要素を複合して従来、不可能であった実験を可能とすることで、柔軟な海洋構造物の自動設置・組み立て技術の実用化への可能性を示し、さらに、海洋構造物の形態、合理化について新たな展望を示したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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