学位論文要旨



No 112212
著者(漢字) 武市,祥司
著者(英字)
著者(カナ) タケチ,ショウジ
標題(和) 統合化生産システムにおける溶接構造物の精度管理に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 112212
報告番号 甲12212
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3755号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 吉田,宏一郎
 東京大学 教授 小山,健夫
 東京大学 教授 大坪,英臣
内容要旨

 製造業においては、生産活動を取り巻く種々の環境の影響や相互作用などについて十二分に考慮し、製品の生産(計画、設計、製造、制御、管理、運用など)に関係する生産要素(情報、労働、設備、原材料など)の総合的な調整と最適化が要求される。この要求に対応するために、製品の設計や生産に関わる全要素を一つのシステムとして把握し、システム全体としての最適化をはかることが求められ、設計・生産活動をシステムとして捉える「生産システム」という概念が誕生している。また、20世紀の中頃に登場した計算機(コンピュータ)は、我々が営む社会生活に存在する多種多様の問題に対して、「問題解決のための最も強力な手段」を我々に提供するものであり、我々の社会生活自体を大きく変革する道具となっている。製造業でも、高度に発達した計算機を中核として、大規模な統合化された生産システムの構築が試みられ始めている。

 生産システムにおいて管理されるべき重要な項目の一つに精度管理がある。製品の精度管理は、製品の各種の機能の発揮や出来上がりの美観に関連するばかりでなく、生産性や生産コストとも関連が深い。本研究では、溶接構造物の建造の際の精度管理活動の体系化を試み、東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻生産システム工学研究室において研究開発されている「造船のための設計・生産システムのプロトタイプ・システムSODAS(System Of Design and Assembling for Shipbuilding)」を基盤として、造船における精度管理支援システムのプロトタイプ・システムの構築を目的とする。

 まず、本研究のシステムの基となるSODASについて概観する。SODASでは、製品モデル(product model)を中核として、製品情報の生成・活用という観点から生産システムを捉え直している。具体的には、製品情報の生成という観点から設計を見直して各種の設計機能が定義され、また、製品情報の活用という観点から(狭義の)生産を見直して各種の生産機能が定義されている。本研究では、SODASにおける中間製品の製品モデルである組立モジュールの有する情報を利用して、計算機を積極的に活用するための精度管理の体系化を試み、次世代の精度管理システムのあり方を考察していく。

 一般に精度管理活動は、まず第一の実際の製作に取り掛かる前の準備である計画段階の活動と、製作に取り掛かってから行う第二の活動、すなわち計画通りに進捗しているかどうかの確認や、不具合が生じていることが判明した場合の対応などの活動の二つに大別できると考えられる。本研究ではこの考えに基づいて、前者の活動を精度計画、後者の活動をさらに二分してそれぞれ精度評価・精度対策と名付けて、それぞれに関して考察を進めていく。

 船舶などの溶接を用いて組立を行う構造物では、加熱による溶接変形が不可避であり、この溶接変形の存在が、溶接構造物の精度管理を困難なものにしている。建造中の船体構造において生じる溶接変形の推定に関しては、熟練した技術者の知識に大半を頼っており、定量的な推定はおろか定性的な推定も系統立てて行われているとは言い難いのが造船業の現状である。本研究の精度計画では、特にこの溶接変形の推定に着目し、FEM(Finite Element Method)による溶接変形の推定を行う。溶接変形の推定手法として、順方向の推定と逆方向の推定の二つの方法を、本研究では提案している。順方向の推定とは、組立手順にしたがって部品を組み付けていき、各工程の中間製品における溶接変形を推定していく方法である。ところで、現実の造船業における精度計画で最も重要なことは、溶接による収縮分をあらかじめ見込んで、延ばしと呼ばれるその縮み代を付加した部品形状を決定することである。この延ばしの決定には、最終完成製品の形状から部品形状を導きだすための溶接の変形の推定が必要である。部品形状を決定するためには、溶接作業後の状態から溶接作業前の状態を決定する、いわば逆変形を推定することが可能になれば、最終完成製品の形状から遡って部品形状を導きだすことが容易になる。本研究では、組立手順とは順序が逆の分解手順にしたがって逆変形を与え、部品形状を求めるための溶接変形の推定法を逆方向の推定と名付け、通常の順方向の推定と区別する。

 本研究における溶接変形の推定では、溶接変形の発生のメカニズムに忠実な熱弾塑性解析を用いずに、時間的・コスト的に簡便な弾性解析を用いて、溶接変形を算出する方法を提案する。具体的には、溶接分野における入熱量と変形量の関係についての既研究の実験式を基に、入熱量のパラメータから決定される変形量を生ぜしめる等価力・等価曲げモーメントを算出し、これらの力・モーメントを負荷することにより、FEM線形解析を行い変形を推定する。さらに、変形算出のために、溶接継ぎ手などの種類による分類を行い、ビード溶接・突き合わせ溶接・隅肉溶接、および仮付け溶接の四種類の溶接の力学モデル、さらに撓みを除くための押し合わせの力学モデルの、計五種類の溶接変形の推定のための力学モデルを提案した。溶接の力学モデルでは、角変形・横収縮・縦収縮の三種類の変形を直接的に生成する等価曲げモーメント・等価力を負荷する。以上は順方向の推定の際の力学モデルに関するものであり、逆方向の推定は、等価曲げモーメント・等価力を逆方向に負荷することによって実現されると考える。

 本研究の精度計画では、溶接変形の推定の他にも、FEM線形解析を用いて自重による変形を推定することを行い、製作途中における製品の変形に関する情報を獲得することを可能にしている。この精度計画により、延ばしが含まれた部品形状の獲得すること、中間製品のノミナル(nominal)な形状を獲得して、そのノミナルな形状を表現する理想モジュールを生成すること、さらに組立の際のねらい位置を検討することなどが期待される。

 製品を生産する際の精度管理活動では、適宜、中間製品の形状の精度が計画通りに出来上がっているかどうかを確認することも重要である。本研究では、製品の形状精度と呼ばれているものに関して、出来上がり形状を評価するための出来上がり精度と、組立の際の取り合い部分の考慮を行うための工作精度の二つに大別して評価を行うことにする。出来上がり精度は通常の意味で用いられる精度であり、工作精度は取り合い部どうしを相対的に評価して、形状的に組立が可能かどうかを検討するための精度である。

 ところで、精度の確認を行うためには形状の把握が必要であり、これは測定と呼ばれている。近年の測定技術の進歩により、船体の建造ブロックのような大型構造物の形状測定においても、絶対誤差が10-1mm(ミリ・メートル)以下での三次元計測が可能になった。精度の評価を行うためには、三次元計測機器を用いて測定された三次元座標情報から、中間製品の形状を再現するモデルが必要である。本研究では、計測結果および中間製品の製品モデルである組立モジュールの情報を基に、測定された中間製品の形状を表現するモデルである計測モジュールを計算機内に生成する。出来上がり精度を評価するためには、この組立モジュールと、先の精度計画で獲得されたノミナルな形状を表現する理想モジュールとの形状の比較を行い、また工作精度を評価するためには、組立モジュールどうしの取り合い部の形状の比較を行うことにより、それぞれの精度の情報が獲得される。この比較の際に、比較結果を有意にする剛体変換による位置決め機能と、三次元座標値の差分に方向を持たせて公差による精度の評価を可能にするための誤差の変換機能の二種類の機能が本研究では定義されている。また、精度の判定に関しては、公差域と呼ばれる誤差の許容領域を表現する公差(tolerance)を利用し、この三次元的な公差域内に計測された形状が収まっているかどうかで評価を行う。

 精度評価を行った結果、精度上の不具合が判明した場合には、できる限り早期に適切な対応を取ることによって、後工程におけるトラブルを未然に防ぐことが可能になる。本研究では、手直し修正作業の情報の獲得するために、あるいは今後の工程における作業の方針を得るために、計測結果の情報と変形予測技術の双方を用いて、対応・処置を検討する精度対策を実現している。精度対策では、精度評価の結果、精度上の問題のある箇所の変形状態やその程度が把握されるので、まず、その箇所に関して手直し修正作業のための指針を立てる。手直し修正では不具合が十分に吸収できないことが予想される場合には、次工程以降の作業において、不具合を緩和するために計画を修正する必要がある。本研究では、計測された製品形状から、精度計画で用いた変形の予測技術を用いて、次段階の製品形状を予測することにより、計画修正の支援を実現する。

 以上の考えに基づいて、SODASと同様に、本研究ではオブジェクト指向言語であるSmalltalkを用いて、上記の考えを具現化したクラスが定義され、計算機上に実装されており、溶接構造物を対象とする精度管理支援システムのプロトタイプ・システムが構築されている。

審査要旨

 溶接構造物の生産システムにおいて管理されるべき重要な項目の一つに精度管理がある。製品の精度管理は、製品の機能や美観に関連するばかりでなく、生産性や生産コストとも関連が深い。特に溶接構造物では、製造の際の精度管理活動を体系化する意義は認識されているものの、体系化の実現には非常な困難を伴うことが予想される。溶接過程では熱収縮に伴う変形が著しく、これらの変形量を定量的に把握することが困難であるからである。

 本研究では、「造船のための設計・生産システムのプロトタイプ・システムSODAS(System Of Design and Assembling for Shipbuilding)」を基盤として、造船における精度管理支援システムのプロトタイプ・システムの構築を目的としている。SODASでは、製品モデル(product model)を中核として、製品情報の生成・活用という観点から生産システムを捉え直している。具体的には、製品情報の生成という観点から設計を捉え直して各種の設計機能が定義され、また、製品情報の活用という観点から生産を捉え直して各種の生産機能が定義されている。特に、SODASにおける中間製品の製品モデルである組立モジュールの有する情報を利用して、計算機を積極的に活用するための精度管理の体系化を試み、次世代の精度管理システムのあり方を考察している。

 一般に精度管理活動は、実際の製作に取り掛かる前の準備である計画段階の第一段階の活動と、製作に取り掛かってから行う第二段階の活動、すなわち計画通りに進捗しているかどうかの確認や、不具合が生じていることが判明した場合の対応などの活動の二つに大別できる。本研究では、前者の活動を精度計画、後者の活動をさらに二分してそれぞれ精度評価・精度対策と名付けて、それぞれに関して考察を進めている。

 本研究の精度計画では、溶接変形の推定に着目して、有限要素法(FEM)による溶接変形の推定を行っている。溶接変形の推定手法として、順方向の推定と逆方向の推定の二つの方法を提案している。順方向の推定とは、組立手順にしたがって部品を組み付けていき、各工程の中間製品における溶接変形を推定していく方法である。また、組立手順とは順序が逆の分解手順にしたがって逆変形を与え、部品形状を求めるための溶接変形の推定法を逆方向の推定と名付け、通常の順方向の推定と区別し、それぞれについて計画を実施している。

 溶接変形の推定では、溶接変形の発生のメカニズムに忠実な熱弾塑性解析を用いることなく、時間的・コスト的見地から簡便な弾性解析を用いて、溶接変形を算出する方法を提案している。具体的には、溶接分野における入熱量と変形量の関係についての実験式を基に、入熱量のパラメータから決定される変形量を生ぜしめる等価力・等価曲げモーメントを算出し、これらの力・モーメントを負荷することにより、FEM線形解析を行い溶接変形を推定している。

 製品を生産する際の精度管理活動では、中間製品の形状の精度が計画通りに出来上がっているかどうかを、適宜確認することが重要である。本研究では、製品の形状精度を出来上がり形状を評価するための出来上がり精度と、組立の際の取り合い部分の考慮を行うための工作精度の二つに大別して評価を行っている。出来上がり精度を評価するためには、計測結果および中間製品の製品モデルである組立モジュールの情報を基に、測定された中間製品の形状を表現するモデルである計測モジュールを計算機内に生成する。この組立モジュールの形状と理想形状の比較を行うことにより、出来上がり精度が評価される。また、組立モジュールどうしの取り合い部の形状の比較を行うことにより、工作精度が評価される。この際に、比較結果を視覚的に評価するための剛体変換による位置決め機能と、三次元座標値から公差による精度の評価を可能にするための誤差の変換機能の二種類の機能が定義されている。

 さらに、このような精度評価を行うことが可能になれば、精度上の不具合が生じた場合には、早期に適切な対応を取ることができる。したがって、後工程におけるトラブルを未然に防ぐことが可能になる。本研究では、手直し修正作業の情報の獲得するために、計測による精度評価の結果の情報と変形予測技術の双方を用いて、対応・処置を検討する精度対策を実現している。特に精度対策としては、精度評価の結果、精度上の問題のある箇所の変形状態やその程度が把握され、その不具合箇所に関して手直し修正作業のための指針を立てることが可能である。

 以上の考えに基づいて、本研究ではオブジェクト指向言語であるSmalltalkを用いて、上記の考えを具現化したシステムが計算機上に実装されており、溶接構造物を対象とする精度管理支援システムのプロトタイプ・システムが構築されている。

 このような考え方が実構造物の精度計画・精度管理に適用されるようになると、溶接構造物の生産性の向上に著しく貢献し、工学の発展に大きく寄与することは明らかである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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