学位論文要旨



No 112213
著者(漢字) 李,昌禧
著者(英字)
著者(カナ) リ,チャンヒ
標題(和) 粘弾性三層平板の騒音透過損失
標題(洋)
報告番号 112213
報告番号 甲12213
学位授与日 1996.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3756号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 助教授 青木,隆平
内容要旨

 ビルの壁および自動車や飛行機などのような交通機関の側壁などはいつも騒音に晒されて、騒音透過の経路になっている。騒音透過の原因は外から壁に入射された音の圧力変化による壁の強制振動で、壁の振動が周辺の空気を圧縮.膨張させ、放射音波を発生させる。

 一般的には、壁の重量が重いほど騒音は透過しにくく、重量が2倍になると6デシベルの騒音透過損失が得られるという質量法則(mass law)に従う。質量法則は均質な単一壁の遮音性能の目安をつけるのに有効であるが、実際には質量のみでなく、壁の剛性や減衰を考慮しなければならない。どころで、交通機関、特に飛行機のように軽量化が厳しく要求される構造物では重量の増加は許されないことなので、可能な限り重量の増加なしで騒音透過損失を大きくする方法を考えなければならない。

 騒音透過損失には周波数帯域により、騒音制御因子(noise control factor)が異なるので、対象とする周波数帯域を共振の効果が現れる共振区域(resonance region)とコインシデンスの効果が現れるコインシデンス下落域(coincidence-dip region)とに分け、この両区域の騒音制御因子である剛性と減衰を適切に変えることで騒音低減を期待できる。

 それで、飛行機の外板の場合、音響疲労(acoustic fatigue)防止および騒音の遮断を図るため、機体外板、接着剤の粘弾性層、金属箔の三層板構造を構成することがある。これは外板が入射音によって振動するとき、曲がった外板の粘弾性中間層に大きなせん断変形を起こさせて、せん断減衰性(shear damping)を利用するものである。

 本研究は、粘弾性層をはさんだ三層平板の騒音透過現象を解析して、剪断減衰を用いた飛行機胴体の側壁の低振動および低騒音対策のための最適設計に役だつ計算法を確立することを目的にする。

 粘弾性三層平板の騒音透過損失を計算ずるためには、三層平板の振動解析モデル化および騒音透過損失計算に関する解析的モデル化の両方が行わなければならない。それで本論文は次の二つの理論解析を行なった。

 ・三層平板の振動解析モデルは、Meadが粘弾性三層梁について導いた三層梁の振動モデルを粘弾性三層平板に対して拡張した。すなわち、表面層の曲げ変形、中間層の剪断変形、面外慣性力を考慮した非対称三層平板モデルを立て、振動方程式を導く際に、変分原理であるHamilton原理から粘弾性三層平板の振動特性を記述する振動方程式として6階の微分振動方程式を導いた。それから、粘弾性材料の内部減衰効果を用いて三層平板の構造減衰をモード損失係数で表し、単純支持境界について調和外力による強制振動応答を求めた。

 ・三層平板の振動および減衰特性に関する研究は多くの研究者によって研究された。しかし、騒音防止を目的に三層平板の騒音透過損失を計算および実験した研究は少なく、ただ質量法則および無限板理論を使い簡易計算するか、2次元音場解析に留まって、計算結果が実験の結果と対象周波数帯域の一部でしか合わない。そこで本研究は、Roussosが等方性板と対称積層板について計算した有限板理論を使用し、粘弾性三層平板について拡散音場での騒音透過損失を計算した。すなわち、板に加わる外力が入射音圧の2倍であると仮定し、板の応答を分布された点音源として置き換え、Rayleigh積分を通して透過音を計算した。また、遠距離に受音点があるという仮定をして、透過音の強さおよび透過音の音響パワーを計算した。それから騒音透過損失を入射音の音響パワーと透過音の音響パワーとの比で表し、平面波自由音場および拡散音場での騒音透過損失を求めた。

 このような解析理論を検証するため、等方性表面層と粘弾性中間層から成る粘弾性三層平板を製作し加振実験および騒音透過損失実験を行なった。

 ・境界を単純支持境界で模擬した治具を用い、加振実験から曲げ振動モードおよびモード周波数を測定し、単純支持境界の妥当性を検証すると共に試験片の動的特性を調べた。その結果、三層平板の減衰が大きいので共振周波数が広い幅を持つことがわかった。また、三層平板の固有振動数および固有振動モードが理論計算値とよく一致していることから、本論文で導いた粘弾性中間層を持つ非対称三層平板の曲げ振動方程式は三層平板の動的特性をよくモデル化していることが確認された。

 ・騒音透過損失測定のため、残響室を製作し、厚さの異なる三種類の三層平板に対して、1/3オクターブバンドことの騒音透過損失実験を行なった。その結果、計算値が実験値とよく一致していることがわかった。また、制振および遮音のために使った粘弾性体中間層はその損失係数によって共振応答を小さくし、また放射音のエネルギーが小さくなって騒音透過を少なくする効果(特に、コインシデンス臨界周波数での減衰効果)があることを騒音透過損失実験および計算結果から確認した。

 その他に、従来の質量法則および無限板理論の騒音透過損失理論の限界を証明し、板の共振モードと騒音透過損失との関係を明らかにし、透過音のインテンシティ計算結果から共振モードの放射音エネルギーが強制振動応答による放射音エネルギーよりはるかに大きいことを示した。また、三層平板の各層の厚さ比を変えるとモード損失係数が変化し、騒音透過損失に影響を及ぼす。したがって、中間層の厚さは大きくすればするほど高い周波数帯域で騒音透過損失は大きくなる。また一定の中間層の厚さ比に対してモード損失係数が最大になる表面層の最適厚さ比があることがわかったので、特定の周波数帯域で重量の増加なく減衰を最大にする最適遮音設計ができることを示した。

 本研究は今までほとんど研究されてない粘弾性三層平板の騒音透過損失を3次元音場において有限板理論を適用、精度よく計算したことで、これからの遮音対策に役立つと考えられる。しかし、これは粘弾性層を持つ有限三層平板の騒音透過損失の解析の第一歩であり、次のような課題を残している。

 ・本研究では、粘弾性材科の損失係数を周波数の関数として計算に取り入れてない。しかし、より正確な騒音透過損失を得るためには損失係数を周波数の関数として考慮することが望まれる。

 ・実際には等方性材料の他に複合材料積層板を表面材として使った三層平板も多い、したがって、粘弾性三層複合材料積層板に対して、本研究を発展させた騒音透過損失の解析が望まれる。

 ・本研究で製作された直方体残響室は騒音透過損失測定において、低周波数帯域で十分な拡散音場を実現できないので、反射を多く取れる多面体の残響室を製作して、より正確な実験をすることが望まれる。

審査要旨

 工学修士李 昌禧提出の論文は,「粘弾性三層平板の騒音透過損失」と題し,6章からなっている。

 航空機の胴体外板や自動車の外板,さらに打ち上げ時のロケット外板などは,外部からの騒音に晒されて騒音の経路になっている。一般に,外板の重量が大きいほど騒音は透過しにくいという質量法則が成り立つが,航空機などのように軽量化が要求される構造では大きな重量の増加は許されない。そこで,外板に粘弾性層および金属板を接着し,三層板構造を構成して粘弾性中間層の剪断変形による減衰を利用して遮音する方法が考えられている。本研究では,この粘弾性層をはさんだ三層平板の騒音透過特性を解析し,航空機胴体などの低騒音化設計の基礎を確立するための研究を行っている。

 第1章は「序論」であり,騒音透過についての従来の研究を概観すると共に,平板に関する振動解析および騒音透過の現在までの研究成果を説明し,航空機胴体の外板などの現実的なモデルである有限粘弾性三層平板の騒音透過特性を解析する本研究の目的を述べている。

 第2章では,「粘弾性三層平板の振動方程式」を導いている。従来の三層梁のモデルを平板に拡張し,上下表面層の曲げ変形,中間層の剪断変形と面外慣性力を考慮した非対称三層平板のモデルを作り,Hamiltonの原理を用いて振動方程式を求めている。そして,粘弾性層の構造減衰を考慮し,周辺単純支持境界についてのモード損失係数を求め,調和外力に対する強制振動の解を導いている。

 第3章では,「騒音透過損失」を求めている。平面波が一方から入射するときの,周辺単純支持三層平板の振動応答を解析し,その平板の応答を分布した点音源に置き換えて,Rayleigh積分によって透過音を計算している。そして,受音点が点音源から遠距離にあるという仮定のもとに透過音の強さと音響パワーを計算し,入射音の音響パワーと透過音の音響パワーの比を用いて騒音透過損失を求めている。また,音源側および受音側の双方が,平面波が全ての方向から入射する拡散音場と仮定できる場合の騒音透過損失を計算している。

 第4章は「実験」であり,加振実験と騒音透過損失実験を行っている。まず,周辺を単純支持した平板の加振振動実験を行い固有振動数と固有振動モードを測定した。次に,音源室と受音室の間に三層平板を配置した残響室を制作し,1/3オクターブバンドごとにホワイノイズを発生させ,マイクロフォンにより二室の音圧レベルを測定し,二室が拡散音場であるとの仮定のもとに騒音透過損失を求めた。

 第5章は「結果および考察」であり,理論解析と実験の結果を示し,両者の比較を行い考察を加えている。加振実験によって求められた三層平板の固有振動数と固有振動モードは理論計算とよく一致しており,第2章で導いた振動方程式が非対称三層平板の動的特性をよくモデル化していることを確認している。次の残響室を用いた拡散音場における騒音透過損失実験では,理論計算と実験結果の一致は良好であり,第3章で求めた騒音透過損失の理論解析の有効性を検証し,粘弾性層の遮音効果を明らかにしている。また,一次元モデルである質量法則や,境界からの波動の反射を考慮しない無限板理論による従来の騒音透過損失解析の限界を示し,有限板理論である本解析によって平板の共振モードと騒音透過損失の関係を明確に示している。また,中間層の厚さは大きいほど騒音透過損失が大きくなるが,一定の中間層の厚さについては最適な表面層厚さが存在することを見出している。

 第6章は「結論」であり,本研究で得られた成果を要約するとともに,将来の課題を示している。

 以上要するに,本研究は粘弾性三層平板の騒音透過損失を三次元音場において有限板理論を用いて計算し,実験によってその有効性を確認しており,航空機胴体外板などの遮音設計技術の確立のために貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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