アダプティブアレーは、そもそもレーダにおけるジャミングの除去を目標として開発されたものであるが、最近の移動通信の発展に伴い移動通信への応用が活発に行われている。アダプティブアレーの中で代表的なものとしてLMS(Least Mean Square)アダプティブアレーとCMA(Constant Modulus Algorithm)アダプティブアレーがある。LMSアダプティブアレーは参照信号との波形の違いにより妨害波の識別を行うため、送信側から参照信号いわばトレーニング信号を周期的に伝送する必要がある。一方、CMAアダプティブアレーは、位相変調や周波数変調の信号の振幅が常に一定のレベルを保つという性質を用いるため参照信号が必要ない。 CMAアダプティブアレーは、LMSアダプティブアレーとは違って参照信号を必要としないため周波数帯域を効率的に利用できるが、ローカルミニマムの問題とマルチパス成分の抑圧の二つの問題がある。本論文ではこの二つの問題を明らかにし、その対策について検討を行った。 CMAアダプティブアレーのローカルミニマムには二つの種類がある。電力の小さい方の波を捕ってしまう問題と、電力は大きいが二つの波が到来している方向を希望方向と思ってしまう問題である。ローカルミニマムの二つ目の問題では遅延時間が違う到来波を二つ捕るため、アダプティブアレーの出力にシンボル間干渉がそのまま残り、受信品質の劣化が著しい。本論文の前半では、CMAの持つローカルミニマム問題の特性を明らかにし、その対策としてビームスペースダイバーシチを提案した。 ビームスペースダイバーシチでは、まずアンテナアレーの出力にFFT(Fast Fourier Transform)をかけてビームスペース(マルチビーム)を作る。このマルチビームに対して違うメインビーム(メインビーム:ビームにかけるウェイトの初期値が1であるビーム)を持つ複数のCMA適応フィルタを設ける。アダプティブ処理をする前にマルチビームを作るのは、アダプティブ処理のビームの初期状態をコントロールするためである。初期状態によって、ローカルミニマムに収束するものと、グローバルミニマムに収束するものがある。したがって、複数のCMA適応フィルタ出力の中から、グローバルミニマムに収束したものを選択すれば、CMAのローカルミニマムの問題を回避できる。収束状態の判断に対しては、シンボル間干渉に比例して位相の変動が大きくなる性質に着目して位相変動の分散を求めて小さい方を選ぶ。またこの位相変動の分散は、SNRに逆比例するため恒に電力が大きいあるいはシンボル間干渉が小さい方が選択できる。 また、CMAのもう一つの問題であるマルチパス成分を抑圧することは、マルチパス成分とCMAで捕った波の遅延時間差が大きくなると、お互いの相関が小さくなるため生じる。マルチパス成分がCMAで捕った波と同じ情報を持っているため、マルチパス成分を抑圧するのは受信電力を効率的に用いないことになる。受信電力を効率的に用いるため、次の三つの手法を提案し、検討を行った。 ・タップ選択型時空間ブラインドアダプティブアレー ・CMAとLMSを併用したブラインドアダプティブアレー ・FDF(Fractional Delay Filter)を用いたブラインドアダプティブアレー 以下、各々の提案手法の詳細を説明する。 タップ選択型時空間ブラインドアダプティブアレーは、Silvieが提案した時空間ブラインドアダプティブアレーに基づき、その収束特性の改善を図るものである。Silvieが提案した手法は、素子アンテナごとにTDL(Tapped Delay Line)を設けて、時空間領域でCMA処理を行う。この際、タップの間隔はシンボル周期に設定している。そのため、収束後誤差が大きく収束速度が遅い。それに対してタップ選択型時空間ブラインドアダプティブアレーは、TDLのタップの間隔をシンボル周期より短くし、ウェイトの更新と出力の計算はウェイトの絶対値がある閾値より大きいタップのみを選択して行う。これによってSilvieの手法と比べ収束特性の改善が得られた。 CMAとLMSを併用したブラインドアダプティブアレーは、判定帰還型のマルチビームアダプティブアレーである。CMAはトレーニング信号無しで最大電力の波を捕り、遅延時間差の大きいマルチパス成分を抑圧するためアルゴリズムの収束後にはCMAの出力は判定エラーが少ない。この性質を用いてCMAの出力から暫定的にシンボルを判定し、判定したシンボルを遅延時間差だけ遅延したものを基準信号として、CMAにより抑圧されたマルチパス成分を捕るビームを形成する。このビームの形成には、LMSアルゴリズムなど基準信号を必要とするアルゴリズムが使える。マルチビームによって捕ったマルチパス成分は、基準信号との誤差の絶対値に逆比例して合成する。CMAにより抑圧されたマルチパス成分を用いるため、シンボルエラーレートの改善が得られる。 最後にFDFを用いたブラインドアダプティブアレーは、CMAとLMSを併用したブラインドアダプティブアレーと同様にマルチビームアダプティブアレーであるものの、ブラインドチャネル推定を前提としない。この手法では次の三つの事実を用いる。 -CMAで最大電力の波を捕り、遅延時間差が大きいマルチパス成分を抑圧する。 -LMSアルゴリズムは基準信号から大体-0.5シンボルから0.5シンボルの間にある波を捕り、他の遅延時間差が大きいマルチパス成分を抑圧する。 -TED(Timing Error Detector)とFDF(Fractional Delay Filter)を用いてシンボル周期より短い遅延を検出し、補償できる。 動作原理に対しては、まずCMA適応フィルタの出力から暫定的にシンボルの判定を行い、判定したシンボルをシンボル周期の整数倍だけ遅延したものを参照信号としてマルチビームを形成する。マルチビームの形成にはLMSアルゴリズムを用いる。基準信号から-0.5シンボルから0.5シンボルの間にマルチパス成分が存在する場合には、そのマルチ成分を捕るビームが形成され、シンボル周期より小さい遅延時間差はTEDとFDFにより補償される。また、基準信号から-0.5シンボルから0.5シンボルの間にマルチパス成分が無い場合には、そのLMSアルゴリズムは収束しない。このような場合には、基準信号からの誤差を求めて誤差が閾値以上になるとその範囲ではマルチパス成分が無いと判断する。最後にマルチパス成分が含まれていると判断した出力だけを誤差の絶対値に逆比例するように合成する。この手法によりチャネル推定なしの完全なブラインド型で受信電力の効率的な利用が可能になる。 |